第二章「悪の組織、出張する」

第1話「悪の組織、美術館を警備する」



「……契約の内容は以上となります。今回はご契約ありがとうございます。バリー館長」


 ロナン帝国貴族街にあるロナン美術館。

 そこの事務所にて、スーツと仮面の男ロアと、この美術館の館長である『ゴーツク=バリー』は、机を挟んで資料の読み合わせをしていた。

 資料には契約内容、規約などが書かれており、その内容を呼んでバリー館長は満足そうにうなづいていた。


「いやぁーーー!まさか警備員というのがこんなにお得に雇うことが出来るなんて!本当に大助かりです!」

「いえいえ、これから警備会社を立ち上げようというのですから、是非その時また仕事を頂ければ我々としても助かります」

「えぇえぇ!是非是非お願い致します!」


 ロアを相手に手をこねているバリー。

 明らかにロアに媚びており、その態度は分かりやすい。

 というのも、ロアが売り払った英雄ハルの装備類一式はオークションを経てバリーの元へと届いており、その結果として帝国の美術館が賑わった経緯があるからだった。


「それにしても、怪盗に盗みに入られるとは難儀でしたね」

「えぇまったくです。ロア様にご提供頂きました剣や鎧を盗まれてしまい、誠に申し訳なく。はい」

「いえいえ、盗んだ方が悪いのですから。我々に任せていただければ、今度『予告状』が届いたとしても、必ずや役に立って見せましょう」

「はい、是非ともよろしくお願い致します」


 そういって、ロアは机に置かれた封筒と手紙を手に取る。

 それは今までに出された予告状であり、いずれもやはり”英雄ハルの遺産”をターゲットにしたものばかりだった。

 何故遺産になってしまっているのかはバリーに聞かねば分からないが、どうせ話題作りのための誇大広告目的な気がしたため、あまり気には止めなかった。


「怪盗めは何故、英雄様の品ばかりを盗んでいくのでしょうかねえ?」

「……。」


 バリーが疑問を口にするが、それはロアにも分からなかった。

 とりあえず考えを整理するために、事実だけを口にしていく。


「あの装備品はハルの装備品類の中でも希少価値こそありますが、装備品としては三軍ほどの強さのものです」

「ほうほう、では値段を鑑みて、ということでしょうか? いや、それでは説明がつきませんな。オークション価格はオープンにされており、値段もそこまでのモノではございません」

「では困窮しているから何でもかんでも……というわけでもなく、値段のつくものであればわざわざハルの装備品に絞る必要もない」

「……予告状を出すほどの余裕と、手際のよさや用意周到さも鑑みると、不気味さばかりが目立ちますな」


 両者、考えは堂々巡りとなり、うーんと考え込んでしまう。

 とりあえず、とロアは口にした。


「次、また予告状が届くようなことがあれば、私に連絡を――――」




「―――館長!大変です!怪盗から!怪盗『ティターニア』からの予告状が届きました!」


「……。」


 勢いよく入ってきた美術館職員に、ロアは心底タイミングが悪い、と愚痴をこぼしそうになるのだった。





 後日、怪盗が指定した夜の時間に備えるため、ロア達『イルミナティカンパニー』は美術館へと集まっていた。


「それで?マジなのか?本当に怪盗をスカウトするつもりなのか」

「えぇ、本気よ。カッコいいじゃないわざわざ予告状を出すなんて方法でクールに盗み去るなんて」

「毎度思うけどカッコいいの基準おかしいだろ」

「そうかしら?」

「うふふ……」


 相変わらずの漫才ぶりを発揮しながら、美術館の中を一周していくロア達。

 いつものタイトな恰好のベアトリーチェは一つ一つの展示物を眺めながら目を輝かせていた。


「あれも隠しアジトに置いたらカッコいいんじゃないかしら。ねぇアンジェリカ」

「天使の絵ですか?……うーん私的にはちょっとダサいですかねぇ」

「シスターらしからぬ発言」

「今は悪の組織ですから」


 どう見ても展示物の視聴の仕方がおかしなベアトリーチェの呑気さに、思わず溜息が出るロア。

 他の観覧客もいるのだから変な話を展開するのは正直やめてほしかった。


「わかってるか?今日は警備のための下見なんだからな」

「えぇ、わかってるわよ。せっかく怪盗を捕まえるために『警備会社』まで立ち上げたのだからしっかりとそこは仕事はするわよ」

「ホントかよ……」


 実際、警備会社を立ち上げたのはロアであり、この美術館の警備の仕事を得るまでにもおよそ少数とは言えない苦労を背負いこんでしまったことも相まって、割と本気で無駄にはしたくないと考えていた。

 美術館側で元々雇っていた用心棒達を別の職へ引き抜いたり、門番の仕事などで警備職に向いていた人員を警備会社の重役にスカウトしたりと、その工程も積もりに積もる。

 ベアトリーチェの一存で始まったこととはいえ、失敗を恐れる程には手を加えた気がする。

 とはいえ、会社を作ること自体は既に何件もロアはこなしており、割と騒動もなく全て丸く収まったことはロア自身も誇りをもっていい仕事をしたと胸を張っている。


「さて、これが今日の”ターゲット”ね」

「焔剣フレイムタンだな」


 ロア達は、美術館のわりと奥の方に点在した一本の剣に注目する。

 見た目は普通の鉄の剣であり、それこそ柄やグリップの部分に芸術的な意匠が施されている程度のモノだ。

 そこに特別性はあまり感じられない。


「見た目は普通の剣ね」


 ベアトリーチェが首をひねる。


「あぁ、これは使い手を剣自身が選ぶ剣なんだ」

「というのは?」

「聖騎士の資格を持つ者が持つと、炎の刀身が現れる」

「へぇ、凄いじゃない」


 ベアトリーチェが感心すると、ロアは首を横に振った。


「凄いは凄いけどちょっと危ない剣でな。資格があるなら持っただけで鞘すら燃やすもんだから扱いに困った」

「……それは、すごい……わね?」


 思っていたよりも伝説っぽい剣なような気がしたが、ロア的には使いづらいらしかった。

 ちょっとだけ目の前にあるフレイムタンが可哀想とベアトリーチェは思った。


「こんな危ないもんを今更盗み出すようなヤツがいるとは思えなかったが……」

「案外英雄ハルのファンだったりして」

「厄介ファンはお断りだ……ん?」


 ――と、談笑していると、誰かの強い視線を感じた。

 周りを見渡しても、観覧客達に紛れ込んでしまっており、視線の主はとうに見つけられない。


「どうしたの?」

「……いや」


 ベアトリーチェが尋ねると、ロアは首を横に振る。

 隣でアンジェリカも気づいていた様子だったが、彼女は意味ありげに微笑んでいた。


「……もうすでに、下見は済ませたってか……怪盗」


 ロアはひとりでにつぶやくと、フレイムタンを眺めて溜息を吐くのであった。






 ―――夜、一人の女が、美術館の中を駆け抜けていく。


 時には警備員らしき男のカンテラの明かりを避けて、時には天井に張り付いて警備員の視線を躱していく。

 その身のこなしはまるで猫のようにしなやかで、蝶のように掴みどころがない。


 気づけば簡単に目的のモノの目の前までやってきていた。


「……ここまで順調、ですね」


 闇夜まぎれながら、館内を行く。

 夜中は帝国の法で、貴族街でのガス灯の明かりは申請がなければ大々的には使えないことを、彼女は知っていた。

 ましてや紙類などの展示物の多い美術館では、神経質なまでに火災には気を使っている。美術館の中は怪盗にとっては都合がよかった。

 とはいえ、相手もバカではない。

 警備員も増員され、手にはカンテラが握られていて、闇夜にまぎれるのも一苦労だった。


「やはり警戒されてますね。前よりも明らかに人数が多い」


 焔剣フレイムタンがショーケースの中で輝いている。

 その周りを取り囲むようにして警備員が配置されており、天窓の月明かりで部屋は明るく照らされていた。

 こうなっては近づくことも困難を極める。


「しかし、ウチには秘策があるのです」


 女怪盗はその深い胸の谷間からあるものを取り出した。

 それを、警備員たちのいるショーケースの方へと放り投げた。



 ――――ぶしゃーーーーーーー!


「な、なんだ!?煙が!?」


 大量の煙が部屋の中に立ち込める。

 突然のことにカンテラを取り落としそうになる警備員たちは身動きが取れず、慌てふためく。


 ―――ガシャン!


 その後、何かが割れる音がする。


 警備員たちがその音に釣られて、フレイムタンの方へと視線を移す。


 ……が、そこにはすでにフレイムタンの姿は無かった。


「な、なんだと……この一瞬で!?」


 瞬間、警備員の一人が、首に下げられた笛を鳴らす。それは警笛で、異常が発生したことを周りの警備員たちに伝えるためのものだった。

 途端に美術館内が慌ただしくドタドタと警備員たちが動き回って下手人を探し回る。

 その間に、女怪盗は、天窓を突き破って屋上から、逃げ出していたのだった。




「……全ては上手くいっていた。―――と思ったのですがね」


 女怪盗は屋上で立往生していた。

 正面にはファーコートを着たアメジスト色の長髪を靡かせるスーツの女が立っている。

 その背後には恐ろしく強そうなオーラを放つ金髪の女性がおり、女怪盗はフレイムタンを抱えながら、警戒する。


「お初にお目にかかるわ。女怪盗『ティターニア』……随分と手際がよろしかったわね」

「……。」


 女怪盗は何も言わない。

 これは高度な情報戦だった。

 一瞬の隙をついてどうやってか逃げ出す方法を考える。どうせフレイムタンを置いては後ろに居る金髪の女性とは戦いにすらならないだろう。

 自分も相当な鍛錬を積んでいたはずだが、どこにこんな強者が居たのか、女怪盗はただただ頬に汗が流れるのを確かに感じていた。


「私は、ベアトリーチェ。悪の組織『イルミナティカンパニー』の社長よ」


 ベアトリーチェと名乗る女が、その月夜に輝くアメジスト色の髪をかき上げて、女怪盗に手を差し伸べた。





「貴女、悪の組織に興味ないかしら?」




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