第3話「悪の組織、海へと駆り出す」
ロナン帝国、ピスティ領にあるメーブル海岸。
楽園リゾート”アトランティス”がある、その地は、かつて戦乱時、英雄ハルが悪竜ジーズの部下である魔竜レヴァイアサンを討伐した地である。
レヴァイアサンを退けたものの、ピスティ領はこの戦いで発生した津波により大打撃を受けてしまい、数多の領民が行き場を失った。
その後、不憫に思った英雄ハルにより、小屋や納屋、漁業回復のための船などが作られ、今日まで村としてやってこれていた。
アトリーにとって、ピスティ領とはそんな場所だったはずなのだ。
「いらっしゃいませ~アトリー殿下~」
「アンジェリカ」
ファフニールが海岸に着陸し、アトリーとノレアが海岸に降り立つと、金髪を持つ絶世の美女アンジェリカがアトリーを出迎えた。
夏らしく、腰を超えて足まで伸びている金髪をポニーテールにまとめており、白いワンピースを着た彼女はなんだかいつにも増して楽しそうに見える。
「ロアは?」
どうせ居るのであろう男を探して周りを見回す。
アンジェリカが首を振った。
「今、海に出ておりまして」
「海?」
「はい、漁業組合を作ったので、そのままマーグローを釣りにいかれましたよ」
一体何をしているのやら、アトリーはとりあえずロアについて考えることはやめた。
「アンジェリカさーーん」
「ノレアさんおつかれです」
「「いえーい!」」
「いつの間にそんな仲に……」
会うなりハイタッチをするノレアとアンジェリカ。
いつの間にか仲良くなっていた二人を横目に、砂浜を眺めると、パラソルやビーチチェアなどが至るとこに設置されており、まるでハワイが如くといった景色となっていた。
すでに遊泳客で溢れかえっており、場所によってはビーチバレーまでやっているというアクティビティーっぷりだった。
「盛況なようね」
「そうでしょう? ロアが頑張ってくれたのですよ」
そういわれて、アトリーの脳裏に頑張る仮面男の姿が浮かぶ。
少しだけ感謝したい気分になった。
「……そう」
そう返事を返すと、微笑ましくアンジェリカが笑っていた。
彼女はパンと手を鳴らす。
「では、まずはお部屋の方にご案内致しますね」
「えぇ、よろしく。アンジェリカ」
「あ、そうでした……」
アンジェリカが自身の名前を呼ばれて、思い出したかのように声を上げた。
「今日は一日、アトリー様、ですからね?」
「……?」
アトリーは首を傾げたが、その真意は読めず、とりあえずアンジェリカの後をついていった。
一方その頃、ピスティ領の沖。
一隻の船の上で、仁王立ちする仮面の男が居た。
「はーい。商品券偽造の皆様ー。こんにちわーーーー」
男が挨拶するが、返答は一部の人間しか返ってこない。
ロアの目の前には、みすぼらしい恰好をした数人の男たちがおり、どいつもこいつも商品券を偽造して帝国で詐欺を行おうとした盗賊ギルドの人間たちである。
そのほぼすべてがアンジェリカによって殲滅されて、ロアの金儲けのための食い物として現在、利用されていた。
「今日はマーグローを釣ります。体力がとにかく必要なので、各自水分補給を十分に行って楽しく作業しましょう」
男たちは言われてロアの背後を見ると、そこには筋骨隆々の体に、頭にねじり鉢巻きを巻いた漢が居る。
明らかにマーグローを吊り上げるためだけに鍛え抜かれた肉体に、盗賊ギルドの男たちが舌を巻く。
『ブルーノ=ピスティ』
このピスティ領の現当主であり、ノレア=ピスティの父親である。
地方田舎の領主でありながら、漁業について精通しているプロであり、現在ロアと契約を結んで漁業組合を作った張本人である。
「今日はブルーノ様に手伝って頂き、マーグローの一本釣りに皆さん挑戦します。皆さんの作業は簡単で、マーグローのかかった綱を総出で引き上げるだけです」
そういわれるが、もはや後ろに居る領主だけでこなせそうな雰囲気を男たちは感じ取っている。
今すぐにでも何だったら逃げ出したかった。
そんな心境に、ロアはするりと入り込むように言う。
「ちなみに、マーグローを吊り上げると、一匹ごとに皆さんにボーナスが追加されます。金額は……少ないですが3万ガルドほど」
男たちの眼の色が変わる。
「「「「うおおおおおおおお!!!」」」
明らかに士気が上がった漢たちに、ロアは満足そうに、うんうんと頷いた。
そうして、ロアは海に向かって拳を掲げた。
「野郎ども!!!! 出航だぁーーーーーーー!!!!!!」
そうして、男たちはロマンを求めて、海へと駆り出した。
部屋に荷物を置いたアトリー達は、水着に着替えて海へと駆り出した。
相変わらず外は暑いものの海の近くにいるせいか、それとも解放感のせいか自室でくたばっていた時より何処か快適だった。
「「海だーーーーーー!!!」」
フリルで彩られたホルターネックバンドの水着を着たアトリーと、ワンピースタイプの水着を着たノレアは、砂浜で思いっきりジャンプをする。
後ろでは、セクシーな黒ビキニを着たアンジェリカが楽し気に笑っており、3人は砂浜に居る男性の視線を一斉に集めていた。
「どこまでも伸びる蒼い水平線、燦燦と輝く太陽と海……うーーーん、気持ちいいかもぉ」
アトリーは伸びをする。
後ろではアンジェリカが周りと明らかに違う色味のパラソルの下で、マットを敷いて、その上で荷物を広げていた。
「アトリー様。私はここで見ているので、どうぞ遊んできてください」
「あ、でもアンジェリカだけって……」
「いいのですよ。ここで私は日焼け止めを塗って本を読んでますので」
「うーん、わかったわ。後で飲み物でも買ってくるわね」
言われて「よろしくお願いしますね」と微笑むアンジェリカを置いて、アトリーはノレアの下へと走っていく。
「アトリー様!気持ちいいですよ~!」
「待ってよノレアーーー!」
水しぶきをあげてノレアの胸元に飛び込んでじゃれ合い始めるのだった。
「ふー疲れたわねー」
「ふふ、そうですねー。ちょっとお腹空いたかもです」
しばらく遊んで小腹が空いてきた二人は、売店のある海辺の建物の方へと向かった。
売店では妙にケバブっぽい食べ物や、焼きそばっぽい麺類の食べ物などが売られており、どれもとても良い匂いが食欲を刺激した。
「ん……?」
その中でも、あるお店だけが、妙に待機列が出来ている。
それもとても長い。
なんかどこか見たことある光景だなと思いながら、アトリーはとりあえず素通りしようとしていた。
「あ、ベア社長ーーーー!ノレアちゃんーーー!」
どこかヒロインっぽいお腹から出ている大きな声が、素通りしようとしていた店から飛んできた。
視線を向けると、そこにはショッキングピンクのボブカットに超わがままなボディをこれでもかと強調するパステルカラーのトロピカルビキニを着用したティターニアが居た。
ティターニアに呼ばれてその店の方へ行く。
「貴女も来ていたのね、ティターニア」
「はい!カフェスターバックルの出張店です!」
「働くのねぇ」
「はい!これでも楽しんでますよ!」
元気そうな彼女は客の応対をしてから、他の店員に店を任せるとぱたぱたとアトリーとノレアに駆け寄ってきた。
「何か頼まれていきます?」
「あ、いいえ、ワタシ達、通りすがっただけだから」
「そうですか……」
途端にしょぼんとしたティターニアに、アトリーは良心が少し痛む。
「そんな顔しないで、わかったわ。何か頼もうかしら……でもこの行列で大丈夫なの?」
「はい!お気になさらないでください!」
「うーーん。なら、おすすめで」
「はーい!待っててくださいね!」
そういってカウンターの方へと走っていくティターニアの背中を見送る。
デニムで覆われたおしりが、かわいらしく揺れていた。
「なんだか大きな犬みたいねぇ」
「ふふふ、猫だけじゃなくて犬まで飼うつもりですか?」
「チピ、そういえば置いてきちゃったけど大丈夫だったかしら?」
「メイドの子たちに預けたので今頃可愛がられてますよ」
アトリーはすっかりわがままになって、でっぷりと太ってしまった飼い猫のチピを思い出していると、ティターニアが手に二つコップを持って戻ってきた。
「はーい!バニラヤクルゴンフラペチーノでーす!」
「ありがとうティターニア」
「いえいえ!せっかくのお休み、満喫してってください!」
「うん!またね!」
そう言ってアトリーはほくほく顔でその場を後にする。
手を振りながらぴょんぴょんと跳ねるティターニアが本当に子犬のように見えて微笑ましく思った。
ちなみに周りの男性客はそんなティターニアを見て「でっか……!」「暴れよる…!」などと鼻の下を伸ばして言っていたが、アトリーは聞き流すことにした。
そうして、楽しい時間を過ごしていると、時の流れは早いもので日が落ちかけていた。
「結構遊んじゃったわねぇ」
「すごい楽しんじゃいましたねアトリー様!」
「そうね。アンジェリカもありがとうね。暇だったでしょう?」
「いえいえ。楽しそうな二人を見られてよかったですよ」
にこやかに笑うアンジェリカはビーチパラソルを片付けながら応答する。
夕日が照らしているアンジェリカは、どこか幻想的な雰囲気を纏っていた。
荷物を全て片付け終わると、アンジェリカは「それでは」と切り出した。
「ホテルの方にご案内しましょう」
「ちょっと楽しみなのよねー。リゾートホテルってどんなところなんだろう?」
前世では小庶民、今世では引きこもりがちだったアトリーにとっては初めての体験で、とてもワクワクしていた。
ホテルの建物を眺めていると、その横にある城がどうしても目に入ってしまう。
「そういえば、横のあの城ってなんの建物なの?」
「あぁ、あれについては明日の夜にオープンですので、明日行くのがよろしいかと」
「えー気になるー」
「とても楽しいところになると思いますよ」
アンジェリカは「うふふ」と笑いながらホテルへとアトリーを案内していくのであった。
一方、ロアはマーグロー釣りを終えて沖合から戻ってきた。
「今日の収穫は二本!みんなよく頑張った!」
「「「お疲れさまでしたーーー!」」」
数人の男たちと握手を組み交わすロア。その背後では人間二人が丸ごと入りそうな大きさの魚が宙づりにされていた。
ロアは一度、熱き死闘を演じた男たちを集めると、声を張り上げた。
「みんなのお陰で、計画はまた一歩先のステージへ進むことが出来た!俺と船長だけではとてもじゃないが成しえなかったことだ!」
その熱き言葉に、かつて過ちを犯した者達が息を飲む。
「確かに過去に過ちを犯したかも知れない!だがしかし!君たちはすでに立派に事をやり遂げた!今はそれを誇ってくれ!」
「うおーーーーーーー!!!」
「ありがとうセンチョーーーーー!!!!」
「仮面の旦那ーーーー!熱いぜぇーーー!」
熱き声援が巻き起こる。
ロアは一度それに応えるように、拳を突き上げた。
「明日もがんばるぞーーーーーー!!!」
「「「「それは嫌だーーーーーーーーー!!!!!!!!!」」」」」
男たちの悲鳴が、水平線の向こうへと消えていくのだった。
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