【後編】
「……で、合ってるんだよね?」とティルが俺に正誤を求めてきた。
えーと……ややこしいけど、間違ってはいないよ。と言葉の整理をしながら頷いて見せると
「だから、わたしであるわたしを生け贄にしたあなたを懲らしめますから、覚悟しなさい!」
とティルが早口言葉のように正義を振りかざす……が、襲ってきた二匹の魔虫に邪魔をされ、火を噴きながら応戦する始末。
「生け贄にしたはずの娘が……なぜ?」
魔虫相手に苦戦するティルと復活したシシルイルイを見比べ、解せぬとばかりに顔をしかめる理事長。その理事長の狼狽えぶりがあまりにも滑稽なので、生け贄が偽物だったことは伏せておこう。
だが、しかし……
『惑わされるな。こうして我らが復活を遂げた時点で、汝との召喚履行は成立しておる』
まぁ……実体化している以上、そうなりますよね。
「では、わたくしの願いを聞き届けてくれるのですね」
『無論だ』とシシルイルイが両翼を広げたときだった。
突如、俺たちの頭上に大きな魔方陣が発現した。その得体の知れない存在に、俺たちはもとより魔虫までもが動きを止めた。
ビギギギィ……。
未知なる恐怖を悟った魔虫たちが怯えるようにして後ずさり、同時に最後に召喚したノーラたちも時間切れとなり、フッと煙のように消えてしまった。
まさか、シシルイルイが俺たちを一網打尽にするために強力な魔法を発動させたのか? と思いきや、なぜか理事長ともども新たに現れた魔方陣を注視していた。とそこへ
「巻き添えなんてゴメンよ!」と真っ先に呪文を詠唱するリシャン。
「リフレクト・バウンズ!」
ブォンッ! と天井へ掲げた両手から放たれる同規模の魔方陣。
もしかして障壁魔法か?
「見たことのない古代文様だけど、このリシャンを侮らないで欲しいわね」
口元をキリッと引き締めるリシャン。あぁ、こいつでも必死になることがあるんだな。と思っていた矢先
「おめでとうございます、ルロォ様」
声の方を見れば、どさくさに紛れて獣人コンシェルジュが理事長の足下にひれ伏していた。
「ありがとう、ヌラミ。これもあなたの助けがあってこそです。……しかし、これは予想外でした」
とシシルイルイを見上げ、訝しむ理事長。もちろんシシルイルイも魔方陣を警戒したまま微動だにしない。
意図しない魔方陣の存在。
どういうことだ? 誰も魔方陣に関与していないとなると、この魔方陣はいったい……
「って、ちょっと、まって! まって! なにこれ?」
リシャンの声に、再び天井に視線を戻せば魔方陣から人らしき足が生えていた。黒いヒールに続き、網タイツに覆われた長い脚が、見えない昇降台に乗っているかのように、ゆっくりゆっくり降りてくる。
ガーターストッキング?
紺色のタイトスカートの裾が見えたとき、俺は本能的にゴクリと固唾を飲んでいた。
このままいけば……まさかのパンチラ?
エロい脚に見とれ、誘われるように真下へと移動した瞬間、グンッとリシャンの障壁魔法を突き抜け、踵のピンヒールが目の前に落ちてきた。
「あぶねっ!」と俺は咄嗟に身を翻し、床を転がるようにして寸前のところでかわした。
ふぅ。危うく目つぶしを食らうところだった。と、安堵していると聞き覚えのある声が頭の上から降ってきた。
「どうやら無事のようね」
顔を上げれば見知った女性が、かけていたサングラスを外した。
2ヶ月ぶりに再会する白衣姿の人間。
それは、俺と華蓮をこの世界に送りこんだ張本人だった。
ちなみにリシャンはというと、障壁魔法をあっけなく無効化されたことに嘆き、膝を折って落ち込んでいた。
「まほ先生……なんで、ここに?」
「なんでって……帰郷チケットの魔術ログが突然、
どういうこと? と聞けば、万が一に備え、帰郷チケットにGPS発信器らしき術式を仕掛けておいたとのことだった。どおりで異世界に来たばかりの華蓮が、俺をたやすく見つけられたわけだ。
「ところで有栖川さんの姿が見えないようだけど、彼女は無事なの?」
「あぁ。大丈夫だ。五体満足ピンピンしてる」
もっとも、階下で泣いてはいるけどな。それにパルがついているから、思いあまって自殺するようなこともないはずだ。
「あら、そう。なら、よかった。それで、これはどういった状況なの?」
「説明はあとだ! それよりも、あの理事長をどうにかしてくれ」
「理事長?」
と、まほ先生が祭壇に目を向ければ、理事長が怒りあらわに頬を強ばらせた。
「久しぶりですね、法連寺さん」
「誰? もしかしてキミの知り合い?」と俺に尋ねるまほ先生。
「なんで、そうなるんだよ。むしろ、まほ先生のほうの知り合いだよ」
「わたしの?」
あ、そうか。性転換してるから気づかないのか。なので小城治がジェンダビーに刺されたことを手短に説明した。
「どうりで、行方を探しても見つからなかったわけね」
やれやれとため息をつくまほ先生。すると今度はシシルイルイがおもむろに口を開いた。
『キサマ、もしや100年前に我を
おまえもおまえで、後出しジャンケンみたいにファンタジー感出すんじゃねぇよ! なんなんだよ、100年前って!
「懐かしい顔が並んでるなぁって思ったけれど、まさかアンタまでがいるとはね。でも歳がバレるから、生徒の前でそういうことを言うのはやめてくれないかしら」
と嗜めるまほ先生に、シシルイルイが睨みを効かせた。
『相も変わらず、へらず口だけは達者のようだな』
そしてシシルイルイが続けざまに語る。
「我を欺いて封印したことを、まさか忘れたわけではあるまいな』
はぁ? まほ先生が、こいつを封印しただとぉ? って、神獣相手になに考えてんだ、この女保健医は!
「ほぉ、それは凄いな」と感心するノーラに「すごーい」とティルまでも感嘆の声をあげていた。
するとリシャンが、俺の脇腹を肘で小突いて囁いた。
「マホ? って……ねぇねぇ、もしかしてマホ・レンヂン?」
発音が微妙に違うけど、こっちの世界での発音なのだろう。
「俺たちの世界ではホウレンジマホだけど、もしかしてリシャンの知り合いなのか?」
「バッカねぇ! マホ・レンヂンっていったら、私たち法力界では超メジャーな人物よ!」
説明を聞けば、現存する世界三大魔道士のひとりらしい。って、マジかよ!
「ノーラは知ってたか?」と試しに聞いてみれば
「残念ながら、わたしには縁のない世界なのでな、知らん」
だろうな。剣一筋のノーラに聞いたのが間違いだったようだ。となると、世界中を渡り歩いてきたティルはどうだろうか。
「詳しくは知らないけれど、ろくでもない人たちだって、旅先で聞いたことあるよ」
ろくでもないねぇ……。まぁ、神獣を封印したり、俺や華蓮を異世界に送り込むくらいだから、確かにろくでもないよな。
「失礼ね。ちなみに教えてあげるけど、みんなアレのことを神格化してるようだけど、ただの
雑魚? って、まほ先生……アンタどんだけ強いんだ?
「人をバケモノみたいに言わないでよ。これでも魔道士四天王の内の最弱なんだから」
三大魔道士なのに、なぜ4人?
もしかして算数できない人なの? と思っていたら、なぜか俺の頭にタンコブができていた。暴力反対!
だがタンコブよりも、もっと深刻なことが起きていた。
元の世界に戻れる喜びから気が緩み、まほ先生とバカトークを繰り返してたら、シシルイルイと理事長が誓約を交わし、契約を締結していたりする。
まったく、油断も隙もあったもんじゃない。
「ヌラミ。ここは危険ですから
そのルロォ理事長の命令に
「わかりました。ルロォ様に御加護があらんことを」
そう言ってヌラミは祭壇を降りると
「ルロォ様の怒りに触れたことを、あの世で後悔するといいでしょう」
蔑視する捨てゼリフを残し、ヌラミは階下へと降りていった。
「さて、みなさん。あなたがたには、ホウレンジともども、ここで死んでいただきます」
祭壇場からの死刑宣告に、まほ先生が不敵の笑みを浮かべた。
「女性になっても、その身勝手な性分は変わってないわね。そんなんだから女にモテなかったのが、なぜわからないのかしら」
と手のひらを理事長に向け、魔方陣を波状展開するまほ先生。そして得体の知れないエネルギーを凝縮させると理事長目がけて閃光を放った。
ドンッ!
周囲の大気を揺るがす強烈な魔法攻撃。って、加減ってものを知らないのか、この先生は! そんなもん食らったら、致命傷どころの話では済まないぞ!
だが、それを見越してか
「黙れ! この魔女風情が!」
理事長も瞬時に魔方陣を張り、まほ先生の攻撃をそのまま跳ね返した。
「あら、いやだ」と自ら放った魔法攻撃を、手のひらで受け止め無効化した。
って、なんなんだよ、このやべぇ強さは! 理事長も大概だけど、まほ先生も規格外な強さじゃねぇか!
「わたくしも、見くびられたものですね」
今度は理事長が仕返しとばかりに、攻撃魔法でまほ先生を狙い撃つ。が、まほ先生も障壁魔法でもってやり過ごす。
「複合展開もできるとは、恐れ入ったわね」
理事長の波状攻撃を緩和しながら、呟くまほ先生。見れば、理事長が新たなる召喚魔方陣を形成し、俺たちの周囲に張り巡らせた。
「おい、マズいぞ!」と誰よりも早く異変を察知したノーラ。その言葉通り、囲われた魔方陣から魔虫と人体模型が大軍のごとく次々と現れてきた。
「おいおい、冗談じゃないぞ」
前はおろか後ろにも下がれない八方ふさがりの状況。こうなったら、戦力を増強するしかない。と俺は迷わずスマホを取り出し、戦い始めたノーラとティルの背中姿を連写撮影し
「ティルとノーラ、10人を召喚!」
どんなに魔物たちの数が多かろうと、ノーラの剣技の前では数のうちに入らねぇよ。……のはずだったのだが、ふたりを再生召喚したら、背景に写った魔物たちまでセルフ召喚してしまった。
その数、およそ60体。
くそ……人物だけ切り抜きゃ良かった。まぁ、それでもティルとノーラなら、なんとかしてくれるはず。すると期待どおり、ふたりが火炎放射と必殺剣技で、溢れ出る魔物たちを次々と打ちのめしていく。
「もう少し、増やしておくか」と再度、ふたりにレンズを向けたときだった。妙な視線を感じて祭壇場に目を向ければ、理事長が目を細めてこっちを見ていた。
「まさか、そんなモノで影武者を召喚していたとは。どういった呪術式かわかりませんが、学院内にそのようなモノを持ち込むことは禁止ですよ」
あのぉ……ここは日本の学校じゃないんで、謎ルールを押し付けるの、やめてもらえますか。
そんな反論を知ってか知らずか、おもむろに理事長がスーッと腕を上げた。同時に目の前の人体模型が剣を振るい、俺のスマホを真っ二つにした。
って、あぶねぇな! 手を引っ込めなかったら、手首ごと切り落とされてたぞ!
人体模型を睨みつつ、ふたつに割れたスマホを拾い上げ、逃げるように後ずさる。
あーあ、どうすんだよ、コレ。俺だけが使える唯一のマストアイテムなのに。
繋ぎ目を合わせてみるも、物理的破損したスマホは復元再生することはなかった。
「うーん、どうしよう……」
障壁魔法で魔物たちを遠ざけるリシャンに近寄り、背中越しに訊いてみた。
「なあなあ、リシャン。コレって直せる?」
すると、リシャンがチラリとスマホを見て即答する。
「復活の壺がないからムリ!」
まぁ、そうですよね。……って、どうすんだよ。スマホがなければ、俺、なにもできない無能者なんだけど。
あ、もしかしたら、まほ先生なら直せるんじゃなかろうか?
見れば、流石のまほ先生も束になって襲ってくる魔物たち相手にイライラしながら反撃をしている。うーん……どうやら迂闊に声をかけられる雰囲気じゃないな。
「ユータ、なにをボケーッとしている! お前も剣を持って戦え!」
先ほど同様に、ノーラのひとりから木剣を投げられた。
漫画やゲームとは違う、本物の戦い。俺は覚悟を決め、壊れたスマホをポケットに押し込むと、鞘を抜いて剣を握りしめた。
【つづく】
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