【中編】
「とりあえず、このあたりで試してみるか」
夕方の目抜き通り。
当然のことながら、大勢の人たちが夕飯の買い出しで賑わっていた。
「コホンッ。では、早速」
俺はグルリと周囲を見渡し、時計アプリを連打した。
すると、まるでヘッドフォンのノイズキャンセラーのように、町の喧騒が一瞬にして消えた。
「おおっ! 凄ぇー!」
目の前を行き来していた人たちの動きは止まり、精肉売り場の生きた食材たちまでもが籠の中で制止していた。
「ガチでヤバイな、この機能……」
念のため、カウント数値を確認すれば
177、176、175……。
「なるほど。押した回数だけカウント時間も加算されるのか」
想像どおりなら、あと3分はこの状態のままのはず。
俺はドキドキしながら、歩いていた獣人女性の肩に触れてみた。いつ、振り向かれてもおかしくない状況。だが女性は俺に気づかず、真っ直ぐ前を見たままだった。
恐るべし、魔法改造。
「なるほど、あのエ○動画は、こうやって制作されてたのか」
試しにもう一回だけ獣人女性の肩を叩いてみた。今度は強めに。しかし、それでも女性は微動だすらしない。そうなると、本能的に男の
そしてカウントダウンが終了した瞬間、騒がしい音とともに人々が一斉に動きだした。
もちろん、獣人女性も俺に触れられたことなどは、つゆほども知らないでいる。
「つまらんなぁ」
乏しい変化に物足りなさを覚えた俺は、再度、時計アプリを連打した。
「ちょっと、イタズラしてみっか」
青果売り場のオバチャンが持つ白玉野菜を取りあげ、それをお客の頭の上に乗せてみる。
「まだ時間が残ってるな」
なので2件隣で乾物商品を扱っているクマもどきなオヤジの頭に干物を乗せ、さらに通りを歩いていたオッサンの体を寝かせてみた。
……3、2、1、ゼロ。
「なんだ、こりゃ?」「あら、いやだ」「へっ?」
予想通りの反応。誰もが狐につままれたかのように目を丸くし、自分の置かれた状況を理解できないでいた。
「こりゃ、おもろい」
その後も俺は時間制止を繰り返し、イタズラだけではなく、直前で怪我や事故の恐れがある人たちのフォローをし続けた。
世界人類の誰もが羨む、無敵にして最強の能力。悪にも正義にもなれる神的な力。まさに、リシャン様様だった。が……
「いい加減、飽きた……」
些細なイタズラと、些細なボランティア程度にしか使うことができない自分に嫌気がさした。
「空しいな……」
割り切ってエッチなことにでも使えばいいのだが、それはそれでつまらないのだ。
「うーん……。もっと有意義な使い道はないのだろうか」
例えば敵と戦うこととか。それも誰もが恐れるような強いヤツ。だが、俺の周りにそんな敵はいないし、また存在しない。
「魔王でもいれば、この力を存分に発揮できるんだけどなぁ」
などと妄想を抱えながら、俺は噴水広場へと足を向けた。……が、特に時間制止するような相手もいなければ、事件もない。
「つまらん……」
と、そこへ偶然にもティルがやってきた。
「あっ、ユータがいる」
「お疲れぇ。チケット探しは?」
「うん。今日はもう、おしまい」
「華蓮の姿がないけど」
「カレンちゃんなら、先に屋敷に帰ったよ。だから、わたしもちょっと目抜き通りで買い物でもしてこうかと思って」
と好物のクサイチゴドリンクをすするティル。
「それで、ユータは、こんなところでなにしてんの?」
「実はコレなんだけどさぁ」
と俺がスマホを見せた途端、ティルが目を輝かせた。
「もしかして石版、直ったの?」
完璧に直った……というよりも、別次元でOSがアップデートされたけどな。
「それじゃあ、しゃしんできないの?」
リシャンが魔改造したスマホだ。迂闊に人に向けて撮影した途端、対象者が消滅することもありうる。それだけに時間をかけて検証しなければならないだろう。
「つまんないの」と露骨にガッカリするティル。まぁ、その気持ちはわからなくはない。
って、ちょっと待てよ。この際だから魔法の石版としての真価を見せつけて、ティルを驚かせてやろう。と俺は説明もなしに、ティルの見ている前で時計アプリを起動させた。
ピタッと周囲の喧騒が噴水の水しぶきとともに止まった。
一分間という時間停止。
世界が止まっている中で、俺は硬直しているティルの背後に回った。……が、なぜが数秒で刻が回復してしまった。
「あれ、やけに短くないか?」
俺が静止時間に疑問を感じていると、親とはぐれてしまった迷子のようにティルが尻尾を振ってオロオロしていた。
「ユータ、ユータ? どこに行っちゃったの?」
泣き出しそうなティルの背後で、俺は意味もなく余裕のポーズを決めて声をかけた。
「どうした、ティル? 俺ならここにいるぞ」
えっ? と振り向くティルに、グッと体をくねらせてクールに決めてみた。って、カッコいいーな俺!
「なに、なに? どうしてユータが後ろにいるの?」
事情を知らないティルにとっては、きっと瞬間移動に見えたに違いない。
「もしかして、その石版の力なの?」
子供顔負けの好奇心を発揮して目を輝かせるティル。今更だが、どんだけファンタジーに飢えてるんだろうか。
「時間停止? 凄いね! ねぇねぇ、もう一回やって、やって!」
興奮してやまないティルのリクエストに、俺は時計アプリを押した。が……
10、9、8、7、6、5……。
あれ? なんで10秒からスタートしてるんだ?
短いカウントダウンに首を傾げていると
「ユータァ。なんにも起こらないけど、どうかしたの?」
あっという間に、カウントダウンが終了していた。
「いや、ちょっと調子が悪くってさ。もう一回やってみる」
そういって、再度、時計アプリを起動させると、今度は9秒前からカウントダウンが始まっていた。
「どういうことだ?」
まさかと思うが、このカウントダウン……もしかして使用回数に応じて、スタート時間が短くなるのか?
「なにしてんの、ユータ。もしかして、石版壊れちゃったの?」
なんの変化もない状態に、ティルが心配そうにスマホを覗き見ていた。
「ちょっと、待ってくれ」と俺は、もう一度アプリを起動させた。
8、7、6、5、4、3……。
ぬぉぉぉぉおっ! マジかぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!
わずかな制止時間の間、俺は頭を抱えて悶絶した。
まさかの回数制限。それもワンクリックする度に1秒減るという残念な機能。しかも残りの使用回数は一桁まで減っている。
「そんなに使ったかな?」
指折り数えてみれば、連打含め50回以上は使用しているかもしれない。
ちくしょう……最初から、わかっていれば使わなかったのに。確認もしないでバカみたいにカウント浪費してしまったじゃんよ。
うーん、まったくもって悲しすぎる。
雀の涙ほどになってしまった残り時間に、俺が途方に暮れていると、ティルが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「もしかして、もう時間停止できなくなっちゃったの?」
「ごめん。回数が限られてて、ほとんど使えなくなった」
「そっか……残念」
ガッカリするティル。俺も、そんな顔をさせたくなかったんだよ。でも、待てよ。明日になったら、またリセットされて使えるようになるかも。
なので、明日に期待するしかないな。と、その前にティルに口止めしておかないと。
「いいか。この時間停止のことは誰にも言っちゃダメだぞ。特に華蓮には絶対にな」
「なんで、カレンちゃんに内緒なの?」
小首を傾げるティルに、俺は両手の人差し指をツノに見立てて般若顔をしてみせた。
「こんな感じで鬼になるからだよ」
もし、こんなモノが華蓮にでもバレた日には、取り上げられた挙げ句、粉々に破壊され、燃やされるに違いないのだ。
「カレンちゃんってオニ族なの?」
なぜ、真顔でそういうボケかたをする? と、いうより、この世界では普通に鬼が存在するのか。
「いや、俺の世界では言葉のあやで、怒るひとのことを、そう呼んでいるんだよ」
「なーんだ、つまんないのぉ」
唇を尖らせて本気でガッカリするティル。と言うか、どんだけ非日常に飢えてるんだろうか。
「そういうわけだから、華蓮にはくれぐれも内緒だぞ」
「うん、わかった。約束する」
と素直に頷くティル。うーん、本当に良い子だね。
「んじゃあ、買い物して帰るとするか」
そう言って、俺たちは目抜き通りへと向かった。
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