■13■女理事長【前編】

 学院敷地内の中心に建つ教員塔を起点とし、東西南北に伸びる木造三階建ての校舎。

 そんな中、敷地全体を見下ろすかのように一際そびえ立つ石造りの塔がひとつあった。

 威容いようを放つ建造物。校庭からも目立つその存在感のおかげで、俺と華蓮は迷うことなく目的の場所にたどり着くことができた。

「ここか」

 重厚な造りの玄関をくぐってロビーに足を踏み入れると、獣人女性のコンシェルジュが、来客である俺たちを出迎えてくれた。

「じつは先日、こういう手紙をもらったんですけど」

 と俺が紹介状を差し出すと、内容を確認したコンシェルジュが静かに頷いた。

「ルロォ理事長から、お話は伺っております」

 どうぞ、こちらへ。と、コンシェルジュの案内で2階の理事長室へと向かった。

「ルロォさま。マキシマムユータオーさまが到着されました」

 と理事長室のドアをノックして用件を伝えると、女性の威厳ある声が部屋の中から聞こえてきた。

「お通しして頂戴」

 その命に応えるようにドアを開け、入室するよう促すコンシェルジュ。俺たちは襟を整えるように身を引き締め、理事長室へと足を踏み入れた。

「ミトーレ学院へようこそ」

 執務の手を止め、卓上から顔を上げる老婦人。見れば、両眼を刺繍入りの眼帯で覆っていた。

 盲目なのかな? と思っていると、理事長はそんな素振りも見せる風もなく執務席を立ち、口元を綻ばせながら俺たちを握手で歓迎してくれた。

「遠路はるばるおいでくださり、感謝いたします。わたくしが理事長のルロォです」

 皮膚の小皺や頰のたるみ具合からして70歳……いや、もしくはそれ以上だろうか。かなり年配であることが、見て取れた。

 汚れひとつ無い質素な身なりと上品な仕草。背筋を伸ばし、にじみ出る徳性。正に学院を預かる理事長イメージそのものだった。

「こちらこそ、お招き頂きありがとうございます。ルロォ理事長」

 緊張を隠し、それっぽく社交的に挨拶を交わす俺に続き、華蓮も手を差し出した。

「お初にお目にかかります。ルロォ理事長」

 同性ということもあってか、理事長も口元に笑みを浮かべて両手で握り返す。

「あなた、お名前は?」

「アリスカワカレンと言います」

「素敵なお名前ね。まぁ、立ち話もなんですから、どうぞ、お掛けになって」

 ルロォ理事長に勧められるがまま、俺たちはソファーに腰掛けた。

「ここまで遠かったでしょ?」

「いえ、大したことはありません」

 もっとも、3時間以上の道のりとは思いもよらなかったけど。

「カレンさんはどうでした?」と問う理事長に

「はい。おかげさまで、なんとか」と、一瞬だけ言いよどむ華蓮。

「慣れない道のりだっただけに、さぞ大変だったでしょう」

 華蓮さん……足を痛めてティルにおんぶされてきたことを見透かされていますよ。

「さて、今回、マキシマさんをお招きした理由ですけど」

 と切り出す理事長に、俺は胸を張った。法力学試験の結果が優秀だったから。というのが相当だと思ったからだ。

「あなたの成績が、あまりにも優秀で目を見張るものがあったからです」

 それもこれも、ティルの鱗を守るために頑張ったからな。

「それを踏まえた上で、当学院ではあなたを模範生徒として迎え入れたいと思い、このようにお誘いした次第です」

 まぁ、予想通りの展開だな。と内心、ほくそ笑んでいると理事長がキリッと表情を引き締めた。

「パンフレットを見てご存じかと思いますが、我が校では30年に渡り一貫教育をおこなっています」

 えっ、それで終わり? もっと、俺のこと褒めてもいいのに。 

「本校でのモットーは……」

 と早々にミトーレ学院の教育理念を語りだす理事長。……が正直、なにを話しているのか、サッパリ頭の中に入ってこなかった。と言うのも、生徒に対しての教育制度の在り方やミトーレ学院の方針などなど、堅苦しいお話ばかりだったからだ。

 日本における全校朝礼の定番である校長先生のありがたい謝辞だけでも退屈なのに、マンツーマンの説法ではつまらないどころの話ではなく、あくびをかみ殺すのが精一杯だった。

 まったく、自分で言うのもなんだけど、馬の耳に念仏とは良くいったものだよ。

 幸いなことに、真面目な華蓮が理事長の話相手になってくれたおかげで、なんとか面談を乗り切ることができた。


「やっと、解放された」

 一時間に及ぶ真面目なお話。

 出されたお茶と茶菓子を行儀良く食い尽くし、下がっていくモチベーションをどうにか誤魔化していたのだが……それでもツラかった。

「どうします? 校内の見学がてら、みんなと合流しますか? それとも先に理事長が用意してくれたゲストハウスを確認しにいきますか?」

 理事長室を退室し、これからの行動を問う華蓮に、俺は一考した。

「今すぐお決めになるのもなんですから、1週間ほどこちらに滞在されて、ゆっくりお考えになってください」

 と宿泊施設を用意してくれたゲストハウス。受付の獣人コンシェルジュことヌラミに声をかければ、すぐに案内してくれるというのだが……どうせなら、みんな揃って行きたいところだ。

「まずは、ティルたちを探しに行こう。ゲストハウスはそれからだ」

 ということで、俺たちは広い校内をほっつき歩いている3人を探すことにした。

 ヌラミさんから学院の案内図をもらい、高学年用の北側校舎内を見学する俺たち。

「まるで日本の学校にいるみたい」

 廊下にぶら下がるクラス表示の吊り看板。教室の前と後ろには引き戸の出入口。教室内には黒板と生徒が座る机と椅子が整然と並び、後ろには木で作られたロッカーまで備えてあったのだ。ついでに言えば、七つの怪談まであるというおまけ付きというのだから驚きだ。

「流石、ルロォ理事長。とても異世界人の発想とは思えませんね」と感心する華蓮。理事長と有意義な談話を終えたせいか、なんだか生き生きしているな。

「教育者としての、貴重な意見が聴けましたからね」

 まぁ、普通に考えて一介の生徒が聞ける話ではないからな。

 しかし、気になる点もいくつかあった。

「気になる点?」

「あぁ。俺の苗字をちゃんと日本語発音で言えたことだ」

 訛ることなくマキシマと言えた異世界人。言語能力に長けているというには、出来すぎに感じたのだ。

「他国人種などの言語を理解できる先生ですもの。ちゃんと発音されて当然なのでは」

 なるほど、そういう解釈もあるか。

 じゃあ、礼儀作法はどうだろうか。

 握手を始めとするひとつひとつの所作。異世界特有の癖もなく、まるで日本人相手と対面している気がしたのだが。

「教養と品格をお持ちの先生ですもの。それだけに、お客さまを迎えるにあたって普通の社交辞令なのでしょう」

 ベタ褒めだな。まぁ、確かに教育者としては完璧といえるくらい立派な人だったしな。と、俺は理事長に質問したときのことを思い返した。



「ちなみにパルバールという卒業生はご存じですか?」

 すると期待を裏切る返事が。

「えぇ、存じておりますよ」と微笑む理事長。

 おや、意外だな。ついでなので在校当時のパルの様子を聞いてみることにした。

「理事長から見て、彼女はどんな生徒でしたか?」

「当時の担任から伺っただけですが、わたくしの知る限りでは自由奔放な発想の持ち主で、好奇心旺盛な生徒だったと記憶してます」

 全校生徒1000人と謳うミトーレ学院。

 その中の卒業生をピックアップしたパルの性格を、見事に言い当てたルロォ理事長。記憶力もさることながら、明晰な分析力は流石だというべきか。

「では、中退したノーラという生徒を覚えてますか?」

 これは流石に覚えていないだろう。と思いきや

「えぇ。とても良く覚えてます。武勇にけ、いつも弱き者の味方をしてた類い希なる良い生徒でした。それだけに辞めてしまったのは非常に残念でなりません」

 まさかの高評価。本人の尊重を重んじるコメント。もはや寛大すぎて言葉がない。しかも俺の知っているノーラとは真逆だったことに、驚きを隠せなかった。



「それだけ、ルロォ理事長はひとりひとりの生徒に対し、真摯に向き合っていたんだと思います」

 素晴らしい方です。と尊敬の念を抱く華蓮に、俺も否定することはなかった。とそこへ

「こんにちは!」と来賓者の俺たちに対し、通りすがりに挨拶する生徒たち。

 あぁ……そういえば、俺の学校もそういう風に指導されてたっけ。違うと言えば、生徒が人間か獣人の違いだけであり、教育指導そのものに違いはなかった。

「素晴らしいですわ」

 ふふ。と満足げに笑う華蓮。

 異世界なのに、まったくもって良く教育されてるよな。と俺も感心するしかなかった。

 そして校内に入ると、想像以上に「学校」であることに驚かされた。

 可も無く不可も無しの廊下。掲示板には成績発表や連絡事項、生徒作成の部活動の勧誘などが貼られていたりする。

「こうしてみると、俺たちの住む学校と変わりないな」

 ただ、違うと言えば……

【校内飛行禁止!】

【魔法及び魔法具の使用は所定位置で!】

 と異世界ならではの校則を知ることとなった。うんうん、秩序ある行動は大事だよね。

 そんな感じで、各教室を垣間見ながら廊下を歩き続け、そのまま特別室の校舎へと足を踏み入れた。

「ここには、なにがあるんでしょうか?」

「案内図を見る限り、美術室とか家庭科室とからしいぞ。それと図書室も」

 すると俺の意図をくんだ華蓮が首を傾げた。

「もしかして、そこにパルさんがいるということでしょうか?」

 あいつのことだから間違いなくいるだろう。ということで、俺たちは最初に目星をつけた図書室に向かうことにした。


「なに、あの人?」「在校生じゃないよね」

 何冊もの分厚い本で城壁を築き、黙々と本を読み漁るパル。その異様な光景を、生徒たちが遠巻きに見守っていた。

「やはり、ここにいたか」

 俺と華蓮が近寄った途端、パルが顔を上げ、萌え袖でもってメガネのブリッジを押し上げた。

「よく図書室ここがわかりましたね」

 お前の行くところなどお見通しだ。

「久しぶりの学校なので、創作意欲に火がつきまして、ちょっと調べ物を」

 ニッと妖しい笑みを浮かべながら、手帳にペンを走らせるパル。もしかして、こいつは文学の死霊か、コックリさんにでも取り憑かれてるのか?

「それで、ティルさんとノーラさんは、どちらに?」と華蓮が問えば

「さぁ。途中で別れたから、わかりません」

「わかりません……って、待ち合わせとかはしてないのか?」

「いいえ。特にこれといって約束してませんけど?」

 元ホームグラウンドとはいえ、自由すぎるだろ。

「ノーラさんなら在校生に体操着を借りていましたから、きっと着替えて校庭か、体育館あたりにいると思いますよ」

 いい歳こいて、なに考えてんだ、あのバカたれは。しかも着替えてるだと?

「どうして体操着だとダメですの?」と華蓮。

「体操着なんか着てたら、部活中の在校生との判別がしづらいだろ」

 木を隠すには森の中とは、よく言ったものだ。おかけで探す難易度が上がってしまった。

「パル。俺たちはノーラとティルを探しに行ってくるから、おまえはここを動くなよ」

「心配には及びません。たとえ魔物が現れて殺されそうになったとしても、一歩たりともここを離れるつもりはありません」

 余計なことかもしれないけど、もっと命は大事にしたほうがいいぞ。

「それで、どうするんですの?」

 華蓮を引き連れて図書室を出た俺は、案内図をもとに思考を巡らせた。

「中庭の第1校庭から第2、第3校庭を回って総合体育館に行く」

「見つかるでしょうか?」

 これで見つからなかったら、各部室をしらみつぶしにしていくしかないだろう。あぁ、まったくもって世話のかかるヤツだ。

「とにかく行ってみよう」

 こりゃ、捕まえるのに一苦労しそうだな。と俺たちは中庭のグラウンドへと向かった。

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