【後編】

「おー、来たか」と意気揚々と俺たちに手を振るノーラ。

「来たか、じゃねぇだろう。いったい、ここで何をしてんだよ?」

「見れば、わかるだろ。可愛い後輩たちを鍛えているんだ」

 竹刀のようなモノを肩に担ぎ、得意げに胸を張るノーラ。その先のグラウンドサーキットでは、同じ体操着を着た中学生くらいの女子生徒たちがゾロゾロと列をなして走っていた。

「あと20周!」

 先頭がゴールラインを越えたのを見極め、竹刀を振り上げてげきを飛ばすノーラ。その指導の声に、女子生徒たちが息を切らせながら疑問の声をあげていた。

「ほら、あと20周だって。みんな、頑張るよ!」「はーい。って、それよりもせんぱーい……ハァハァ……あの人、誰なんですかぁ?」「知らないよぉ……ハァハァ……」「えっ? 先輩たちの知り合いじゃないんですか?」「いや、おまえの……ハァハァ、知ってる人じゃないの?」「えっ、わたし? わたし知らないよ?」

 と問答を繰り返しながら、ランニングする生徒たち。

 うーん、ノーラに関わってしまった在校生が気の毒すぎる。

「おい、ノーラ」

「なんだ、ユータオー?」

「なにも言わずに着替えてこい」

「なぜ、着替えなければならんのだ?」

「真面目に走っている在校生に対して迷惑だからに決まってんだろ! 見てみろ! 見ず知らずのおまえの存在に、思考が大混乱してんじゃねぇか!」

「そんなことはないぞ」

「そんなことあるんだよ! とにかく不審者として通報される前に、この場からずらかるぞ!」

 と俺はノーラの首根っこを掴み、華蓮に荷物を持たせて近くの校舎に駆け込んだ。


「後輩たちに危害を加えているわけじゃないのに、なにが問題なのだ?」

 不満タラタラで女子トイレから出てくるノーラ。まったくもって、部外者という自覚が足りてない。

「問題だらけに決まってんだろ! 俺のいた世界だったら、即逮捕案件だぞ」

「そうなのか、カレン?」

「えぇ、わたくしたちの世界では間違いなく捕まりますね」

「ふーん。ユータオーたちの世界は、治安が悪いんだな」と渋面するノーラ。

 あぁ、そうか。こっちの世界の人間からしたら、俺たちの世界で当たり前の警備体制ことが異常に思えるのか。

 それよりもティルはどうしたのだろうか? てっきり、こいつと一緒にいるものだとばかり思っていたのだが。

「そういえば、クサイチゴドリンクを購買部に買いに行ったきり、戻ってこないな」とノーラ。

 相変わらずクサイチゴ好きだなぁ。しかも購買部まであるのか、この学校は。

「それで、その購買部はどこにある?」

「南校舎にある食堂脇にあるが……もしかして、ユータオーもクサイチゴが欲しいのか?」

 なんで俺がクサイチゴを買わなきゃなんねぇんだよ。

「購買部に案内しろ」

「しょうがないやつだなぁ」

 ヤレヤレとかぶりを振るノーラ。

 うーん……ホームグラウンドという立場は、こうも人間を増長させるものなのか。と俺はイライラしながら、先頭を歩くノーラを小突いた。


「ここか」

 と購買部にたどり着けば、窓口で数人の女子生徒たちが、ワイワイキャイキャイいいながら、飲み物やおやつを買っていた。

「いないみたいだな」とノーラに続き、華蓮も憶測を巡らせる。

「もしかして、迷ってるのかしら?」

 大学並みに広い校内だ。初めて訪れた人間なら方向音痴になっても、なんら不思議じゃないだろう。あぁ……こんなとき、お互いケータイとか持っていれば、すぐに落ち合えるのになぁ。

「どうするのだ、ユータオー?」と隙あらば体操着に着替えようとするノーラ。……って、こいつ。また、グラウンドに行こうとしてるのか。

「どうもこうも、探しに行くしかないだろ」

「でも、どこにいるのか、わかりませんけど」

 とノーラから体操着を没収し、自分のカバンに収める華蓮。前から思っていたことだけど、こういうことに関しては気が利くな。

「となると、残るは食堂か」

「どういうことですの?」

 華蓮の問いに、俺はドヤ顔を決めて見せた。

「クサイチゴドリンクを手にしたティルのことだ。次のターゲットは食い物に違いない」

 食いしん坊なティルのことだ。クサイチゴだけで満足できるはずがないのだ。ということで、俺は迷わず食堂に足を踏み入れた。

「って、これが食堂?」

 吹き抜けの高い天井とバロック調の壁作り。これでパイプオルガンでも設置されていれば、立派な大聖堂だろう。

「わたくしが通う学校の食堂カフェテリアより立派ですわ」

 と荘厳な雰囲気に酔いしれる華蓮。まぁ、芸術に無頓着な俺でさえ、心を奪われるくらいだから当然かもしれない。と隣の華蓮を見れば、カバンから壊れたスマホを取り出し、ふぅっと残念なため息を漏らしていたりする。

 もしかして、この光景をスマホに納めたいのだろうか。

 なにしろ、男の俺でさえ自撮りしてSNSに上げたい衝動に駆られるくらいなのだから、女の子の華蓮ならなおさらだろう。

「なぁ、有栖川さん。もし良ければ俺のスマホで撮ってあげようか?」

 没収された俺のスマホを使えば撮影は可能だし、撮影データは元の世界に戻ってから、あらためて華蓮に転送すればいいだろう。

「お気持ちは嬉しいんですけど、そのぉ……遠慮しておきます」

 なぜか言葉を濁す華蓮。というか、目が泳いでいるのは気のせいか?

「別にSNSとかで拡散しようとか、考えてないから」

 こう言ってはなんだが、こう見えても俺はネットリテラシーを重んじる紳士なんだぞ。と下心がないことを伝えてはみたものの……なぜか、華蓮は首を縦に振ろうとはしないでいる。

「まさか、俺のスマホ壊したんじゃあ……ないよな?」

「そんなことはありません! 今も、こうして大事に持ってるんですから」

 語気を強め、魔改造されたスマホを見せる華蓮。

「ちょっと、確認だけでもさせてくれないか?」とスマホに手を伸ばせば

「ダメです!」

 なんで? それって俺のスマホだよね。なのに、どうしてそこまで拒絶するの?

「どうしてもです! とにかく、元の世界に戻るまで、しっかりとわたくしが管理しておきますので、ご心配なく」

 いいですね。と念を押し、カバンの底へと押し込む華蓮。

 どうやら、絶対に触らせる気がないしい。

 まぁ、あんなスケベ召喚を見られた後では、こうなるのは当たり前か。とにもかくにも、このまま押し問答を繰り返しても時間の無駄なので、俺も潔く諦めることにした。

「とは言え、肝心なティルがいないな」

 と食堂奥に設けられた配膳窓口に目を向ければ……下校間際ということもあって、食堂自体がやっていなかった。

「食堂の営業はお昼と、寄宿生の朝夕の食事だけだから、やってるわけがないだろ」

 まったく、ユータオーはなにも知らないんだなぁ。とバカにするノーラ。うん、怒らない怒らない。

「どうりで閑散としてるわけだ」

 整然と並ぶ長テーブルとイスを横目に、俺は一旦、外に出ることにした。

「さて、どうしたもんかな」

 だだっ広い校庭を見渡しながら、ティルが行きそうな場所を考えた。

「当てがあるんですか?」

 基本、人の多いところに惹かれる性分だからな。ゆえに賑やかな場所にいるはずなのだが。

「たとえば、あんな感じで人が集まっているところとかですか?」

 と校庭脇の人だかりを指さす華蓮。

 そうそう。なんでも首を突っ込みたがるティルの性格上、黙って見過ごすはずはない。と思った矢先……人だかりの中心から炎が上がり、同時に歓声が沸き上がった。

「おおっ!」「キャー! 凄い!」「これが、天然のドラゴンファイヤーか」「魔法と違って、迫力が違うな」

 見れば、ファイヤーパフォーマンスを繰り広げ、生徒たちの注目を集めているティルがいた。

「どうやら大盛況のようだな」と腕組みをして頷くノーラ。って言うか、校内で火柱を上げて先生に怒られないのか?

「他者に危害を加えたり、校舎を燃やさない限り大丈夫だ」

 流石、異世界。俺の世界だったら秒でSNSにアップロードされ即退学。加えてボヤ騒ぎなんか起こした日には、刑事事件+損害賠償にまで発展するだろう。

「良い子は真似しちゃダメだよ」

 笑顔での注意喚起。いやいや、流石に口から火を噴くヤツはいないだろ。いや、もしかしたら油を口に含んで火をつけるアホな輩がいるのかもしれない。

「はい。じゃあ、今日はこれでおしまい」

 と惜しみない拍手に見送られながら人混みをかき分け「あ、ユータ!」と俺たちを見つけ、駈けてくるティル。少し前髪が焦げてるのは気のせいか。

「サービスしすぎちゃった」

 テへっと笑って前髪を整えるドラ娘。もうカワイイな、オイ!

「サービスなんですか?」と問う華蓮に

「うん。いつもはお皿を置いて、お金を貰うんだけどね。今日は特別に無料」

 それはもしかして、旅先で大道芸人のようなことをしてたってこと?

「そんな大袈裟なものじゃないけど、旅先でお金が無くなったときに、たまにこうやって旅費を稼いでいたことがあったんだよ」

 文字通り『一芸は身を助ける』を地で行くとは……ハングリー精神が凄すぎる。

「ところでユータオー。理事長はいたか?」

「ああ。おまえが好き勝手に遊んでいる間に、会ってきたぞ」

 俺が嫌味を含めて報告をすると

「そうか……」

 そう短く答え、校舎向こうでそびえ立つ塔を睨むノーラ。

「理事長がどうかしたのか?」

「いや、なんでもない」

 ふーん……まぁいいか。

 ともあれ全員が揃ったということで、俺たちは図書室に籠もっているパルを捕獲して、今夜の寝床であるゲストハウスへと向かったのだった。


【つづく】

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