■8■これぞ異世界!【前編】

「グォルルルルルゥ……」

 生臭い息を吐きながら、辺りを見回す数匹の魔物ワーウルフたち。

 その瞳は凶悪なほど真っ赤に染まり、己を見失っていた。

 薄暗く湿度の高いダンジョン。

 その通路の曲がり角で、俺は身を潜めたまま鑑定魔眼を使って敵の強さを知る。

「レベル25か。やっぱ、この階になると結構強いな」

 すると背後で、錫杖を持ったカレンがいう。

「それで、どうするんですの?」

「俺が囮になってヤツらをおびき出すから、おまえの魔法で仕留めてくれ」

 できるか? と背中越しで訊ねれば、カレンが表情を引き締めて頷いた。

 流石、天才美少女といわれる魔法使いだけはあるな。

 半端な魔法剣士の俺とは比べものにならないほど頼もしいヤツだ。

「いくぞ!」

 飛び出した俺のタイミングに合わせ、カレンが詠唱を始める。

「水の精霊よ。我の法力に従いて、汝の加護力を……」

 何度聞いても相変わらずカッコいいな。なら、こっちもいっちょ派手にやりますか。

 俺は魔法石が埋め込まれた短剣を握りしめ、通路に躍り出た。

「おーい! おまえらの探しているのは、もしかして俺のことか?」

「グォルルルゥ!」

 俺の存在に気付いた魔物たちが、狭い通路の中で我先にとばかりに押し寄せてきた。

「おぉっと、怖い怖いっ!」と短剣を魔物に向けたまま後ずさる。そして角まで誘い出したところで

「シックル・ウォーブレット!」

 カレンの振る錫杖から大鎌を象った水流が放たれ、魔物たちの首を瞬く間にねていく。

 だが、威力が持続しないせいか後続の魔物たちまで倒すにはいたらない。

「それでも上出来だ! あとは任せろ!」

 俺は崩れ落ちる屍の間をすり抜け、無詠唱で短剣の魔法石に法力を込める。

 同時に短剣から蒼白い光の火花が発生した。

 聖なる雷光。

 特殊能力を備え持つ俺だけが操れる魔法であり、魔物が一番嫌う神聖魔法だ。

 ザシュッ! ザシュッ!

 俺は短剣でもって襲ってくる魔物たちを次々と切り裂き、相手を黒い塵へと変えた。しかし

「あっ、こらっ! 逃げんじゃねぇ!」

 逃げる最後の一匹を追いかけ、広いフロアに足を踏み入れた途端、待ちかまえていた魔物たちに囲まれた。

「チッ、まだいたのかよ」

 見渡したところ、ザッと50、いや100といったところか。

 そこへカレンも駆けつけ、やれやれとばかりにため息をついた。

「この数相手に、どう戦うおつもりですか?」

 出口をふさがれ、背中合わせで問うカレンの言葉に、俺は笑って見せた。

「ティルたちを救うためだ。どうにかしてみせるさ」

 同時に、この依頼を受けたことを後悔した。



 いつものように仲間たちと、行きつけの定食屋【灯火亭】で昼食をとっていたときだった。

「ユータ。新しい仕事だ」

 店の主人マスターであるタヌキもどきの獣人が、オーダーした食事とともに、手のひら大の革袋をテーブルに置いた。

「これは前金だとさ」

 するとノーラが袋の口を紐解き、中身を確認する。

「ほぉ。前金でこれだけ包んで寄こすとは、今回の依頼者は相当な金持ちだな」

「気前の良いお客さんだね。ちなみに、どんなお金持ちの人なの?」

 好物のクサイチゴドリンクを飲みながら、興味津々で訊ねるティルに、マスターが渋いタヌキ顔を晒した。

「毎度のことだが、客の素性は明かせない」

 表の顔はしがない大衆食堂【灯火亭】の主人。だが、その裏では闇の依頼を遂行する仕事人の元請けなのだ。

「それで、今回はどんな依頼内容ですの?」

 久しぶりに舞い込んできた仕事話に、カレンが食事をしながら訊ねれば

「血塗られた森と呼ばれるブラッディフォレストは知ってるか?」

 マスターが口にした地名に、一同が食事の手を止めた。

「行ったことはないけど、確か、遠方にある南の森林地帯だったよな」

「その通りだ」

「まさか、虫取りとかさせるつもりじゃないでしょうね」

 ゾワッと背筋を振るわすカレンに、マスターがいう。

「まぁ、遠からず近からずといったところだな。ところで、シシルイルイという幻の怪鳥を知っているか?」

 するとティルが元気よく手を上げた。

「ハイハイッ! わたし、知ってる! 異国で聞いた伝承だけど、鋭いくちばしで人の心臓を食い荒らしてた。っていう破戒神の使い魔でしょ」

「そうだ、良く知っているな」

「えへん」と胸を張るティル。

 流石は元旅人。異国情報に抜かりはない。

「それで、そのシシルイルイと今回の依頼が、どう関係してるんだ?」

「そのブラッディフォレストにある古代遺跡の中に、シシルイルイの心臓が祭られているという噂があってな、依頼者が是非とも手に入れたいとのことだ」

 なんとも趣味の悪い依頼主だな。そもそも、そんなものが本当に実在するのかも怪しいもんだ。

「それでユータ、いつから動ける?」

 マスターの問いに、俺は即答した。

「急いで荷造りすれば、今夜中には出立できるぜ」

「では、成功を祈っているぞ」

「あぁ。依頼者には残りの報酬を用意しとけ。と伝えておいてくれ」



 なぁんて、カッコつけてみたけど……実際はこのザマだ。カッコ悪いったら、ありゃしない。

 しかも、ここまでの道のりで仲間のノーラとティルが魔物に捕まってしまったのだ。

 仲間の救出。

 裏で糸を引く見えない黒幕という存在に気づかされて、余儀なくされた計画変更。

 そんな番狂わせに、焦りを感じながら懸命に武器を振るう俺とカレン。

 障壁魔法を展開し、互いをフォローしながら、襲いかかる魔物相手に立ち回る。

 だが、多勢に無勢ゆえ、その牽制攻撃も次第に追いつかなくなっていた。

「もう、キリがありませんわ!」

 水魔法で応戦するお嬢さまが弱音を上げ始めた。

 どうやら、そろそろ体力の限界か。

 ムリもない。正直、俺も集中力がなくなってるからな。

 無数の傷を体中に負い、肩で息をする俺とカレン。

 ちくしょう。こんなところで、くたばってたまるか。

 短剣で魔物の爪を弾き返し、カレンの援護に回った瞬間、三匹の魔物が俺の背中に向けて牙をむいた。

 頭上から振り下ろされる鋭い爪に、俺は身構える暇がなかった。

 絶体絶命のピンチ。

 ここまでか。と相手を睨みつけ、人生の終焉を悟ったときだった。

 ザシュッ!

 魔物たちの首が、緑色の血飛沫とともに目の前でフッ飛んだ。

「間一髪だったな、ユータオー」

 二本の長剣の柄で首なし遺体を押しのけるノーラ。というか、どっから湧いて出てきた?

「わたしにも、よくわからん。【転移の小枝】を振ったら、ここに飛ばされた」

「おい、知ってるか? アレは貴重な使い捨てアイテムだったんだぞ」

 それだけに価格もべらぼうに高いのだ。

「だからこそ、危険な局面で使ったんだが」

 貴重品をノーラに預けておいたのは失敗だったか。もっとも、そのおかげで命を救われたのだから、文句を言える筋合いではないけどな。

「だったら、なぜ、おまえと一緒に捕まったティルも転移してこないんだ?」

 奥義である【真空絶後】を乱発し、魔物を蹴散らすノーラに訊けば

「それが、わたしには用がない。と、なぜか魔物たちにポイ捨てされた」

 つまり、利用価値がないということか。

「心当たりはありませんの?」

 魔物と対峙しながら問うカレンに、ノーラも長剣で連撃しながら答える。

「ない。むしろ、わたしが理由を知りたいくらいだ」

 俺もそれを知りたい。そうすれば黒幕の目的がハッキリするからだ。

「魔物にも愛想を尽かされるほど、わたしには魅力がないのだろうか?」と急に攻撃の手を休めるノーラ。

 って、頼むから押し寄せる敵を前にして考え込むのはやめろよ! 魔物たちもどう対応していいのか、躊躇してんじゃねぇか!

「なぁ、ユータオーはどう思う?」

 と背後から襲いかかる魔物をノールックで切り裂くノーラ。

「そんなもん、俺が知るか。それより、こいつらをどうにかしろ!」

「余裕のないヤツだな」と、ため息をついて技を披露するノーラ。

「食らえ、真空絶滅後!」

 その放たれた奥義により、魔物たちの首がはねられ、あっという間に屍の山が築かれた。

 流石、免許皆伝の女。道場師範二代目は伊達じゃないな。

「わたしの手にかかれば、魔物など小バエ同然。それでユータオー、これからどうする?」

「ティルを助け出す」

 薙刀についた血糊を払いながら、カレンが本来の依頼を口にする。

「シシルイルイは、どうしますの?」

「一時、保留だ」

 依頼を完遂する前に、まずは仲間の救出が優先だ。

「でも、どうやって探すんですの?」

 カレンの疑問に、ノーラが剣を鞘に収めて答えた。

「ティルならきっと最上階だろう。そこでポイ捨てされた、わたしが言うのだから間違いない」

 邪険に扱われたことを、まだ根に持ってるのかな?

「最上階か……」

 俺は天井の向こうを見定め、決意を固めた。

「ティルを救いにいくぞ」

 なにが潜んでいるのか、わからない最上階。

 し烈な闘いが強いられることを覚悟し、俺たちは上層階を目指した。

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