【後編】

「俺の部屋は……っと。うん、ここがいいな」

 テントを張り終えた俺は、荷物を持って廊下の突き当たりにあるドアを開けた。

 屋敷の奥にある小さな部屋。

 もちろん、家主姉妹と華蓮から3部屋ほど間隔を飛ばした居心地の良さそうな場所である。

「ノーラはともかく、華蓮あたりは、ちょっとしたことでもセクハラだと騒ぎかねないからな」

 きっと寝るときも、錫杖を抱き枕代わりにしていることだろうから距離をとって用心するに越したことはない。

「なにはともあれ、これでまともな生活が送れそうだ」

 パタンっとドアを閉め、あらためて六畳ほどの部屋を見渡した。木枠の観音開きの窓に、木造二段ベッドと机一式があるだけの質素な部屋。

 それでも俺にとっては、ひとりでくつろげる自由空間である。

 早速、配達仕事で使っている手提げカバンを二段ベッドの上段へと放り投げ、上着とズボンを脱いで下段に身を投げ出す。夢にまで見たベッド。多少、枕はくたびれてはいるものの、マットと毛布を含めた三点セットはありがたい。

「これだよ、これ」

 シャツとトランクスのまま、毛布をギュッと抱きしめた。

 くぅー、たまらん!

 と足をバタつかせてのたうち回る。親元で過ごしていた自宅では当たり前だったラフな格好。それが、ようやく異世界でもできるようになったのだから嬉しくないはずがない。

「プライバシー、サイコー!」

 枕に顔をうずめ、歓喜の声を上げてると……なにやら、ドアのほうから人の気配を感じた。

「あなた……いったい、なに、してるんですか?」

 ゴキでも見るかのように頬をヒクつかせる華蓮に対し、俺は慌てて体を毛布でくるんだ。

「あ……有栖川さん。い、いつから、そこに?」

「プライバシー、サイコーからですけど」と蔑む華蓮。

 うわぁ、自分で言うのもなんだけど、結構キモいかも。

「そ、それで急にどうしたの? なにか、あったの?」

 女の子がひとりで部屋を訪ねてきたのだから、なにかしらのことがあったのだろう。例えば、華蓮の部屋に虫がいるとか、幽霊がでたとか。

「そうでは、ありません。実は……そのぉ、あなたにお礼が言いたくて」

 お礼? って、まさか、お礼参りか? その割には武器となる錫杖を持っていないのはなぜ?

「今日はこうして部屋まで工面して頂き、本当にありがとうございました」

 しずしずと頭を下げる華蓮に、俺はホッと胸をなで下ろした。

「困ったときはお互いさまだから、気にすんなよ」

 そんな俺の言葉に、華蓮が照れくさそうに頬を赤らめた。

「正直、今回の件であなたのことを少し見直しました」

「まぁ、有栖川さんより先にこっちに来てて、それだけ苦労したからな。そうじゃなきゃ、こんなふうに部屋を借りることなんてできなかったよ」

「また、ご謙遜を」とクスッと笑う華蓮。

 あれ? 思ったよりカワイイじゃん。昼間のツンケンした態度はどこに消えた?

「とにかく、今後ともよろしくお願いします」

 そう言ってドアを開け、照れくさそうに見返り

「頼りにしてますよ、異世界の騎士ナイトさん」

 と華蓮はドアを閉めて部屋を出ていった。

 って、なに? 今のホントに華蓮なの? 気立ての良い美人なお嬢さまに見えたのは、俺の気のせいか? それとも目の錯覚か?

「もしかして、俺の人間性を認めたということか?」

 だとすれば……今後、華蓮が持つ仕込み刀に怯える必要もなくなるというわけであり、もしそうであれば、この先一ヶ月における俺の命は安泰だ。

「やはり、引っ越してきて正解だったな」

 うんうん。と頷いていると

 コンコン!

 その軽いノックの音にニヤけた顔をキリリと引き締める俺。

「どうぞ」

 紳士的に促す俺の声に合わせ、キィーとドアがおもむろに開いた。

「……おにーたん」

 ドア越しに顔を覗かせる幼女に、俺は仏の顔をして微笑んだ。

「どうしたんだ、イーノ?」

「おねーたんが、お夕飯にする前に、先におフロに入ってもらうようにだって」

「風呂?」

「うん」

 あぁ、そうか。この屋敷には風呂があったのか。なんて贅沢な屋敷だ。

「うちのおフロはみんなが入れるくらい、とっても大きいんだよ」

 両手いっぱいに広げて自慢するイーノ。なるほど、それは是非とも入ってみたいもんだ。

「おフロはね、裏庭の離れにあるから、ゆっくり入って暖まってね」

 きっと、すごすぎておにーたんもビックリするよ。と退室していくイーノ。

「風呂かぁ。なんだか久しぶりだなぁ」

 元の世界にいたときは、風呂よりもシャワー派だった俺。……が、こっちに来てからというもの、主に泉での行水にとどまる毎日になってしまったのだ。しかもほのかに苔臭く、体を拭いたあとでも川魚のような匂いが鼻についていただけに、これほど嬉しいものはない。

「よし。じゃあ、ひとっ風呂浴びにいくか」

 と俺は服を着直し、タオル片手に風呂場へと直行した。



僭越せんえつながら、お背中を流させていただきます」

 カポーンッ。

 目の前の状況に、俺の脳内で桶の音が鳴った。

 のれんをくぐり、脱衣所の籠に着ていた服を投げ入れ、全裸になって木戸を開けた瞬間……なぜか、浴室で正座をしているノーラがいたのだ。しかも、あろうことか湯浴み着一枚で。

「ちょ、ちょ、ちょっと待って。って、ノーラ、ここでなにしてんの?」

 もしかして、ここは女湯だったのか? いや、そんなはずはない。なにしろ風呂場への入口は、ひとつしかなかったのだから。

「だ、だから……わたしがユータオーの背中をだな」

「いや、だから、なんで?」

「だから家賃収入とか、いろいろ世話になったお礼として……」

 恥ずかしさと照れからなのか、耳と頬を真っ赤にして口ごもるノーラ。

 なんか知らんけど、これはいろんな意味でヤバイ気がするぞ。

 とにかく、ここから出なければ……とタオルで股間を隠して背中を向ける俺。と同時にノーラをチラ見すれば、湯浴み着がノーラの扇情的な体をいっそう引き立てていたりする。

 ま、まずい…意思に反して目が釘付けになってしまう。

 頭の中で葛藤する建前と本音。

 心の奥底で争う理性と本能。

 やがて、その優劣は形となってムクムクと股間で具現化されていく。

 バカ! ここで男気なんか主張したら、それこそ、その気があるみたいじゃないか!

 とにかく、こんな場面をほかの誰かに見られてしまっては取り返しのつかないことになる。と木戸に手を掛けた瞬間

「ま、待って! 頼むから逃げないでくれ!」

 と慌てて立ち上がるノーラ。が……

 ツルン! と、お湯で濡れた床に足を滑らせ、バランスを崩した。

「危ねぇ!」

 頭から落ちるノーラに、腕を伸ばして支えようとする俺。……が、濡れた足場では踏ん張りが効かず、もつれるようにして倒れ込んでしまった。

「いてて……」

 気づけば、仰向けになった俺の腹の上でノーラが被さるように跨がっていた。

 って、おいおい、ちょっと待って……。これってどういうこと?

 はだけた湯浴み着の胸元からこぼれた乳房と、腰に伝わるノーラの柔らかいお尻の感触が俺の理性を浸食していく。

「ユータオー……」と馬乗りのまま、のぼせたような表情を見せるノーラ。

 マジかよ……。

 漫画のようなお約束の展開に、俺の思考回路が大きく揺さぶられた。

 ラッキースケベからの、お互い我に返るパターン。

 まぁ、ありだな。しかし、もしこれがR18だったら勢いあまって一気にエロ展開へと流され、いたしてしまうのもやぶさかではない。

 だが、本当にそれでいいのだろうか?

 いや、それよりも……もっと大事なことを失念してはいないだろうか?

 そう。第三者の存在だ。

 もし、このタイミングで誰かが入ってきたら確実に誤解を招くのは必須。と俺は押し寄せる煩悩に蓋をし、さらにその上に漬け物石を乗せた。

「気持ちは嬉しいんだけど、もっと自分を大切にしないと」

 自分の気持ちに嘘をつきながら、ノーラを押しのけようとした瞬間、ガラガラっと木戸が開いた。

「あっ……」

 ノーラとともに仰向けのまま出入口を見れば、タオルで胸元を隠した華蓮がそこにいた。

 チッ! 遅かったか。しかも、よりにもよって一番目撃されてはいけないヤツが来るとは!

 慌ててノーラを押しのけ、タオルで股間を隠しつつ片膝を立てた。……が、なぜか無言のまま脱衣場へと後ずさり、スッと静かに木戸を閉めていく華蓮。

「あれ?」

 てっきり悲鳴のひとつでも上げるのかと思っていたが、あっさり引き下がったな。と思いきや……

 バンッ!!

 壊れんばかりの威勢で木戸が開かれ、薙刀杖を持つ八双構えの華蓮が現れた。

 しかも、ギュッと胸と腰にタオルを巻きつけて。

「か、かか、か弱き女性を押し倒して、な、なな、なんてことをしてるんですか、あなたは!」

 おい、ちょっと待て。おまえの目は節穴か? 俺が下敷きだった状況のどこを見て、押し倒していると思えるんだ?

「ご、合意の上でのことだから、そんなにユータオーを責めないでくれ」

 って、おまえもおまえで顔を赤らめて、話をややこしくするんじゃないよ!

「もしかして迷惑だった……か?」

 胸と股を手で覆い隠したまま、ノーラがペタンとお尻をついてシュンとしていた。

「いや、迷惑だなんて、そんな……」

 むしろ結構、嬉しかったりする。が、それも時と状況によりけりだ。

 シャキンッ!

「果てしなく迷惑なので、浴槽に沈んでもらいます!」

 眼前に突きつけられた銀色の刃先に、俺は固唾を飲んだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は、ただ風呂に入ろうとしただけであってだな……」

「この期に及んで言い訳とは、どこまで性根の腐った人なのかしら」

 と非難の目を向けたまま、後ろ手で木戸を閉める華蓮。どうやら絶対に逃がしはしないという殺意を感じるのは気のせいだろうか。

「せめてもの情けとして、先生には溺死できししたと伝えておきますからご安心を」

 ググッと迫る薙刀の刃文。

 やべぇ……こいつ、本気中の本気だ!

 あらぬ疑いをかけられたまま、俺は死ぬのか。と、そこへ脱衣所のほうから賑やかな声が響いてきた。

「ティルねーたん、はやく、はやくぅ! ほらほら、服、脱いで脱いでぇ!」

「はいはい。今、脱ぎますから、そんなに急かさないで」

 ティルとイーノだ。

「ティルねーたんのドラゴンの尻尾、大きくてカッコいいね」

「そういうイーノちゃんの尻尾だって、小さくて可愛いよ」

 そのキャッキャうふふな会話に気づき、背中越しで叫ぶ華蓮。

「おふたりとも、今、入ってきてはダメです!」

 一瞬だけ静まり……そしてまた会話が。

「ティルねーたん。どういうこと?」

「さぁ、なんだろう? とりあえず、中へ入ってみようか」

 その声に、華蓮が慌てて杖を放り投げて木戸を押さえた。

「今、入ってきては困ります!」

 フッ、相変わらず世間知らずなお嬢さまだ。やるなやるなと言われれば、余計やりたくなるのが世の常だということを知らんのか。

 ガタガタ!

「あれ、イーノちゃん。戸が開かないよ?」

「そんなことないよ。きっと、中で誰かがイタズラして開かないようにしてるんだよ」

「だから、今は開けちゃダメなんですってば!」

 激しい音を立てながら木戸越しで押し問答するティルと華蓮。

「カレンちゃん。なにがダメなのか、よくわからないけど……イジワルしないで、一度、中に入れてよ」

「意地悪なんてしてません! それに、どうして、わたくしが悪者になってるんですか!」

「イーノも手伝う!」

「お願いですから、ふたりともやめてぇ!」

 必死に対抗する華蓮。しかし二対一では、流石に勝ち目もないらしく、もう涙目寸前だ。

 ちなみに俺の後ろでは、ノーラがオロオロしながら

「そ、そんなに激しくしたら、壊れちゃうからやめてくれぇ!」

 この修羅場を前にして、そういう間際らしいセリフが言えるおまえは天才か。

 などと、やっているうちに戸が勢いよく木枠から外れ、そのまま華蓮を下敷きにした。

「あれ、ユータがいる。それにノーラさんまで」

 裸のまま外れた戸を持ち上げ、木枠にはめ込むティル。

「いったい、おフロでなにしてるの?」

「いや、なにって……」

 なにから説明しようか。と倒れている華蓮を見れば……巻きつけていたタオルがほどけ、一糸まとわぬ全裸状態になっていた。

 流石、お嬢さま。肌の手入れが完璧過ぎて見惚れてしまうな。

「痛ぁ……。まったく、もう。ひどいじゃありませんか。怪我でもしたらどうするんですか」

 尻もちをついた小ぶりのお尻をなでる華蓮。そしてハッと我に返り、自身のあられもない格好に気づき

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」

 鼓膜を突き抜けるような悲鳴をあげて胸を覆い隠した。

「わたくしの、は、裸……見ましたわね……」

「い、いやぁ……見たような見てないような……」

 YesかNoの二択。正直に言っても嘘を言っても……間違いなく殺されるだろう。

「そうですか……」

 悲壮感を漂わせながらユラリと立ち上がり、薙刀を拾う華蓮。

「婚姻の約束もない殿方に、裸を見られてしまったからには……もう、自害するしかありません」

 薙刀の先端を自らの喉に突きつける華蓮に、その場にいた全員が凍りついた。

「バカ、やめろ! なに考えてんだ!」

 制止する俺の声に合わせ、ティルも華蓮の握る杖を引っぱって阻止する。

「命を粗末にしちゃダメだよ、カレンちゃん!」

「そうだぞ。裸を見られたくらいで、なにを血迷ってるんだ」

 と華蓮の後ろに回って、羽交い締めするノーラ。

「死なせてください! わたくしの純潔が、汚い牧嶋さんの目に触れてしまった以上、おめおめと生き恥を晒すわけにはいきません!」

 ずいぶんムチャクチャ言ってくれるなぁ。流石の俺でも面と向かって言われると凹むぞ。

「お願いだから、やめて、カレンちゃん!」

「頼むから、うちの道場で流血騒ぎを起こさないでくれ!」

 入り乱れる女体。それをイーノが無垢な表情で眺めていた。

 それぞれ異なる形で揺れる胸。

 柔肌を飾るくびれた腰とキュートなお尻たち。

 男の誰もが羨み、賞賛するであろう美の光景。

 ちなみにここだけの話、俺は節操なくクソデカい奇乳は大嫌いだ。

 などと本気で自害を試みる場面では、そんな悠長なことはいってられなかった。

「いいかげんにしろ!」

 俺は華蓮の手から薙刀杖をもぎ取り、浴槽へと投げ捨てた。

「死んでどうなる! ここで死んだら、元の世界に帰れなくなるんだぞ!」

 と華蓮の細い肩を揺さぶって説得を続ける。

「どんなことがあったとしても、俺は帰りたい。おまえだって、帰りたいだろ」

 すると華蓮の瞳にジワーッと涙が浮かんだ。

「帰りたい……です」

「だったら、簡単に命を投げ出すような真似をすんなよ」

 そんな不器用で無骨な説得に、華蓮がおもむろに頷いた。

「……わかりました」

 そうか、わかってくれたか。

「では、責任をとってください」

 はぁ? それは、つまり責任をとって結婚しろということか? って言うか、いったい、どこの裸族のしきたりですか?

「ねぇねぇ、ティルねーたん。男の人は女の人の裸をみたら、結婚をしなきゃいけないの?」

「さぁ、どうなんでしょう? そんなこといったら、わたしなんか、とっくの昔に見られてましたよ」

 へっ? どういうこと?

「ほら、わたしが泉で体を洗ってたとき、ユータ、森の茂みから覗いてたでしょ」

「知ってたのかよ!」

「あなたという人は……」とワナワナと怒りで肩を震わす華蓮。もう怖すぎて目も合わせられないよ。

「安心しろ、ユータオー。ほかの世界はどうだか知らんが、この街では裸を見たからといって死罪になることはない」

 のぞき魔確定かよ! って……まぁ、事実なんだけどさ。

「でもカレンちゃん。そんなこと言ってたら、わたしもユータと結婚しなくちゃいけなくなるよ」

 まぁ、それならそれでいいけどね。と、照れるティルにあきれる華蓮。

「のぞき魔に操を破られたのに、どうしてそんなに嬉しそうなんですの?」

 時代遅れの貞操観念。まったく、いつの時代の生まれなんだ、このお嬢さまは。そんなことを言い出したら、本当にキリがなくなるぞ。

「だって、ユータと一緒なら、なんか毎日が楽しそうじゃない」

 そんなティルの言葉に、ノーラも同意する。

「そうだな。ユータオーなら甲斐性もあるし……わたしもこうして裸を見られたからには、ユータオーと結婚しなければならんな」

 なに言ってんだ、こいつは。

「じゃあ、わたしもおにーたんのお嫁さんになれるの?」

 ほれ、見ろ。場所が場所だけに、意味もなく嫁候補がわいてきてしまっただろ。

 しかも俺の大嫌いな三流ラノベの糞ハーレム展開。くそぉ、こうなったら……

「とりあえず、今は誰とも結婚はしない!」

 収拾がつかない以上、この判断が正しい選択だと思った。が……

「えぇー!?」「どうしてぇ?」「この期におよんで責任放棄ですか?」「おにーたん、イーノのことキライなの?」

 反響する風呂場で一斉に騒ぎ出す嫁候補たちに、俺は一喝した。

「うるさい! そんなに文句いうなら嫁にしてやらんぞ!」

 もちろんイーノには嫌いじゃないことを伝え、「あと十年したら、もう一度考えようね」と優しく付け加えたのはいうまでもない。

「とにかく一旦、冷静になれ。結婚のことを考えるのは、お互いを良く知ってからでも遅くはないだろ」

 嫁として迎え、気兼ねなく裸のお付き合いができるのは嬉しいけど……正直、今の俺には、そこまでの包容力もなければ甲斐性もないのだ。

 だが……それはあくまでも俺の都合であり、場合によっては色仕掛けで迫られ、既成事実を作られる可能性もある。

 それまで理性が保てればいいのだが……正直、周りの裸を見る限り、賢者でいられる自信は100%無い。うん、それだけは胸を張って断言できる。

「ユータがそういうなら……」とテンションが下がる嫁候補たち。

 みんなの気が変わらないうちに、早いとこ退散しよう。

「ということで、解散!」

 俺は勝手に自己主張を始めた股間をタオルで隠し、着替えを持って、そそくさと自室に戻った。


「ふぅ……疲れた」

 ベッドに身を放りだし、モヤモヤした気分を抱えたまま思案する俺。

 3人の嫁候補と、将来のお嫁さん候補が1名。

 ティルたちの話から察するに、この世界では一夫多妻制のようだが……日本人の俺にとっては、まるで漫画のようで実感が湧かなかった。

 それぞれ異なる性格。

 物事に動じず天真爛漫のティル。

 ドジっ子素質をかねそなえ、何事にも一生懸命なノーラ。

 そんな姉を、慕う出来の良い妹イーノ。

 世間知らずで真っ直ぐな性格の華蓮。

 おそらく、この4人と結婚をしたとしても、なんかうまくいきそうな気がする。

 しかし、果たして本当にそれでいいのだろうか?

 異世界に来る前は、いっぱいモテたいと思っていた。だが、現実にその願いが叶おうとしたとき、ハーレム願望とは正反対のプラトニックラブを望む自身に驚かされたのだ。

「結局、どうしたいんだ? 俺は……」

 ハーレムか? それとも、ひとりのパートナーと生涯を共にするか? と、ひとりで悩んだ末……

「面倒くさいから、成り行きに任せよ」

 それまでは、お手つきなしの保留にするべきだろう。

 うん。もったいないけど、そうしよう。

 その夜……俺は誰の力も借りず、自力で欲望を乗り切った。


 翌日。

 賢者と化した俺は、自身の欲望が暴走しないよう、自壊を込めて風呂場の出入口に【入浴中】【空】の木札を作ってぶら下げることにした。


【おしまい】

 っていうか、なんで脱衣所に小刀がおいてあるんだ?

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