【後編】

「ここだ、ユータオー」

 数々の罠をかいくぐり、幾百の魔物たちをなぎ倒し、ようやく辿り着いた最上階フロア。

 そこで俺たちが見たものは、張り付け台に縛られたティルと、怪しい女の存在だった。

「あらあら。しがない冒険者にしては、ずいぶん頑張ったわね」

 ここまで来たことを褒めてあげるわ。と愉しそうに拍手する女。

「おい、貴様! ティルをどうするつもりだ!」

「貴様とは失礼ね。わたしの名はリシャン。下々の民から恐れられている【背徳の魔道士】とは、わたしのことよ」

「誰だ、それ?」「聞いたことがないわね」「わたしも知らんな」

 知名度の無さにズッコケる魔道士リシャン。その拍子にティルが目を覚ました。

「なに、コレ? わたし、どうなっちゃってるの?」

 触手のようなツルに手足を縛られ、身動きがとれないティル。どうやら唯一、自由な尻尾を振るだけが精一杯のようだ。

「助けて、ユータ!」

 言われなくとも、そのつもりだ。

「おい、おまえ! リシャンとか言ったな。今すぐティルを解放しろ! さもないと……」

「さもないと、いったいどうするとでも? もしかして、わたしを倒すつもりかしら。だったら、それは無理よ。なんてったって、わたしは【背徳の魔道士】なのだから」

 二つ名でもって自信満々に勝利を確信するリシャン。まさかと思うが、俺たちが知らない奥の手を隠しもっているとでもいうのだろうか。

 それに人質となっているティルがいては、迂闊に手を出すわけにもいかない。

「短剣しか扱えないユータオーではムリかもしれん。しかし、二代目師範であるわたしにとって、おまえを倒すことなど造作もない!」

 長剣を引き抜いて前に進み出るノーラに続き、カレンも薙刀をかまえた。

「そうですわ。わたしたちは魔法詠唱もろくに覚えられないユータさんとは格が違いますのよ」

 おい、おまえら。なに、どさくさに紛れて俺を低評価してんの? 言っとくが、詠唱を覚えてないんじゃなくて、詠唱の必要がないんだからな。

「あらあらあら。あなたは男のくせに、そんなにも弱いんですか」

「そうだぞ!」「そうですよ!」

 蔑み笑うリシャンに、ハモるノーラとカレン。

 キミたちさぁ、あんまり好き勝手に言ってると、そのうち本気のグーで殴るよ。

「それはともかく、どうしてティルだけを攫った!」

 ノーラを不要とするくらいだ。なにかしら目的があるはず。すると

「あら、なにも知らないのね。このドラゴンの娘はねぇ、グゥターラ王国の姫さまなのよ」

「姫だって?」「ティルさんって、お姫さまだったの?」「金持ちの頂点だな」

 怪しげな魔道士から告げられた真実に驚愕する俺たち。しかし

「えっ? そうなの?」

 明かされた出生の秘密に、ティル本人が一番驚いていたりするのだから始末が悪い。

「犯行目的は身代金か?」

「背徳の魔道士と呼ばれるわたしよ。そんな下賤じみた要求なんかしないわよ」

「だったら、どうするつもりだ」

 するとリシャンは台座に置かれた小箱から中身を取り出し

「コレ、なんだかわかる? シシルイルイの心臓よ」

 そして脈打つ心臓を舌で舐め、リシャンが怪しく瞳を揺らした。

「コレを姫の心臓と入れ替え、姫を思うがままに操ってグゥターラ王国を支配するの。そうすれば伝説であるドラゴンの鱗のすべては、わたしのモノ」

 語られるリシャンの野望に、ノーラが鼻で笑った。

「フン、面白い。やれるもんならやってみろ。もっとも、その前におまえの心臓が無くなっているがな」

「もちろん、わたくしも忘れないでいただきたいものですわ」

 背中合わせになって、リシャンに剣先を向ける血気盛んな乙女たち。正に王道の二人立ちスタイル。

 いいなぁ。俺も一度でいいから、あんな風にカッコいい場面を演出してみたい。

「素敵な友情ね。でも残念だけどあなたたちには、ここで死んでもらうわ」

 そしてリシャンが見たことのない印を結び始めた。

でよ、呪われし魂たちよ! その御身を立て、我を加護したまえ」

 それに応えるように、足下に発生した魔法陣から無数の魔物たちが出現した。

「まったく、なんておびただしい数なんですの」

 100体以上の魔物たち相手に、弱腰になるカレン。鑑定魔眼で相手の強さを測り見れば、優に30を超えていた。

「みんな、気をつけろ! 下の階にいた魔物と違って、こいつら強いぞ!」

 俺が警告を発すると、リシャンが愉悦の表情を浮かべた。

「あ、そうそう。冥土の土産に教えてあげるけど、シシルイルイの依頼者は、このわたしよ」

 つまりティルを誘い出すための偽の依頼だったというわけか。

「グルルルルゥ……」

「流石にわたしの奥義でも、この数は捌ききれないぞ」

 うめき声を上げてにじり寄る魔物たちにノーラが剣を振るい、カレンも魔法でもって応戦する。

「まったく、キリがありませんわね!」「これでは奥義の安売りになってしまう!」「くそっ! ガチでシャレにならねぇ」

 汗を拭う暇などない消耗戦に、気力と体力をそぎ落とされていく3人。こうなっては、もはや全滅も時間の問題だろう。

「一旦、退却しましょう!」

 カレンの立案に、俺とノーラが同意した矢先

「そうはさせないわよ」

 新たなる印を結び、さらなる魔物たちを呼び起こすリシャン。

「くそ。これじゃあ、出口に近寄れねぇぞ」

 逃げ場をふさがれ、焦る俺たちに

「頑張って、みんな!」と尻尾を振り乱して声援を送るティル。

 と、そこで俺は短剣を振るいながら考えた。もしかして、ティルの火炎ファイヤーブレスなら魔物たちを一掃できるのではないかと。

「ティル! お前の力を貸してくれ!」

 するとなにを思ったのか、急にしおらしくモジモジし始めるティル。

「どうした、ティル。おまえなら、魔物を蹴散らすことくらい朝飯前のはずだろ」

「えー。だって、わたし、お姫さまだよ。お姫さまははしたなく火なんか吹かないもん」

 どうやらティルにとって、お姫さまキャラは憧れのポジションだったようだ。

「そうよ。お姫さまは、むやみやたらに火なんか吹いちゃダメなのよ」

 と張り付け台の横で、余計な一言を吹き込むリシャン。

「そんなヤツの戯れ言なんかに、惑わされるなティル!」

 俺の必死の説得にリシャンがせせら笑った。

「乙女心がわかってないわねぇ。そんなんだから、モテないのではなくて?」

「まぁ、ユータオーだからな。自覚がないのは、今に始まったことではない」「思いっきり鈍感ですものね」

 ふぅ。とやるせないため息吐きながら、魔物たちをグサグサするのやめてくれませんか、おふたりさん。なんか知らんけど、心臓がチクチクして痛いんですけど。

 それはともかく、なんとかして姫……いや、ティルを説得しないと。

「無事に帰れたら、クサイチゴドリンクを奢ってやる!」

 姫ポジションとクサイチゴのトレード。こんな安い取引に応じるわけがないだろうと思いきや

「ホント?」

「あぁ、好きなだけ飲ませてやる!」

 姫の胃袋を掴んだ瞬間、目をキラキラさせるティル。意外とチョロいな。

 もっとも、その意外性にリシャンが一番驚いているけどな。

「そんな……。ダメよ! あんなバカ男のいうことに耳を傾けちゃ!」

 ひどい言われようだな。

「わたしのために、必死に戦ってきたユータをバカにしないでぇ!」

 クサイチゴの本音を隠し、大義名分の建前。まぁ、助かるならこの際、どっちでもいいんだけど。

「みんな、いくよー!」

 ティルのかけ声に、俺が障壁魔法を張り、そこに加えてカレンが冷却魔法を全力展開する。

 ゴォォォォォォオッ!

 容赦なく吐かれるティルのファイヤーブレス。その横殴りの劫火に魔物たちが一瞬にして蒸発した。

 見たか、リシャン。これがティルの本気だ。と、背徳の魔道士に目を向ければ

「あれ? どこいった、あいつは?」

 張り付け台のそばにいたはずのリシャンの姿はなく、ティルだけが取り残されていた。

 もしかしてシシルイルイの心臓と一緒に焼かれたのか?

 すると、フロア中に魔道士の声が響き渡った。

「今日のところは見逃してあげるけど、今度は会ったらタダじゃおかないわよ」

「上等だ! 今度こそ、わたしの奥義で貴様の心臓をくり抜いてやる!」

 リシャンの負け惜しみに食ってかかるノーラだったが、すでにリシャンの気配は消えていた。

「まんまと、逃げられたようですね」

 薙刀でもってティルの拘束を解くカレンに

「おかげで生きて帰れるのだから、いいじゃないか」とノーラが剣を鞘に収めた。

「ねぇねぇ、ユータ。早く灯火亭に帰ろうよ」

 と俺の腕を掴んで帰還を催促するティル。どうやら、早く町に戻ってクサイチゴドリンクを飲みたいようだ。

「そうだな。腹も減ったし、帰るとするか」

 こうして、俺たちは手ぶらで町に戻ることとなった。

【背徳の魔道士】リシャン。

 いつしか、また出会うであろう強敵に対し

「もっと、強くならなければ……」と、俺は次なる試練を目指すのだった。



「どうでしょうか、ユータさん?」

 そういって、対面に座る萌えそで少女が得意げに眼鏡のブリッジを押し上げた。

 灯火亭のテラス。

 そのテーブルで俺はティルと華蓮と一緒になって、わら半紙に魔法転写された小説を読んでいたのだが

「どうでしょうかと、言われてもなぁ……」

 チラッと前を見れば、俺の感想を文学少女パルバールがワクワクしながら心待ちしていた。

 夢は世界中の読者から愛される小説家になること。

 娯楽エンターテイメントの少ない異世界。それだけに、その志は計りしれない。

 とはいえ……はてさて、どこからコメントするべきか。

 緩いガバガバな設定や、ご都合主義満載のファンタジー小説。読み手を選ぶ作品だけに、安易に感想を求められても困るのだが。

「せっかくユータさんを主人公にしてあげたのに、嬉しくないんですか?」

 なに、その押しつけがましい役柄は? そもそも、そういう問題じゃないだろ。

 3人でランチをしているところへ、いきなりやってきて「コレ、今すぐ読んで感想を聞かせてくださーい」と自作小説を読まされたのだ。正直、嬉しいよりもビックリのほうが先だよ。

「な、なんなんですの……これは……」

 チラリと華蓮を見れば、今にも発狂しそうな顔で数十枚にも及ぶわら半紙を震わせていた。

「なんで、わたくしが牧嶋さんのことを親しみを込めて『ユータさん』とか呼ばなきゃならないんですの」

 あぁ、それな。俺も読んでて、明らかに別人だろ? って違和感を覚えたくらいだからな。もっとも、それ以前に俺たちは魔法の『ま』の字も使えない。

 一方のティルは、少女マンガのように瞳をキラキラさせて食い入っている。どうやら、自身におけるお姫さま設定が、いたく気に入ったらしい。

 小説の中で繰り広げられる魔法と冒険のお話。

 確かに異世界っぽくって面白い。……が、俺も中学の時に幾多の無料小説を読んできた人間だ。それだけに安易に褒めたりすることはできなかった。

 ということで、まずは俺の住んでいた世界の小説状況を説明してやることにした。


「かけよめ? なんですか、それ?」

 と垂れた袖を口に当てて小首を傾げるパルバール。

「そういうサイトがあるんだよ」

「さいと? なんですか、それは?」

 あぁ、もう! 説明が面倒くさい!

「ようするに不特定多数の人間が、自由に読み書きできる……えーと、そう! 未刊及び既刊紙みたいなモノだ」

「なんですか、その夢のような楽園は!」

 まるでお宝の地図を見つけたかのように、瞳を輝かせるパルバール。あぁ……やっぱり、そういう反応をするわけね。ならば、ここはひとつ厳しい現実を教えてやろう。

「おまえにとっては楽園だろうけど、そこでは骨肉を争う戦いが毎日のように繰り広げられている」

「つまり、命がけってことですか?」

「そうだ。登録作者は未知数。作品数は、ん千万以上ともいわれている。当然のことながら、少しでも面白くなければ最後まで読まれず、朽ち果てていくという過酷な世界だ」

「怖いですね。それで、どうなっちゃうんですか。その朽ち果てた作者さんたちは?」

 俺は親指を首元に添え、真横に切ってみせた。

「死刑だ。読者の貴重な時間を浪費させたのだから、当然の報いだな。それと続きを書かずに放置した作者も同罪だ」

「わかります! 読んでくださっている方々の寿命を削っているのですから死をもって償うのは当然のことですし、放置するなど、もってのほかです!」

 ホントにわかってんのか、この娘は?

「あと、最低限の決まりごともある」

「なんですか、それは?」

「実名……つまり肖像権を侵害する作品を掲載してはならないんだ」

 ガーーーン! と音を立てて衝撃を受けるパルバール。

「そ……その場合、作者はどんな罰を?」

「アカバンだ」

「あかぶぁーん?」

 なんか知らんけど、カッコよく言えるのは作家特有の感性なのか。

「そうだ。両腕を切り落とされ、二度とペンを握れなくなる」

「あわわ……」

「もし、この作品を『カケヨメ』で掲載しようものなら、運営する小説警備隊が来て、おまえの両腕を切り落とすことになるだろう」

「ひぃっ!」

 青ざめると同時に、俺たちが手にしていた原稿をもぎ取る文学少女。ちょっとした脅しのつもりだったが、ここまで露骨に反応するとは。

「まだ、出版社に持ち込んでないのでセーフですよね! 警備隊がうちに来て、両腕、切ったりしませんよね!」

 俺の胸ぐらを掴み、涙ながらに訴えてくるパルバール。そんなに激しく揺すられたら、脳しんとう起こすからやめて。

「チクったりしないから安心しろ。それより、この原稿、ほかの人間に見せてはいないよな?たとえば、ノーラやリシャンとか」

「いいえ。ユータさんたちが初めてです」

「そっか。なら、いいや」

 きっと、あの二人のことだ。性格がなまじリアルに反映されているだけに、コレを読んだ日には自身のキャラ設定を否定することもせず、むしろ深掘り要求して収集がつかなくなりそうだからな。

 とはいえ……どうして、ここまで俺たちの性格を知りつくしているのだろうか?

「いつも観察してましたから」

 とパルバールは、いそいそと原稿の束をカバンに押し込んだ。

 訊けば、アニキに絡まれたノーラ奥義炸裂事件以来、ネタ集めとして俺たちのことをつけ回して調べていたらしい。

 近頃、妙な視線を感じると思ってたけど、こいつのストーカー行為が原因だったのか。だとすれば、今後のためにも釘を刺しておく必要があるだろう。

「もう俺たちのことをコソコソつけ回すの禁止な」

「えー、どうしてですか?」

 不満げな文学少女に、俺はあえて怖い一言を付け足した。

「どうしてもだ。それがイヤなら、小説警備隊に密告してもいいんだぞ」

「それは困ります。もし両腕がなくなったら大好きな小説が書けなくなりますから」

 いや、小説以前に日常生活に支障をきたすと思うけどな。

「わかりました。じゃあ、今日からコソコソつけ回したりしません」

 手の見えない萌え袖を挙手して、文学の神に誓いますと断言するパルバール。

 どういう神かしらんけど、うん、まずは良しとしておこう。

「それでその作品、どうするんだ?」

 せっかく書いたのに、未公開のまま封印というわけにもいかないし、なによりもったいない。

「清書するときに、まとめて人物名をすべて書き変えますから安心してください。そうすれば警備隊も来ませんよね?」

「あぁ、それが一番だな。それと各名称も変えたほうがいい」

 ノーラの奥義とか灯火亭とか。少なくとも、灯火亭ここ亭主タヌキオヤジは、小説に書かれているほど闇深くない……たぶんだけど。


「読んで頂いた上にアドバイスまでして頂き、本当にありがとうごさいました」

 店先でペコリと頭を下げ、家路へと向かう文学少女。長い袖を元気にプラプラさせて闊歩する姿は、大きな夢にまた一歩前進したといった感じだった。

 その未来への可能性を含んだ背中を見送りながら

「やっぱ、異世界って面白いな」と、俺はしみじみ思ってしまった。


 10年後……

 パルバールは念願の作家デビューを果たし、それ以降、売れっ子作家として大活躍したという。


【おしまい】

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