■9■内緒の召喚術【前編】

 どうにかスマホを修理したい。という華蓮を引き連れ、俺はリシャンの魔法具店に訪れた。

 物質的な破損を復元できる。という街の噂を耳にしたのだが、果たして科学技術の結晶体であるスマホを直せるのだろうか?

「復元依頼ですね。わかりました。とりあえず、現物を拝見しましょうか」

「コレなんですけど……」

 と華蓮から起動不能なスマホを受け取るリシャン。……が、瞬時に興味を示し、即答する。

「言い値で買い取りましょう!」

 スマホのなんたるかもわからないくせに、こういう商品に対しては目ざといな、こいつ。

「売りにきたんじゃないぞ」

 ほらぁ、華蓮もどうしていいのか、考え込んじまってるじゃねぇか。

「うーん、そうですか。それは残念ですね。それで、なんなんですか、コレ?」

 やっぱり、知らんのかーい!

「なんの変哲も無いただの石版だ」

「ふーん、ただの石版ねぇ」と言いつつ、鑑定水晶にかざしたり、ひっくり返したりしてスマホの正体を探ろうとするリシャン。

「それにしては軽いし、細部に渡って精巧にできてるんだけど……コレってもしかしてオーパーツの類なの?」

 流石、魔法具店の主人。スマホをオーパーツと見抜くセンスは流石といえよう。

「ただのガラクタだ。それでどうなんだ? 直せそうか?」

「とりあえず、復元魔法を試してみるけど……でも、こういう得体の知れないモノだから、本当に直せるかどうかはわからないわよ」

 保証無きリシャンの言葉に、修理依頼に戸惑う華蓮。

 異世界に存在しない電子機器。

 当然のことながら、この世界における住人たちにとっては理解しがたいものであり、場合によっては完全修理とはいかないだろう。だとすると、現代世界に戻ってから修理したほうが無難か。

 その点、俺はバッテリー切れのデジタルデトックスを余儀なくされたので、それほど苦にはならなかった。……が、やはり持っている以上、どうにかしたいのが本音だ。

「少し、考えさせてください」とリシャンからスマホを返してもらう華蓮。

 そんな落ち込む姿に、俺も気の毒と思い、自ら人柱になることを決意した。

「なぁ、リシャン。ものは相談なんだけど、電撃における蓄電魔法とかは使えるか?」

「蓄電? あぁ、もしかして帯電魔法のことかしら? もちろん使えるけど、蓄電はどうかしら」

 どうやら静電気レベルの知識だけで、バッテリー概念はないようだ。

「実は俺も似たような石版を持っているんだけど、電池切れで使えないんだ。そこで、この石版の内部に電気を貯めてほしいんだけど、できるかな?」

 もちろん微力でゆっくりと。そうでないと発火して爆発する恐れがあるからだ。

「時間をくれれば、試してはみるけれど……でも、それで壊れたりしても責任は持てないわよ」

 うーん、ちょっとドキドキするな。それでも試す価値はあるだろう。

「じゃあ、よろしく。あと、ここの傷と角の凹みも直してくれるとありがたい」と復元箇所も指示してカウンターにスマホを置いた。

「りょうかーい。ところでドラゴンちゃんは一緒じゃないの?」

 さてはこいつ……まだ、ティルの鱗を狙ってるのか。


「あのお姉さん、いつもわたしのお尻ばかり見てるから行きたくない」

 セクハラならぬドラゴンハラスメント。

 そのドラハラがイヤで、入店を拒んだティル。なにしろ店内の商品を眺めているだけで、メスとピンセットを隠し持って背後に付いて回られるのだから、ティルとしてはたまったもんじゃない。

「今日は仕事で、来れないんだとさ」

 本当は、俺たちが店から出てくるのを表で待っているんだけどな。

「なーんか、怪しいわねぇ。気のせいか、ドラゴンちゃんの匂いがするわよ」

 人間のくせに、クンクンと犬並みの嗅覚を発揮するリシャン。この調子では、外にいるティルが見つかるのも時間の問題だろう。

「気のせいだろ。じゃあ、仕事があるから、あとよろしく」

 矢継ぎ早にそう伝えると、俺は華蓮を連れて店を出た。

「いいんですの? 心得もない人に電子機器なんか預けて?」

「理解が無いぶん、分解なんかできないから大丈夫だって」

 この世界に精密工具の類がないことは周知しているし、流石のリシャンも破壊することまではしないはず。それに、もしスマホの傷がキレイに直ってたら、華蓮のスマホも直せるはずなのだ。

「それなら、別にいいんですけど」

 一抹の不安を残しながら、とりあえず納得する華蓮。

「そんなに心配することないって。ということでさ、そろそろ昼だし、みんなで飯でも食べに行こうぜ」

 そう言って、俺たちはティルと合流して食事に出かけた。



 数日後。

 ティルと一緒にチケット探しに出かけた華蓮たちとは別に、俺はひとりでリシャンの店を訪れた。

「ちーす」

「いらっしゃいま……」

 チリンと鳴ったドアベルに、営業スマイルを浮かべるリシャンだったが……俺を見た途端、なぜか顔を引きつらせた。

「きょ、今日はどういったご用件で?」

 よそよそしく出迎えるリシャンを、俺は不審に思いながらも修理で預けたスマホのことを尋ねた。

「いや。スマホの具合が、どうなったか見に寄ったんだけど」

「すまほ? なんですか、それ?」

「ほら。先日、傷の修理と蓄電を頼んだ石版のことだよ」

「あ、あぁ……そ、そうだったわね」

 目線をそらすリシャンに、一抹の不安がよぎった。

「まさか、蓄電し過ぎて木っ端みじんになっちゃったとか?」

 だとしたら、ちょっとショックだな。SNSやゲームアプリのアカウントならともかく、お気に入りの秘蔵データが消えるのは、正直悔やまれる。

「い、いえ。そんなことはないんだけどぉ」

 落ち着きのない素振りで、カウンターの下からスマホを出すリシャン。

 原形をとどめているスマホを手に取ってみれば、傷で凹んだ箇所もキレイに修復されていた。

「おどかすなよ。しかもメッチャ新品になってんじゃん」

 感動しながら筐体を眺めていると、リシャンがホッと胸をなで下ろしていた。どうやら帯電魔法が、うまくいかず蓄電できなかったのだろうか。そうなると俺としては復元魔法の修復工程が気になるところなのだが。

「なにをすると、ここまで直るもんなの?」

 と電源ボタンを長押ししながら訊ねれば

「実は復元魔法をかける前に、ちょっとだけ分解してみたの」

 まさかの分解所業。というよりも精密ドライバーとか持ってたのかよ。

「工具? 私がそんなモノ使うわけないじゃない。魔法よ、魔法。んで、その念動力でもって、ノミみたいな小っちゃい部品とか外したんだけど」

 魔法という常識外れの分解手段に、驚かされるとは思いもよらなかった。

「もしかして中身も全部、バラした……とか?」

「うん、まぁ……」と申し訳なさそうに、ポリポリ頬を搔くリシャン。

「そしたら、元に戻せなくなっちゃって」

 躊躇せずに、未知のモノをバラせる度胸。もっと節度をもって行動に移せよ。そんなんだから、パルの小説の悪役にされちゃうんだよ。

「で、しかたないから石版の部品を【復活の壺】に入れて、なんとか元に戻すことには成功したんだけど……」

 復活の壺? どんなものか知らんけど、なんだか血生臭いマジックアイテムな気がするのは俺だけか。

「だから、本来の石版として機能するかどうかは、わからないのよ」

 なるほど。事情は良くわかった。とスマホを見れば、何事もなく起動してたりする。

 ホーム画面に浮かび上がるアイコンと、懐かしい日本語と英数字。

「凄ぇ! 立ち上がった!」

 うさん臭いと思っていた復活の壺。理屈はどうであれ、復元できたことには間違いないみたいだ。

「なに、それ! なんで光ってるの?」

 気づけば、リシャンが俺の手元を興味津々で覗き込んでいた。

 マズい。なんか知らんけど、こいつに見せたら、とんでもないことになりそうな気がする。

「ねぇねぇ。ちょっと触らせて」

 手を伸ばしてくるリシャンに、俺は電源ボタンを押して画面を消した。

「ダメだ」

「ケチケチ、ドケチッ!」

「そうじゃない。起動した瞬間、俺以外の人間がこの石版に触ることは許されないんだ」

「また、そんな見え透いた嘘を言って。本当は触らせたくないんでしょ?」

「じゃあ、見てみろよ」とリシャンにスマホを渡した。

「あれ? コレだけ?」

 表示されたロック画面に、リシャンが首を傾げながらスマホを振っていた。

「変ねぇ。さっきとは光りかたが違うんだけど?」

 他人からのアクセスをブロックする顔認証システム。当然のことながら解除方法は教えない。すると、なにを思ったのか

「ねぇねぇ。もう一日だけ、コレ貸して」

 さてはこいつ、もう一回、分解するつもりか?

 バラす気満々のリシャン。認めたくはないが、こいつの飽くなき探究心は見習わねば。しかし、だからといって異文化のモノをこれ以上、触らせるわけにはいかなかった。

「ダメだ。貸さない」

「ちぇ、つまんないの」

「それで修理費の料金だけど、いくらになる?」

「面白いモノを見せてもらったから、タダでいいわ」

 やけに気前がいいな。まぁ、そういうなら素直に甘えさせてもらおう。

「じゃあ、俺はこれで」

 助かったよ。と俺は礼を言って店を出た。

 スマホのバッテリー問題も解決し、実に爽快な気分だった。

「そういえば、今、あっちの世界は何時なんだろう?」

 気になる元いた世界の時間。それを確認しようとスマホを立ち上げれば

「なんだ、これ?」

 微妙に変わっているスマホ画面に、俺は眉間にしわを寄せた。


「うーん……」

 場所を行きつけの灯火亭に移し、あらためてスマホの画面を見つめた。

 デザインの変わった記憶のないアイコン類。しかもバッテリー残量表示は、まさかの無限%。

 魔改造ならぬ、魔法改造。なんか、ヤバそうな匂いがプンプンするのは気のせいか。

「どうすっかなぁ……」

 魔法改造されたスマホでは、なにかを起動させたくても怖くてできないのだが。

「いや、待てよ。考えようによっては、スマホを介して魔法が使える可能性もあるのでは」

 期待と恐怖の葛藤。億万長者になれるボタンか、はたまた核ミサイルのボタンか。

「とりあえず、時間だけでもこの世界に合わせておくか」

 と時計アプリをクリックした瞬間、なぜかタイマー機能が作動し、勝手にカウントダウンを始めた。

 59、58、57、56、55……

 止めるはずの停止ボタンもなければ、なぜかホーム画面にも戻れない。

 まさかの時限爆弾?

 20秒を切った段階で、慌ててスマホを道向こうの茂みへ放り投げ、感覚を頼りに頭の中でカウントを刻んだ。

「リシャンに預けたのは間違いだったか」

 ひっくり返したテーブルを盾にし、茂みのふもとを覗き見れば……なぜか野ネズミが固まっていた。

「バカ! 早く逃げろ!」

 小動物を追い払おうと、テラスの板張りを踏みつけて足を鳴らす。だが野ネズミは石のように固まったまま微動だにしない。

「ヤバイ、もう時間がない」

 ……3、2、1、ゼロ。

 血まみれになる野ネズミの死体を想像しながら、耳をふさいで目をつむる。が……

 シーーーーン……

「ん?」

 いつまで経っても変わらぬ状況に、俺は目を開け……恐る恐る茂みに歩み寄ってスマホをつまみ上げた。

「???」

 壊れることなく、正常に作動しているホーム画面に、俺は首を傾げながらテラスの席に戻った。

「バグったかな?」

 リシャンに魔改造されたスマホだ。正常に動くほうがどうかしてるだろう。

 試しに、もう一回、時計を設定しようと指をかざした瞬間、タヌキ獣人のマスターが麦芽ラテを持って現れた。

「お待たせ。注文の麦芽……」

 振り向けば、マグカップを俺の前に差し出したままマスターが固まっていた。

 なにしてんだ、このオヤジは?

「マスター? おーい、マスター」

 呼んでみても、微動だにしないタヌキ獣人。顔を見れば、眼球はおろか、まばたきさえしていなかった。その光景を不思議に思いながら周囲を見渡せば、木立から羽ばたこうとしていた小鳥たちも空中で静止していた。

 物音ひとつしない静寂さに、俺は慌ててスマホ画面に食い入った。

 42、41、40、39……。

 まさか、このカウントダウンに合わせて世界が止まっているのか?

「もし、これが本当ならば……俺はとんでもない力を得たことになるぞ」

 震える手でもってスマホを握りしめ、カウントダウン終了を待ちかまえた。

 そしてゼロを刻んだ瞬間、再びときが動き始めた。

「……ラテひとつだったな。ユータのために、心を込めて煎れたから味わって飲んでくれよ」

 そう言ってテーブルにティーカップを置き、店内に戻っていくマスター。それを見届けた俺は周りに人がいないことを確認し

「ムフフ。これさえあれば、俺、無敵じゃん」

 ようやく巡り会えたチートアイテム。これがあれば、どんな危機的状況に遭遇しようとも自由自在に回避できるだろう。

「しかし1分だけとは、ケチ臭いな」

 どうせなら、時間延長できれば嬉しいのだが。

「もっと検証を重ねてみる必要がありそうだな」

 俺はマスターが心を込めて煎れてくれた麦芽ラテを一気に飲み干し、勘定をテーブルに置いた。

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