■6■チケット騒動【前編】

 いつものように【灯火亭】で昼食を取りながら、新聞に目を通していると

【女性初の町長爆誕!】の見出しが目に入った。

「へぇー。あのオッサン、町長になったんだ」

 新聞を広げて見れば、記者に対して笑顔を振りまくおばちゃんの写実画が一面を華々しく飾っていた。

 気になる記事を要約すると「これからは男女差別をなくし、女性が主体となって世の中を改変しなければなりません」とのこと。

 ついこの間までオッサンだったとは思えない政策発言。これもジェンダビーに刺された副作用なのか? と思惟しいしていると

「お食事中のところ、ちょっと、いいですか?」

 錫杖しゃくじょうを持った見知らぬ女の子が俺たちの前に現れた。

「失礼ですが、牧嶋マキシマさんですか?」

 歳は俺と同い年くらい。黒髪ロングに茶色い瞳。透き通るような肌と整った顔立ち。

 俺の名前を噛むことなく述べたところをみると同郷の人間なのだろうか。

「そうですけど、もしかして日本人の方ですか?」

 半信半疑で訊ねれば、彼女はコックリと頷き、対面の椅子に腰掛けると、ハート型の装飾が施された錫杖と肩掛け鞄を足下に置いた。

「申し遅れました。わたくし、有栖川華蓮ありすかわかれんという者です」

 粛として頭を下げる華蓮。上品な所作と仕立ての良い身なりから察するに、きっとどこぞの良家のお嬢さまなのだろう。

 しかし……そんなお嬢さまが、なんでまたこんな異世界に?

「誰? ユータのお友達?」

 水トマトソースのかかったカエルソテーを口に放りこんでモグモグ咀嚼するティルに、華蓮が首を振った。

「いいえ、牧嶋さんとは初対面です」

 残念なことに、俺もこんな美少女は知らん。そもそも、そんな面識もない美少女がなぜ俺のことを知っているのだろうか?

「まほ先生にお願いされて、あなたを迎えにきました」

 そう言って帰郷チケットである呪符2枚をテーブルに置く華蓮。その二人分のチケットに俺は椅子をはねのけた。

 異世界へ来てから約一ヶ月半。

 日本に戻ってこないことを心配して、先生がこうして彼女を寄こしてきたに違いない。

 長かった異世界生活。これで元の世界に戻れる。と俺は心の底から先生に感謝した。

「クサイチゴのミルクティーをひとつくださいな」

 と華蓮はタヌキおやじのマスターに注文し

「ところで牧嶋さん。いったい、なにがあったんですか? 先日、なかなか帰ってこないと先生が心配してましたよ」

 そりゃ、そうだろう。日本では夏休みを終え、すでに9月なのだから。

「いえ。まだ7月の下旬ですけど」と華蓮が首を傾げた。

「ちょっと待って。それってどういうこと? 俺がこっちにきてから、だいぶ経つんだけど?」

「あぁ。先生から、日本とこちらの時差を聞かされてないんですね」

 困った先生ですこと。と頬に手を当て、小さなため息を漏らす華蓮。なんだろう、上品過ぎて違う世界の人と話をしているみたいだ。

「ご存知ないようなので、教えて差し上げますけど、日本での1日は異世界こちらでいうところの二十日間相当になるんですのよ」

 つまり、異世界こっちで1年を過ごしても、日本ではたったの18日間しか経過してないってことか。っていうか……なんだよ、そのウラシマ……いや、この場合、逆ウラシマ効果になるか。ようするに、まかり間違えれば自分だけ老けていた……なんてこともあったってことだ。

「ところで有栖川さん。ずいぶん、こっちの世界について詳しいようだけど、もしかして来たことあんの?」

「えぇ。去年1度だけ、先生に連れられてきたことがあります」

 と空を見上げ、両手を組んで語り始める華蓮。

「世間知らずのわたくしの身を案じ、お父さま直々に先生のカウンセリングを申し込んだところ、異世界に連れてこられたんですの」

 別に異世界じゃなくてもよかったのでは?

「そんなことありませんわ。幼少の頃から海外旅行を嗜んでいたわたくしにとって、この不自由な世界は、とても勉強になりましたもの」

 電気やガスのない不自由な生活。それだけに海外旅行に馴れているお嬢さま育ちの華蓮にとってはもってこいのプランだったのだろう。

「おかげでバイタリティーが養われ、今日はひとりでやってきた次第です」

 そう語り、小指を立ててクサイチゴミルクティーを飲むお嬢さま。

「しかし、連れて帰る相手があなたみたいな殿方だったとは」

 なに、その微妙な反応。本人を目の前にして露骨にガッカリするのやめてくれます?

「本来ならば見ず知らずな殿方に声などかけたくはないのですけど、これも花嫁修業における試練と受け止め、勇気を出して声をかけたのですから感謝して頂きたいですわ」

 いちいち癇に障る女の子だな。

「ごめん。ちょっと訊きたいんだけど……有栖川さんって、もしかして男性恐怖症?」

「そんなことありません。ただ殿方に対して、ちょっと免疫が足りないだけです」

「ちなみに、どこの学校ですか?」

セントリック女学院です」

 そう言って鞄からスマホを取り出す華蓮。本革カバーに刻まれた聖リック女学園の校章。どうやら金持ち有名校ともなると、スマホの指定ケースまで高級品のようだ。

「こちらが、わたくしの学生証となります」

 と手帳型ケースを開いて電子学生証を表示させる華蓮。画面を覗き込めば、氏名住所はもちろんのこと血液型情報を始め、成績まで記載されていた。

【1学期学力テスト成績/152人中1位】

「首席……って凄いですね」と華蓮の優秀振りに思わず卑屈になる俺。

「ねぇねぇ、にほんって国の人たちは、みんな光る石版を持ってるの?」

 目を輝かせて食いつくティルに、お嬢さまが不思議な顔をして首を傾げた。

「え、まぁ……わたくしたちの世界では、ほとんどの人が持ってますけど」

「もしかして、あなたの石版でもしゃしんできたりするの?」

 だったら、とってとって♪ と立ち上がり

「これ、ユータのお気に入りの格好」

 両手で胸を寄せ、お尻をクイッと突き出すティル。その尻尾をフリフリさせるポーズを見て、華蓮がゴミを見るかのように俺を睨みつけた。

「あなた……なにも知らない子に、どんなことを教えたんですか」

「いや……べ、別に要求なんてしてねぇし」と目線をそらす俺。

 まるでネットで拾ったエッチな画像を覗かれ、性癖を暴露された気分だった。とそこへ、追い討ちをかけるように

「ユータはねぇ、こういうのも好きなんだよ」

 と今度は椅子に腰掛け、両足を座面に乗せてM字開脚を披露するティル。

 もう恥ずかしすぎて否定も弁解もできなかった。

「女の子が、そんなはしたない格好をしてはいけません!」

 流石、大和撫子。躾に妥協がないな。

「なに言ってるんですか! なにも知らないのを良いことに、純真無垢な女の子をたぶらかすなんて、人として最低ですよ!」

 華蓮の性的犯罪者を見るような視線に、俺は肩をすぼめた。

「スミマセン……つい出来心で」

 というより、なんで俺が華蓮に謝らなければならないのだろうか?

「チェックするから、お出しなさい」

 手を出して催促するお嬢さまに、俺は意味がわからず首を傾げた。

「なにを?」

「あなたのスマホです」

「だから、なんで?」

「ティルさんだけでなく、ほかに盗撮などしてないか調べるためです」

 有栖川華蓮の職質。この女、お嬢さまでなければ、将来、絶対に警察官になっていることだろう。

「盗撮なんかしてねぇよ!」

「さぁ、どうだか」と疑わしい目を向ける華蓮。くそ……なんか知らんけど、こいつ、ムカつく。

「あぁ! いいよ! そんなに俺のことが信用ならないなら、好きなだけ見ればいいだろ!」

 そう啖呵を切って、バンっとスマホをテーブルに叩きつけた。

 大丈夫だ。グラビア含めたわいせつ画像の類いは、別の専用画像アプリに保存してある。もちろん、言わずと知れたパスワードロック機能付き。

 しかも、このアプリの凄いところは正式なパスワードの他に、ダミーパスワード機能が存在するという優れものなのだ。

 つまりユーザーが設定した正式パスワードを入力すればエロ画像へ。それ以外のパスワードでは通常の画像フォルダへアクセスする二重の仕掛け。

 クククッ……世間知らずなお嬢さまには到底このカラクリは理解できまい。

 さぁ、男による男のための浪漫アプリの前で泣き伏せるがいい!

「電源、入りませんけど?」

「あ……スミマセン。バッテリー0%でした」

「まぁ、一ヶ月以上もこっちにいれば、バッテリーもなくなりますわね」

 証拠不十分による無罪放免。ガッカリする華蓮が見れなかったのは非常に残念だ。すると

「ねぇ。早く、ティルのしゃしん、とってよ」

 と催促するティルに、華蓮も応えるようにスマホをかまえた。


「なんですか、そのはしたない格好は?」「そうじゃありません」「下品に足を開かない」「笑うときは歯を見せない」

 スマホのシャッターを切らず、ひたすら【お嬢さま極意】をゴリ押しする華蓮。

 あぁ、写真を撮るだけなのに超ウザいし、なんだかティルが可哀想。

 結局……

 ティルは両手を前で揃えたお嬢さま立ちで写真を撮ることとなったのだが……作り笑顔しかできないそれは、まるで七五三の記念写真のようだった。


「では参りましょうか」

 お茶を飲み干して立ち上がる華蓮に、俺は「もう、帰るの?」と躊躇した。

 ティルと仲良くなったのに別れ惜しむ間もなく帰るのも、いかがなものだろうか。

「なにをおっしゃってるんですの。せっかく、異世界に来たのですから、わたくしにも観光くらいさせてくださいな」

 もちろん、ガイド役はあなたが。と鞄と杖を持つ華蓮。

「だったら、ここの支払いは俺が持つよ」

 先日の臨時報酬で懐も暖かい。と気前よく奢ることを申し出た途端

「なにが目的なのかしら?」

 両手で胸元を押さえてる華蓮に、「信用されてねぇなぁ」と俺は返す言葉もなく落ち込んだ。


「この辺りは目抜き通りといって、この街一番に賑わっている場所だよ」

 灯火亭のある小高い丘の住宅地から雑貨店街を抜け、目抜き通りの繁華街に出てきた俺たち。そのごった返す人通りに、華蓮が感銘の声をあげた。

「やっぱり本場は活気が違いますね」

 まるで海外に来たみたいです、と華蓮。っていうか本場ってなに?

「それよりも……」と俺の左腕に抱きついているティルを見て、華蓮が眉根をしかめた。

「あなた、こんなサイテー男にくっついてばかりいると、そのうち理性を失って襲われてしまいますよ」

 不躾に失礼なお嬢さまだな。

「人を野獣みたいにいうなよ。こう見えても俺は紳士なんだぞ」

 もっとも押し倒せる度胸がないんだけれどね。

「そうだよ。ユータと寝たことあったけど、一度も襲ってなんかこなかったんだから」

 俺を擁護する言葉と同時に、シャキーン! と銀色に光る刃が喉元に現れた。

「ひっ!」

 下段からの突然の突き上げに、思わず息を止める俺。それもそのはず。華蓮が目にも止まらぬ速さで錫杖の装飾部を外し、杖を薙刀なぎなたに変えたからだ。

「牧嶋さん。あなた、なにも知らないティルさん相手に越えてはならない一線ラインを越えたんですか?」

「いや、ちょっと待って。越えてはならないラインってなんですか?」

「一緒に寝たのでしょ?」とギロリと瞳に殺意をたぎらせる華蓮。

 寝たといっても一夜限りの添い寝。それも宿無しで困っていた初日限りのことだ。

「まさかと思いますけれど……キ、キスとか……してないでしょうね?」

 なにを思ったのか、突然しどろもどろになる華蓮。というか、なぜおまえが顔を赤らめる?

「神に誓ってしてません」と身の潔白を訴えると、ティルが不思議そうに首を傾げた。

「なんで、キスしちゃいけないの?」

「そんなことも知らないんですか? キスなんかしたら子供を授かるからですよ」

 聖リック女学園では宗教上という理由により、誤った保健体育を洗脳してるのだろうか?

「ふーん。住む世界によって子作りの仕方が違うんだね」

 と納得顔のティル。どうやら、こっちはこっちで別の意味で世間知らずのようだ。って言うか、キスだけで子供ができるなんて、どこの世界のおとぎ話だよ。

 とそこへ、青果売りのおばちゃんが俺たち相手に声をかけてきた。

「あらあら、女の子をふたりも連れてるなんて、ユータちゃんも隅に置けないわね」

 すると斜め向かいの精肉屋のおじちゃんからも、冷やかしの声が飛んできた。

「よぉ。両手に花とは、ユータもやるじゃねぇか」

 普段の買い物はひとりか、もしくはティルとのふたり。それが、今度は華蓮を交えた3人なのだから当然だろう。

「新しい子は、えらい美人さんね」「モテモテだな」「カワイイ子ふたりなんて、ユータくんも罪な男ね」「おばさんも混ぜてほしいわ」

 歩を進める毎に、かけられる冷やかしの声。その度に華蓮の眉間に苛立ちが浮かぶ。もし、ここで知り合いからシャレにならない冗談でもブチかまされた日には、仕込み杖でもって瞬殺されそうで、とても怖い。

「勘違いするなよ。あれは、ただの挨拶みたいなもんだからな」

 感情的に先走った挙げ句、こんな場所で刺された日には目も当てられない。

「ご安心を。先生には罪を償うため、自ら命を絶ちました。と報告しておきますから」

 目元に怪しい影を落として笑みを浮かべる華蓮に、俺は空笑いするだけだった。

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