【後編】

「さてと……」

 三つ首たちの関心を引きつける手段を模索し始めた矢先、シシルイルイの向こう側で、なにやらノーラが先生相手に揉め始めていた。

「なにやってんだ、あのバカたれは?」

 どうせ、わたしも最後まで戦うぞ! とかなんとか言って、反発しているのだろう。まったく困ったやつだ。とあきれているとティルが三つ首を指差した。

「ユータ! めるとだうんする前に、ツノルイルイのツノを切り落として」

 血相を変えた突然の懇願に、俺は戸惑いを隠せなかった。

「急にどうしたんだよ?」

 普段と違う様子に気づき、なだめすかしながら事情を聞けば

「もうひとりのわたしが、そう言ってるの。だから、お願い!」

 もうひとりのティル?

「もう、なんでわかってくれないの! ツノルイルイに取り込まれた、もうひとりのわたしだよ!」と地団駄を踏むティル。

 それって、もしかして召喚したティルのことか。

「そうだよ。わたしを早く解放してって、ツノルイルイの中で泣いてるの!」

「泣いてる? どうして、そんなことがわかるんだ?」

「同じわたしなんだから、当然でしょ!」と、ティルが涙を流して訴える。

 一時的とは言え、同じ竜眷属だ。もしかしたら霊的な波長を感じ取ってるのかもしれない。

 本来ならば、時間の経過とともに自然消滅するはずだった影武者ティル。ところが不死であるシシルイルイと幽合したため、生死の境を見失い、悶え苦しんでいるのかもしれない。

 呪縛からの解放。

 しかし融解寸前のツノを切ってしまっていいのだろうか? 一歩間違えれば、切ったそばから大爆発……なんてこともありえるのだが。

「お願い……ユータ……」

 哀願するティルに心を打たれ、俺の迷いが吹っ切れた。

「わかったよ。俺がもうひとりのティルを助けてやるから、安心しろ」

「うん」と頷くティルの頭を優しく撫でて

「秒で片付けてやる」

 そう意気込んで壁際の階段を駈け上がる。……が、その途中で先生と口論していたノーラに見つかった。

「ユータオー、どこへ行く!」

「うっせぇ! そこで黙って見てろ!」

 とノーラを黙らせ、そして

「それと先生、ティルを頼む!」

「わかったわ」と応えるまほ先生。

 とりあえず、これでみんなの安全は確保できた。と安心した矢先

『あぐぉぉががっぐぁぁあ……』

 激しい痙攣に伴い、シシルイルイのツノが輝きを増した。その証拠にヤツの頭に近づくにつれ、肌がひりつくように熱くなっていくのがわかった。

 臨界点突破の予兆か?

 上のフロアに到着した俺は迷うことなくすぐさま剣をかまえた。……が、蛇のようにのたまう三つ首相手では思うように狙いが定まらない。

「くそぉ……これじゃあ、ツノなんか狙えねぇぞ」

 動き回るツノ頭を追えば追うほど、判断がブレて踏み出すタイミングを見失っていく。

「どうする? 運に任せて、このまま飛んでみるか」

 崩れた床の縁で空足を踏んでいると、突然、帯状の魔方陣が3つ首をがんじがらめに縛り上げた。

「今よ、牧嶋くん!」

 階下にいるまほ先生から声が上がった瞬間、俺の体は無意識のまま宙を飛んでいた。

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」

 体の自由を奪われたシシルイルイ。その真ん中のツノ目がけ、ありったけの力でもって蒼き剣を振り下ろした。

 ビキィィィィィィィィィーン!

 ツノと触れ合った瞬間、硬い骨質を打ち砕くかのように剣の光が増していく。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!」

 ピキピキとひび割れる音を耳にした俺は、軋む腕の痛みを堪えて剣を押し込んだ。

 瞬間!

 パキィィィィィィィン! と剣とツノが砕け散り、熱を帯びた真っ白な光が俺を包み込んだ。

 まさかの爆発。と思った矢先、光の中からひとりの少女が出現した。そのおぼろげながら浮かぶ美少女に、俺は呟いた。

「ティル……」

『助けてくれて、ありがとう』

 両手を組んで感謝を伝えるティルに、俺の頬も自然にほころんだ。

「自由に……なれたんだな」

 不思議なことに、言葉では言い表せない夢心地の気分が心を満たしていた。

「うん。本当にありがとう」と、お礼を告げて霞んでいくティル。

「さよなら、ユータ」

「さよなら。ティル」

 と、おもむろに手を振った瞬間、光の消失とともに俺の体は急降下し、受け身を取る間もなく床に叩きつけられた。

「痛ぇ……」と体を起こせば、事の発端となったルロォ理事長がシシルイルイの足もとで倒れていた。

「こんな……こんなはずではなかった……」

 なにいってんだ、あのババアは。おまえのせいで全員死ぬとこだったんだぞ! と憤った瞬間、床が軋みを上げた。

「おい! ユータオー、崩れるぞ!」「ユータ、こっちこっち!」「急いで、牧嶋さん!」「主役がここで落ちたらダメですよ!」

 階段から飛んできたみんなの声に、俺は慌ててティルたちのもとへと走った。

 同時にシシルイルイを中心に床が音を立てて崩れ落ちていく。

 っざけんなよ! こんなところで、死んでたまっかよ!

 脚を蹴り上げる度に抜け落ちる石畳。俺を呑み込もうと、陥没の穴がどんどん広がり、後を迫ってくる。

「ユータ! 早く、早く!」

 みんなと一緒になって手招くティルに、俺は懸命になって床を蹴り上げた。

 ……が、あと一歩というところで足が空をいた。

 やべぇ! 落ちる! と冷や汗が全身を伝った瞬間、ガシッ! とティルとノーラに腕を掴まれた。

「間一髪だったな、ユータオー」

 なぜかノーラがイケメンに見えた……のは、きっと気のせいだろう。

 2人の助けを借りて引き上げてもらった俺は、礼を言って床に腰を下ろした。

「マジ、ヤバかった……」と命拾いしたことに安堵の息をついていると、ティルが飛びついてきた。

「ありがとう、ユータ!」

 頬をくっつけて感謝するティルに、俺も笑顔で応えた。

「もうひとりのティルにも同じことを言われたよ」

「でしょ。だって、わたしと同じティルだもん」

「だな」とティルの頭を撫でていると

『ファハハハハハハハハハァ! これで我らを束縛する邪魔者はいなくなったぞ!』

 抜け落ちた階下を覗き見れば、呪縛から解き放たれ、スケールダウンした二つ首のシシルイルイが勝ち誇るように雄叫びを上げていた。

「おいおい、かすり傷すらねぇのかよ」

 と毒突いた矢先、隣に立つまほ先生が鱗とスマホを手にして白衣を翻した。

「残念だけど、コレでアナタを封印するから覚悟なさい」

『笑わせるな。魔女と言えども、そんなゴミみたいなモノでなにができるというのだ?』

「それができちゃうのよねぇ」

 ニッと微笑んで電源スイッチを入れるまほ先生。そして起動と同時に聞いたことのない呪文を唱え始めた。

『詠唱文を組み換えたからなんだと言うのだ。そんなデタラメな呪術で我を封印できるものか』

「と、思うでしょ」と口元を引き締めて、スマホのレンズをシシルイルイに向けた。

「マホレンジンの命に従い、あの者を支配せよ」

 人差し指を伸ばし、鱗を重ねて画面のシャッターボタンに触れる。

超圧縮コンプレッション!」

 カシャッ! とシャッターの音が鳴った瞬間、スマホ本体が光り輝き、同時にシシルイルイの巨体が音もなく消滅した。

『どこだ、ここは? なんなんだ、この空間は?』

「あなたの知らない世界スマホスマホに話しかけるまほ先生につられ、みんなで画面を覗き込めば、液晶の向こう側でオロオロと戸惑う二つ首がいた。

「シシルイルイがしゃしんになっちゃた」

「ほぉ、これはなんとも面妖な」「こんな小さな板に閉じ込めるとは……ちょっとメモさせてください」「スマホに封印とは、まほ先生も考えましたね」「流石、大魔道士マホレンジン様」

 まるで鳥籠の中の珍獣を見るかのように、みんなで眺めていると、液晶の中のシシルイルイが魔光線をまき散らしながらいう。

『魔女よ。キサマ、いったい我らになにをした?』

「うっさいわね。そんなことどうでもいいでしょ」とボリュームを下げ

「しばらく、そこで反省してなさい」と電源を切るまほ先生。

 そのあっけない幕引きに、俺は大声で笑ってしまった。もちろんみんなもだ。

 そして「はい。あなたに返しておくわ」と、先生がスマホをよこしてきた。

 正直、シシルイルイを閉じ込めたスマホもどうかと思うんだけど。まぁ、記念としてもらっておくとしよう。

「そういえば、理事長はどうなった?」

 忘れかけてた、もうひとりの首謀者。

 抜け落ちた床の縁から1階を覗き込めば、仕えていたヌラミが、理事長を助け出そうと懸命になって瓦礫をかきわけていた。

「ルロォ様! ルロォ様!」

 泣きながら、慕っていた者を救おうと必死になっている姿に

「天罰がくだったんだろう」とノーラが厳しい目でもって冷たく言い放つ。

 理事長に対して恨みを持つノーラ。因果応報だからといって、このまま放置しておくことが正しいのだろうか?

 いや、それは違う。死にかけている人間を放っているようでは、理事長となんら変わりはない。

「ちょっと助けにいってくる」

 見て見ぬふりをすることができなかった俺はノーラの制止を振り切り、急いで階段を降りた。

「大丈夫か」

 ヌラミのもとへ駆けつけると、理事長はすでに虫の息だった。

 致命的な外傷はないものの、頭から大量の血が流れている。

「早く手当てをしないと」

 血の気が失せた白い顔。素人でもわかる瀕死状態を看過することができず、手を差し伸べれば

「触らないで!」

 と敵意むき出しのヌラミに手をはたかれた。が……

「やめなさい……ヌラミ」と弱々しく言い聞かせる理事長。そして

「どのみち……わたくしの命は長くはな……い……ゴフッ!」

 内臓から逆流してきた血を吐き出し、咽せながら続ける。

「どうか……このまま……逝かせてくれ」

 尊厳死を望む理事長。俺が過ごした街の話では、一般人の平均寿命は約60年から70年ほどと言われている。それに対し、この理事長はどうみてもそれ以上を生きている。

 すると、いつの間に背後にいたまほ先生がいう。

「治療を施さなくていいのね?」

 有無を尋ねる言葉に、理事長の口元が少しだけ緩んだ。

「あぁ……」

 そしてコンシェルジュの頬に手を伸ばし

「ヌラミよ……今まで尽くしてくれて、ありがとぅ……」

 ヌラミは、その老いて痩せ細った手を両手で握りしめ、ただただ涙するだけだった。

 やがて理事長はコンシェルジュに看取られ、静かに息を引き取った。


「行きましょうか」

 促すまほ先生に従って、俺たちはおもむろに玄関へと向かった。

 お通夜のように沈み込む雰囲気が足かせとなり、俺たちの足取りを重くしていた。その証拠に誰もが口をつぐんだままだった。

 そんな重い空気を払拭しようと、俺は気持ちを切り替えることに専念した。

 時間はかかるかもしれないけれど、街へ戻れば、少しは気分も晴れるかもしれない。そしてみんなで美味いご飯を食べながら、この世界で過ごしたこの2ヶ月間の話を先生に聞いてもらおう。そうすれば、みんなも元気になるだろう。

 うん、そうしよう。と前向きに考えていた矢先……ドンッと背中になにかがぶつかってきた。

 いったい、なにが起きたのか? と振り向けば、目の前にショートソードを持ったコンシェルジュの姿が。

「あなたが来なければ、ルロォ様が死ぬことはなかったのよ!」

 真っ赤に滴る刃先に驚きつつ、背中の脇腹に手を回せば……温かいものが手に触れた。

「血? なんで?」

 指先についた鮮血とジリジリとヒリつく傷口に理解できないでいると、再びショートソードが俺の腹に深く突き刺さり、刃先が背中へと突き抜けた。

「いゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 華蓮たちの悲鳴とともに「おい!」とノーラが乱暴にコンシェルジュの体を引きはがしていた。

「あ……ぁ……」と声にならない言葉を口にしながら、俺は刺された腹を両手で押さえた。

 ヤバぃ……血が、血が止まんねぇ……。

 指の隙間から溢れ出る大量の血と、乱れる呼吸。

 同時に俺の意思を無視して膝がガクガク震え始めた。

 スーッと抜けていく首筋の体温とともに、みんなの騒ぐ声が遠のいていく。

 あ、ダメだ……これ……。

 ままならない視界が、あっという間に闇に奪われた。


次回■21■エピローグ【東京編】

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