【中編】

「先生。みんなが集まり次第、リシャンが障壁魔法を張るから、さっき言ってた攻撃魔法を使ってくれ」

 勝機を見出した俺の策とは裏腹に、まほ先生が眉根を寄せた。

「彼女の障壁魔法では、あなたたちを守り切れないわよ。冷静になって考えてごらんなさい。通常の障壁魔法を上回る古代障壁を破るのよ。そんな強力な攻撃魔法に通常障壁が耐えられるわけがないじゃない」

 あ、なるほど。ごもっともで。

 かと言って、いつまでもシシルイルイの勝手にさせておくわけにもいかないのだが。と悩んでいると、突然シシルイルイが苦悶の声を漏らし始めた。

『グヌヌヌ……。なんだ、これは?』

 見上げれば、まるで毒を盛られたかのように三つ首が揃って悶えていた。

『ルロォよ……。キサマ、いったい……我らになにをした?」

 煤頭が苦痛を忍ばせながら、理事長であるツノ頭を睨みすえた。

『知らぬ。わたくしとて、あなたたち同様に苦しいことを、見てわからぬか』

『嘘を申せ!』と瞼に傷を負った首が、ツノ頭の首に噛みついた。

 ギャォォォォォォォォォオン!

 蛮声が塔内中に木霊した。そのわけのわからない内輪揉めに、ノーラが戸惑いの声を上げた。

「おい、魔道士! いったい、なにが起きてる!」

「知らないわよ! 言っとくけど、わたしじゃないから」

 流石のまほ先生でも、シシルイルイが苦しむ理由がわからないらしい。となると、いったいこれはどういうことだ?

『ルロォよ……さてはキサマ、我らを覚醒させる際に疑わしき素材マテリアルを使用したのではあるまいな』

『そんなことはありません。ちゃんと竜の眷属である娘を生贄にしたのですから』

 両首に挟まれた尋問に、気弱になっていくツノ頭。

『しらばっくれるな。ならば、これはどういうことだ?』

 竜の眷属? 生贄?

 おいおい……それって、もしかして。

 ノーラたちを見やれば、俺同様に思い当たる表情をして、こっちを見ていたりする。もちろん当事者のティルもだ。

「ちょっとちょっと。みんなして、知ったような顔をしてるけど、いったいなにがあったのよ?」

「実は……」とシシルイルイの復活における一連の出来事を先生に説明した。もちろん時間が無いので手短に。

「つまり、複製した彼女を替え玉にしたってわけ?」

「あぁ。上で戦ってたとき、ノーラやティルたちが消えただろ。あれと同じで一定時間を過ぎると消滅するはずだったんだ。取り込まれた影武者ティルの再生存続時間はわからないけど、今になって、その反動がシシルイルイの身に起きたんだと思う」

 あくまでも俺の勝手な推測だけどな。

「なるほどねぇ。ようするに早い話が、アイツの中で拒絶反応を起こしてるってわけね」

 そういうこと。どちらにしても今が反撃の好機と見るべきだろう。

 と剣を握りしめ足を踏み出した途端「その必要はないわ」とまほ先生に止められた。

「どういうことだよ?」

「シシルイルイが取り込んだティルちゃんと小城治を拒絶し始めてるからよ。それに相手は不死の力を持つ者。それだけに絶命させることは不可能。とくれば、むしろこの隙にアレを封印することを考えたほうが得策よ」

 なるほど。ここは素直に大魔道士様の意見に従ったほうが良さそうだな。

「とは言っても、アイツを封じ込めるためには2つの条件があるんだけどね」と二本指を立ててみせる先生。

「条件?」と注意深くまほ先生の言葉に耳を傾ければ、どうやら面倒くさそうな材料が必要とのことらしい。

「代わりとなる精霊の加護を受けた霊験れいげんあらたかな物とか、近くにあればいいのだけど」

 と辺りに築かれた瓦礫の山に視線を走らせるまほ先生。

「ちなみに以前封印したときは、どんな材料を使ったんだよ」

「前回は樹齢5000年の精霊樹の朽木よ。それでこしらえた大きな鳥籠の中に家畜の丸焼きを入れてたら、まんまと引っかかったわ」

 見かけの割には意地汚いな、シシルイルイ。

「ちなみにえさにした家畜は、腹を空かせたアイツの目の前で美味しく頂いたけどね」

 うわぁ、えげつな……。

 となると、最初に理事長が手にしていた呪物あれは精霊樹の朽ち木だったのか。

「しかし、そんな都合の良いアイテムなんか、ここにはないぞ」

「そうなのよねぇ」

 いや、ちょっと待てよ。よく考えたら理事長の研究室ラボに怪しげな材料が並んでいたような。と辺りの瓦礫を見れば、破れた本と割れた陶器の残骸が散らばっているだけで、俺たちが求めるような材料は見当たらなかった。

「先生。別の方法を考えたほうが……」

 と代行案を求めたときだった。

「ねぇねぇ、牧嶋くん。あなた、確かスマホ持ってたわよね」

「あぁ。ただ、理事長に見つかって真っ二つにされたけどな」

 おかげで撮影したすべての思い出がパーになっちまったよ。あぁ……もう一度見たかったなぁ、ティルのあれこれ。

「とりあえず、その壊れたスマホ出して」

 切迫したまほ先生の言葉に煽られながら、俺はゴミと化したスマホを先生に手渡した。

「そんなので、どうするんだよ? まさか、それ使ってシシルイルイを封印するつもりかよ」

「そのまさかよ」とスマホに手をかざし、念を込め始めるまほ先生。

「スマホなんかで、アイツを封印できんのかよ?」

「この世界に存在しない電子機器よ。わたしの法力理論が正しければ、この未知なる媒体を介して閉じ込めることができるはずよ」

「ホントかよ。で……封印における成功率は?」

「わたしのやることだもの。ズバリ100パーに決まってるでしょ」

 と復元再生したスマホを振りながら得意げに断言するまほ先生。

 あー、はいはい。そうですね。と投げやりに相槌を打って、直ったばかりのスマホに関心を寄せていると

「それと、あの娘を呼んできてくれない」

 まほ先生の指差すほうを見れば、いつの間にか戦線復帰したティルがシシルイルイに火炙りの刑を処していた。

「ホントに痛かったんだからぁ!」とこれまでにないくらいの火力でもって憂さ晴らしをしていたりするもんだから、もう可愛いすぎるったらありゃしない。

 でもね……一生懸命吹いても、そいつ、ちょっとやそっとで死なないヤツなんだってさ。

「ねぇ、ボーッとしてないで早く呼んできて頂戴」

「呼んできて、どうすんだよ?」

「2つ目の条件に、どうしてもあの娘の協力が必要なのよ」

「それって、まさか……ティルを生贄にするつもりじゃないだろうな」

 もし、そうだとしたら俺は断固反対だ。

「んな、わけないでしょ。ちょっとだけ彼女の鱗を貰うだけよ」

 いや、それもムリっしょ!

 生え代わらないって言ってたし、本人もイヤがるだろ。

「そもそも、なんでティルの鱗が必要なんだよ?」

「仮とは言え、再生召喚した替え玉よ。竜の眷属を使ってアイツを召喚した以上、封印呪術においても、それ同等の物が不可欠なのよ」

 まさかの等価交換。

 復活召喚では偽ティルがひとり。それに対し、封印においては鱗1枚。どう考えても等価比率の度合いがおかしいだろ?

「ドラゴンが持つ霊力の差というべきかしら。ブランド品と一緒で、オリジナルとコピー品ぐらい価値が違うわ」

 例えが、微妙すぎてわかんねぇよ。

「とにかく、牧嶋くんから彼女を説得して頂戴」

 ムリだと思うけどなぁ……。

 とりあえず話だけでも、と俺はティルのもとへと急ぎ、シシルイルイの相手をノーラたちにゆだね、ティルの手を引いて先生のところへ戻った。

「連れてきたぞ、先生! ……って、なにしてんだ?」

 見れば、まほ先生が俺のスマホに視線を落とし「ふぅ。男の子だもんね」と、なんともいえないため息をついていたりする。

「おい、まさか……」

「キミも相当なムッツリさんね」

 うぎゃぁぁあ! やめろぉぉぉお! なに勝手に俺の秘密プライバシーをこじ開けてんだよ!

 スマホを奪い返そうと手を伸ばした瞬間、先生の拘束魔法によって自由を奪われた。

「なんで俺のパスコードを知ってんだよ! どうやって解除したんだよ!」

 すると、まほ先生が爽やかな笑みを浮かべた。

「わたしの手にかかれば、この手のロック解除なんて造作もないわよ」

 天才ハッカーかよ!

 そんな先生の隣で「あっ、ユータの石版だぁ」と子供のような目をしてスマホに食いつくティル。

「ちなみに、どこまで見た?」と先生に訊いてみれば

「ネットで拾い集めたアナタ好みの……」

 いえ、もう結構です。ティルの前で、それ以上は喋らないでください。

 まったく……画像収集専用アプリのロック解除までされては、ぐうの音も出ないよ。

「ところで牧嶋くんのこのスマホなんだけど、メモリ容量はどのくらい?」

 高校入学に合わせて買ってもらった最新スマホ。すでに型落ちになったとはいえ、最大容量を選択した自慢の逸品だ。

「うーん……でもこれだと、ちょっと容量が足りないかなぁ」

 はぁ? 誰もが羨む大容量のはずなのに、なぜ?

「シシルイルイの巨体を封印するのに、これだと容量不足なのよ」

 なに、わけのわからないことを言ってんだ、この人は? アタマ大丈夫か?

「時間もないことだし、空き容量確保のためにエッチな画像とか消すわね」

「うわぁぁあ! 待て待て! お願いだからちょっと待ってくれぇ!」

「なによ?」

「いや、そのぉ……消す前に、もう一度だけ……」

 しどろもどろする俺に、まほ先生が軽蔑の眼差しを向けてきた。

「この状況下でナニするつもり?」

「違ぇよ! せめて断捨離くらい、俺にさせろってことだよ!」

「バカじゃないの」と有無を言わさず液晶画面をタッチする先生。

 うぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ! 本人の選別許可なく消すのはやめろぉぉお!

「まったく、どんだけ溜め込んでるのよ。もう面倒だから、アプリごと消しちゃう」

 ふざけんなぁぁぁあ! アンインストールなんかしたら、バックアップしてあるクラウドデータまで死んでしまうだろがぁぁぁあ!

「うん。だいぶ容量が増えたわね」とスッキリ顔のまほ先生。

 対照的に「うぅ、俺の秘蔵コレクションが……」とガックリと跪く俺。だってさぁ、1年かけて集めてきたのがワンクリックで消されちゃったんだよ。もうねぇ……精根尽き果てて真っ白になっちゃったよ。

「それでも、まだ足りないわねぇ。仕方ないからメインフォルダの画像も消しましょう」

 へっ? この地獄のような拷問を、まだ続けるつもりですか?

「あと、もうちょっとなのよ。ということだから、もう少しだけ消すわね」

 もう、好きにしてくれ。と俺は手も足も出せず、ただただ項垂れるだけだった。

 そんな俺の気持ちも知らず、ティルがスマホのアルバムを覗きながら、先生相手に思い出話に花を咲かせていた。俺にとってその会話は、まるで走馬灯のようだったことは言うまでもないだろう。

 いったい、どれだけの画像が消去されたのだろう。

 せめてティルの写真だけは残しておいてほしい。と切に願っていると

「これでよし」

 まほ先生の声に合わせ、俺への拘束魔法の鎖が解けた。

 長く短かった拷問。正直、心が張り裂けそうなほど辛かった。しかし消されたからには、いつまでもクヨクヨしてられないのも事実。

 ちくしょう。理事長がシシルイルイを召喚しなきゃ、俺の思い出も消されなかったのに。

 なにもかも、すべてアイツのせいだ。

「こうなったら、なにがなんでもアイツを封印してやる!」

 そうでもしなきゃ、消されたエ○画像たちが浮かばれんし、なにより俺の気が収まらん!

「……というわけだから、協力してくれ、ティル」

 頼む! と断られる前提で拝み倒す俺だったが

「……うん。いいよ」と戸惑いながらも了承するティル。

「ホントにいいのか? だって痛いんだろ?」

「ユータの頼みだもん。痛くてもガマンするよ」

 はにかみながら健気に微笑むティルに、エ○画像の未練が消し飛んだ。

 そうなのだ。この笑顔こそ、俺が守るべきものであり、かけがえのないものなのだ。

「ティル……」と涙ながらに感謝していると、先生が割って入ってきた。

「はいはい、そこまでにして。ったくぅ、今生の別れじゃないんだから」

 うっせぇ。これから生爪を剥がされる思いをするんだから、少しは気を利かせろよ。

「はいはい。ということでティルちゃん。早速だけど、お尻をこっちに向けてくれるかしら」

 その指示に従い、寝間着の裾を持ち上げてドラゴンの尻尾を恐る恐る先生に向けるティル。見れば、少しだけ尻尾の先端が震えていた。

「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。痛くないように麻酔するから安心して」

「お願いします。ねぇ、ユータ……手、握ってて」

 いじらしいティルの要求に、俺も頷き返して手を握った。それで安心したのか、ティルもグッと目をつむり、鱗切除の施術を受け入れる。

「手入れの行き届いた奇麗な尻尾だもんねぇ。丁寧に扱わなきゃ」

 優しく尻尾を擦る先生の両手から淡い光が照射された。それに合わせ、尻尾自体がタラーンと垂れ下がる。どうやら早くも麻酔が効いてきたようだ。

「この辺かなぁ」と先生は、尻尾の先端を左手に持ち、空いた右手の人差し指に青白い光を宿らせた。

「すぐ終わるからねぇ」

 と左手の親指で1枚の鱗を浮かせ、その根元にメス代わりの人差し指を差し入れる。そしてゆっくり鱗を引き抜くと同時に、左手の親指でもって止血魔法をおこなっていく。

 なんだろう、この手際の良さは。鱗を欲しがって、ピンセットとメスをもって追いかけ回していたリシャンとは大違いだ。

「あとは再生ね」と呪文を唱え、切除した部分を親指で撫で続け、新しい鱗を再生させた。

「はい、終わり」とまほ先生が施術終了を告げた瞬間、ティルの意思により尻尾が持ち上がった。

「すごいすごい! 見て見てユータ。全然痛くなかったし、尻尾もなんともないよ!」

 天才ドクターにおけるチート手術。もう、この先生の手にかかると、なんでもありだな。

「さてと、これで必要なものが全部揃ったわね」

 大魔道士が持つ2つのアイテム。

 入手困難なドラゴンの鱗と、異界の電子機器。

 完璧な布陣とも言える整った条件。それだけにシシルイルイといえども封印から免れようがないだろう。とそこへ

 グググゥ……ギャォォォォォォォォオン!

 シシルイルイの咆哮が、俺たちの鼓膜を震わせた。

「なんだなんだ? いったい、どうした!」

 さては華蓮かノーラ、もしくはパルの誰かがヤツに致命傷を負わせたのか?

「見て、ユータ。ツノルイルイが熱くなってる」

「ツノルイルイ?」

 あらたな異世界スラングを生み出したティルの声にシシルイルイを見上げれば、真ん中の理事長のツノが焼けた鉄のように真っ赤になっていた。

「なんだ、あれ?」

「あれって相当、熱いと思うよ」と自分ごとのように眉をしかめるティル。

 灼熱色で判断したのか、それとも炎を扱う竜眷属特有の勘なのか……いずれにしてもティルの言うようにただ事ではないのは確かだ。

 その証拠に、見境なく四肢をバタつかせて悶え苦しむ三つ首。その暴れようは、先ほどとは比にならないほど常軌を逸しており、ノーラたちも煽りを食らわないよう後ろに下がっていた。

『熱ぃ……熱い! 熱いぞぉぉぉお! 誰か、この熱さをどうにかしてくれぇぇえ!』

「なぁ、まほ先生。アレってどう判断する?」

 シシルイルイの動きを警戒しながら問えば

「どうと言われてもねぇ。憶測だけど、中途半端な幽合により竜の炎……つまり呪いのようなものが体内を巡っているとしか思えないわね」

 察するに、誤った幽合による副作用ってことか。

 なるほど。気の毒だが、このまま放置してヤツの自滅を待とう。いや、むしろそのほうが都合がいい。と思いきや

「それはちょっと無理そうよ」

「なんでだよ?」

「実は、昔読んだ古文書に、これと似たようなケースが記してあったのよ」

「古文書ねぇ……」と胡散臭げに耳を傾ければ、かなりヤバいことが判明した。

 古文書における内容の一節によれば

【魂の海より業火の悪鬼訪れ、愚者に罰を下す。大地は灼熱の光によって地獄へと変わり果て、天は血のごとく紅く染まり、生を受け継いだ俗衆は歓喜の歌を口ずさむ】

 この記録の前後を含めた先生の解釈によれば

 昔々、あるところのバカが世界征服を企み、幽合獣を作ろうと禁断の魔物を掛け合わせたらしいのだ。幽合元となる生命種は禁忌とみなされ、意図的に古文書から抹消されており、今となっては誰も知る由はないとのこと。そして肝心のバカにおける幽合だが……実験は見事に失敗し、大惨事を招いた末、バカもろとも街のひとつが消滅したらしいのだ。

【愚者】とは、言わずもがなバカ……つまり理事長のことを指し、【悪鬼】の部分については、目の前のツノルイルイとみていいだろう。

 ちなみに最後の【俗衆は歓喜の歌を口ずさむ】とは、巻き添えを食らって天に召された街の住人たちのことであり、早い話が生存者ゼロを意味するとのことだった。

「もしかしたらだけど、シシルイルイの身にも同じことが起こっているんじゃないかしら」

 まほ先生の推測に、俺とティルがぞっとしたのはいうまでもない。

「なぁ、先生。仮にそうだとして……昔の事例と比較して、今回の被害はどう考える?」

「わたしだって、わからないわよ。でもメルトダウン寸前のツノを見る限り、甚大な被害は免れそうもないわね」

 メルトダウンか……まったくもってイヤなワードだな。と、そこへ

「ねぇねぇ、めるとだうんってなぁに?」と俺たちの会話にティルが首を突っ込んできた。

 ティルのいつもの好奇心。こうなると炉心溶融以前の核融合の説明から始めなきゃいけなくなくなるのだが……残念ながら俺の専門外だ。ということで

「ティルの炎より、さらに熱々の高温になって大大大爆発するってことだよ」

 子供に言い聞かせるように、両腕を大きく伸ばして説明をすれば

「流石に、それは怖いよ」と怯えるティル。

 するとまたもや三つ首が叫び狂い、古代障壁を帯状に変化させ、自身の体を拘束しはじめた。

『体に巣くぅ……ぁ悪しき魔などに、我は屈しはせぬぞ』

「いったい、なにしてんだ?」

 しかも、気のせいか呂律も回ってない気がする。

「たぶんだけど、シシルイルイは体の異変を病魔かなにかと勘違いして、追い出そうとしてるんじゃないかしら」

 なるほどねぇ。別に同情するわけじゃないけど、ヤツも大変だなぁ。とあきれ眼で眺めていると

 ギャォォォォォォォン!

 自ら造りだした拘束魔法をぶち破り、今度は目の色を真っ赤に染めて猛り狂い始めた。

 おいおい……さっきよりもヤバくなってねえか? しかも、空気まで熱くなって陽炎かげろうまで現れてんじゃん。

「先生、早くアイツを封印してくれよ!」

 そうすればメルトダウンの恐怖もなくなるだろう。が、しかし……

「無理よ! エネルギー質量が増えた暴走状態ではメモリに収まりきらないもの!」

「だったら、スマホの全データ消して封印しろよ!」

「それでも足りないのよ。ともかく封印するには、まずはあの暴走を食い止めないと」

 やれやれ。まったくもって世話のかかる怪獣だな。

「先生、氷魔法とか使えるか?」

「使えるわよ。でも、あなたが考えているようなことはできないわよ」

 いや……まだ、なにも言ってないんですけど。

「どうせ『シシルイルイを凍らせてくれぇ』とか無理難題な注文リクエストをするつもりなんでしょ。言っとくけど、何でもかんでも魔法で思いどおりになると思ったら大間違いよ」

 これだから夢見るファンタジー男子はイヤなのよ。とグチるまほ先生。

「そんなに難しいことなのか?」

「難しい以前に、あの熱量よ。ご都合漫画みたいに凍らせられるわけないでしょ。もし凍らせられるんだったら、原発の冷却水なんかいらないわよ」

 少しは勉強なさい。とまほ先生に論破された俺は、脳みそをフル回転させて思いつく解決方法を口にしてみた。

「じゃあ、先生の魔方陣でアイツを拘束するのはどうだ?」

「通常とは異なる法力を持ったアイツだもの、できたとしても、せいぜい数分程度の拘束しかできないし、根本的な解決にはならないわ」

 もちろん結界を張ったところで、どれだけ被害を食い止められるか。と苦悶を浮かべるまほ生。

「じゃあ、転移魔法を使って、シシルイルイをどこかに転送するっていうのはどうかな?」

 例えば人里離れた山の奥地とか。

「残念だけど、わたしの法力を用いても大人10人が精一杯よ」

 なんだよ、全部ダメじゃんよ!

「ん? って、ちょっと待てよ。ということは俺たち全員を転移させることも可能ということか」

「まぁ、ここにいる人数なら朝飯前だけど」

「よし。じゃあ、急いでここから逃げ……」

 いや、待てよ。そうなると、この学校の生徒たちはどうなる?

 考えるまでもない。シシルイルイの爆発により、この学校にいる生徒全員が焼け死ぬだろう。また爆発規模によっては数キロ離れた街も被害を受けるかもしれない。

 地域一帯を道連れにした全滅か、それとも俺たちだけが生き延びるかの二択。

「どうすればいいんだよ……」

 想像できない被害範囲と犠牲者の数に悩まされ、助言を求めるようにまほ先生を見れば、心なしか表情が曇っていた。

「気づいたみたいね。本当は、わたしもこんなこと言いたくなかったんだけど……牧嶋くんなら、どっちを選択する?」

 いきなり突きつけられた命の選択。

 その重い倫理観に、俺は頭を抱えた。

 2ヶ月という短い期間での異世界生活。

 不便を感じながらも、楽しかった日常。

 露店街のおじちゃんとおばちゃんの笑顔。

 工房の親方たちと御用聞きで回った顔馴染みのお客さん。

 イーノを始めとする仕事仲間の子供たち。

 気づけば、そんな俺の生活を支えてくれたみんながいた。

「……見殺しなんか、できっかよ」

 この世界の住人たちを裏切るような真似はしたくはなかった。ただ、それだけの理由だった。

 ならば、やるだけのことをやってやる!

「どうやら決心がついたようね」と、まほ先生も笑ってくれた。

「微力ながら、わたしも協力するわ。それでどうするつもり?」

「いつ、メルトダウンすっか知んないけど、なんとかしてアイツを学校の外へ誘いだす」

 もっとも、囮となる俺をシシルイルイが認識してくれればの話なのだが……。

『誰が我らを苦しめているのだぁぁぁあ!』『お願い……』『我らを炙り殺すつもりかぁぁぁあ!』『自由にして……』『キサマはいったい誰なのだぁぁあ!』

 と支離滅裂なことを言いだし、激しく痙攣するシシルイルイ。

 あぁ……なんだか、もうすでにダメっぽそう。

「先生。華蓮たちを集めて、いつでも転移できるように準備をしてくれ。あとの判断は……先生に任せる」

 最悪の場合に備え、みんなの安全を先生に委ねた。不本意だが、やっぱりみんなには生き延びてほしいからだ。

「わかったわ」

 まほ先生が華蓮たちのもとへと急ぐ中、俺は剣を握りしめ、シシルイルイを睨み上げた。

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