■20■メルトダウン!【前編】
「待ってろよ、みんな」
と意気込んで階段を降りた矢先、3階付近でシシルイルイの目にとまってしまった。
『ん? もう一匹いたか』
「ヤベぇ、見つかった!」
三つ首のひとつにギロリと睨まれ、思わず階段の途中で足を止める俺。しかも運の悪いことに丁度、同じ目の高さ。
人間を丸呑みできそうな裂けた
象牙のように大きな歯牙と、ワニのようにゴツゴツした表皮。ヌットリと肌にまとわりつく生臭い息づかい。
その鼻先3メートルの恐怖に、思わず震え上がってしまった。
元来た階段を駆け昇るか、降りるしかない逃げ道。しかし見つかってしまった以上、どちらを選択しても同じこと。「どうする?」と決断に迷っていると、シシルイルイが長い首をもたげ、大きな口を開いて迫ってきた。
「食われる!」と反射的に剣を向ける。が……
いや、違う! 魔光線だ!
仄かに光を帯び始めたシシルイルイの
『滅べ、愚かな者よ』
「くっ!」
喉の奥で膨らむ奇怪な光に、俺は呼吸することすら忘れた。
「危ない、ユータ!」
同時に階下から伸びる火炎が眼前の敵を焼いた。
『ヌオォォォォォオ!』
頭を振り、まとわりつく火を消す首ひとつ。
フッ。煤だらけになった顔がお似合いだぜ。
「サンキュー、ティル!」
下のフロアで逃げ回るティルに感謝すれば「どういたしましてぇ」と笑顔で手を振って応えてくれた。
あぁ、逃げまどうティルさんもカワイイねぇ。
などと思っていた矢先、別の首が『小賢しい真似を』とイラ立ち紛れに太い尻尾を振り回し、ティルを弾き飛ばした。
「ティルっ!」
壁に叩きつけられて力なく倒れるその姿に、俺の中の怒りが一気に爆発した。
「このぉやろぉぉぉぉぉぉお!」
階段からの跳躍。眼前の煤頭を踏み台にし、ツノ頭をも飛び越え、ティルを狙った首のヤツ目がけて跳ぶ。
「おらぁぁぁあ!」と渾身の力を込めて剣を振るった刹那、剣の波紋に蒼白い光が宿った。
ザシュッ!
柄に伝わる確かな手応え。だがヤツの左瞼をかすめただけで遠く致命傷にいたらなかった。が、それでも傷ついた首は垂れ出る自身の血におののき悲鳴を上げていた。
「大丈夫か、ティル!」
シシルイルイの体を伝って2階へと滑り降り、横たわるティルのもとへと走った。
「ユー……タァ……」と弱々しく上半身を起こそうとし、クッと呻くティル。
「動かなくていいから、そのままジッとしていろ」
「でも……痛っ」
「おい、しっかりしろティル! どこが痛い?」
「ぜん……ぶ……」
あれだけ強い衝撃を受けたのだ。全身打撲であっても、なんら不思議ではない。
俺はティルを抱え、柱の陰に寝かせると、あたりかまわず叫んだ。
「先生でもリシャンでもいい! 誰か、ティルを診てやってくれないか!」
とそこへ、リシャンが障壁魔法を展開しながら駆けつけてくれた。
「私が診るわ」
「助かる。ティル、リシャンが診てくれるっていうから、もう安心だぞ」
言うや否や、俺はノーラたち相手に暴れているシシルイルイの前に躍り出て、剣先をヤツに向けた。
「てめえの無双もそこまでだ!」
すると傷ついた三つ首のひとつがいう。
『キサマ……我を傷つけた代償は大きいぞ』
「上等だ! そっちこそ、ティルを傷つけたことを後悔させてやるぜ!」
こっちは物理攻撃の剣に魔法を加えたハイブリッドソードなのだから、負けるはずがない。
『人間風情が、思いあがるな!』
言って、魔光線を吐き出す首ひとつ。すかさず俺は床を蹴り、シシルイルイの股ぐらに潜り込むや否や、脚の付け根に蒼き
『ギャォォォォォォォォォオン!』
奇声を発し、両翼をばたかせて悶える三つの首たち。
ザマァみやがれ。俺を怒らすから、そういう目に合うんだ。と油断した瞬間、太い尻尾が横殴りに飛んできた。
「おっとと」と尻尾を、バク転でかわす俺。
ふぅ。あぶねぇあぶねぇ。……とは言え、気持ちがいいくらいに五感が冴え渡ってるのが自分でもわかった。理屈はともかく、大気の流れや相手の動きの気配すべてが肌で感じ取れるのだ。それだけにシシルイルイの動きが、のろまな恐竜にしか見えなかった。
「デカい図体が
と今度は股下に剣を叩き込んでヤツの前に躍り出る。
『ぬぉぉぉお!』と再び悶え叫ぶシシルイルイ。
「チッ、まだ浅いか」
だが勝てないわけではない。勝機は間違いなくある。すると左向こうにいたノーラから褒め言葉が飛んできた。
「極めたな、ユーターオー!」
同時に右側にいた華蓮やパルからも皮肉と賞賛の声があがる。
「まったく……それだけのことができるのでしたら、もっと早く披露してほしかったですわ」
「ユータさん、あとで強くなった理由を教えてください。特にその剣について詳しく」
誰もが絶賛する俺の活躍。ここから先は、言わずもがな俺の独壇場となるだろう。とは言え、まだまだ致命傷にまでいたらないのも事実。なにしろ巨体を誇るヤツにとっては爪楊枝程度のダメージでしかないのだから。
こうなると定番の目を狙うしかないか。とシシルイルイを見上げれば、6つの目が俺を睥睨していた。
『おのれ……ただで済むと思うな』
うるせぇ、バーカ。もともと俺たちを殺すつもりだったくせに、今さらなに言ってんだコイツは。と悪罵しながら、駿足でもって階段を駈け上がる。目指すは4階。もちろんヤツの頭上から一撃をお見舞いするためだ。が……
『逃がしはせぬ』
3階にさしかかったとき、同じ目線の高さでヤツの目とガッチリ合ってしまった。しかも、よりにもよって三つ首揃って俺に圧をかけてくるもんだから、たまったもんじゃない。
すると元理事長こと、真ん中のツノ付きが首を伸ばし、大きな口を開けた。
マズい!
本能的に身を引けば、数歩も下がらないうちに背中が壁についてしまった。
『死ね!』
喉の奥から発せられた魔光線に、俺は逃げる間もなく迫る光線に剣を立て身を縮めた。
ちくしょう、調子に乗りすぎた!
と後悔した瞬間、吐き出された魔光線が俺を襲う。至近距離からの直撃。言うまでもなく即死決定。のはずが……
チュキィーーーーーーーーーン!
立てた剣を境に、長い火花を散らしながら裂けていく魔光線。
『なに!』と一驚するシシルイルイたち。
いや……それ、俺のセリフな。
真っ二つに割れた魔光線の行方を追うように、肩越しで背後を見やれば、風通しが良くなった壁向こうに校庭裏の景色が広がっていた。
「助かった……」
魔光線を受けて少し欠けてしまった刃先。それでも防御できただけでも御の字だ。と詠嘆していた矢先、前触れもなく三つ首の口が同時に開いた。
「いや、それはいくらなんでも卑怯だろ」
眼前で輝き始めた3つの光。正面からの単発攻撃だけならともかく、三方向から攻められては流石の俺でも防ぎようがない。
もうダメか……と諦めた瞬間、目の前にとてつもなく大きな魔方陣が発現し、シシルイルイが放った魔光線を吸収して消滅させた。
「いったい、なにがどうなってんだ? もしかして俺自身も障壁魔法を使えるようになったのか?」
あらためて自分の能力に驚かされていると、吹き抜けと化した4階フロアから否定する声が落ちてきた。
「んなわけないでしょ。わたしよ。わ、た、し」
見上げれば、たわわな胸を張り白衣を靡かせるまほ先生がいた。
「ですよねぇ」とガッカリする俺の前で、ツノ首がわなないた。
『あの禍々しい輝き。まさか禁断の8
首を振って睨み上げる三つ首に「13
あぁ、なんだろ……この主役級の格好良さは。正直、憧れちゃうよ。
しかし、なんでこの人はやることなすこと、いちいちカッコいいんだ? もしかして、そういう病気の類なのか? だとしたら、この先生も相当な厨二病だな。
などと半ばあきれていると、急き立てる声が飛んできた。
「今がチャンスよ、牧嶋くん!」
「おう!」
まほ先生の指示に合わせ、跳躍すると同時に、真ん中に居座るツノ首目がけて剣を振りかざす。
「くたばりやがれ!」
勝利を確信し、蒼き剣を振り下ろした瞬間、目前で古代障壁に阻止された。
「なにっ!」
ガチーンッ! と擦れあう剣と障壁。バチバチバチッ! と火の粉にも似た
『ファハハハハッ! 何度も同じ手が通じると思ったか!』
くそ、封じられたか。どうする? このまま押し切るか? それとも引くか?
障壁相手に歪む剣。このまま力比べを続ければ、間違いなく剣が先に折れてしまうだろう。
「くっ!」
悔し紛れに身を引き、シシルイルイの体に蹴りを入れながら階下へと飛び降りた。
「これじゃあ、どうにもなんねぇぞ」
剣に法力を込めれば障壁魔法で封じられ、かといって、法力無しの物理攻撃ではかすり傷さえつけられないのだ。
「ならば」と今度は脚を狙って剣を振り上げる。だが、相手もバカではない。俺の狙いに合わせ、障壁魔法を展開しながら尻尾や手足でもって対抗してくる。
その苦戦を強いられる俺の戦いを見かねたのか、ノーラが頭上に向けて声を張り上げた。
「おい、魔道士! ヤツの障壁をどうにかしろ! おまえほどの腕ならば、壊すことくらい造作もないだろ!」
「相手は古代障壁よ。破るとなると、ここら一帯が吹っ飛ぶけど、それでもいいかしら?」
それはよろしくないな。どれほどの威力か知らないが、こうして古代障壁と剣を交えている俺ならわかる。ハッキリいって、この塔が吹っ飛ぶほど強烈な破壊魔法なのだろう。
その証拠に、誰よりも先生の実力を把握しているシシルイルイが動いた。
『やらせはせぬ!』
煤頭が先生に向けて真光線を吐き出した。それをものともせず13芒星でブロックするまほ先生。
「まったく……ムダなことを」
ヒラヒラと宙を舞い、シシルイルイの足元へ降りる先生。
「言っとくけど、何度やっても同じことよ」
余裕の忠告。だがシシルイルイの狙いは違った。
『キサマの精神力が尽きたときが、己の最後と思え』
ようするに根比べをして先生を疲労させる魂胆か。なら、早いうちに決着をつけたほうが良さそうだ。
俺は回復治療を終えたばかりのリシャンの元へと走り寄り、ティルの容体を確認しながらリシャンに訊いた。
「おい、リシャン。俺たち全員を、おまえの障壁魔法で守れるか?」
「まぁ、みんなが一カ所に固まってくれれば、できなくもないけれど」
「でもユータ。そんなことして、どうするの?」
ティルの疑問に、俺は力強く答えた。
「先生の強力な魔法で、古代障壁ごとヤツを吹っ飛ばす。もちろん、その煽りを食らわないよう俺たちもリシャンに守ってもらうんだ」
それでもシシルイルイが倒れないようなら、そのときは俺のハイブリットソードでトドメを刺すつもりだ。
そのためには一度みんなに集まってもらう必要があるのだが、そこは俺が囮になってシシルイルイを引きつけておけばなんとかなるだろう。
「そんなことして大丈夫なの?」
ティルの心配に、俺はガッツポーズを作って見せた。
「まかせとけって」
そういって俺は、シシルイルイの眼をかい潜りながら、華蓮たちのガードを努める先生のもとへと向かった。
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