【後編】
ドローンのごとく空を飛び回る華蓮の水鎌群とパルの風力波状攻撃により、魔物たちとの間隔があっという間に広がった。
「これで、まずは一安心といったところか」とノーラも剣休めとばかりに、後退して肩をほぐす。ちなみにリシャンは、まほ先生を
その有利な戦況の中、俺もティルの前に出ていう。
「ティルも下がって少し休めよ」
そういって水の入った腰袋を手渡した。
「ありがとう、ユータ。実をいうと、もぉ喉カラカラだったんだ」
水袋の栓を抜いて喉を潤すティル。汗も拭かずゴクゴク喉を鳴らす姿は、もはや青春スポドリCMの美少女そのものだ。
「ぷぅはぁー、生き返るぅ!」
くぅっ! 飲み干した笑顔が眩しすぎるだろ、チクショー! こんなとき、スマホが壊れてなきゃなぁ……まったくもって残念だよ。
呑気にそんなことを考えいると、印を結び終えたまほ先生の指先から光球が放たれ、理事長が張った魔方陣に弾痕が刻まれた。
「見かけのわりには、なんともモロい呪術生成ね」
お粗末過ぎてガッカリだわ。と指を鳴らした瞬間、俺たちを囲っていた魔方陣が薄ガラスのように砕け散った。
「苦心して精錬したわたくしの呪術を」
「わたしからすれば、強度まで考えていないところが二流なのよね」
「おのれ、法連寺め」
眉間に深い皺を滲ませ、悪党さながらの決めゼリフを吐く理事長。少なくとも生徒たちのお手本になるような言葉ではない。
「まぁ、いいでしょう」と理事長が態度を一転し、不敵の笑みを浮かべた。
「そうやって盾突いていられるのも今のうちですよ。幽合したわたしたち相手に、あなたたちがどこまで抗えるか楽しみです」
そう言い放ち、かたわらに立つシシルイルイを見上げ、両腕を広げる。
「さぁ、あの者たちに目にもの見せてさしあげましょう」
『よかろう』
二つ首の魔獣が合意した途端、怪しい光が理事長を包み込んだ。
「させてなるものか!」
真っ先に剣を振い、理事長目がけて奥義を繰り出すノーラ。しかし得意の風技は理事長に触れることなく、包み込む光球によって無力化された。
「無意味なことを」
光の中でほくそ笑む理事長に、華蓮が勇ましくノーラのあとに続く。
「ならば、わたくしが!」
阻止せんとばかりに特大の水鎌を作って攻撃する華蓮。しかし、理事長の光球はそれすらも弾き、水鎌を霧状に粉砕した。
「そんな……」
唖然とする華蓮の隣で、今度はティルが竜の尻尾を振り上げた。
「パルちゃん! わたしの火に合わせて風を起こして!」
「了解です! 特注の風をお見舞いしますよ!」
かけ声と共にホウキをかまえ、ティルの火炎放射に合わせて突風を巻き起こすパル。床石を巻き上げんばかりの力技とともに、渦巻く猛火が轟音とともに理事長へと一直線に伸びていく。だが、空しくも炎は先細りし、光球に吸収されてしまった。
「わたしたちの合わせ技が通用しない?」
自信があったのだろうか、信じられないとばかり目を丸くするティルに、まほ先生が冷静にいう。
「シシルイルイの加護に包まれている以上、なにをしても無駄よ」
「そんな……」と戦意喪失するティルと華蓮の横で「なるほど、そうなりますか」とホウキ片手にメモるパル。
相も変わらず楽しそうだなおまえは。と俺があきれた瞬間、理事長とシシルイルイが一際輝きを増した。
瞳の奥が焼かれるような強烈な光に、目を細め、顔を背けた。
いったいなにが起きたのか。と再び目を開ければシシルイルイの形態が大きく変わっていた。
身の丈が2倍……いや3倍ほどまでに膨れ上がった巨体。
双頭が三つ首に増え、巨大な両翼はさらに大きく、真ん中の頭の額に一角獣のようなツノが生えていた。
言わずと知れた新生シシルイルイの誕生だった。
「なんなんだよ、アレは?」
その凶悪な姿に誰もが言葉を失っている中、まほ先生が顔をしかめた。
「よりによって、禁忌を犯すとは愚かな真似を」
『なんとでも言うがいい』
真ん中の首が言うや否や、新生シシルイルイは窮屈そうに三つ首を持ち上げ、不快な咆哮を上げた。
ギャォォォォォォォォォォン!
同時にぶち抜いた頭の上の天井が崩れ落ち、天井を支えていた木の梁と石材が音を立てて崩れ落ちていく。
『ファハハハハハッ! 思い知ったか、魔女め。これで、もうおまえたちに勝ち目はない!』
立ちこもる砂ぼこりの中で、左右のシシルイルイが高笑い、口から魔光線を吐き出した。手当たり次第に辺りを破壊する魔光線。そのあおりを食らうまいと障壁魔法を張って防御に徹するまほ先生とリシャン。
『まったくもって、往生際の悪い連中だ』
見下すシシルイルイに、気押されることなくノーラが叫ぶ。
「その首、まとめて叩っ切ってやる!」
ノーラの会心の一撃に合わせ、華蓮も攻撃に加わる。
「出でよ、水鎌!」
ふたりが放つ遠距離攻撃。だがシシルイルイは動じることもなく両翼を仰ぎ、大気を切る風技と水鎌を霧散させた。
『無意味なことを』
高らかに嘲笑するシシルイルイ。とそこへ、ティルがすかさず火球を吐き出した。
同時にドンッ! と爆炎がシシルイルイを囲うように炸裂し、その爆風の煽りを遮るように、まほ先生とリシャンが障壁魔法で俺たちを防御する。
「熱っ! って、いきなり、なんだよ? なにが起こったんだよ!」
熱風を受けて慌てる俺に、まほ先生がいう。
「粉塵爆発よ。それを狙って事を起こせるとは流石、火の使い手だけはあるわね」
「まぁ、それについては同感だな」
ティルの咄嗟の判断力。シシルイルイが巻きあげた塵や埃を見極めた火炎攻撃。誰よりも火の扱いに長けているティルだからこそ、成せる技だったのだろう。だが……
「倒せると思ったんだけど、やっぱりダメかぁ」
黒い煤をあげ、消え細る炎。その向こう側で折り重なるように六角形の魔方陣がシシルイルイを防壁していた。
「ア、アレは幻の古代障壁」と青ざめるリシャン。
やめろよ! これ以上、俺たちを窮地に追い込むような設定を出すんじゃないよ!
「てか、リシャンの使う障壁魔法となにが違うんだよ?」
「私たちが使っている円形の障壁魔法は扱いやすく簡略化したモノ。それに比べ、古代障壁魔法は詠唱が複雑なのに加えて精神エネルギーが必要なのよ」
ようするにリシャンたちが使う障壁魔法は、昔に比べて扱いやすくシンプルになったということか。
「それにしては変ね。シシルイルイに、そんな芸当はできなかったはずなんだけど?」
と、こめかみに指を当てて過去の記憶を探るまほ先生。
考えるまでもない。きっと理事長の桁外れの法力と知識によってシシルイルイの能力も
それよりも、あの怪獣を止めることを考えないと。このままじゃ、俺たち本気で殺されちまうぞ!
「奥義、真空絶後!」「出でよ、水鎌!」「バーストストーム!」「ええと……正義の炎!」
ノーラを筆頭に、なりふりかまわず攻撃を繰り出す4人に対し、古代障壁に守られたシシルイルイが鼻で笑った。
『虫ケラどもが、何人集まろうと我の敵ではないわ』
首を振りながら天井を壊し、ドスンドスンと歩み迫るシシルイルイ。
「くそ!」
俺は転がっている傀儡の腕や足を投げつけながら、まほ先生にすがった。
「どうにかならないのかよ、先生! あんた、天才魔道士なんだろ!」
「今、対策を考えているところよ」
「昔やったように、封印してしまえばいいじゃんかよ!」
「と、思うでしょ。でも、それはシシルイルイのときの話。それに比べ、今のシシルイルイは古代障壁を使う者。そんな相手に、以前のような術は通用しないのよ」
「そんなの、やってみなきゃわかんないだろ!」
「残念だけど、わたしみたいに天才美人魔道士ともなると、やるまでもなくわかっちゃうのよね」
相手の力量を見極める先生の見解。くそ、役に立たねぇな、まったく! 自称美人魔道士が聞いてあきれるわ。
ともあれ、これでは勝ち目がない。と判断した俺は、フロア出口である階段へと踵を返しながら撤退の指示を出す。
「みんな、逃げるぞ!」
「やむを得ませんね」と引き下がるパルと華蓮。そんな中で、ティルとノーラだけは頑なに引こうとはせずにしつこく攻撃を繰り返していた。
「ふたりとも早く!」
華蓮の声に「了解」とふたりが階段へと後ずさった瞬間、シシルイルイが床石を踏み抜いた。
『なに?』
同時にバランスを崩し、巨大な尻尾を床につけた瞬間、音を立てて床下が抜けた。
「あぶねっ!」
と階段越しから半分落ちかけたティルとノーラの腕を掴む俺。
ギリセーフ。と吹き抜けとなった階下を覗き見れば、5階を突き抜けたシシルイルイが4階フロアで瓦礫に埋もれていた。
「死んだ……かな?」
これだけの高さで石畳の下敷きになったのだ。人間だったら間違いなくペシャンコになっているだろう。というより、そうあってほしい。
「いや、アレだけの巨体と厚い皮膚を持ち合わせているヤツだ。おそらく致命傷にもなっていないだろう」とノーラ。
『おのれ……虫ケラの分際で』
と砂埃の中でシシルイルイがガラガラと瓦礫をかき分け、ゆっくりと立ち上がった。
おまえの自重で、勝手に自滅しただけなんだけどな。
そんなボケツッコミなどお構いなしに、すかさずティルが炎を吐いた。
ヴォンッ! と先ほどと同様に階下で粉塵爆発が炸裂した。
当然のことながら、まほ先生の障壁魔法で俺たちは無傷だ。……が、シシルイルもご多分に漏れず障壁魔法によりピンピンしていた。
「しぶといヤツめ」
剣を振り上げ、4階めがけて飛び降りるノーラ。
首を持ち上げたシシルイルイの頭ひとつを狙った物理攻撃。もちろん狙いは真ん中でツノを生やした元理事長。だが、その太刀筋は厚い外皮を擦るだけで、決め手となることはなかった。
「くっ! ダメか!」
四肢を使って対抗する敵に、即座に飛び退くノーラ。
『そんな細い鋼ごときで、我を倒せると思っているとは片腹痛いわ』
「バカにしないで!」
見れば、知らない間にティルがノーラの隣で仁王立ちしていた。
って、いつの間に降りたんだ?
「必ず、あなたを倒してみせます!」
いやいや、ちょっと待て待て! 死ぬ気か? 冗談じゃないぞ。
気づけば、俺の足は無意識に階段を駆け降りていた。
「ティルー!」
瓦礫の山から傀儡人形が使っていた山刀を拾い上げ、ティルの前に出る。
「ユータ、なんで降りてきたの!」
なんでって言われても俺にだってわかんねぇよ。ただ言えることは、女の子を守れないヤツは男じゃないってことだけだ。
「でも、怪我するかもしれないし、最悪死んじゃうかもよ?」
この状況において、そんな後先のこと考えてなんかいられねぇよ。とそこへ
「わたくしたちも協力します」と、先生たちと一緒に華蓮とパルも駆けつけてくれた。
『愚かな者どもめ。ならば、ここで死ぬが良い』
そう言い放つシシルイルイに、分散して各々の得意技を繰り出すノーラたち。
「懐に入ってしまえば、ご自慢の魔光線とやらも使えまい」
と俊敏な動きでもって物理攻撃と風技で応戦するノーラと、敵の足下を猫のように走り回り、炎を浴びせるティル。それを遠距離から援護する華蓮とパル。
その点、魔法を使えない俺は、ドッチボールのごとく必死に逃げるだけが精一杯だった。
まったくもって情けない。と自身の不甲斐なさを嘆きながら柱の影に身を隠していると、俺のあとを追ってきた先生が見かねて言う。
「まったく、逃げてばっかりでだらしないわね。あなたも男なら、少しは戦ったらどうなの?」
「あのなぁ! 無力の俺に何ができるってんだよ!」
この修羅場の中、無様に玉砕して死ねとでもいうのか?
「えっ、牧嶋くん。もしかして、あなた、魔法使えてないの?」
はぁ? バカにしてんのか? 使えてないとかじゃなく、持ってる法力値がカス同然なんだよ!
「それは変ねぇ。そんなはずないんだけど? ちょっと、そのままジーッとしてて」
どれどれぇ。と白衣の腕をまくり上げ、俺の背中を触診し始めるまほ先生。同時に背中越しから怪しげな気迫が漂ってきた。
「なぁ……そんなはずないって、どういうことだよ?」
「ちょっと黙ってて」
ヘイヘイ、そうですかそうですか。黙ってればいいんでしょ。……って、いったい、なんなんだよ?
とフロア中央に目を向ければ、またもシシルイルイが床を踏み抜き、3階をブチ抜いてそのまま2階へと転落していく。
「逃げるとは、卑怯な!」とノーラたちも追うように降りていく。もちろん、なにもできない俺は置いてけぼり。
あぁ、なんだろ……この疎外感。
女子たちが懸命になって戦っている中、男の俺ときたら、なんの役にも立っていないのだ。正直、情けなさすぎて涙も出ない。
「なるほど……。どうやら術式が間違ってたようね」
なぜか俺の背中で、指を使って筆文字のようなものを書き始める先生。
いったい、なに書いてんだ? そもそも術式ってなんだよ?
ブツブツと得体の知れない言語を呟き、俺の背中にグッと力を込めた。
「痛っ!」
針で刺したかのような痛みと同時に、急に体が火照ってきて熱っぽくなってきた。それに、なんだか頭もクラクラする。
「ダメだ……立ってられん」
と柱に手を付き、目をつむれば、瞼の裏に見たことのない印が赤く浮かび上がってきた。
「術式完了!」
苦痛から解放された途端、山刀を支えに両膝をついていた。
「ハァハァ……いったい、なにしたんだよ?」
袖で額に浮かんだ汗を拭っていると、まほ先生が満足げに微笑んだ。
「気分はどう?」
どうもこうも、この状態を見ればわかるだろ。
「それで……俺の体になにをしたんだよ?」
「あなたの中に眠る法力を解放しただけよ」
「えっ? それって、もしかして俺も無双できるってこと?」
こういうのを俺は望んでいたんだよ。ん、でも待てよ? そもそも先生は使える前提で話をしてたような?
「えーとねぇ、言いづらいんだけど」と事情を話し始めるまほ先生。ふむふむ、なるほどなるほど……。
「つまり、俺をこの世界に転移する際、俺の法力付与を間違って封印してた……ということか?」
「理解が早いわね。流石、占いで選ばれただけはあるわ」
占いってなんだよ? 急にオカルトっぽいことを言われても、受け入れられないんだけど。
「じゃあ、華蓮も法力付与を授かってたってことか?」
「彼女は女性だし、もともとの法力値が高かったから付与も解放もしてないわよ」
ホント、この世界は男に優しくないな。
もっとも法力が使える今となっては、もうそんなことはどうでもいいんだけどさ。
「それでリミッター解除された俺の力だけど、いったいなにができんの?」
「あなたのやる気次第かな。試しに、そこから下へ飛び降りてみれば、わかるんじゃないかしら」
それって、もしかして空を飛べるってこと?
と腰を持ち上げれば、体も軽く五感も冴え渡っている感じがする。うん、これなら飛べる気がしてきたぞ。
「ん? あれは……もしかして俺が無くしたノーラの剣じゃないか?」
フロアの隅で瓦礫混じりに埋まっている剣を見つけた俺は、それを拾い上げ、崩れた落ちた床下の縁へと進んだ。
2フロア下で繰り広げている死闘劇。頭ひとつ大きいシシルイルイの3つ首が眼下で暴れているのが見えた。
「飛び降りるとはいえ、ちょっと高い気もしなくもないんだけど」
バンジージャンプ未経験者には、ちょっと難易度高くない?
「言っとくけど、そこから飛び降りて骨折とかしないでね」
「それって、もしかして飛べないってこと?」
すると、まほ先生がグッと親指を立てた。
「飛べるか飛べないかは、あなた次第」
あぁ、なんだろ……なんか一抹の不安を感じるのは気のせいだろうか。
「怪我しても、先生の魔法で治してくれるんだよな?」
「さぁ、時と場合によりけりかしらね」
なんともハッキリしない微妙な返しだな。
やっぱ、安全策を取って階段で降りることにしよう。
「なんで? ものは試しで、飛んでみればいいじゃない」
いやだね。本来持つはずだった法力を間違って封印してた前科があんだぞ。信用できっかよ。
「とりあえず先に行くから、フォローよろしく」
そう先生に伝え、俺は急いでみんなの後を追った。
【つづく】
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