■19■リミッターカット【前編】
とは言うものの、やっぱり怖ぇなぁ……。
俺が実戦に躊躇していると、剣を寄越したノーラのひとりが叫んだ。
「ユータオー、わたしの隣に来い!」
その指示に、俺は急いでノーラの横に並んだ。
「いいか、ユータオー。おまえは傀儡人形だけを相手すればいい。動きの速い魔虫連中はわたしたちに任せろ」
ノーラに言われたとおり、俺は比較的緩慢な動きをする人体模型に狙いを定め、剣を振るった。
ガキンッ!
敵となる人体模型の山刀を下から弾き、逆V字で肩へと剣を叩きこむ会心の一撃。だが、手応えの鈍い感触とともに剣が胸部で止まってしまった。
やっべぇ、
中途半端な生殺しの状態に、人体模型も「楽に死なせてくれ」と言わんばかりにカタカタ震えている。……とは言え、押しても引いても肝心な剣が抜けないのではどうすることもできないのだが。すると隣にいたノーラが俺の両手に指を添え、わずかな力でもって人体模型の上半身を袈裟懸けに切り落とした。
「力任せに剣を振るな。稽古どおり、
と片手で数匹同時に魔虫を叩っ切りながら
「それができないなら剣を捨てて、潔く傀儡人形の餌食となってしまえ!」
いつになく厳しいな、この師匠は。こりゃ、死ぬ気でやらないと本気で武器を取り上げられ、敵のド真ん中に放り出せれかねないぞ。
と一歩下がり、ノーラの後ろで一呼吸する。周囲の喧騒を耳にしながら冷静になれば、肩に力が入りすぎていたことに気がついた。
なるほど。これじゃあ、斬れるはずのものも切れるわけがないか。と肩をほぐして力を抜けば、剣がほどよい重さとなって腕に馴染んでいく。
よし。これなら、いける! と一歩前に出たときだった。一体の人体模型が俺に向かって剣を振りかざしてきた。
「させっかよ!」
手首のスナップを効かせ、薪割りの要領で相手を一刀両断する。
「っしゃ!」とガッツポーズを決めるものの、魔虫退治に忙しいためか、誰ひとりハイタッチをしてくれなかった。悲しいな……。
「なるほど……闇雲に力で押し切るのではなく、剣の刃先と重さ具合に応じて斬る感覚か」
なんだ、簡単じゃん。感覚さえ掴んでしまえば、後はこっちのもの。と調子に乗って傀儡人形を片っ端から切り倒す俺。もちろん撃退数に関しては、ティルやノーラたちの足もとにも及ばないが、確実に仕留めている。とは言え、魔方陣から湧いてくる敵は一向に減る様子が見えない。
「まったく、次から次へと」
スクラップと化した人体模型を足でかき分けながら次なる相手の刀を弾いた瞬間、剣が手元からスっぽ抜けてしまった。
「しまった!」
弧を描いて宙を舞う剣を目で追っていると、眼前の人体模型が俺に向けて高々と山刀を振り上げた。
やられる!
頭上でギラリと光る刃先にゾッとした瞬間
ゴォォォォォオッ!
「熱っ!」
俺の鼻先でオレンジ色の光炎が横切り、人体模型が炭と化した。
「ユータ、大丈夫?」
火炎放射のフォロー。言わずと知れたティルだった。
「サンキュー、ティル」
「あんまりムリしちゃダメだよ」
心配するティルに「わかってる」と頷き返し、すぐさま落とした剣を探すものの、魔物たちの屍にまぎれ込んでしまったらしく、どこを探しても見当たらない。
「くそ……。おい、ノーラの誰でもいいから俺に剣をくれ!」
すると近くにいたノーラたちから
「お安いご用だ!」「これを使え!」「わたしのを使え!」と3本の剣が一斉に宙を舞った。しかも鞘無しで。
って、バカヤロー! 千手観音じゃあるまいし、一度に何本も受け取れるか!
慌てて伸ばしていた腕を引っ込めた途端、ストストトトッ! と足下の石畳に突き刺さった。
あっぶな……。あと数センチずれてたら、足の指がなくなってたぞ。
「まぁ、なにはともあれ、これで武器には困らなそうだな」
と3本の内の1本を握り、引き抜こうとすれば……なぜかピクリともしなかった。試しに他の2本にも手をかけてみたのだが
「……抜けなくなっちまったじゃねぇか」
石畳に刺さった3本の剣と格闘していると、近くにいたノーラがやってきた。
「遊んでないで早く剣を抜け!」
「抜きたくとも抜けねぇんだよ!」
するとノーラが片手でスッと引き抜いて見せる。
「おい……今のはどんな
「なにをたわけたこと。切り口に合わせて引けば、簡単に抜けるだろ」
石畳にガッチリ食い込んだ剣相手に、そんな芸当ができるのは伝説の勇者とおまえだけだよ。
「今度は無くすなよ」
ノーラは剣を俺に手渡すと、突き刺さった残りの2本を眼前の敵に向けて床に刺し直す。と、そこへ列をなして突進してきた蜘蛛たちが立てた剣を目がけ、自ら三枚おろしになっていく。
「邪魔だ、次っ!」
自滅した蜘蛛を外へと蹴り戻し、新たな敵を見定めるノーラ。
「マジか……」
そんな絶技を目の当たりにし
「こりゃ、負けてらんねぇな」
ノーラの剣技に圧倒され、俺も神経を研ぎ澄まし剣を握る。
「おらおらおらっ!」
気合いの入った掛け声に合わせて、敵がバタバタ倒れていく。しかも狙い通りの一撃で。
もしかして、俺って剣の素質あるんじゃね?
仮に、もしステータスウィンドウがあったら結構イイ線いってるような気がするぞ。
「だとしたら、なにはともあれレベル上げをしなきゃ、なっ!」
何事も経験。と人体模型を片っ端から破壊していく俺。そして二体、三体と軽快に人体模型を斬っていたとき
ピギィィイッ! と人体模型の真後ろにいた魔虫が悲鳴を上げ、真っ二つとなって黄色い血飛沫をあげた。
「なんだ、今の感触は?」
無機質な傀儡とは異なる手応え。切ったのは目の前にいた人体模型だったのに、なぜか背後の魔虫までをも刻んでいた。
まさか……俺がやったのか?
ごった返す乱闘騒ぎだ。ノーラが繰り出す奥義が、たまたま切り裂いただけなのかもしれない。
「でも、まてよ。もしかしたら……」
と、さっきの感覚を思い出し、次なる人体模型を頭から叩っ切れば
バシュッ!
微かな青い火花とともに、今度は人体模型二体に加え魔虫二匹を一直線に縦列切断した。その確かな手応えに、俺は我が目を疑った。
「これって、もしかして……覚醒したんじゃねぇか?」
刀のおかげか、それとも自身の隠れた
どちらにせよ、血が滲むような稽古の成果であることは間違いないだろう。うん。きっとそうに違いない。
「見せてやるぜ。俺の本気のポテンシャルをな」
俺はニヒルに微笑むと、率先して魔物たちの前に踊り出た。
亡者のごとく呻き声をあげ、襲ってくる傀儡。
餌を求め捕食者のごとく這いずり回る魔虫。
累々と山のように築かれていく魔物たちの屍。
縦横無尽に轟音を立てる灼熱の炎。
瞬く彗星のように乱舞する剣筋。
電飾のように華やぐ魔方陣と、飛び交う魔法石火。
高温多湿の阿鼻叫喚。
そんな喧噪が響き渡る最上階フロアで、最低最悪な事態が訪れた。
よりにもよって召喚したティルとノーラが、時間切れを告げるように忽然と消滅したのだ。無数の火炎は熱風だけを残して滅し、その一方で早鐘のごとく鳴っていた剣のつばぜり合いの音が消え、借り物で無双していた俺の刀も一緒にだ。
「って、ちょっとタンマタンマ!」
とツーステップで後退し、魔物との距離を置く俺。
「くそ! よりによって、こんなときに!」
いきなりの戦力激減。
短かった俺TUEEEEの無双時代。
ちなみに最初に貰った剣は、オリジナルノーラのモノ。それだけにノーラも剣1本で対抗し、減った手数を補うようにティルの放射範囲も広くなり、自然と魔物排除が追いつかなくなる。
一気に狭まった包囲網に、苦戦し始める見方陣営。
すかさず俺も転がっていた傀儡の
「そろそろ限界か……」
横から襲いかかってきた傀儡を蹴りあげ、刀でもって殴り斬っていると
「いい加減、飽きてきたわね」
止めどもなく湧き出てくる魔物に嫌気をさし、攻撃魔法を繰り出しながらまほ先生がリシャンに問う。
「あなた。障壁魔法だけじゃなくて、攻撃魔法とか使えないの?」
「すみません、攻撃魔法の類は習得してなくって」
こんなことなら、ちゃんと勉強しておくんだったわ。と自己嫌悪するリシャン。
それな。俺も「明日から本気出す」と何度も先送りにして「あの時、やっておけばよかった」って後悔した口だけに、その気持ちは痛いほどわかるよ。
ましてや相手は雲の上の大魔道士マホ・レンヂン様だ。そんな偉人の前で、自身の不甲斐なさを晒してしまう自分を恥ずかしく思っているのだろう。
それでも
「中級浄化魔法程度なら使えますけど」
汚名返上とばかりに、申し出るリシャンだったが
「あなたが法力学の何級を取得してるか知らないけど、特級法力試験だったら間違いなく不合格よ。アンデッドや幽体相手ならいざ知らず、幽体でない傀儡や虫に効果がないのは常識の範疇でしょ」
大魔道士の手厳しい講釈に、リシャンは萎縮しながら召喚魔法が使えることを伝える。
「なら、同一レベルの魔物を召喚してはいかがでしょうか?」
「詠唱が長いし、この騒ぎでは集中できないでしょ。かと言って詠唱の短縮に必要な媒体も手元にないし」
どうやら召喚魔法は集中力を必要とするらしい。まぁ、息つく暇もないこの戦況下では、渋谷のスクランブル交差点のド真ん中のほうが、まだマシだろう。
と祭壇場の理事長を遠目で見れば、追いつめられた俺たちを高みの見物とばかりに、ほくそ笑んでいたりするから腹が立つ。
ちくしょう……このままなぶり殺しの全滅なんて、シャレになんねえぞ。
息切れしているティルをチラ見すれば、服の至る所に魔虫の体液と焦げ跡が残っている。
俺も人のこと言えないけど、だいぶ疲れているみたいだな。
見ればノーラも同じように満身創痍の状態だ。
「どうにかなんないのかよ、まほ先生!」
対案を求める俺の声に、まほ先生が首を傾げて小考する。
「できなくはないんだけれど、流石のわたしでも、こんな風に賑やかだと、詠唱の邪魔なのよね」
と、そこで俺はあることに気づいた。そもそも詠唱って必要なの? と。
「普段から使い馴れている魔法とかなら必要ないし、場合によっては強い思念だけでも使える人は使えるわよ。その一方で大掛かりな法力を作用させるとなると、間違えずに順立てて構築しなければならないから、詠唱は必然なのよ」
ずいぶん、面倒だな。仮にもし詠唱順を間違えたらどうなるんだろう?
「発動しないか、もしくはバグるわね」
なるほど。どちらにしてもパルの詠唱不要論は大きな間違いのようだな。まぁ、アレは厨二病をこじらせた妄想家だし、魔法に関しちゃズブの素人なのだろう。とそこへ
「ねぇねぇ。あなたの知り合いに魔法を使える人って他にいないの?」
2カ月間、ひとりで生きてきたわけじゃないんでしょ? と人脈を頼ってきたまほ先生に、俺も刀を振り回しながら答えた。
「都合良く、そんなヤツいるわけ……いや、ちょっと待てよ。華蓮とパルなら使えるな」
「ふぅん。有栖川さんも使えるようになったんだ。なら、ここへ連れてきましょう」
退路をふさがれてるのに、どうやって呼んでくんだよ。
「階下にいるんでしょ。だったら簡単じゃない」
右手で攻撃魔法を展開するかたわら、左手でもって指を鳴らすまほ先生。
パチン!
瞬間、俺たちの背後に魔方陣が敷かれ、その上に華蓮とパルが落とされた。
はぁー? なんじゃ、そりゃ!
俺も驚いたが、いきなり最上階に呼び戻されたふたりは、もっと驚いていた。
「えっ? なになに? 1階にいたはずなのに、なんでなんで?」
突然のことに、パルがキョロキョロ周りを見渡していると、うずくまって泣いていた華蓮も異変に気づき顔を上げる。
「なんで、まほ先生がここにいるの?」
目元を赤く腫らして目をパチクリさせる華蓮に、煤だらけのティルが「カレンちゃん、おかえりー」と出迎えていた。
「なるほど、召喚魔法か」とノーラが独り合点していると「転移魔法よ」とまほ先生が投げ返す。
そう言えば、法力学を勉強してたとき【別次元からの召喚と現次元の転移は別物】とか解説があったっけ。
「とりあえず説明はあと。ふたりとも攻撃魔法でわたしをフォローして」
その間にアイツの魔方陣をぶっ壊すから。と、まほ先生が息巻いて白衣の腕をまくってみせると
「任せてください、先生!」と華蓮も涙を拭い、無数の水鎌を空中に発生させた。
「行きなさい! 水鎌たちよ!」
華蓮は高々と掲げていた錫杖を振り下ろし、顕現した水鎌でもって襲い来る魔物たちを薙ぎ払う。
元の世界に戻れないことを嘆き、悲観していた華蓮。だが、まほ先生が迎えに来てくれたことにより、生きて帰る希望がわいたようだ。
どちらにせよ、この世界で魔法が使えるというのは得だし、なによりカッコいい。
そんな華蓮を羨ましく思っていると、パルが寄ってきて興味津々とばかりにまほ先生を指さした。
「ユータさんユータさん。あの女の方は誰なんですか?」
こいつのことだ。今、ここで伝説の魔道士などと明かした日には、ペンとメモ帳を持ってまほ先生を追いかけ回すだろう。ハッキリ言って、詠唱の邪魔になることは明白だ。
「俺の知らない部外者だ」とパルから目を反らし、戦いに専念していると
「カレンさんが先生とか言ってる人を、なんでユータさんが知らないんですか?」
芸能レポーター顔負けに食い下がるパル。こうなると納得いくまで引かないだろう。
「たく、しゃーねぇな。教えてやる代わりに、おまえの風魔法で魔物たちを排除しろ。それが終わったらすべて教えてやる」
塵も残さずキレイにな。と付け加えた俺の言葉にパルが目を輝かせた。
「いいでしょう。その約束、絶対ですよ!」
言うや否や、両脚を踏ん張りホウキの先端を魔物たちに向けた。
「バースト・ストォーーーム!」
かけ声とともに紙屑のように吹き飛んでいく魔物たち。致命的な殺傷力はないが、雑魚キャラたちを蹴散らすには十分すぎるほどの攻撃だ。
って、おい……ちょっと待て? レクチャーで言ってたコンプレッションはどこいった?
「技名がイマイチだったので、たった今、改名しましたが、なにか?」
まったく自由なヤツだな。技名がブレるくらいなら、初めから言わなきゃいいだろに。
まぁ、どちらにせよ、これでまほ先生の詠唱時間が稼げることには違いない。
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