■3■異世界受験【前編】

 それは仕事とカバン探しのため、ティルと一緒に街をほっつき歩いていたときのことだった。

 俺は何気なくひとつの疑問を口にした。

「なぁ、ティル。この世界には魔法とかないの?」

「まほぉ?」と首を傾げるティル。

 気のせいか、反応が薄いな。

「あるにはあるけど……ユータが言うように、みんなが使えるわけじゃないよ」

「どういうこと? だって、ここって異世界だろ。だったら、魔法とか当たり前に使われてるんじゃないの?」

「ユータの世界では、当たり前かもしれないけれど、わたしたちの世界では専門機関に所属する高官医療職か、営業免許を持ってる魔道具屋さんの人しか使えないよ」

 なに、その薬剤師みたいな社会構成は。

「いや、俺の世界でも魔法という言葉はあっても、魔法そのものは実証されてないんだ」

「ふーん。魔法のような石版があるのに魔法がないなんて、なんだか不思議な世界だね」

 道理の矛盾に首を傾げるティル。まぁ、こっちの世界の人間からしたら、そう思えるのも当然だよな。

「それでも、こっちの世界の人間は普通に魔法を使えるんだろ?」

「どうだろう? 一部の人は生活魔法程度なら使えるらしいけど、ほとんどの人は使えないと思うよ」

 つまり、凡人には使えないということか。

「案外、俺みたいなヤツが、あっさり使えちゃたりするのかもな」

「うーん……どうなんだろうね?」

 虚空を見上げながら、否定も肯定もしないティル。なんだか、スッキリしないなぁ。どうせなら「そんなわけあるかい」とツッコミを入れて欲しかった。

「どっかに、魔法に詳しい人いないかなぁ」

 と俺が何気にボヤいていると

「それなら、ここで聞いてみたら?」

 そう言って頭上の吊り看板を指さすティル。

 見上げれば、ヤモリのような絵柄と【魔法具店リシャン】の文字が木彫りされていた。

「ちょっと寄ってみるか」と俺は【新装開店】と張り紙されたドアを押した。


「えっ、魔法を習得したい? からかわないでくださいよ。お客さん」

「100パー本気なんだけど」

「面白いお客さんですね」とコロコロ笑いながら女主人リシャンがいう。

「ちなみにお客さまは、どこの生まれですか?」

「異世界だけど」

 俺が真面目に出生を明かした途端、ポイッと店から放り出されてしまった。

「なんで、わたしたち追い出されたの?」

「さぁ、なんでだろうな?」

 と俺は首を傾げながら、ティルとともに再入店した。

「なんで、客である俺たちが追い出されなければならんのだ?」

「商品も買わず、いきなりバカなことを言うからでしょ」

 そしてリシャンが「やれやれ」とばかりに肩をすくめた。

「だって、自称異世界人なんでしょ? たまにいるんですよね。おとぎ話の読み過ぎで、アタマのネジが緩んじゃって現実と妄想の区別ができなくなったイカれた人が」

 のっけから失礼だな。ちょっと胸が大きくて美人だからって、言って良いことと悪いことがあるぞ。

「なら、お教えしましょう。そもそも魔法というのは素質のある者しか使えません」

 まぁ、普通に考えればそうだし、むしろ異世界なら常識だろう。

「しかも、それを仕事にしようとするならば、法力学校などで魔法力を学び、国家試験に合格して初めて仕事に就ける憧れの職業なんですよ」

 なに、その弁護士のような資格制度……。

「それを、あなた方一般人が、魔法を使いたいとか簡単に言われては困ります」

 鼻で笑い、俺を見下す女主人。なんだろう……やってもいないうちから決めつけられてしまった。

「ついでに言っておきますが、年1回の受験で合格率はたったの一割未満です」

 ドヤ顔でビシッと鼻先に突きつけられた1本指に退く俺。

「魔法って、そんなに難しいものだったのか」

 合格に対する狭き門。来年、大学受験を控えている身としては、とても他人事とは思えなかった。

「まぁ、中には無資格で魔法を会得して乱用したり、闇営業している魔法具屋もいますけどね」

 そりゃ、そうだろうね。

「ちなみに、この店には魔力測定みたいな装置とかないの?」

 よくあるよね、水晶とか道具を使ってMP《マジックポイント》数値を計るヤツ。

「魔力測定? あぁ、法力を調べる測定器具のことですか? 残念ながら、当店には存在能力を測る魔法具は扱ってませんよ。もし、ご自分の力を知りたいならば、法力保安局などの認定施設におもむいてはいかがでしょうか。もっとも、あなたのような一般の方では門前払いが関の山ですけど」

 思いのほか面倒くさいな、この異世界は。魔法ぐらい気軽に使えてもいいだろうに。

「どうしたら、いいものだろうか?」

 と腕組みをして唸っていると、リシャンが助け船を出してきた。

「なんでしたら、試験を受けてみてはいかがですか。そうすれば嫌でも法力測定を受けることになりますし」

 なるほど。試験を受ければ適正審査としてMPを計測してくれるのか。

「丁度、一週間後に年に一度の法力国家試験がありますけど、どうされます?」

 そう言って、リシャンがカウンター向こうに張ってあるポスターを指さした。

【挑め! 素質溢れる若き者たちよ!】

【明日の魔法界を支えるのはキミたちだ!】

 なんか知らんけど、徴兵くさいイラストとキャッチコピーがヤル気を損なわせるのは気のせいだろうか?

「俺、法力学校に行ってないんだけど……それでも受けれるもんなの?」

「一応、法力学の課程を終えてなくとも、受けることはできますよ」

 受験資格のハードルが低いのは助かるけど、それだけ難しいのではなかろうか。

「ちなみにお姉さんは何回目で合格したの?」

「6回です」

 6回も落ちたのか。と試験の難易度にゲンナリしていると、リシャンが苦悶に満ちた顔で握りこぶしをプルプル振るわせた。

「苦節6年……。幼い頃から夢にまで見たファンシーな魔法具店。この日をどんな思いで迎えたか」

 肩を振るわせ、苦労を語るリシャン。そして

「あなたのような人にはわからないでしょうね。それをあなたは、いきなり来店してきて、やれ魔法を使いたいだの法力値を知りたいだの好き放題に言ってくれちゃって! ホント、ムカつくわ!」

 って、あのぉ……キャラが変わってるんですけど。

「あっ、すみません。柄にもなくエキサイトしすぎてしまいました」

 オホホ、と気を取り直して品良く笑い直すリシャン。

「それで、受験されますか?」

「ちなみに受験料とかは、どうなってるの?」

 こっちは無職に加え、無一文の放浪者だ。とてもじゃないが、受験費用など工面できるはずもない。

「もちろんタダではないですけど……もしお困りのようでしたら、私が立て替えましょうか?」

 初対面相手に、うますぎる話だな。

「さては、落ちたらタダ働きさせようと……そういう魂胆か」

「タダ働きなんて、そんなつまんないことは言いませんよ。代わりに私の実験に付き合ってもらうだけです。それも危なくない程度に」

「もしかして、人体における臨床実験とかするつもり?」

 こう言ってはなんだが、こっちの世界に来てからの俺は勘が冴えまくっているのだ。

「その発想はありませんでしたけど、考えようによっては、それもアリですね」

 いやいや、それはあっちゃダメだろ。

「冗談ですよ、冗談」

 その割には目が笑ってないんだけど。と、そこへ

「なになに? どうしたの?」

 陳列されている魔法具を鑑賞していたティルの興味が、悩んでいる俺に向いた。

「もしかしてユータ、魔法の試験受けるの? なら大丈夫だよ。だってユータは石版使いなんだから、きっと受かるよ」

「石版?」と首をかしげるリシャンに、俺は慌ててティルの口を塞いで取りつくろった。

「いや、こっちの話だから気にしないで」

 それにしても人体実験とは穏やかじゃないな。

「では、こうしましょう。あなたが50点以上取ったら、立て替えた受験料は請求しません。ただし、それ以下だった場合は私の臨床実験に付き合っていただくのはどうでしょう?」

 唐突な提案。どうやらこの女主人は、どうしても俺を診察台に乗せたいらしい。

「ちなみに、出題数は?」

「100問です」

「合格点数は?」

「1問1点で90点です」

 リアルに厳しいな。

「俺的には、魔力である法力だけ測ってくれるだけでいいんだけど?」

「それは無理ですね。1日目の筆記試験に合格できた人だけが、2日目の実技の段階で初めて測定されるので」

 つまり、筆記試験に合格しない限りMPを調べてくれないというわけか。

 仕方がない、もう魔法は諦めよう。

「じゃあ、いいです」と断ろうとしたときだった。

「お金も出してくれるって言うんだから、試しに受けてみれば?」

 ティルさん。簡単に言ってくれますけどね、50点以下だったら俺は目の前のお姉さんの餌食になるんですよ。

「ユータなら、大丈夫だよ」

 それは50点以上取れるという意味ですか? それとも人体実験されても問題ないってことですか?

 ニコニコするティルに俺が訝しんでいると、突然リシャンがティルの尻尾に目をつけ、驚きの声を上げた。

「ちょっとちょっと、あなた! ひょっとしてドラゴンの眷属?」

「そうですけど、なんで?」

 その返事に、リシャンが目を輝かせてティルの背後に回り込んだ。

「うわぁ、これが本物のドラゴンの尻尾かぁ」

 しゃがみ込み、うっとりとした目をして尻尾を見つめるリシャン。そして

「ねぇ。モノは相談なんだけど鱗1枚くれない? ううん、もちろんお金は払うわ」「イヤです」

 間髪入れずの即答に、リシャンの表情が悲しげに曇った。

「なんで? どうしてよぉ?」

「生え替わり前の子供の頃ならあげれますけど、大人になったら、もう生え替わらないので」

 どうやらドラゴンの鱗というのは、人間で言うところの乳歯と永久歯のように生え替わりの時期があるみたいだ。

「そこを、どうにか!」「痛いからイヤ!」

「じゃあ、せめて鱗片だけでも」「しつこいです!」

 売る売らないの押し問答に、俺も見かねて間に入る。

「ちょっと聞きたいんだけど、どうしてそんなに鱗が欲しいんだよ?」

「あなた、なんにも知らないんですね。ドラゴンの鱗は魔法薬剤にとって、なかなか手に入らない貴重な調合品なんですよ」

 まぁ、なんとなくわかるよ。なにしろ王道ファンタジーにおける神仏的存在だからな。しかも七つの玉を集めなければ出会うことのできない相手だし。

「ヤモリの黒焼きじゃダメなのか?」

「ヤモリとドラゴンを一緒にしないでください!」

「ヒドい、ユータ! わたしの尻尾をヤモリ扱いした!」

 俺らの話、ちゃんと聞いてましたか、ティルさん?

「だったら、こうしませんか。ユータさんが50点以上取れたら、私も鱗を諦めましょう。でも50点以下だった場合、鱗を譲ってください」

 いかがです? とティルに賭けを持ちかけるリシャン。って、おい、なんで受験当事者を無視して、ティルに賭けを申し出てんだよ。

「いいよ。その勝負、受けてたつよ」

 おい、騙されるな、ティル! そもそも俺、受験するなんて一言も言ってないから!

「では、せめてもの情けとして、受験時代に私が使っていた過去問の本を貸してさしあげます。ついでに願書も、こちらで申し込んであげましょう」

 カウンター下から出してきた赤本ならぬ紫本。表紙には【法力学過去問題集~初級~】の文字が。ティルは、そのくたびれた本を受け取ると勝ち誇ったように笑った。

「あとで、やっぱり返して。って言わないでね」

「そんな野暮なことは言いません」

「そういうことだから、ユータ。今日から一週間、みっちり勉強するよ!」

「お、おう」

 なんだろ。ティルが教育ママみたいに見えるのは、気のせいだろうか。

「じゃあ、早速、野営地へ戻って勉強よ!」

 ティルに首根っこをつかまれ、俺は引きずられるように店を後にした。

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