【後編】
受験前日。
目抜き通りにある
そこの一卓を陣取り、俺はティルと一緒に試験問題に取り組んでいた。
「デデン! 【問題】魔法を使用する場合、夜におこなうと効果が大きくなる」
俺が口にする出題に、ティルが元気よく手を挙げた。
「はいはいっ! マルっ!」「ブッブゥ! バツです」
「なんで?」
「基本的に魔法の使用者は、昼夜問わず一定の効果を出せるようにしなければならない。よって不正解」
「そうなの? 夜になって効力が上がる魔法とかありそうだけど?」
ティルの意見に、俺も同意するところがあった。
しかし、これは使用者側の立場よりも魔法理論での解答が求められているものであり、経験則に基づいた答えではダメなのだ。
って、言うか……なんだか不満そうですね、ティルさん。
そう解説に書いてあるんだから、そんなふくれっ面しないで。
「【問題】薬の創薬、または調合するすべての場合において国の法力管理局の認可を得なければならない」
「バツ……ううん、マルかな」
ティルなりに裏をかいた解答。しかし残念ながら
「正解はぁ……バツです。許可が定められた一種または毒薬などを含む特種においての精製は届け出をしなければならないが、民間療法(風邪薬、胃薬、傷薬)における薬草類の許可は不要。だってさ」
「そうだよねぇ。だって、わたし、いつも薬草摘んで煎じてたもん」
だよな。風邪を引いた俺もお世話になったしな。
「【問題】魔法学、法力学の規則にそえば、魔法でどんなことをしてもかまわない」
「バツ!」と自信満々で答えるティル。
もちろん正解。
ルール無視では人を殺める可能性もあるし、なんでもありでは悪党が好き放題してしまうからだ。
「【問題】魔法は属する国々によって規則が異なるため、異国人である使用者はその土地での魔法の使用を禁じられている」
「マル!」
「バツです。その国の法律に従い、差し支えがなければ使用しても問題はない……だってさ」
「もっと厳しいのかと思ってたけど、意外と緩いんだね、魔法の法律って」
きっと変な縛りは反感を買う恐れがあるから、必然的に緩いのかもしれないな。
「【問題】例外を除いて、魔法を使えるのは成人した大人だけである」
「バツ!」「正解!」
これは、説明するまでもないだろう。
「【問題】死者を蘇らせる場合、法力管理局の許可を得ずに蘇生してもよい」
出題製作者は生粋のネクロマンサーかな?
「してもいい!」と自信満々で答えるティルだったが
「残念ながらバツ」
いや、どう考えても倫理的にアウトだろ。
「そうなの? でも、わたし、異国の地で死者さんを蘇らせる儀式見たことあるよ」
もしかして、それってゾンビかなにかですか?
「ゾンビ……ってなに?」
「生きた死体といったところかな。それで、そのゾンビだけど……」
とティルの昔話が長いので、とりあえず割愛。
そういうことで、ここまではまだ初級編の序の口だ。
難問なのは、この先である。
魔法における属性や法力概念が難しく、ひっかけ問題が多くなるのだ。
簡単な例で言えば……
【問題】基本的な魔法属性は火水土光闇の5種類である。
正解はバツ。なぜなら「風」が抜けているからである。一見すると単純な問題だが、油断していると見落としがちなのだ。
【問題】複数人で同一魔法を操る場合、法力が高い者に主権を委ねなければならない。
俺的にはマルなのだが、残念ながら正解はバツらしい。
どうやら同一法力を操るルールとして、強い者が弱い者に合わせなければならず、弱者もしくはリーダーに主権を委ねなければならないとのこと。つまり強者のコントール次第によっては、弱者の法力をすべて奪いかねないこととなり、最悪、干からびた死人が出るからだ。
でも生死が関わるような事件が起きたら、そうも言ってられない気がするのだが。
【問題】魔法力は、使用者の潜在能力とは無関係である。よって使用者は際限なく、どのような魔法も使うことができる。
もちろん正解はバツ。
もし仮に、存在能力が無関係ならば、もう底無しの無双状態になってしまうからだ。だが、肝心な解答は少し見解が違っていた。
【解説】状況により使用者の法力量だけでは足りない場合、精霊術や魔法具などで魔力増強を補わなければならなくなり、結果として際限なく使用することはできない。
つまり、この世界の常識として潜在能力の限界前提での解説なのだ。
たまたま、この解答は同じ結果だったが、この見解を意識していないと、後々、出題される精霊が絡む複合魔法問題で大きくつまづくこととなる。
とにかくこんな問題が限りなく多く、しかもマルバツ形式の二択回答ゆえ、なまじ経験則と知識を得ていたリシャンにとっては難問だったに違いない。
その証拠として、リシャン語録がメモとして綴られていた。
「こんなイジワルな問題、誰が作ったのよ!」とか
「わかるか、ボケッ!」
かと思えば、時折「?」マークが記されていたりする。
文字としてにじみ出る苦労。こりゃ、相当な思いで6年間を費やしてきたのだろう。
もっとも俺の場合、たくさんの異世界物語りを読んだり見たりして基礎知識?を学んできたから、数回の熟読で理解することができた。
だが、そんな中、俺の頭を悩ませたものがあった。
創薬などの調合問題である。
ノミコウモリの足とか、甲虫金魚のフンとか、馴染みのないモノばかりだけにサッパリわからなかったのだ。しかも効能と副作用までが出てきてしまっては、もはやお手上げである。
結局のところ、薬などに関する問題は理屈抜きに丸暗記するしかなかった。
まぁ、これで法力学免許を取得でき、晴れて魔法が使えるようになるというのだから苦労のしがいはあると言うものだ。
そのせいあってか当日の試験では90点を叩き出した。
奇跡の一発合格。……にも関わらず、その試験結果を快く思わない人間がひとりいた。
「さては、カンニングしたでしょ!」
なぜか、不正を正す正義の目がリシャンから向けられてた。ひどいな。せめて、おめでとうの一言くらい言って欲しいのだが。
「えへへ。凄いでしょ!」
胸を張って鼻を持ち上げるティル。俺が合格したことが、よほど嬉しかったのだろう。それに比べてコイツときたら
「なんで……なんで受かってるのよ」
信じられないとばかりに、リシャンが震える手で持って合格通知書を見つめていた。
来年、大学受験を控えている若者を侮るなよ。ちょっと本気を出せば、これくらいわけないのだ。
「でも、法力値は2だったのよね」
おかげで魔法の類は一切使えないことが判明したけどな。
すると、勝ち誇ったかのように、リシャンがニンマリと笑った。
「ということは、私の勝ちね」
ハァ? なに言ってんだ、この人は?
「だって50以下だったじゃない。だったら私の勝ちよ」
「おい、約束が違うぞ! 50のラインは筆記試験だったはずだろ!」
「あら、そうだったかしら?」
覚えてないなぁ。と、あからさまにスッとぼけるリシャン。
「ということで、約束の鱗を頂くわ」
カウンターの引き出しから、メスとピンセットを持ち出してきたリシャンに、ティルが尻尾を抱えて俺の背中に隠れた。
「いや! 絶対、あげない!」
「大丈夫、大丈夫。何事も痛いのは初めだけだから。馴れちゃえば、そのうち気持ち良くなっていくから」
どさくさに紛れてなに言ってんだ、このヘンタイは。
「ユータ! このお姉さん、どうにかして!」
しつこいドラゴンハラスメントに怯えるティル。仕方ない。こういう聞き分けのない人種には、法で教えてやるしかないな。
「デデン! 【問題】希少種であるドラゴン
「マル……じゃなくてバツ!」
おい。今、正解を知ってて言い直しただろ。くそ、だったら完膚なきまでに思い知らしてくれる。と俺はビシッと人差し指をリシャンの鼻先に突きつけた。
「不正解!」
たとえ鱗1枚でも剥いではならず、仮に欠片さえも手にした場合、その者は不法所持したと見なされ、厳罰を言い渡されるのだ。
「と言うことはぁ、魔法具店の営業許可証どころか、魔法におけるすべての権利が剥奪されるんじゃないのかなぁ?」
「うっ……。で、でも申告すればいいんだから、先に鱗、頂戴」
くそ、しつこいな。なにがなんでも鱗を奪うつもりでいるらしい。なら、次でトドメだ!
「【問題】ドラゴンにおける部位、または遺体などの扱いは、国の管轄下において管理されるわけではない」
「バ……じゃなくて、マルよ、マル!」
往生際の悪いお姉さんだなぁ。これだけ我欲丸出しでは、試験に6回落ちたのも頷けてしまう。
「不正解! ドラゴン眷属における部位および遺体の管理は、親族もしくは生まれ故郷に帰することができない場合だけにおいて、国の保管庫で厳重に管理することとなる!」
つまり天然記念物扱いのモノを、一般人が手にしている時点でアウトなのだ。
完膚無きまでの完全論破に、リシャンが膝から崩れ落ちていた。
「目の前に貴重な素材があるというのに、どうして……」
諦めが悪いな。いい加減にしないと、本気で法力管理局に密告するぞ。
なにはともあれ、これで尻尾の貞操は守られた。のだが……
「こうなったら、あなたに犠牲となってもらうしかないわね」
裏のラボにきて頂戴。と促すリシャンに身構える俺。
「なんで、俺がラボに行かなきゃいけないんだよ!」
「なんでって、あなたを人体実験するからよ。約束、忘れたの?」
ティルの鱗がダメだったから、今度は俺に矛先を変えてきやがったか。よし! そっちがその気なら、トコトン付き合ってやろうじゃないか!
「【問題】合意無くして生き
以下略。あとは語るまでもないだろう。
ちなみに余談だが……
30年後。試験問題作成において、法力学博士の称号を得たリシャンが監修することで、さらに難解で難問になったということを付け加えておく。
【おしまい】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます