■4■免許皆伝の女【前編】

 とある日のこと。

 俺は住宅地の道端に荷車を停め、本日の報酬である小銭を数えた。

「16ベルクか。今日も結構、稼いだな」

 日に日に増えていく労働対価に満足する俺。そして

「ティルの好きなクサイチゴでも買って帰るとするか」

 と俺は硬貨を革袋に戻して腰を持ち上げた。



 時は遡ること二週間前。

「うばーいぃつ? って、なにそれ?」

 夕食時、俺が閃いた仕事内容にティルが小首を傾げた。

「つまり配達だな。俺のいた世界では、お客がスマホで食事を注文すると、手の空いている配達人が客に代わって、その店から出来上がった食事を家に届けるという職業があるんだ」

「すまほ……って、ユータが持ってる石版のこと?」

「そうそう」

「なんで石版にお願いするの? 食べたいなら、直接お店に行って食べればいいのに。それとも石版って、食べ物の神様が宿っているの?」

 どうやらティルの理解の中に、通信の概念が抜けているらしい。まぁ、科学万能とは正反対の異世界なのだから、当然と言えば当然かもしれない。

「いやいや、そうじゃないよ。えーと……例えばティルがクサイチゴプリンを食べたいとするだろ。そういうときに、そうだなぁ……伝書鳩を使って注文内容を配達人に送るんだ。すると受け取った配達人が代わりに店に行って、ティルのところに運んできてくれる。という感じなんだけど……わかるかな?」

 無い知識をひねり、こっちの文明レベルに合わせた説明をするものの

「まぁ、なんとなくわかったけど……どうして、そんな手間のかかることするの?」

「自分で買いに行くのが面倒だから……かな?」

 なにしろ俺も使ったことがないから、注文する側の心理はサッパリなのだ。

「そっちのほうが手間がかかる気がするし、直接食べに出かけたほうが早くない?」

 なんだか知らんが、論破された気分になってしまった。

「それで、その配達人をユータがやるの?」

「そういうこと」

「でも、伝書鳩はどうするの? そんな訓練された特殊な動物なんて王族とか、ごく一部の官僚しか使えないよ」

「そこは形を変えてやる。利用者の目につくようにプラカードを掲げて客を確保するつもりだ」

「なるほどね。……で、ぷらカードってなに?」

 興味津々で訊ねてくるティル。あぁ、そこも説明しなければならないのか。言語習得はできたけど、この世界には無い単語が多すぎる。

 結局、ティルが納得するまで何度も何度も説明する羽目になったのは言うまでもないだろう。


【希望の商品をご自宅までお届けします】

 廃材屋さんから分けてもらった木の板に、キャッチコピーを書いて目抜き通りや噴水広場でウロウロしてみた。

 奇異を含めて関心を寄せる通行人。何人かにサービス内容を尋ねられ、笑顔でもって説明をするものの、物珍しさだけで利用者は現れなかった。

 ゆえに初日から三日間は仕事なし。

 やっぱり、ティルの言うとおりにしておけば良かったのだろうか。


「お金が欲しいなら、工房とかお店で働くわけにはいかないの?」

「いや、それだとカバンを盗んだ犯人捜しができないだろ」

「あ、それもそうだね」

 そう。店の中とは違い、街中に出ていれば犯人探しもできるのだ。

 正に一石二鳥。と言えば聞こえはいいが、もちろんデメリットもある。

 ゴロつきアニキたちとのエンカウント。こればかりは、出くわしてみないとなんともいえないだろう。

「まぁ、どうにかなるさ」

 と気楽にかまえていたのだが……現実は結構、厳しかった。


「やっぱり、この仕事、ダメかな……」

 四日目の昼過ぎ。

 噴水広場で日がな一日をボーッと過ごしていたときのこと。とある買い物客に声をかけられた。

「あのぉ、配達屋さん」

 配達屋? 

 あぁ、俺のことだっけ。すっかり自分の仕事を忘れてたよ。

「もし頼めるなら、コレを家まで運んで欲しいのだけど?」

 野菜や肉の塊を腕いっぱいに抱えこんだご婦人。

 コ〇トコもびっくりな大量の食材。

 理由を訊ねれば、旦那さんが急に腹痛を起こしてしまって、ひとりでは運び切れないとのことらしい。

「ティルから背負子しょいこを借りてきて正解だったな」

 ティルが旅で使っている手製の背負子に、預かった食材を括り付け、俺は婦人とともに家へと向かうこととなった。


「助かったわ。それで料金は、おいくらかしら?」

 そういえば値段を決めてなかったな。とは言え、困ったことに、こういうときの相場がわからない。うーん……どうしよう。

「お客さんの、お気持ち価格でかまいません」

 俺の曖昧な金額提示に、婦人は笑いながら財布に手を伸ばした。

「じゃあ、少ないけどこれで。それと、もし良かったらこれも持ってって」

 1枚の硬貨と、桃のような果物を2個もらった。

 多いのか少ないのかわからない初報酬。だが、それでも俺にとっては最初のお客さんだ。

「ありがとうございました。また何かありましたら、気軽に声をかけてください」

 嬉しさのあまり、深々と頭を下げてお礼を述べる俺。

 今にして思えば、この接客対応が良かったのだろう。

 その日を皮切りに、日を追うごとに依頼が多くなっていき、1週間ほどで俺の配達家業は、目抜き通り中に知れ渡ることとなったのだ。恐るべし、口コミ。


 そして10日目の現在。

 その日暮らしの自転車操業から脱却し、ちょびっとだが、そこそこの蓄えもできるようになってきた。

 うんうん、順風満帆。

 郵便屋を始めとする配達業はあるものの、俺のように何でも運ぶ宅配屋がいなかったことは、本当にラッキーとしか言いようがない。

 正に天職。と普通なら、諸手を挙げて喜ぶところだが……そこは現代っ子の俺。

 いずれ、この仕事サービスも破綻するんだろうなぁ、と考えていたりする。

 繁盛している俺の商売を盗み見て、真似をする者が現れるだろう。だとすれば、先を見据えて次の商売を考えておかなければならなかった。……が、これといった良案が思い浮かばないのも事実。

「貯金のあるうちに、人を雇って販路を広げるか」

 俺が胴元となって依頼を受け、雇った配達員に仕事を割り振り、そこからほんの数パーセントの上前をはねる。……が、問題はどこまで需要があるかだ。

 でっかい街とはいえ、いずれ頭打ちとなることは目に見えている。

「やっぱり別の仕事を考えたほうがいいかな」

 と先行き不透明な仕事のことを考えながら、青果売りのおばちゃんから借りた荷車を引いていると

「おい、そこをいく少年」

 ボロい道場屋敷の門前に座る美人獣人さんに声をかけられた。

 年の頃は俺と同年代か、もしくは年上。

 牙のような八重歯と相手を射貫くような鋭い眼光。

 長い銀髪を後ろに束ね、ライオンのような尻尾をゆらりゆらりと振り、つぎはぎだらけの道着と下駄を履いて木剣を担ぐその風貌は、まるで浪人侍のようだった。

「なんすか?」

 野営地に帰宅するにはまだ早すぎる時間帯だし、配達の依頼なら受けない手はない。

「少年。剣術に興味はないか?」

 長い尻尾をしなやかに振りながら意味ありげにほくそ笑む美人獣人こと女侍さん。残念ながら仕事の依頼ではなさそうだ。

「剣術ですか? まぁ、なくはないですけど」

 いずれ遭遇するであろうアニキたちへの対抗策として、本格的に剣技を学んでおいて損はないだろう。

「そうだろうな。わたしも少年を一目見て、そう感じ取れたよ」

 うんうん。とひとり納得する女侍さん。

 うーん……なんだか、うさん臭い感じがするのは気のせいか。

「そこでだ。我が道場の門下生になってみる気はないか?」

 自己紹介をすっ飛ばし、あからさまに懐に踏み込んでくる勧誘。まったくもって礼儀がなってない。メイド服を着て客引きする職業の人でも、段階を踏んで勧誘してくるものなのだが。

「申し遅れた。わたしはこの道場主のノーラという偉い者だ。先代である父の意思を次ぐ二代目で……」

 おいおい……なんか知らんけど唐突に語り出したぞ、この人。しかも自己肯定感丸出しで。

「あ、間に合ってますんで」

 手のひらを見せてバッサリと会話を断ち切る。こういう輩にはハッキリした態度で断るのが一番だからだ。と、何事もなかったように荷車を引き始めた矢先

「いや、ちょっと待ってぇ! 待ってよ、ねぇ! お願いだからぁ!」

 俺の腰に食らいつき、情けない声で懇願する道場主。ついさっきまでの威厳はどこへ消えた?

「なんすか? 俺、忙しいんで関わらないでください」

 千尋せんじんの谷から叩き落とすつもりで厳しく見限る俺。それでも涙ながらに直訴してくるノーラ。

「お願いですから、わたしの話を聞いてくださいまし」

 鼻水まで垂らしての懇願に、俺は困惑しながらも耳を傾けることにした。

「とりあえず、話くらいは聞こうか」

「ありがたき、幸せ」

 荷車に腰掛ける俺に対し、地べたに正座してふれ伏すノーラ。数分前までのでかい態度は、どこ吹く風とばかりに完全に消え失せていた。

「それで、なんで俺を門下生にしたがるの?」

「じつはですね……」

 プライドを捨て、もみ手をしてへつらう道場主。と、そこへ道場屋敷からひとりの幼女が現れた。

「おねーたん、おなか空いた」

 ノーラ同様、可愛らしい尻尾を生やした身なりの乏しい子供。察するまでもなく、この道場は貧乏なのだろう。

「こら! 客人の前で、みっともないことを言ってはなりません」

 いや、みっともなさなら、あんたも負けてないと思うぞ。

「だってぇ、おなかペコペコなんだもん」

「今、この方と大事な話をしているんですから辛抱なさい」

 どうやら、この家庭では餓死寸前という重大な局面に瀕しているようだ。

「もうすぐ、この方を門下生に迎え入れて月謝を頂きますから、それまでの我慢です」

 まったくもって商魂たくましいねーちゃんだな。しかも、すでに入門決定みたいなこと言い始めたぞ。と俺が訝しんでいるところへ幼女が歩み寄ってきた。

「ねぇねぇ、おにーたん。早くうちの門下生になって、お月謝ちょーだい」

 指を咥えながら、俺の上着の裾を引っ張る幼女。遠慮のない催促。こうなると、しつけ以前の問題のような気がするのだが。すると

 ぎゅるるるる。

 目の前で土下座していた姉のお腹が鳴った。その空腹の虫を両手で抑えながらノーラが顔を赤らめた。

「見苦しい醜態を晒してすまん。じつのところ、ここ二日ほど何も食べてなくって」

 武士は食わねど高楊枝とは言うが、こうなると哀れでしかない。

「せめて育ち盛りの妹の腹だけでも満たしてやりたいと思い、こうしてあなた様に声をかけたのだが……」

 恥を忍んで語る姉ノーラに、流石の俺も鬼になりきれなかった。

 今でこそ、食べ物に困らない生活を送ってはいるものの、もしティルと出会わなければ、この姉妹と同じ境遇をなぞっていたからだ。

 そんな我が身を振り返りながら、俺はノーラに訊いた。

「ちなみに月謝って、いくら?」

 すると道場主は、困惑した顔で指を立てた。

「3ベルク……いや、1ペリクで構わない」

 言い直した提示金額に、俺は驚いた。

 3ベルクなら、おおよそ宿代の1泊分。

 ベルク単位の12分の1に値する1ペリクなら、パン1個分に相当するのだ。

 唐突の値下げ。ノーラに聞くまでもなく、パン1個でも得て今日の飢えをしのぎたいのだろう。

「しょうがねぇなぁ……」

 と俺は革袋から小銭をつまんで3ベルクを妹に与えた。

「ありがとう、おにーたん」

「いや、待ってくれ。そんなには頂くわけにはいかないぞ」

 満面の笑みで礼を言う妹とは対照的に、ノーラが焦りまくっていた。

「遠慮しなくて、いいよ」

 きっと、ティルならば惜しみなく困っている人に手を差し伸べていることだろう。元いた大都会では考えられないような行動だが、ここは異世界だ。ちょっとくらい他人に優しくしてもバチは当たらないはずだ。

「すまない。恩に着る」

 地面に頭をこすりつけて何度も礼を述べるノーラ。

 その謹厳な態度に心を打たれた俺は、なんとも面映おもはゆくなった。

「そんなに頭を下げないでくれよ」

 仮にも相手は女子だ。正直、気分のいいものではないし、なにより絡みづらい。

「むしろ、最初のままでいいから」

 と自然体を促した途端

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 妹が握る3ベルクの硬貨から2枚を抜き取り

「そのお金でもって、市場でパンと肉を買ってきてくれ」

「うん。ちゃんと値切ってくるから、まかせて」

 姉の指示に、妹は健気に返事をするとテトテトと目抜き通りへと走り出した。

 その嬉しそうに駆けていく幼女の後ろ姿を、俺が微笑ましく見送っていると

「さぁ、月謝を払った以上、門下生としてビシビシ鍛えてやるから覚悟しろ!」

 と木剣を担いで仁王立ちするノーラ。

 見事な手のひら返し。しかも月謝が先で門下生は後付けかよ。

「俺……運動、それほど得意じゃないんだけど」

 自慢じゃないが、元いた世界では小学生以来、部活動の類は入ったことがないのだ。

「月謝を払った以上、問題はない!」

 いや、明らかに問題だらけだろ。

「武道を極める者なら、つまらんことを言わず、サッサと中へ入れ」

 とノーラに言われるがまま、俺は門をくぐり抜け、屋敷内に足を踏み入れた。

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