【中編】
「へぇ。結構でっかい家じゃん」
下駄箱の棚を備えた広い玄関と長い廊下を経て、板張りの道場へと案内された。
「ところで、まだ名前を聞いてなかったな」
正座をして腕組みするノーラに、俺もピッと背筋を伸ばした。
「俺の名はマキシマユウタロウ。異世界からやってきた者だ」
我ながら、カッコいい自己紹介だと思っていると
「マキシマムユータオーか。良い名だな」
またその下りかよ。どうして、この世界の発音は微妙に違うんだろう。
「じゃあ、ユータオーで」
ティル同様、フルネームは無視して縮められてしまった。まぁ、それでもいいけどさ。
「それでユータオーは、ここでなにがしたい?」
おい。もらうものもらったら、もう用済みか。それが門下生に対する扱いか。くそっ! それなら、こっちにも考えがあるぞ。
「ふざけてるなら、さっきの月謝返せ」
不満あらわに返金要求した途端
「ごめんなさい。今はこれしか無いんで勘弁してください」
ググッと下唇を噛みしめ、名残惜しそうに2枚の硬貨を差し出すノーラ。
ごねることもなく本当に返してくるとは、ちょっとかわいいな。案外、根が真面目な性格なのかもしれない。
「冗談だから泣くなよ。ところで門下生は俺だけなのか?」
縁側の向こうに広がる大きな庭先に目を向けていると、ノーラが硬貨を袖の中にしまって答える。
「うむ。見てのとおりユータオーだけだ」
まぁ、聞くまでもなくわかっていたことだけど。
「今まで誰もいなかったのか?」
「いや、そんなことはないぞ。先代の父がいた頃は50人ほどの門下生がいたからな」
なるほど。つまり先代が亡くなったことで、門下生が離れていったということか。武道に携わった門下生にしては、ずいぶんと薄情な連中だな。
「まぁ、門下生の娘と駆け落ちして蒸発したのだから、やめていった者たちの気持ちも分からなくはない」
納得顔で頷くノーラに、俺は開いた口がふさがらなかった。と言うか、亡くなってくれたほうが、美談として成り立つのだが。
「ちなみに、それはいつの話だ?」
「半年前だ」
その後、門下生全員が除籍して収入が途絶えてしまったということか。
「お父さんが蒸発ということは……お母さんは?」
「母は妹のイーノを生んだ三年後に亡くなっている」
女を作り、母親のいない子供たちを置き去りにするとは、ずいぶん身勝手な父親だな。もう、あまりにもクズすぎて同じ男として恥ずかしいぞ。
「恨んでないのか?」
「最初のころはな。でも借金もなく、道場もあって門下生もいたから、なんとか生きていけると思っていたんだ」
「でも、みんな道場を去っていったと」
「うむ」
クズ親父に愛想を尽かしたから、やめていった。でも待てよ。二代目道場主のノーラがいるのに、なぜ?
「ちょっとさぁ、ノーラの腕前をこの俺に見せてくれないか?」
「よかろう。ならば表で我が剣技を披露してしんぜよう」
木剣を手に取り、颯爽と庭へと躍り出るノーラ。……が、縁側で足がもつれ、顔面から庭へとダイブした。
もしかしてノーラって、ドジっ子属性を兼ね備えてねぇか?
「すまん。腹が減ってて足腰に力が入らなかった」
あぁ、なるほど。二日も食べてなきゃ、そうなるわな。
「では、我が道場に伝わる剣技を心して見るがいい」
気を取り直し、数本の巻き
おぉ、流石二代目。
腹が減って腐っていても、様になるから不思議だ。
「いざ!」
ノーラの気合声に、俺はゴクリと息をのんだ。と思いきや
ヘロヘロ……パサッ。
フラフラ……ポフッ。
フニャフニャと動きが定まらない剣捌き。きっと腹が減りすぎて力が入らないのだろう。その証拠にノーラは木剣を杖代わりにして息を切らしていた。
「ハァハァ……今のは空腹絶倒といって、相手を油断させて急所を撃つ剣技だ。まぁ、剣を握ったことのない素人のユータオーにはわかるまい」
おい、まっすぐこっち見てものを言え。目が泳いでるぞ。
「強がりもいい加減にしろ。ちなみに俺のいた世界では『腹が減っては戦は出来ぬ』ってことわざがあるんだけど」
「弱者が使うような言い訳だな。本物の剣士は餓死しても、そのような弱音は吐かん」
心意気は立派だが、肝心な体がついてこないようでは話にならんだろうに。
「それじゃあ、用が済んだんで俺はこのへんで」
と愛想を尽かして背を向けた途端
「ちょっと待って! どこへ行くつもりだ?」
「どこもなにも、門下生を辞退しようかと」
「お願いだから見捨てないでぇ!」
半べそですがりつくノーラ。もう、どうしてくれようか、この道場主。
「せめて3ベルク分は見ていってくれ!」
どうやら金を返す気はないみたいだな。
「じゃあ、今度はなにを見せてくれるんだ?」
「我が道場に伝わる禁断の奥義を」
「へぇ、奥義ねぇ。嘘じゃないだろうな?」
「まかせろ。これを見たら、ユータオーもわたしを尊敬の眼差しで崇め見ることになるだろう」
不敵の笑みを浮かばせるノーラに、俺も縁側に腰を下ろした。
「それは面白そうだな。是非、拝見させてもらおうじゃないか」
「きっと、驚きすぎて泣いてしまうぞ」
「泣かないから、早く奥義とやらを見せてくれよ」
一本の巻き藁を前にしてノーラは呼吸を整えると……カッと目を見開いた。
「奥義! 真空絶後!」
ヒュン! と上段からの一振り。
同時にフッと笑みを作るノーラ。
数秒ほど沈黙が続く中、俺は目をこすって巻き藁を注視した。
なんの変化も見られない巻き藁。いったい、なにが起きたというのだろうか。……と思った矢先、ノーラの背後にあった垣根がバサッと音を立てて崩れ落ちた。
はぁ!? なんで後ろの垣根が切れてんの?
見ればノーラも「あれ?」とばかりに後ろを振り返っていた。
「念のため聞いておきたいんだけど……今、後ろを狙って奥義を発動させたんだよな?」
それとなく皮肉を込めて訊いてみれば
「えっ? あぁ、まぁ、そんな感じ……かな?」
後頭部をポリポリとかくノーラ。わたし、またなんか、やらかしちゃいました? って、顔に書いてあるのは気のせいか?
「ど、どうだ。すごいわざだろう」
その割には、目元が引きつってるぞ。
「ちなみに今の技は、なんなんだ?」
「刃先を触れさせることなく相手を切る技だ。ようするにカマイタチの一種だな」
大威張りで高笑うノーラに、疑念を抱く俺。
「できれば、もう一回、今の技を見せてくれないか?」
俺のリクエストに、ノーラの頬がヒクついた。
「お、お安いご用だとも。では特別に今度は二倍で」
とてつもなく、嫌な予感がする。それも倍増しで。
「奥義! 真空絶絶後!」
上段から振り下ろした返しでもって、下段からすくい上げる連続技。……が同時に庭端に生える木立と池のそばにあった燈籠が音もなくスパッと切れた。
ありえないその惨状に、俺の背筋に冷たいものが伝った。
「って、おいおい! いくらなんでも、危なすぎないか、この技。どう考えても、狙い通りじゃないだろ!」
狙い定めた巻き藁を切らず、あさっての方向へと攻撃する剣技。しかも発動させた本人が、目を丸くしているのだから、シャレになってない。
「バ、バカにするな! すべて狙い通りだ!」
「いや、違うね。素人の俺でも今のはわかる!」
「狙いどおりだ。って、わたしが言ってるんだから狙い通りなの!」
と自身の失態を認めず、惨めったらしくグスッと鼻を啜るノーラ。なんか、もう泣きそうで可哀想になってきた。……が突然、なにを血迷ったのか、ヤケクソになって剣を振るい始めた。
「これなら、どうだ! 真空絶後! 真空絶絶後! 真空絶絶滅後!」
瞬間にして地面の
「って、おいおい! やめろやめろっ! 今すぐ、その奥義をやめろ! しかも最後の絶絶滅後ってなんだよ!」
目をつむってブンブンと繰り出すランダム奥義に、必死になって説得をすれば
「いやだ! ユータオーに見捨てられたら、わたしたち姉妹は生きていけない!だからユータオーが納得してくれるまで、やめてやるもんか!」
お前は駄々っ子か!
「あぶねぇから、やめろって言ってんだよ!」
俺は身を屈めながら道場内に飾ってあった木剣をぶん投げた。
スコーーーンッ!!
心地よい音とともに、木剣の柄頭がノーラの眉間にヒットした。
「少しは落ち着いたか?」
「はい……。迷惑かけて、ごめんなさい」
ヘッドショットを食らった眉間をおさえて庭先でシュンとしょげるノーラ。
立場逆転。もう、こうなってはどっちが門下生か、わかったもんじゃない。
「ちなみに、あれがこの道場における奥義なのか?」
俺の問いかけに、ノーラがモジモジと縮こまる。
「言いにくいことなのだが、実は未完成でして」
聞けば、あの真空絶後は先代が編み出した技らしく、継承したノーラは完全習得までにはいたってないらしい。ゆえに、それを知った門下生たちは、愛想を尽かして道場を去っていったとのことだった。
まぁ、あんなデタラメな技を奥義とか語られては、おのずとそうなるだろう。
「しかも、詐欺呼ばわりされる噂までが流れてしまい、ご覧のとおりの有様だ」
悔し涙を流して、木剣を握りしめるノーラ。
「だから、奥義を得ようと毎日、必死で努力はしてるんだ。なのに、どうしてもできないんだ」
悲しい女侍の涙。父親に捨てられ、まだ年端もいかない妹の面倒まで見なければならない切羽詰まった状況。これを笑うようなヤツがいたら、それはきっと人の皮をかぶった鬼に違いない。
「わかったよ。もう月謝は返さなくていいから」
その言葉に、ノーラが顔を上げて目を丸くする。
「本当に返さなくて……いいのか?」
「あぁ。だから、もう泣くのはやめてくれ」
不幸を地でいく貧乏剣士。正直言って不憫すぎて見てられないのだ。
「それから余計なお世話かもしれないけど、道場存続は後回しにして、とりあえず別の仕事してみてはどうかな?」
なにはともあれ、ますは食べることのほうが優先だろう。しかし
「幼い頃から剣を学び、剣しか取り柄のないわたしに、なにができるというのだ」
生きる術を知らないノーラに、俺も安易に答えを見い出せなかった。
結局、その日はなんの結論を出せないまま野営地へ戻ることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます