【後編】

「ミトーレ学院だと?」

 夕食時。

 何気なく口にした学院招待の話をした途端、ジロリとノーラに睨まれた。

「やっぱり知ってたか」

「おにーたん。ミトーレを知らないの? このまちの人なら、みーんな知ってる学校だよ」

 流石、地元民イーノ。学校入学を望む勤勉幼女だけに、食事そっちのけで身を乗り出してきた。

「イーノが行きたいって言ってた学校なのか?」

「ううん。げっしゃが高いから、イーノは近所の学校」

 つまり、公立か私立の違いのようなものか?

 とそこへ、ノーラが面白くなさそうに呟いた。

「ミトーレは、わたしが通っていた学校だ」

 へぇー、それは意外だな。と詳しく内容を訊ねれば

「苦痛な8年間だった」と虚空を見上げて、学院に対する不満をぶちまけ始めるノーラ。もっとも、そのほとんどは校則を守らないノーラが原因なのだけど。

 そんな話を聞いて、ティルが楽しそうに笑った。

「学生時代のノーラさんって、ヤンチャだったんだね」

 いやいや、ティルさん。ヤンチャってレベルじゃないですよ。

 そもそも数十人の男子生徒相手に、女子がひとりで無双するって相当ヤバいでしょ。しかも仲裁に入った教師をも巻き込んで病院送りにするって、どんだけ凶暴なんだよ。

「でも、スカートめくりをして女の子を泣かせた男の子たちが悪いのではなくて?」

 華蓮の言うことも、もっともだが……それを差し引いても全治二週間は流石にやり過ぎだろ。

「そっかなぁ。わたしも、しょっちゅう火を噴いて男の子とケンカしてたよ」

 自由すぎる異世界の生徒たち。どうやら、この世界の教師は並の教育者では勤まらなそうだ。

 それはさておき、ノーラの話を総合すると、学校自体はまともなようだが

「しかし、魔物の生徒もいるというのは、少しばかり気が引けますね」

 と異種族を交えた学校制度に眉をひそめる華蓮。

 まぁ、獣人やドラゴンの眷族であるティルが普通に通うくらいだから、この世界では当たり前のことなのだろう。

「とにもかくにも、ミトーレはお薦めできん」

 ろくすっぽ情報提供もせず、頭ごなしに母校をディスるノーラ。この調子では、なにを訊ねても全否定されるのが関の山だろう。

 ということで翌日から俺は、情報収集に奔走することとなった。



「だからって、なんでキミたちまで一緒についてくるの?」

「わたくしは、べ、別に。ただ、なんとなく……」

 と、そっぽを向く華蓮。なんだよ、その安っぽいツンデレみたいな理由は。

「で、ティルは?」

「今日はお仕事がお休みで、ヒマだから」

 こっちはこっちでブレないな。しかも、変わらずクサイチゴドリンク飲んでるし。

「なぁ、ティル。全然関係のない話なんだけど、クサイチゴばっかり飲んでると中毒になるから気をつけろ。って、青果売りのオバチャンが言ってたんだけど……そんなに飲んでて大丈夫なのか?」

「中毒症状って?」

「オバチャンが言うには、クサイチゴがないと気分が落ち着かなくなるそうだ」

「それなら大丈夫だよ。今んとこ、わたし、そんな風になってないから」

 うーん……それならいいんだけど、なんだか心配だなぁ。

「それは、ともかくとして……」

 後ろをみれば、萌え袖ならぬ文学少女のパルバールがカルガモ親子よろしくとばかりについてきていた。

「なんで、おまえまでくっついてきてんの?」

 しばらく見ないから、家に引きこもって執筆作業に明け暮れているものだと思っていたのだが

「なんか、皆さんそろって、楽しそうに歩いていたので」

 どうしたら、楽しそうに思えるんだよ。

「例の小説はどうした? あれから出版社に持ち込んだのか?」

「名前と名称を修正してないので、まだでーす」

 さては、こいつ……また俺たちをネタに小説の続編を書いていやがるな。

「書きたいのは山々なんですけど、スランプで筆が乗らなくなっちゃいまして」

 へぇ。書くことが大好きな文学少女でもスランプになるんだ。

「で、気晴らしに散歩してたら話のネタ……もとい、ユータさんたちを見かけたんで」

「ふーん」とチラリと華蓮を見れば、親の敵を見るような目で俺を睨み上げていた。

 あぁ、なんだろう……瞳に血走る殺気が怖すぎて目が合わせられん。それとは対照的に、お姫さま設定のティルはすこぶるご機嫌のご様子。

「パルちゃん。早く完成させて読ませてよ」

「任せてください。完成した暁には、一番最初にティルさんに読んでもらいますから」

 読んでもらうのはかまわないけど、ちゃんと修正しておけよな。

「もちろんです。それでユータさんたちは、どちらのダンジョンに向かわれるんですか?」

 なぜ、俺たちがダンジョンに向かわねばならんのだ?

「えっ。シシルイルイの心臓を探してるんじゃないんですか?」

 どうやらパルの中の俺たちは、まだ冒険中らしい。とは言え、これはいったい、どうしたらいいものだろうか。

 誰しもが通るであろう妄想世界。

 設定を作って、自分の世界に引きこもるだけの厨二病なら、いざ知らず……こいつの場合、さも現実のように物語りを書き連ねてるだけにタチが悪い。

 こじらせてしまった厨二病。こうなると、どんな名医であっても治せない病気なので、設定を逆手にとって遠ざけることにした。

「ああ、その通りだ。だから、おまえのような素人についてこられると足手まといだから、家に引きこもって小説の続きでも書いてろ」

 最悪、命を落とす危険がつきまとう冒険のように突っぱねてみたのだが

「だったら、なおさら同行を希望します」

 リアルを求めるパルの闘志が燃え上がった。

事実ノンフィクション小説フィクションより奇なり!」

 空想好きな厨二病が一転して、ドキュメンタリー作家へと拗れてしまったようだ。

 まったく、どうしてくれようか。ついてくるなと言ったところで、こいつのことだ。きっとコソコソと俺たちの後をついてくるに違いない。

「好きにしろ」

「いいんですか?」

「その代わり条件がある。おまえ自身も作中に登場させろ」

 混同する世界観に自分というキャラを入れれば、自分のやっていることがだんだん恥ずかしくなって、やがて自分が病んでいたと認識することだろう。

 すると、なにを思ったのか、パルは虚空を見上げ……そしてニヘラと笑った。

「それ、いいですね。わかりました。わたしも劇中に参加します!」

 くそ、筋金入りの小説バカには通用しなかったか。すると華蓮が囁いた。

「ちょっとちょっと、牧嶋さん。パルバールさんが変な笑い方してますけど、いいんですの?」

「放っておけ」

 俺たちの目的が、ダンジョンやシシルイルイの心臓でないことに気づけば、イヤでも離れていくだろうからな。

「それで、どこに行くの?」と、今度はティルが訊いてきた。

「学院の情報を得るために、町長に会いにいく」

 世話したジェンダビーの一件もあるし、きっと有益な学院内部の情報を教えてくれるだろう。

 ということで俺たちは、まったく関係のないひとりを引き連れ、町長が務める役場へと向かうことにした。



「お久しぶりです、ユータさん。その節は、お世話になりました」

 と役場の制服に身を包んだ美人おねーさんふたりに案内されたのは、猛獣の剥製や物騒な刀などが飾られた執務室だった。

「じきに町長が見えられますので、くつろいでお待ちください」

 そう促され、革張りのソファーに座る俺たちの前に、お茶と菓子が添えられた。

「うわー! 素敵なお菓子ぃ!」

 持参したメモ帳に、菓子のイラストを描きながら、おねーさんにお茶のおかわりを要求するパルバール。

「おい、パル。少しは遠慮しろよ」

 ティルはジェンダビーの功労者だから食べる権利はある。けれど、金魚の糞であるおまえは、おこぼれに預かっただけなんだからな。くれぐれも勘違いするなよ。

 などと毒づいていると、華蓮がチラチラとおねーさんたちを見て囁いた。

「牧嶋さん。あなた、こんな奇麗な方々とお知り合いですの?」

 あぁ、そうか。華蓮は知らないんだっけ。まぁ、同性の華蓮からすれば素敵な女性として目に映るだろう。しかし言っておくけど、こいつら二人はもともと男だかんな。

「性転換手術もしてないのに、性転換するって……なんだか不思議ですね」

 まったくもって、この世界は摩訶不思議なことばかりだよ。

 とそこへ、町長が入室してきた。

「久しぶりね、にーちゃん。元気にしてたかい?」

「おかげさまで、なにごともなく生きてます」

 と社交辞令的に挨拶を返す俺。……って、あれ? 最初の頃より、ずいぶん綺麗になっているのは気のせいか?

「あらあら。しばらく会わないうちに女性を喜ばずのが上手になったわねぇ。やっぱり、カワイイ取り巻きさんたちが増えると、お口も達者になるのかしらねぇ」

 元が怖いオッサンだったからな。ひさしぶり過ぎて、俺の美的感覚がバグってるんだと思うぞ。

「それで、今日はどんな用件で?」

「じつは、ミトーレ学院のことを知りたくて」

 この街を仕切る町長という立派な立場だ。ミトーレ学院の偏差値くらいは知っているに違いない。

「なんだ、そんなことだったのかい。誰だい、カチコミとか言って早合点したのは?」

「すみません。わたくしどもの勘違いでした」

 ケジメはつけさせていただきます。と腰裏に忍ばせていた短剣を引き抜き、刃先を自らの喉元へと向ける美人おねーさんふたり。

 相変わらず仁義に厚い人たちだな。と思っていた矢先

「アホかいッ! 客人の前で見苦しいところをお見せするんじゃないよ!」

 ドスを効かせ、ピシャリと一喝する姐さん……もとい女町長。あまりの迫力に、ここが町役場の執務室だと忘れるくらいに居心地が悪くなったのは言うまでもないだろう。


「というわけで、ミトーレ学院のことを知りたいんだけど」

 お茶を飲みながらテーブル越しで相談を持ちかけると、町長がフッと笑みを浮かべた。

「なるほど。つまり実態調査というわけね。なら、このあたしが一肌脱ごうじゃないか。おい、おまえたち。大至急、にーちゃんが所望する資料を揃えておいで」

 うーん。素性は怖いけど腐っても町長。やはり、こういうときは頼りになる。

 などと感心していると、ほどなくして俺の前に資料が置かれた。



「結局……これといった成果はなしか」

 町長からもらった学院案内のパンフレットを握りしめ、役場の玄関をくぐる俺たち。

「しょうがないよ、ユータ。町長さん、この間、就任したばかりなんだもの。知らなくて当然だよ」

 ガッカリする俺の背中を叩いて励ますティル。なんだろう。ティルにそう言われると気持ちが和らぐから不思議だ。正にキミは心の安定剤だよ。

「ティルさんの言うとおりですわ。だから、そんなに気を落とさないで、いつものように元気出してくださいな」と慰めてくれる華蓮。うーん……なんだか今日は気持ち悪いくらいに優しいね。

 と役場内のベンチに腰をおろし

「学校かぁ……。どうしようかな」と俺はペラペラな薄い小冊子に視線を落とした。

 女理事長のありがたいお言葉を筆頭に【教育方針】【学院生活】【学院施設】が綴られた広報パンフレット。

 学院の実生活が見えてこない希薄な情報量。こうなると、お誘いのオープンキャンパスに出向くのが最善といえるだろう。

「行ったところで、きっと、つまんないんだろうなぁ」

 文明の遅れた異世界だ。日本と違って学ぶ知識はほとんど無いだろう。と興味なさげにパンフレットを閉じた矢先

「そんなことないですよ。わたしが言うのもなんですけど、学院生活は楽しかったですよ」

 お誘いがあったならば、是非、行くべきです。と、お土産に包んで貰った菓子を頬張るパル。

 ん? って、おい……まさかと思うが

「だって、わたし、ミトーレの卒業生ですもん」

 スパーーーンッ!

 無意識に丸めたパンフレットでパルの頭を叩いてしまった。

「いきなり、なにするんですかぁー!」

「やかましい! さては、おまえ、食い物ばかりに気を取られてて、俺たちの話を聞いてなかったな!」

「そんなことは、ありません。ちゃんと聞いてましたよ」

 だったら、なぜ?

「ユータさんが、わたしに聞いてこないのでスルーしてまひた。って、なんれ、わらひのふぉふぉふねぇるんふぇふか」

 お菓子を食べている最中なのですから、やめてください。

「抓られるようなことをするからだろうが」

 と、俺は口からポロポロこぼれる菓子のカスを無視してパルの頬をムニムニ引っ張った。

「首を絞められないだけマシだと思え。それに、どうせ、おまえのことだ。黙って小説のネタにでもしようと考えてたんだろ」

「ふぁふひがうへるので、そうひゃってふぁっへにほうひゃつするのはひゃめれくらはい」

(訳:書く気が失せるので、そうやって勝手に考察するのはやめてください)

 繊細な心を持つ物書き相手に言ってはならない忌み言葉ですよ。と俺の手を払って、ツンッと迷惑そうな顔をするパル。くそっ! マジムカつく!

「デビューすらしてないヤツが、偉そうに作家家業を気取るんじゃないよ!」

 と再び、パルバールの頬を抓りあげていると

「牧嶋さん! 女の子相手に乱暴はよくないですよ」

 華蓮の非難する声に、ティルも擁護する。

「そうだよ、ユータ。パルちゃんだって、別に悪気があって黙ってたんじゃないだろうし、そのへんで許してあげなよ」

「そうれすよ」と悪意に満ちた顔で、にぃっと笑う文学少女。

 どうしてくれようか……こいつ。

「そもそも、どうして、そんなに学院情報にこだわるんですの?」

 フッ。やれやれ、これだから苦労を知らないお嬢さまは困る。

 万が一、生まれ故郷に戻れなかった場合に備えての学歴確保。そのためにも、今のうちに学校に通っておいて損はないのだ。

「でも、この世界での学歴って、そんなに大切なことなのでしょうか?」

 今は必要ないかもしれない。しかし、これから先の時代を見据えた場合、そう安穏にかまえてられないような気がするのだ。

 実際、イーノたちと同年代の子供たちを見れば、誰しもが学校に行きたがっている。しかも仕事で街を歩けば、子に対する親の願望も耳に入ってくるのだ。

 家業を継げる子供ならともかく、兄弟姉妹が多いこの世界では農業もしくは手に職をつけるか、それができなければ学校に行って、法力学などを身につけるしかないのだ。特に女の子にいたっては、良いところに嫁がせるためにも教養と作法は最低限必要とのことらしい。

「まぁ、わからなくはないですけど」

 お嬢さま学校に通う華蓮も思い当たる節があるらしく、納得のご様子。そして、もっとも大事なのは学院のカースト制度だ。

「かーすと?」と小首を傾げるティル。

「そうだ。もし魔法が使える生徒が大半ならば、魔法を使えない俺はゴミ虫同然の扱いを受けることになるのだよ」

 そんなヒエラルキーの底辺に成り下がらないためにも下調べは重要なのだ。それゆえ、パルから学院生活のことを脚色なしで教えてもらわなければ。

「ということだから、すべて吐くまでは、家に帰れると思うなよ」と、パンフレットでパルの頭をポンポンと叩いていると

「イヤです。ユータさんのことです。全部、話したら、わたしのことを置いてけぼりのポイ捨てするつもりでしょ」

 くそ……なかなか鋭いな。どうやら、なんちゃって小説家は伊達ではないようだ。

「なので、一緒に学院へ参ります。その上でガイドをかねながら、あらためてお話します」

 どうやら、なにがなんでも絶対に同行するつもりらしい。

 悔しいが、卒業生の案内が必要なのは確かだ。

 ということで俺たちは学院訪問の日取りを決め、解散したのだった。


【つづく】

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