■12■学院訪問

「ここが我が母校、ミトーレ学院です!」

「同時に、わたしの中退校でもある!」

 と放課後で賑わう校門前で、誇らしげに学院紹介をするパルとノーラ。

 っていうか、おまえら……なんでそんなに元気なの?

「ほら、カレンちゃん。学校に着いたよ」

 と学生時代を思い出し、髪を三つ編みお下げにしたティルが、背負っていた華蓮を降ろす。

「わたくしが不甲斐ないばかりに、ティルさんにご迷惑をおかけしてスミマセン」

 と申し訳なさそうに謝る華蓮。

 出発した早々、慣れぬ道のりに早くもバテバテになった華蓮。そこへもって山道から顔を覗かせていた木の根っこに足もとを取られてしまい、足首を捻ってしまったのだ。

 とは言え……遠すぎないか、この通学路。

 昼過ぎに街を出て学院に辿り着くまで3時間半。

 よくもまぁ、こんなところまで通えるもんだ。と俺もヘトヘトになってしゃがみ込んでいると、パルが涼しげにいう。

「わたしは寮生だったので通ってはいませんよ。ちなみに実家に帰省するのは月に1度だけでした」

 まぁ、普通に考えたら、そうなるよな。だが……

「そんなことはないぞ。うちの場合、親の言いつけで毎日2時間かけて通っていたからな」

 脳筋ノーラでも2時間もかかってたのか。

「いや、往復で2時間だが」

 はぁっ? あの険しい山道を片道1時間だと?

「まぁ、途中でおなかが空いて岩カエルとか食って遅刻したこともあったがな」

 すると、学生時代を思い出したティルも声を弾ませた。

「あー、わかるぅ。わたしも通学中に、よく捕まえて食べてたもん」

 いくらなんでも自由すぎるだろ。しかも美少女が「遅刻遅刻ぅ!」とかいって、カエルを咥えて通学しているとこなんか想像したくないし、なによりも、そんなことで盛り上がる女子トークなんか聞きたくもなかったよ。

「塩と一緒に、刻んだベクベク草をまぶすと美味しかったな」

「そうそう」と笑って相槌を打つティル。

 どうやら、この世界では子供の頃から調味料を持ち歩くサバイバル意識が備わっているようだ。恐るべし異世界女子!

「それはともかく、どっちにしても遠すぎんだろ。よく、こんなところに毎日通えたな」

「なにを言う。そもそもユータが休憩ばかりするから、こんなに時間がかかったんだぞ」

 そりゃ、確かにそうだけどさ……まさか、登山するとは思わねぇだろ。こんなんなら小学校の遠足で行った高尾山のほうが、まだマシだったよ。

「まったく軟弱なヤツだな」と見下すノーラ。悔しいけど、返す言葉が見当たらない。

 もしかしたら、こいつの同伴を許した俺の判断が間違っていたのだろうか?



「学院へ行くなら、わたしも同行しよう」

 出立を明日に控えた前の晩。

 食事をしながら学院訪問を明かしたところ、ノーラが同行の意を示したのが始まりだった。

「イーノも行きたい!」

 予想通り、姉に習ってイーノが手を上げる。……が、始めたばかりの仕事をほっぽらかすわけにもいかず、また進学希望校が近所ということもあり、敢えなく断念することとなった。

 まぁ、それはともかく……なぜ、ノーラがついてくるのだろうか?

「道中、外敵に出くわすこともあるだろうから、わたしが警護をしてやろう」

 街の外は害獣や魔虫がでるとは耳にしてたけれど……あらためてノーラから言われると、ちょっと怖いな。それでなくともジェンダビーで怖い目にあっているのに。

「そんなに街の外は危険ですの?」

 と怯えがちな華蓮に、ノーラが笑った。

「しょっちゅう、出くわすわけではないにしろ、毎年、誰かしらは死んでいるからな。用心に越したことはない」

 うーん……そうなると、ちょっとした装備が必要になるかもしれないな。なので、参考がてら旅慣れしているティルにも聞いてみる。

「ティルなんかも、短剣以外の武器とか持ってるのか?」

「ううん、短剣ショートソードだけだよ。大抵のことなら火を吹けばなんとかなるから」

 過去に山賊と出くわし、火炎放射一発で撃退したことがあると武勇伝さながらに語るドラ娘。まったくもって頼もしいもんだ。……が、それでも寝込みを襲われることも度々あって、怖い思いをしたそうだ。

「一番怖いのは、獣よりも人間のほうが怖いかも」

 そもそも力の優劣を肌で感じ取れる獣は、あまりドラゴンには近寄らないらしく、むしろ俗物的な人間のほうがしつこく諦めが悪いらしい。同じ人間としては、まったく笑えない話だった。

「ところでノーラ。学院まではどのくらいの距離なんだ?」

「隣村へ行くのに比べれば、近いもんだ」

 まぁ、学校だからな。遠いはずがない。

「それで、ユータ。いつ出発するのだ?」

「明朝のつもりだったけど、ちょっと準備することがあるから、昼にしようかと思ってる」

 と予定を変更し、翌朝からティルとふたりでリシャンの店に出向くこととなったのだが……


【臨時休業 しばらくお休みします】

「……だって。どうすんの、ユータ?」

 ドアの貼り紙を指さすティルに、俺は頭を抱えた。

「肝心なときに限って、あの店主は……」

 短刀や薬草、あわよくば便利なマジックアイテムをゲットしようという魂胆だったのだが……よりによって休みとは。

「夜逃げの間違いじゃないのか?」

 俺が皮肉をこめてぼやいていると

「店終いなら、商品を置いていかないでしょ」と、椅子代わりに立てた竜の尻尾を支えにし、扉の隙間から店内を覗くティル。

 うーん……今さらながらなんだけど、便利な尻尾だね。

「それで、どうするの? ユータ」

 学院に行くとはいえ、用心として武器となる短剣だけは手に入れておきたいところなのだが。

「防具屋や雑貨屋じゃ、値段が高いしなぁ。かと言って、今から古道具屋に行って探すのも時間がかかりすぎるし」

「だったら、ノミナ親方のところへ行ってみない?」

 ティルが仕事で世話になっている鍛冶屋。なるほど。あそこなら、なにかしらあるに違いない。

「時間もないし、善は急げだ」

 そう言って、俺たちはノミナ親方の工房へと向かった。


 その結果。

 短剣を調達し、遅刻することなく集合時間に間に合ったのだが……まさか学校へ行くのに3時間以上も歩くとは思いもよらなかった。

 くそ。こんなことなら、もう1日ずらして翌日の朝から出発すれば良かった。

「まぁ、今さら後悔しても始まらないか」

 と気を取り直し、あらためて正門を眺めていると

「まるで日本の学校みたい」と華蓮が素朴な感想を口にした。

 学校名が刻まれた看板と、敷かれたレールの上で開閉する大きな門構え。それだけに華蓮が既視感を感じるのも頷ける。

「では、参ろうか」とノーラが先陣を切って敷地内に足を踏み入れた瞬間、槍を持った獣人守衛さんに引き止められた。

「おい。この施設の立ち入りは、関係者以外は禁止だぞ」

 すると、なにを思ったのかノーラがふんぞり返った。

「たわけたことを。言っておくが、わたしは元在校生だぞ」

 おいおい。在校生の意味わかってるのか? しかも、お前は中退者だろ。とツッコミを入れようとした矢先、今度はパルが競うように胸を張った。

「わたしは半年前、ここを卒業した生徒です。ちなみに職業は将来有望な作家のタマゴです」

 それを言うなら『将来の夢』な。ついでに言うなら、タマゴでは職業を満たしてないぞ。

「そして、こちらの男性は【背徳の魔道士】を追う冒険者なので、可及的速やかにここを通していただきたい」

 なに勝手に、お前の創作物をねじ込んでんの?

「冒険者? その冒険者が、当校になんのようだ?」

 胡散臭そうに問う守衛さんに向かって、パルがバサッとお出かけ用コートを翻し、ズサッと足もとを鳴らした。

「ただの冒険者と思うなかれですよ。ここだけの話、本当は選ばれし勇者なのです」

 聞いてるこっちが恥ずかしくなるから、そんな隠れた二重設定をひけらかすなよ。

 すると、ティルも瞳をキラキラさせて自分を指さした。

「ちなみに、わたしはお姫さまなんだよ」

 ティルさん。お願いだから、こいつと同じ土俵ステージに登らないで。

「そして、もうひとり。こちらのおしとやかそうな女性は勇者の幼なじみです」

 なに、その新しい設定。と俺が驚いていると

「おしとやかそうな?」

 パルの紹介に華蓮がムッとして俺を睨んだ。

 幼なじみ設定がイヤだったのか、それともオマケのような扱いが気に入らなかったのか、薙刀仕込みの錫杖をギュッと握り締める華蓮。

「いちいち気にするなよ」

 ついでに怖いから目をあわせないようにしよう。

「ちなみに当人たちは気づいてませんが、幼なじみとは表向きの話で、実は勇者と異母兄妹だったのです」

 スパーーーンッ!

 華蓮の殺気に堪えきれず、俺は丸めた学院パンフレットでパルの頭を引っぱたいた。

「おまえなぁ、いい加減にしろよ。守衛さん相手に、ありもしない話を吹き込むんじゃないよ!」

 ついでに初対面相手に情報量が多すぎなんだよ。

「別に迷惑かけているわけじゃないんですから、いいじゃないですかぁ」

「迷惑通り越して、すでに嫌がらせなんだよ」

 これだから自分本位な厨二病はイヤなんだよ。見てみろ。守衛さんもドン引きしてんじゃねえか。

「あんたら、なんか怪しいな」

 槍を構えて訝しむ守衛さんに、ノーラが帯刀していた二本の剣に手を伸ばした。

「フッ。だったら、なんだというのだ。なんなら、わたしと相まみえるか?」

「やめんか! このバカたれ!」

 スパーーーンッ! と丸めたパンフレットを、ノーラの頭上に炸裂させた。

「いきなり、なにをするんだ!」

「誤解を招くようなカッコいいセリフを吐いてんじゃないよ!」

「話が通じない相手には、剣を交えるしかないだろ」

 話が通じないのは、おまえのほうだろ。まったく、どいつもこいつも好き勝手なことばっかり言いやがって。少しは常識をわきまえろよ。

「残念ですが、常識は門の外に置いてきました」

 イシシとイタズラに笑うパルの頭を、もう一度叩いたのは言うまでもない。

「お騒がせしてすみません。じつは招待状をもらいまして」

 そう言って、俺は学院案内の招待状を守衛さんに見せた。

「なるほど。確かに理事長のサインだな」

 へぇ、あんたがねぇ。と俺の顔をジロジロ見る守衛さん

「頭が悪そうな顔をしているのになぁ」

 こいつ! とパンフレットを握りしめた瞬間、華蓮に腕を押さえられた。

「牧嶋さん、乱暴はダメですよ」と目配せして首を横に振る華蓮。って、なんで肩をふるわせて笑いを堪えているの?

「まぁ、理事長直々の推薦者なら仕方ないな。ほれ、通っていいぞ」

 しかし引率も大変だな。と守衛さんに鼻で笑われてしまった。

 くそぉ。なんで俺がアホ扱いされなければならんのだ。ったく……なにもかもパルとノーラがデタラメしてくれたおかげで、俺の第一印象は丸つぶれだよ。

「正門から入るだけで、この調子では先が思いやられるな」

「まぁ、問題なく潜入できたんですから、いいじゃないですか」と気安く俺の肩をポンポン叩くパル。

「守衛さんの近くで潜入とか言うな! 誤解を招いたらどうすんだ、このバカたれ!」

 とパンフレットでパルの頭を叩いたら、丸めたパンフレットがポッキリ折れ曲がってしまった。

 チッ! こんなことならハリセンを用意しておくべきだった。

「それにしても、ずいぶん立派な学校だね。しかも、みんな同じ服着てるし」

 口をアングリと開けて校内や生徒たちに目を向けるティルに、パルが得意げに鼻を持ち上げた。

「よその都市のお偉いさんが視察に来るくらいですから、とーぜんです」

「その反面、校則校則とうるさいがな」と面白くなさそうにぼやくノーラの隣で、ティルが素朴な質問を投げかけてきた。

「そういえばユータたちの学校って、どんな感じなの?」

「どんな、と言われてもなぁ……」

 ティルの質問に俺が返答に悩んでいると、代わりに華蓮が説明する。

「一概にとは言えませんが、基本的に大抵の学校は、この学院のように制服着用が義務付けられています。それとクラスごとに担任の先生がいて、授業も各教科によって先生が変わりますよ」

「へぇー、先生もいっぱいいるんだ。わたしが行ってた学校なんか、たったの5人だったよ」と感心するティル。するとノーラが

「だとすると、ユータオーたちの世界の学校は、こことほぼ一緒だな」

「そうなのか?」

 ノーラに詳しく聞けば、意外なことに授業における教育課程カリキュラムの他にHR《ホームルーム》や部活動まであるらしい。

「教育を突き詰めていくと、異世界でも同じような教育制度になるんでしょうか」と半信半疑ながらも納得する華蓮。

 もしそうだとすると、この学院の理事長は、さぞ教育熱心な人なのだろう。

 それだけに、ノーラとパルのような生徒が相手では、相当手を焼いたに違いない。と俺はふたりを見て、受け持っていたであろう当時の担任に同情を寄せた。


「それで、どこに行きますか? 図書室に行きますか? それとも文学部に行きますか?」

 とソワソワしながら、行き先を問うパルバール。

 こいつ、母校をアミューズメントパークと勘違いしてないか。しかも、すべておまえのテリトリーじゃないか。

「初見なら、まずは校庭か体育館だろ。ちょうど放課後だし、生徒たちの部活動の様子も見れるぞ」と脳筋ぶりを発揮するノーラ。きっと、こいつのことだ。汗水流して部活動に励む在校生相手に、剣を振るって活を入れる魂胆なのだろう。

 すると、今度はティルが元気よく手を上げた。

「ハイハイッ! わたしは食堂が見てみたい!」

 ティルさんティルさん……完全に食欲キャラになってますよ。今さらだけど、もしかして食べた栄養はすべてドラゴンの尻尾に吸収されてるんでしょうか?

「わたしは、校内を見学してみたいですね」

 華蓮は華蓮で、教室などの施設に興味があるようだ。と言うか……なに、この他校の文化祭に訪れた部外者的なノリは?

「見学したいのはわかるけど、まずは理事長のところへ挨拶しにいくのが筋じゃないか?」

「えぇー!」と露骨にガッカリする一同。

 まったく、なんてまとまりのないメンバーなんだ。

「わーたよ。じゃあ、自由行動でいいよ。それで校長室……じゃなくって、理事長室はどこだ?」

「さぁ?」と首を傾げるパル。……って、おまえ、この学校で暮らしてたんじゃないのかよ。

「ノーラは知ってるか?」

「いや。そもそも理事長室があったこと自体知らなかったぞ」

 俺の記憶に間違いがなければ、確か「通ってた」って言ってたよな……おまえ。

「その代わり、毎日のように足を運んでた教員室なら知ってるぞ」

 それは単に呼び出しを食らってたんだよ。

「それは凄いですね。なかなか、できることじゃないですよ。わたしなんか、呼ばれても怖くて行きませんでしたから」

 パルよ……それ、俺の世界ではバックレって言うんだぞ。

「もういい。おまえらふたりに聞いた俺がバカだったよ」

 と頭痛を覚え始めたこめかみを押さえながら、踵を返す俺にパルがいう。

「どこへ行くんですか? そっちは校門ですよ」

「守衛さんに理事長室の場所を聞いてくる」

「なるほど。それは名案ですね」

 おまえらが役に立たないからな。

「いってらっしゃーい」とみんなに見送られながら、俺は校門に戻った。


「ありがとうございます」

 と守衛さんに目的の場所を聞いて戻ってくれば、なぜか華蓮だけがポツンと立ち尽くしていた。

「あれ? ノーラたちは?」

「あなたのことを待ちきれず、どっかに行っちゃいました」

 わたしは止めたんですけどね。と呆れたため息をつく華蓮。

 幼稚園児か、あいつらは。真っ先にテーマパークで迷子になるパターンじゃねぇか。

「まったく落ち着きのないひとたちですこと」

 ヤレヤレとかぶりを振る華蓮。そして

「どうします? みんなのあとを追いかけますか?」

「知らない場所じゃ無いだろうし、放っておこうぜ」

 ということで、俺は華蓮とともに理事長室に向かうことにした。


【つづく】

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