■11■学院からの招待状【前編】

「本当に間違いないんですの?」

 顎の下から訝しげに見上げてくる華蓮に、俺は自信を持って答えた。

「この三日間、観察してきた俺の目に狂いはない」

 すると、今度は頭の上でクサイチゴドリンクをすするティルが首を傾げた。

「そんな悪い子には、見えないけどなぁ」

 まぁ、見た目は普通の男の子だからな。

 そんな会話を交わしながら俺たち3人は脇道の角から、ひとりの子供を注視した。

 少年の名はタップル。歳は7、8才といったところか。

 元締めイーノの配達仕事を請け負う子供のひとりだ。

 イーノが仕切る仕事が始まってから数日後。ひとりひとりの行動や性格が見え始めた頃、俺は気づいてしまったのだ。

「この子……なんか、見覚えがあるんだよなぁ」と。

 異世界初日に盗まれたナップザック。そのときの置き引き犯が、タップルに良く似ていたのだ。もちろん一瞬の出来事だったので、証拠もなければ、これといった確証もない。だが、夕方の報酬配当の度に俺を避けるように距離を置き、目を合わせればサッと逃げるように視線を反らすのだ。

 特徴的なボサボサ頭と目の色。身長を含めた背格好。

 そして俺だけに対する挙動不審な行動。

 疑うわけではないが、どう見ても怪しすぎるのだ。

 と言うわけで、配達仕事のタップルを尾行することにしたのだが

「だからって、なんでキミたちまで、ついてきてんの?」

「夕飯の買い出しにきたら、偶然、コソコソ町を徘徊しているアナタを見つけたので、なんとなく」

 いつものように「俺の挙動が怪しかったから」と、ひと思いに非難してくれてもいいんだぞ。

「それで、ティルは?」と頭上に目線を持ち上げれば

「うん。仕事が早く終わって、ヒマになったから」

 こっちはこっちで、いたってシンプルな理由だった。

 というか……時折、俺の背中でポヨンポヨンと弾んでいるモノが気になって、監視に集中できないんですけど。

「じゃあ、よろしく頼んだよ」

「あいよ」と牛乳屋さんの店先で配達物を受け取るタップル。その笑顔が華蓮を疑心暗鬼にさせた。

「今しがた聞かされた事情をかんがみても、あの子を犯人と決めつけるのは早計かと思いますけど」

 正直なところ、俺もそう思いたい。しかし、金や荷物ならともかく、元の世界に戻るための帰郷チケットを取り返さなければならないため、真偽を問いただす必要があるのだ。

「それでユータ。どうするの?」

「とりあえず、あの届け物を終えたら、直接、本人に訊く」

 と俺はふたりを引き連れ、タップルの後を追った。


「いつも、ありがとね」

 乳飲み子を抱く顧客から配達代金を貰い、頭を撫でられるタップル。その笑顔は年相応の屈託無き子供の表情だった。

 華蓮の言うとおり、単に俺の思い過ごしだったのだろうか?

 と自分の思い違いを反省し、尾行をやめようとしたときだった。突然、タップルが走り出した。

「チッ! 気づかれたか!」

 まぁ、大人3人が気配も消さず、くっついてくればイヤでも気づかれるだろうけど。

「おい、こらっ!」

 俺が声を上げた途端、タップルが血相を変え、全速力で逃げだした。

「逃がすかよ!」と俺も全力で後を追う。

 もし、ここで取り逃がせばタップルは二度とイーノや俺たちの前に現れなくなるだろう。そうなればチケットの行方は、また闇の中だ。

「現役高校生の脚力をナメんなよ!」

 あっという間に距離を詰め、タップルのシャツの首根っこを掴んだ。

「捕まえた! って、あれ?」

 スルッとシャツを脱ぎ捨て反転し、俺の脇をすり抜けていくタップル。こっちも必死だが、相手はもっと必死だった。

「くそっ!」

 舌打ちしながら踵を返した瞬間、華蓮が錫杖片手に両手を広げ、上半身裸のタップルの行く手を阻んだ。

「お待ちなさい!」

 って、バカッ! 盗みを働いた子供が素直に応じるわけがないだろ!

 しかも、ここは異世界。少なくとも俺たちが育った生ぬるい環境とは違う。盗みを働き、必死にその日を生きる子供だけに、捕まったらどうなるかくらいわかってるはずだ。

 案の定、華蓮の脇をくぐり抜け、あっけなく逃げられた。

「バーカ、誰が待つもんか!」

 ほらぁ、言わんこっちゃない。

 だが運悪く、その先で待ち構えていたドラ娘の尻尾につまづき、転んだところをティルに取り押さえられた。ナイス、テールアシスト!

「離せよ! 離せったら!」

「ダメだよ。離したら、キミはまた逃げるでしょ」

 腰を据えた語り口調のティルに対し、うつ伏せに押さえられたタップルが、なおも足掻く。

「おれが、なにしたってんだよ! なにもしてないだろ!」

「だったら、なんで逃げたの!」

 普段は大らかで優しいティルも、悪い子には容赦がなかった。

「ほら。なんで逃げたか言いなさい。じゃないと、キミのお尻をペンペンして焼いちゃうぞ」

 ズルッとタップルのズボンを下ろし、口から種火を吐くティルに、タップルがなおも反抗する。

「おまえたちが追いかけてくるから、逃げたんだろ!」

 刹那、タップルのお尻にティルの平手が打ちつけられた。

 パンッ! パンッ! パンッ!

「ウソついちゃダメでしょ! お姉ちゃんには、わかるんだからね!」

 お尻にジンワリ浮かぶモミジ柄。手加減はしてるんだろうけど結構、痛そうだ。

「お尻の穴を焼かれて、ウンチができなくなりたくなければ、正直に言いなさい!」

 眉を吊り上げ、チロチロと口火を出すティル。お仕置きとはいえ、流石にそれは怖い。しかも、美少女の口からウ〇チだなんて……誰が想像できただろうか。

「ご、ごめんなさい……。言うから、お尻だけは焼かないで」

 ティルの脅し文句に、強情で生意気だったタップルが観念して泣き出した。

「じゃあ、盗んだ荷物のことを正直に教えなさい」

 こうして、置き引き犯はティルの手によって捕まえることができた。



「その商品なら、とっくの昔に売れちゃったわよ」

 そう言って、リシャンは商品棚から銀の小瓶を手に取ると、おもむろに磨き始めた。

 やっぱりな。

 タップルに盗まれたナップザックはリシャンの店に持ち込まれ、換金された挙げ句、すでに人手に渡ってしまったらしい。

 しかし、まさかリシャンの店に買い取られていたとはなぁ。正に灯台下暗し。

 タップル曰く……得体のしれないカバンゆえ、普通の雑貨屋へ持っていっても引き取ってはくれないだろうと判断し、盗みを働いたその日のうちに、奇天烈商品を好む新装開店したばかりのリシャンの店に持ち込んだそうだ。

 まったく鼻がきくというか、よくもまぁ、悪知恵が働くもんだ。

 ちなみにその後のタップルの身柄だが……孤児院暮らしで親もなく、真面目に仕事に励んでいるため、処罰なしの釈放となった。

「イーノちゃんには、内緒にしてて」

 嫌われてクビになりたくない。と泣きながら改心したタップルの言葉を信じ、解放した俺たち。

 ティル曰く、この世界では孤児は珍しいことではなく、親がいるだけでも幸せなんだとか。そう聞かされ、置き引きしたことを強く非難できなくなってしまったのだ。

 結局、俺たち3人の胸に留めておくことにし、イーノには黙っておくことを約束したのだ。

 そんなタップルの証言を元に、ティルたちと別れた後、こうしてリシャンの店に出向いてみたのだが

「アレって、あなたのモノだったの?」

 どうりで珍しいモノだと思ったわ。と納得顔のリシャン。

「見たことのない素材と縫製だから、オーパーツの類だと思ってたけど」

 まぁ、ナイロン製の生地に撥水加工。加えてファスナーまでついていれば、そう思われても不思議じゃない。

「それで、中身は?」

 現金を抜き取って売ったことは、白状した本人から聞いている。まぁ、盗まれた段階で諦めてはいたけど。それよりも問題はチケットの行方だ。もし残っているようならば、金を出してでも引き取りたいのだが。

「あぁ。あの役に立たない呪符なら、カバンと一緒に売却したわよ」

 役に立たないとは、どういうことだ?

「アレに描かれていた呪式文は、特定の人にしか効果がないみたいなのよ。だから、他の誰かが使おうとしても効果はなし。つまりただの紙クズだった、ってわけ」

 まぁ、俺と先生の名前が漢字で書かれているからな。仮にひらがなやカタカナで書かれていたとしても、この世界の人間で読めるヤツはひとりとしていないだろう。

「解呪しようと思ったんだけど、見たことのない高等魔法の呪術文に加え、強力な保護封印プロテクトがかかってたから、私にはどうにもならなかったわ」

 なるほど。だとすれば、華蓮が紛失した2枚のチケットも同様の保護がされているはずであり、仮に誰かに拾われたところで悪用される心配はないというわけか。

 同時に、異世界転移の術を使用した法連寺まほ先生の存在が脳裏によぎった。

 学校でも【陰陽師まほ】と一部の生徒たちが異名を囁いていたけれど……もしかして、あの先生はこっちの世界の住人だったのではなかろうか?

 高位レベルの魔術師か、はたまた上位クラスの魔道士か。少なくとも魔法が使えるリシャンが封印を解けないのだから、そう考えるほうがいたって自然だろう。

「ちなみに俺のカバンだけど誰が購入したか、覚えてないか?」

 とダメ元で聞いてみれば

「そうねぇ……確か、付き人を従えたご高齢の方だったような……」

 俺の荷物を、なんで年寄りが?

「その人の特徴とか覚えてないか?」

「うーん、どうだったかしら。そもそもウチに来るお客さんって、変わっている人が多いし、ひと月以上も前のことだから、あんまり覚えてないわね」

 この店含め、おまえ自体、変わり者だけどな。それにしても手がかりなしとは、とんだ無駄足だったな。

「なにか、新しい情報がわかったら、また教えてくれ」

 と背中を向け、ドアに手を掛けたときだった。

「あっ、ちょっと待って!」

 そう言えば、あなたに渡すモノがあったのよ。とリシャンがカウンターの引き出しをゴソゴソ漁り始めた。

「危うく忘れるところだったわ」

 手渡された茶封筒を見て、俺は首を傾げた。

「ミトーレ学院? なに、コレ?」

「先週、あなた宛として店に届いたのよ」

「なぜ俺に? そもそもミトーレ学院なんて知らないぞ」

 配達における新規の顧客だろうか。……だとしても、なんでわざわざ封書で?

「いいから早く開けてみなさいよ」

 後ろから肩を揺さぶられ、蝋封印を剥がしてみた。

「ねぇねぇ、なんて書いてあるの?」

 と俺の顔を押しのけ、手紙を覗き込むリシャン。って、ええい! ソワソワと鼻息が鬱陶しい!

 俺はリシャンの顔を押し返し、『拝啓』から始まる堅苦しい文章に眉根を寄せた。

 うーん……なんだろ。ビジネス文章のような違和感を感じるのは気のせいだろうか?

「ふむふむ。なるほど……。つまりだな、先における法力学試験に合格した貴殿を招待したく、あーたら、こーたらだから、是非、一度見学に来られたし。……だってさ」

 要するに、一発合格した俺の存在を知り、優秀だと認めたから我が校に遊びにおいでよ。ってことらしい。

 まぁ、どこの誰とは言わんが、背中にいるひねくれ者とは違って、俺は素直で真面目だからな。他者からそう見られても、なんら不思議じゃない。と後ろに視線を向ければ、リシャンが面白くなさそうに頬を膨らませていた。

「ふーん……そう、良かったじゃない」

 気のない祝福。俺が招待されたことが、そんなに気に入らないのかよ。

「ところで、このミトーレ学院って、どんなところなんだ?」

「この地域における名門校みたいよ」

 なんだよ、その投げやりの説明は?

「だって私、元々この街の人間じゃないから、あんまり良く知らないのよ」

 あらためて聞けば、どうやらリシャンは遠く離れた王都の出身らしく、法力学試験の合格を機に、この街で商売することを決めたらしい。

「なんで、地元の王都で店を開かなかったんだよ?」

「まぁ、そのぉ……いろいろあってね」

 こいつのことだ。どうせ地元で阿漕あこぎな真似をした挙げ句、王都を追い出されたに違いない。

「そんなわけないでしょ。法力学免許を持ってないから、無免許で裏取引の仕事を手伝っただけよ。そしたら、いつの間にかブラックリストに名前が載っちゃって。仕方ないからリストの出回ってない、この街で商売することにしたのよ」

 つまるところ、逃げてきたんじゃねえか。まぁ、リシャンらしいといえばリシャンらしいけどな。

 それにしても……俺の異世界生活も、いよいよ学園編に突入かぁ。正直、面倒くさそうで、あんまり気乗りがしないのだが。

「それで、どうするつもりなの?」

 どうと言われてもなぁ。チケット探しと仕事に加え、剣術の稽古もあって忙しい毎日だしなぁ。

「とりあえず、気が向いたら行くことにするよ」

 じゃあな。と俺は招待状を持ってリシャンの店を後にした。

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