■10■とある家の姉妹愛【前編】

 あかね色に染まる夕方。

 道場屋敷の玄関前に用意したテーブルの前に大勢の子供たちが集まっていた。

「みなさん。おしごと、ごくろうさまでしたぁ」

 と、イーノがみんなに向かって労いの声をかけた。

「それでは、今日のおちんぎんを、払いまーす」

 その合図を皮切りに、はしゃぐ子供たち。

「それでは、ならんでくださーい」

 イーノの指示の元、子供たちは争うことなく行儀良く列を作っていく。

「はい。ビルガレットくんは10ペリク」

 そう言って最初に並んだ男の子に10枚の硬貨を渡し、わら半紙に名前と出金したことを記すイーノ。

「やったー!」

「おつかれさまでした。また、あしたもがんばってね」

 幼女とは思えない心遣い。そして2番目に並ぶ女の子にも硬貨を手渡した。

「ナトーレちゃんは8ペリクね。はじめてのおしごと、よく、がんばったね。あしたも、よろしくね」

 その言葉とともに、8枚の硬貨を嬉しそうに受け取るナトーレちゃん。その表情は純粋なほどキラキラ輝いていた。そんな調子で3人4人と労働対価を支払うイーノの後ろで、ティルがニコニコしていう。

「みんな、とっても嬉しそう」

 親の手伝いとは別に、自分で稼いだ現金だ。その喜びは何ものにも代え難いし、支払う側のイーノも個々に対して真剣だ。その様子にティルと華蓮も感心する。

「イーノちゃんって、商才があるかもね」

「教えたわけでもないのに、従業員への配慮も素晴らしいですわ」

 ふたりの高評価に俺も頷いた。

「まったくもって、あの姉とは大違いだな」

 と呆れた眼差しで、道場の縁側でふて腐れているノーラを一瞥し、俺は昨夜のことを思い出した。



 みんなで食卓を囲んでいた夜のこと。

 フォークをギュッと握りしめながら、イーノが俺に雇用を申し出てきたのだ。

「俺の仕事の手伝いがしたい? って、なんで、また?」

「お、おかねもちになって、安心してくらしたいから」

 小さな声でたどたどしく主張するイーノ。普段ならもっと元気よく発言するのに、今日のイーノはどうしたんだろう?

 本音とは違う違和感。幼き子供の嘘である。

 それを見抜いてか、ノーラが食事の手を止め、妹にいう。

「ユータのおかげで門下生も集まり、ひとまず収入のほうは安泰だ。それに及ばずながら蓄えも始めたのだぞ。それの何が不満なのだ?」

 鋭い眼差しでもって問い詰める姉に、妹イーノも渋々答える。

「らいねんから学校にいくために、今からお金をためたいの」

 将来のために学費を工面しようとするイーノに驚かされた俺と華蓮。同時に、当たり前のように学校へ行かせてもらっている自分たちの立場を恥ずかしく思った。

「その歳で自立する考えを持っているなんて、偉いですわね。でも、なんで来年ですの?」

 と華蓮が理由を訊ねれば、どうやら年齢的に来年が入学適正条件に当てはまるらしいのだ。

 すると姉のノーラが訝しんだ。

「学校など行かなくていい。そもそも勉強はわたしが教えているのに、なにが不満なのだ?」

「剣が命のおまえが、勉強を教えていたのか?」

 明かされた事実に、俺が驚いていると

「こう言ってはなんだが、読み書きと算術はわたしが教えた」

 へぇー。と感嘆の声を上げる俺に、ノーラが戸惑った。

「な、なんだ、その疑わしい目は? わたしが勉強を教えることが、そんなに変なことなのか」

「いや……その、人は見かけによらないなぁと思って」

 と笑っていると、イーノがテーブルを叩いた。

「とにかく学校へいきたいの!」

「わたしが勉強を教えているのだから、汗水流して働く必要はない!」

 姉妹ゲンカの勃発。とそこへ傍観していたティルがイーノを擁護する。

「学校は楽しいけどなぁ」

 とスプーンを咥えて、地元の学生時代を振り返るティル。うーん……個人的に、どんな学生生活を送っていたのか気になるところだ。とそこへ

「どうして学校に行ってはダメなんですの?」

 名門お嬢さま学校に通う華蓮が問うと、ノーラが不満をぶちまけた。

「規則規則と口やかましく、生徒をがんじがらめにするようなところの、なにが楽しいのだ」

 課せられる校則。それは規律を守り、有意義な学園生活を送るためのもの。それは、この世界でも同じのようだ。が……

「真剣を持ち歩いているだけで怒られたんだぞ。信じられるか?」

 いや……それは、俺の世界でも普通に怒られるぞ。しかも立派な銃刀法違反でな。

「いまだに奥義が取得できんのは、その頃の抑圧が原因なのかもしれん」

 自分の未熟さを棚に上げ、まさかの責任転嫁。

「それでも卒業はしたんだろ?」

「いや、してないぞ」

 聞けば、卒業まであと一年を残し、学校をやめたらしい。しかも教師をボコボコに負かして。

「それをきっかけに、学校側から辞めてくれと言われたので仕方ないから自主中退してやった」

 いや、それ……退学っていうんだよ。

「とにかく、あんなところへ行く必要も働く必要もない!」

「おねーたんは学校にいったのに、なんで、イーノはいっちゃダメなの?」

 脳筋ノーキンな姉と実直な妹。

 なまじ仲がいいだけに一度、勃発すると、どっちも引かなくなるから困ったものだ。だからといってお互い譲らずではキリがないし、なにより、いつまでたっても食事が終わらない。しかもイーノは半ベソ寸前で、いつ泣き出すか見ているほうがヒヤヒヤする。

「ひとつ、俺に提案がある」

 肘をテーブルに立て、両手を組み合わせるポーズを決める俺。うーん、我ながら渋くてカッコいい。なのに、姉妹は犬歯をむき出しながら低レベルな口論を続けていた。

「働いたら負けだ!」「それは、おねーたんでしょ!」「違う! わたしは剣で生計を立てているのだから、怠け者のような言われはない!」「だったら、イーノもはたらいたっていいでしょ!」

 姉に対し、負けず譲らずのイーノ。って、意外と頑固だね……イーノちゃん。まぁ、それはともかく、出口の見えない堂々巡りの議論に嫌気がさしてきた。

「俺の話を聞けぇ!」

 バンッとテーブルを叩く音に、両者が争いをやめた。

「いいか、良く聞け。俺の世界には民主主義という、人間の自由と平等を尊重する制度がある。そこでだ。ここはひとつ、この場にいる全員で多数決をして審議を決めたいと思うのだが」

賛成さんふぇぇ!」とキノコパンを頬張りながら元気よく手を上げるティル。やれやれ、行儀のなっていないドラ娘だな。すると華蓮も頷き

「エッチなことしか考えていないのかと思ってましたけど、たまにはまともなことをおっしゃるのね」

 あの召喚事件以来、チクリチクリと俺の心をいたずらに玩ぶのはやめてほしいんですけど。

 と華蓮を恨めしげに睨んでいると、なにを思ったのか、ノーラが自分の皿に盛られた苔ポテトをコッソリ俺たち三人の皿に分け与えていたりする。

「急にどうした、ノーラ? もしかして、もうお腹いっぱいなのか?」

「いえ、ちょっと……民主主義のお裾分けを」と目をそらすノーラ。

 悪に屈さない武闘家の賄賂。どうやら民主主義のなんたるかを理解したようだな。それも悪い意味で。

 そんな魂胆を知らずに

「ノーラさん、ありがとぉ」

 なんの疑いもせず、貰った苔ポテトを秒で頬張るティル。買収決定である。

 もし、これが俺の世界における選挙活動中だったら、速攻で逮捕されてしまいますよ……ティルさん。

「それでは多数決をとりたいとおもいまーす。イーノの意見に賛成の人、手ぇ上げて」

 票決する俺の声に、ノーラを除く全員が手をあげた。

「と、いうことでイーノが働くことに決……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、ユータオー! まだ、決まったわけじゃないだろ!」

 いや、どっからどうみても文句なしの決まりだろ。

 まったくもって往生気の悪いヤツだな。

 仕方ない。なら、本人のためにも白黒ハッキリさせてやろう。

「じゃあ、ノーラに賛成の人」

「はい!」「……はーぃ」

「ん?」

 ノーラだけかと思いきや、ティルも手を上げていた。しかも申し訳なさそうにちょっとだけ。

 どうやら、賄賂を胃に収めてしまった自分の落ち度に気づいたようだな。

「と、いうことで、ティルは無効票となりますので3対1でイーノの……」

「ちょっと待て! 4対2じゃないのか!」

 うるさいなぁ……。どっちにしても、おまえの負けなんだよ。もしかして算数ができないのか?

「こんな多数決、わたしは断固認めんぞ!」

 おまえが賄賂まで使った民主主義はどこいった?

「知らん」

 こいつ……俺が前フリで唱えた民主主義を、いとも簡単に台無しにしやがった。

「じゃあ、どうするんだよ?」

「ジャ、ジャンケンで決めよう! それなら、どうだ?」

 勝敗の確率は運頼み。真面目に学校に行きたいイーノが負ければ、それこそ不憫でならない。……が、しかし

「いいよ」

 迷うことなくジャンケン勝負を受けるイーノに、華蓮がうろたえた。

「よく考えたほうがいいですよ。ジャンケンで負けたら、学校も働くこともできなくなるんですよ。それでもいいんですか?」

「だいじょうぶ。イーノ、強いから」

 腕まくりをして自信満々で迎え撃つ妹に対し、姉が悪党さながらにほくそ笑んだ。

「大した自信だな。あとで泣いて謝っても、わたしは許さんぞ」

 こいつ……実の妹相手に、目がマジになってやがる。

「とりあえず3回勝負ということで」

「よかろう」「うん」

 こうして、緊張の姉妹対決がおこなわれた。……が、ものの2分とかからず勝負がついた。

「そんなバカな……」

「やったー! 勝ったー!」

 肩を落として項垂れる姉と、キャッキャッとはしゃぎ回る妹。しかも文句なしのストレート勝ち。

「だってぇ、おねーたん、ジャンケン弱いんだもん」

 確かに、弱かったよな。だって、チョキしか出さないんだから。きっとチョキしか出せないのは、剣士としてプライドなのだろう。

「剣士が、グーやパーなど出せるものか」

 どうやら、この脳筋は刃物以外は受けつけないらしい。

 そんな姉の性格を見越してイーノも勝負を受けたのだろう。まったくもって末恐ろしい妹だ。それに比べ

「け、剣で勝負しよう!」

 懲りもせず、まだ挑もうとするノーラ。

「却下だ」「そうですよ」

 反対する俺と華蓮に続き、ティルが往生際の悪い姉にとどめを刺した。

「得意の剣で、小さなイーノちゃんと戦うのは、剣士としていくらなんでも恥ずかしすぎるよ」

「くっ……」

 正論を言われ、下唇を噛みしめて涙目になるノーラ。

 おまえは年上としての自覚はないのか?

「いい加減、諦めてイーノの自立を認めてやれよ。それが保護者である姉としての役目じゃないのか」

「うぐぐ……」

 返す言葉もなくノーラの敗北が決まり、イーノの仕事デビューとなったのだった。

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