【後編】
「うーん……なんだかなぁ」
と自室のベッドの上で魔改造されたスマホとにらめっこをする俺。
「ほとんど、魔法の恩恵が無かったなぁ」
夕食と入浴を済ませたあとのこと。いろいろと試したところ、ほとんどのアプリが、まともに使えなかったのだ。
ネットが繋がらないのでメールやSNSはもちろんのこと、GPSを必要とする地図も使えない。もっとも使えたとしても、異世界の地図データが存在しないのだから意味を果たさないだろうけど。
当然のことながら動画配信やネットショッピングのアプリも全滅で、アプリの種類によってはフリーズして強制再起動を余儀なくされる始末。
ちなみに漫画アプリにおける読書は、ダウンロードしていたコミックのみに限られ、同様の理由で音楽も数曲のみ。
唯一悔やまれるのが、美少女育成カードバトルゲーム【アウトロー・ファンタジア】が消えてしまったことだった。
世間ではマイナーの部類だが、無課金でコツコツと育ててきた二次元の娘たちに会えなくなってしまったのは悲しすぎる。
「期待して損した」
ほとんど機能しないツール。
時計アプリも時間制止に特化してしまったため、目覚まし時計の機能を果たせないのでは、ただの壊れたスマホに等しい。
「念のため顔認証はやめて、パスコード認証に変更しておくか」
俺が寝ている隙に、誰かがこのスマホを使ってロック解除なんかされても困るからな。
「顔といえば、カメラはどうなんだろう?」
カメラを起動し、部屋を照らすランタンにレンズを向けてみる。やや薄暗いものの、どうやらオートフォーカスの機能は生きているようだ。
「なんか、ノスタルジーだなぁ」
陰影を作り出す暖色の明かり。その液晶画面に投影される幻想的な雰囲気に、俺の中の芸術写欲がわいた。
カシャッ! カシャッ! と画角を変えて何枚か撮った写真。
うんうん。我ながら、プロカメラマンが撮ったような出来映えだ。
「インスタ映えしそうな写真だな」
SNS女子がウットリするような幻想的な写真。ネットに上げれば「いいね」がたくさん集まりそうだが……残念ながらネットワークが死んでいるため、そうもいかなかった。ちなみに俺に対するフォロワー数は、わずか2だ。
「こればっかは、仕方ないよな」
と何気なくアルバムの中から、以前撮ったティルの写真を表示してみる。
「懐かしいなぁ」
屈託なく笑ってポーズを決めるドラゴン娘。初めて出会った頃のティルは、今も色あせてはいない。が……
「ん? なんだ、コレ?」
目をこらして見れば、画面左上に見慣れぬ文字が浮かんでいた。
「3D?」
そんな機能があったかな? と俺は疑うこともなく、その文字を押してみた。
刹那! 液晶画面が真っ白に光った。
しまった! なんか知らんけどやらかした!
目がくらむような光に、俺は目をつむって後悔した。……が、熱くなることもなければ手にしていたスマホが爆発することもなかった。そして、おもむろに目を開ければ……目の前にドラゴンの尻尾を生やす見慣れた美少女がいた。
「どしたの、ユータ?」
「えっ?」
夕食後に別れたはずのティル。それが、いつの間にか自分の部屋にいるのだから驚かないほうがどうかしているだろう。
「ティル、いつ部屋に入ってきたんだ?」
「なに言ってんの、ユータとしゃしんやってたでしょ。っていうか、ここ、どこ?」
キョロキョロと室内を見回すティル。どうも様子がおかしい。とスマホ画面を覗き込めば……今しがた選択したティルの画像の上に数字が表示されていた。
534、533、532……。
なんだ、コレ?
カウントダウンされる数字は、いったい、なにを示しているのだろうか?
「ここは俺の部屋だ」
「部屋? なんで? どこの家の部屋なの?」とキョロキョロと辺りを見回すティル。
まさかの記憶喪失? いやいや、そんなはずはないだろう。
「ここはノーラの道場屋敷なんだけど……もしかして知らないのか?」
「ノーラ? 誰、それ?」
と怪訝な顔で訊ねてくるティル。うーん……この様子だと、とても嘘をついているようには思えんなぁ。ということで、いくつか簡単な質問をしてみたのだが……いずれも「知らなーい」「わかんなーい」の一辺倒だった。
それでも話しぶりからして、俺の知っているティルであり、偽物ではなさそうだが……しかし、どうにもこうにも話に齟齬がある。そうなると考えられることは、ただひとつ。
「もしかして、こいつが原因か……」
とスマホを覗きみれば、先ほどの数字が2から1へと変化し、ゼロを刻んだ瞬間、目の前にいたティルの姿が煙のように消えてしまった。
「どういうことだ?」
スマホを見れば、先ほど3Dを選択した画像の上にバツ印が重なっていた。
「もしかして、人物写真を立体化させる機能か?」
試しに、もう一枚のティルを選択して3Dを押してみれば、先ほどと同様にティルが現れた。
「ちゃんと、しゃしんしてるかな?」
ポーズを決めて浮かれるティル。おぼろげだが、当時の撮影直後のティルもそんなことを言っていたような。
「って……ここ、どこ?」
撮影していた野営地から時間を飛び越し、いきなり召喚されたのだから驚くのは無理もない。
513、512、511……。
選択写真に重なるカウントダウン。なるほど。つまり、写真の人物を一定時間具現化する魔法なのだろう。
「だいたい8分といったところか」
なんとも微妙な時間だし、なによりも繰り返し使えないのが欠点だな。うーん、使い勝手が悪すぎる。
「ノーラの道場屋敷で間借りしている部屋なんだけど、覚えてない?」
「全然」と首を横に振るティル。
どうやら個々の意識と自我はあるようだが、最初に現れたティルの記憶は引き継がれていないようだ。そして、いくつか質問をしていると制限時間とともに2枚目のティルもスーッと消えてしまった。
「なるほど。だいたい理解できたぞ」
となると、やることはひとつ。
標準画像アルバムではなく、男のロマンが詰まった画像アプリを試す必要があるだろう。それを踏まえた上で俺はベッドの上に正座し、画像アプリのパスコードを入力した。
「うおぉ! 懐かしい!」
ズラリと並ぶ水着姿の美女たち。これら全てが立体化することを考えれば、自然と鼻息も荒くなるのはいたしかたないこと。
ヘッドセットもなく体感できるVR《バーチャルリアリティ》。
正に世の男性諸君のために存在する夢の機能だ。
「まずは、この娘から拝見してみるか」
食事において好きな物から食べていく性分だが、今回はあえてゆっくりと前菜から。
はやる気持ちを抑えながら、お気に入りのグラビアアイドルの写真を表示してみる。すると予想通り……いや、期待通りの【3D】のボタンがあった。
ドキドキドキドキ……。
めくるめく官能美の世界を期待し、早る気持ちを抑えて文字を押した途端、まばゆい閃光とともに悩殺ポーズをキメたセクシーお姉さんが実体化した。
おぉ! ヤバイくらいに凄ぇ!
「あれ? カメラマンさんが消えちゃった?」
突然、召喚されて戸惑うグラビアアイドルを、俺は満面の笑顔で迎え入れた。
「こんばんわ」
「あら、素敵な男の子ね」と甘い言葉とともに、そばに寄り添い、抱きしめてくるセクシーお姉さん……のはずだったのに、なぜか両腕で胸を隠して後退りしていた。
「キミ、誰?」
写真の中での笑顔はすでに消え失せ、変質者に怯える険しい目で俺を睨みつけていた。
その豹変振りに、もしかして別人を呼び出したかな? とスマホを確認すれば、目の前の女性と同じ写真の上にカウントダウン数値が刻まれていた。
350、349、348……。
標準画像アプリとは違い、短い召喚時間。召喚開始から考えるに、たぶん6分くらいなのだろう。
「有料アプリのくせにサービスが悪いな」と不満を漏らしていると
「ねぇ、アンタ! 人の話、聞いてんの!」
目を吊り上げてトゲトゲしい言葉を発するお姉さんに負けまいと、俺も緩みきった口元をキリリッと引き締めた。
「初めまして。俺、牧嶋勇太郎っていいます。以後、お見知りおきを」
と夜の歯磨きを終えたばかりの歯をキラリと光らせる。が……
「そんなこと聞いてんじゃないわよ! ここは、どこだって聞いてんの!」
なんだろう……俺が描いていたイメージと違うこの落差は。
「もしかして誘拐?」
犯罪者扱いするお姉さんに、俺は慌てて否定した。
「いやいや、違いますって!」
まぁ、いきなり、こんなわけのわからない場所へ召喚されれば、誰でもそうなるよな。
「私に変なことしたら、大声で叫ぶわよ!」
なんだろう。痴漢えん罪疑惑をかけられた人の気持ちが良くわかった気がする。
「な、なにもしませんから、とりあえず落ち着いてください」
とお姉さんを宥めようとした矢先
「いきなり誘拐されて、落ち着いてなんかいられるわけないでしょ!」
ヤバイ。完全に誤解されてる。
たぶん、ひとりでは不安なのだろう。と俺は急いでふたりの女の子を追加召喚した。
「きゃっ! あれ、どこ、ここ?」「なになに? どうなってるの、これ?」
同性がいれば、少しは落ち着くと思っての処置。……が、どうやら火に油を注いでしまったようだ。
「みんな、気をつけて! このヘンタイが、私たちを知らないところへ拉致したのよ!」
「えっ、ウソっ?」「どうなっちゃうのよ、私たち?」
部屋の隅で寄り添う3人。その怯えと怒りが混じるお姉さん同様に、俺が困惑していると
「この誘拐魔!」「女の敵!」「死ねばいいのに!」
期待していたハーレムで罵声を浴びせられるとは……正直、凹む。
とりあえず、この人たちを消そう。とバキバキに折られた心でもって対象者の画像をクリックするものの、願いむなしく召喚した3人は消えず、むしろ騒ぎは増すばかり。
とそこへ、ひとりが声をあげた。
「みんなで、このヘンタイをやっつけましょう!」「おーっ!」
まさかの団結。ヤバい。このままでは吊し上げられてしまう。
「ちょ、ちょっと、待ってください!」
「うるさい! このヘンタイ!」「やっちゃえ!」
問答無用とばかりに爪を立てて襲いかかってくる3人にベッドから引きずり下ろされ、うつ伏せにさせられた。
「いたたたたっ!」
ひとりがギリギリと右腕を締め上げ、もうひとりが逆エビ反り固めを決める。
このままでは右肩が外れて背骨が折られてしまう!
加減知らずな締め付け技に悲鳴を上げていると、ひとりが俺の頭に足を乗せた。
「痛くされたくなきゃ、私たちを元いた場所に戻しなさいよ」
戻せるものなら、俺だって戻してあげたい……というより、お願いですから今すぐ戻ってください!
とそこへ、ドアを叩くノックの音が。
「牧嶋さん! もうちょっと、静かにしていただけます!」
よりにもよって、またコイツかよ!
その華蓮の苦情に、女3人が怪訝そうに眉をしかめた。
「アンタ……もしかして、私たちだけじゃなく他の子も
なんで、そう解釈できるの? 女としての被害者意識が強すぎない?
「まったく、サイテーな男だわ」と俺の頭に足を乗せていたお姉さんが、出入り口へと歩み寄りドアを開けた。
「ヘンタイ男は私たちが取り押さえたから、もう安心よ」
見れば、ドアの向こう側で目を丸くして驚いている華蓮がいた。目の前でドヤ顔を決める水着姿のお姉さんとグラビアアイドルたちに羽交い締めされている俺。彼女からすれば、どっからどう見ても普通じゃないだろう。
「あ、有栖川。ち、違うんだ!」
手を伸ばして弁解する俺に、
すると、なにを思ったのかおもむろに廊下に後ずさり、ドアノブを握りしめたまま
「ご、ごゆっくり」
華蓮の中で、俺に対する変態プレイが確定した瞬間だった。
「ちょっと、待ちなさいよ」
締めかけたドアを押さえ、華蓮の腕を掴んで引き入れるお姉さん。
「このまま帰るのもつまらないでしょうから、私たちと一緒に、あのヘンタイ男をなぶってみない?」
怪しい笑みを浮かべて俺を蔑む女王さま……じゃなくって、お姉さん。って、この人、もしかして生粋のSか?
「きっと、楽しいわよ」
妖しく紅潮するお姉さんに背中を押され、戸惑う華蓮を俺の頭上に立たせた。
「このヘンタイ男の顔を踏んづけてあげて。そしたら良い声で鳴くから」
こいつはヤバイ! 俺はともかく、華蓮に変な性癖を植えつけないで!
すると右腕を締め上げているひとりが、囁くように華蓮を煽った。
「ほーら。遠慮しないで、早く足で踏んづけてあげて。彼もそれを望んでるんだからさ」
「じ、じゃあ……」
見上げれば、戸惑いながら革紐サンダルを脱ぎ、目をつむって右足を浮かせている華蓮が。
タイツ越しでもわかる上品で綺麗な足の裏。育ちの良さは足の裏まで出るものなのか。と新たなる性癖を迎え入れる覚悟を決めた瞬間……華蓮を誘い込んだ女王様が消え、連鎖的にほかのふたりも消滅し、俺への拘束が解けた。
「あれ?」と思いきや、華蓮の足が後頭部にのしかかり、グリグリと顔を床に押しつけられた。
「あぁ……なんだか癖になりそう」
なぜか、高揚してうっとりする華蓮に
「わたくしのような哀れなブタを踏んでいただき、ありがとうございます。女王さま……って、んなわけ、あるかい!」
開きかけた新しい扉を閉じ、華蓮の足を跳ね退けると
「わ、わたくしとしたことが……」
淫靡な陶酔から覚め、自分の隠れた感性に華蓮がオロオロとしていたのは言うまでもないだろう。
うーん……知識も耐性もない生娘には、まだ早かった世界だったのだろう。
もっとも、この俺も人のことは言えないけどな。
結局……
床に正座させられ、こってりしぼられた挙げ句、華蓮にスマホを取り上げられてしまった。
まったく、おまえは学校の担任教師か。
ちなみに時間制止のことには内緒にしたまま、なんとか誤魔化して秘密を守り抜いた。
そうでないと、その場でスマホをへし折られ、新たなる尋問が始まりそうだからだ。
ともあれ、こうして俺のハーレム召喚術はあっけなく終わりを告げ、再びデジタルデトックスを余儀なくされたのだった。
【おしまい】
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