■17■ドッペルゲンガー

「まったく、とんでもないことになっちまった」

 背後を気にしつつ、静かに階段を降りると華蓮が心配そうに尋ねてきた。

「上の様子はどうでしたか? ティルさんは?」

「ティルは無事だ。あとノーラの言ってたとおり、理事長は悪党だったよ。ちなみに正体は元オッサンだ」

 階段越しから最上階フロアを覗いてきた真実を口にした途端

「それは興味深い話ですね。是非、詳しく聞かせてください」とパルがメモを用意したので、つい今し方起きたことをかいつまんで説明してやった。

「もしかして理事長は以前、どこかでジェンダビーにでも刺されでもしたのでしょうか」

 新町長のように。と実例を口にするパル。確かに、ジェンダビーによるTSと考えれば合点がいく。

「それでユータオー。殺された影武者たちはどうなったのだ?」

 実験用テーブルに腰掛け、怒りを隠せないでいるノーラに、俺は戸惑いながら答えた。

「時間どおり消えたよ」

 遺体となった4人が煙のように霧散しただけに、流石の理事長たちも驚いてたけどな。とは言え、俺たちの分身だけに後味は最悪だ。特に華蓮と一緒に串刺しにされたときの俺の表情ときたら、あまりにも儚げで哀しく、網膜に焼き付いたまま頭から離れない。

 いったい、あの目はなにを訴えていたのだろうか。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ノーラが天井向こうに目を向けた。

「安らかに成仏してくれよ、わたし。仇は必ず、わたしが取ってやるからな」

 その気持ちはわからなくもない。なにしろ自分と同じ自我を持った影武者だったのだから。特にノーラにいたっては、誰よりも意気投合していただけに無理もないだろう。

 今から遡ること20分前。

 最上階に上がる前に、俺はある提案をみんなに持ちかけていた。


「なぁ、俺のスマホを持ってきてたよな?」

 俺の問いに、華蓮が戸惑った。

「一応、持ってはいますけど……それがなにか?」

「なら、出してくれ。俺に良い考えがある」と催促すれば

「イヤです」と肩下げカバンを抱きしめる華蓮。

「なんでだよ」

「なんでもです! どうせ、あなたのことです。またエッチなことにでも使うつもりなのでしょ!」

 この状況において、そんなことするはずがないだろ。どれだけ信用がないんだよ。

「とにかく、出してくれよ」と華蓮のカバンに手を伸ばした途端

「絶対にダメです!」

 ティルの命が危ういって時に、なに拒否ってんだ、こいつは。

「俺たちの影武者を作るのに必要なんだから、ツベコベ言わずに早く出してくれよ」

 語気を強める俺の命令に、ノーラが眉根をひそめた。

「ちょっと待て。影武者を作るとは、どういうことだ?」

「上の様子もわからず、階段を登った途端、捕らえられる……なんてこともあるだろ。だから偽物を用意する」

「確かに名案ですが、しかし、いったいどうやって?」

 創作を得意とするパルでさえ、不信感を露わにしていた。

「俺だけが使えるマジックアイテムなら可能だ。それを今から証明してやる」

 流石のパルもこれを目の当たりにしたら絶対に驚くはずだ。と俺は華蓮にもう一度、お願いした。

「そ、そういうことでしたら……」

 渋々、カバンを漁る華蓮。

 以前、スマホから復元させたグラビアアイドルたちを目の当たりにしているだけに、俺の考えている作戦を理解したようだ。

「ただし必要な画像以外、絶対、ぜーったいに見ないでくださいね!」

 はぁ? なに言ってんだ……こいつは?

「わかったわかった。見ないよ」

 画像フォルダーであるアルバムを開かなければならない以上、自然と目に入りそうなものだが……華蓮がまたごねると面倒なので、適当に相槌をしておくことにした。

「この綺麗な黒い板がスマホというモノですか?」「なんか知らんが、禍々しさを感じるのはわたしだけか?」

 華蓮から受け取ったスマホをマジマジと覗き見るふたり。

 まぁ、この世界には存在しないテクノロジーの塊だからな。興味を引かれるのもムリはない。と、これ見よがしにスマホの電源を入れ、パスコードを入力してホーム画面を呼び出した。もちろん、入力中は華蓮に見られないように背を向けての即押しだ。

「じゃあ、とりあえず、手始めとして俺の影武者を作って見せるから」

 カメラを自撮りモードに切り替えてシャッターを切る。そしてデータが収まったアルバムをを立ち上げた。が……

 今しがた撮った俺の写真の隣に、なぜか見覚えのないサムネイルが大量に並んでいた。

「なんだ、これ?」

 と小さな画像相手に目をこらせば、屋外で自撮りした華蓮の立ち姿が写っていたりする。 これはもしかして、この背景は街でも有名な【ウラッキャ寺院】か。なるほど。確かに観光名所でもある、あの建物ならインスタ映えしそうだな。

 ふーん。で、こっちはたぶん……どっかの店の料理とデザートかな。

 そして時折、華蓮とティルのツーショットもあったりする。わかっていたことだけど……女子って、こういうの好きだよなぁ。ん、ちょっと待てよ。

 てか、こいつ。自分のスマホが壊れてるからって人のケータイ使って、写真を撮りまくってたのかよ!

 しかもロック状態のままでの撮影。……と、そこで俺は思った。最近、やたらと誕生日や好きな数字を聞いてきたのは、ロック解除のためだったのか、と。

 持ち主には使用禁止を強要し、自分だけは好き放題に撮影。その無断使用に、言い知れぬ怒りが込み上げてきた。……が、とあるサムネイルが俺の目を惹きつけ、俺の怒りを和らげた。

 肌の露出が多いサムネたちに、ゴクリと喉が鳴った。

 おいおい。コレってもしかして……服、着てなくねぇか。どう見ても下着姿だろ。

 高まる欲望のままスマホを握りしめ、小さな画面に食い入る俺。

 これは、もしかして自室? すると、こっちはベッドの上か?

 ランタンの灯りに照らされた陰影写真。なんだか、超エロく感じるのは気のせいか。

 そんな開いて見たくなる画像集に誘われ、人差し指を伸ばした瞬間、俺の背中にしっとり穏やかな声が投げかけられた。

「どうかしまして?」

「あ、いえ……べ、べつに、どうもしません」

 振り返れば、親指大ほどのプチ水鎌たちが、錫杖を握りしめた華蓮の周りをピュンピュン飛んでいた。

 無自覚無詠唱の水魔法。こりゃ、ひとつ対応を間違えたら、否応なく切り刻まれるぞ。

「じゃあ、試しに俺の影武者を見せるからな」

 華蓮のセミヌード(?)を見たい衝動を抑え、俺は今撮ったばかりの画像を開いて3Dボタンを押した。

 すると仄かな淡い光とともに、もうひとりの俺が現れた。

 その現出したドッペルゲンガーにノーラとパルが予想通りの反応を示した。

「どっからどう見ても、本物じゃないですか!」と驚くパルの隣で、ノーラが影武者の頬をペタペタ触れると

「ええい! 気安く俺の体に触んなよ!」とウザがったのは、もちろん俺の分身だ。

「性格もそのまま瓜二つですね。いったい、どういうことですか、コレは?」

 パルの疑問に、俺と俺は胸を張って雄弁に応えてやった。

 リシャンの手違いによってアップデートされたスマホとアプリ。撮った写真を選択することにより、表示させた人物が現れるという画期的な魔法だと。

「つまり、その石版を使えば、もうひとりの自分を召喚できるということなのか?」

 お、ノーラにしては理解が早いな。

「どうだ、凄いだろ」と隣で得意げになる影武者の俺。なんだろ……ちょっと、イラつくのは気のせいだろうか。

「凄いな。こうなると影武者というよりも、もはやユータオー本人じゃないか」

「ですね。しかも、わたしの知る限り、こんな魔導具が存在するという話は、今まで聞いたことがありませんよ」

 ふたりから尊敬のまなざしを向けられ、俺と俺が胸を張っていると、華蓮がゴミくずでも見るかのような眼差しをして言う。

「この人は、それを使って夜な夜ないろんな女性たちを呼び出し、とんでもないことをしていたんですよ」

 おい、誤解を招くような発言をすんなよ。夜な夜なってなんだよ? 初回のみだろ。しかも召喚した途端、ボコボコにされたのを、おまえも良く知ってんだろ。

「まぁ、ユータオーならやるだろうな」

「そうですね。わたしもユータさんだったら、同じことをしてますね」とノーラに続き、納得するパル。

 おまえらなぁ……俺をそんな目で見てたのかよ。

「それはともかく、同じようにわたしたちの影武者を作るとして、影武者を消す方法とかあるんですか?」

 そんなパルの疑問に

「時間がくれば、自然とこいつは消える」と、俺を指さして答える影武者。

「おい……ちょっと待て。消えるのはおまえのほうだぞ」

 ひょっとして影武者としての自覚がないのか、こいつは?

「なに言ってんだ、おまえは。影武者はおまえのほうだろ?」

 まさか、同じ顔をしたヤツに影武者扱いされるとは夢にも思わなかったよ。

「ということだから、サッサとみんなの影武者も作ろうぜ」

 と俺と同じスマホをノーラに向ける影武者。が……

「あれ、変だなぁ? スマホが動作しないぞ」

 壊れたか? と首を傾げる影武者。察するにスマホまで完コピには至らなかったようだ。

「残念だったな。影武者くん」と偽物の肩を叩く俺。

「なんで俺が影武者なんだよ!」

 バンッとスマホを床に叩きつける影武者。まぁ、その気持ちはわからないでもないけどな。

「と、いうことだから、影武者は影武者らしくしててくれ」

「くそ……いつかホンモノになってやる」

 扱いにくいな、こいつ。

 などと思っているうちに、作戦を伝えることもできず、影武者が消えてしまった。


 ということで、仕切り直し

「よし、これでいいだろう」

 と、それぞれの影武者を生み出した俺は、間違えないようにペンでもって影武者たちの手の甲に星印を付けた。

「任せたぞ、わたし!」

「任せろ、わたし!」

 木剣片手にガシッと力強い握手を交わすノーラとノーラ。

 うーん、すっかり意気投合してんなぁ。と隣を見れば

「いいですか。なにか面白いネタがあったら、忘れずにメモをするんですよ」

「もちろんですとも。期待しててください」

 ひしっとお互いを抱きしめるふたりのパル。

 なんか知らんけど、ホントにキミたちは楽しそうでいいね。

 その一方で、まだ現実を受け入れられない華蓮たちがいる。

「影武者なんかになってしまって、本当に大丈夫でしょうか」

「不安ですよねぇ」

 お互い、どうにもこうにも腑に落ちないらしい。とそこへ

「この一件が片付いたら、お茶でも飲みながらゆっくり話し合おうじゃないか」

 ポンと俺の肩を叩く俺。

 自分で言うのもなんだが……アホなのか、こいつは。

 どうやら制限時間を課せられている自覚がないらしい。

「じゃあ、頼んだぞ」

「任せろ」

 親指を立てて答える俺に、あとの3人も続く。

「くれぐれも無茶はするなよ」

 影武者とはいえ、仮にも意思を持った者たちだ。余計なことをしないという保障はない。

「安心しろ、ユータオー。わたしがいる限り、みんなには指一本触れさせはしない」

 頼もしい一言を残し、階段を登っていくノーラ。とは言え……やっぱり、上の状況が気になるわけで

「みんな。ここで、ちょっと待っててくれ。どんな様子か見てくるから」

 いったい、どんなやり取りがされているか気になり、俺だけ最上階へのぼることにしたのが、ついさっきのこと。

 それがまさか……あんな恐ろしい結末になるとは。

「それでこれからどうする、ユータオー」

 指示待ちのノーラに、俺が苦悩していると上の階が騒がしくなってきた。

「おかしら! くまなく探しましたが、どこにもいませんぜ!」

「なら、下の階だ! もし抵抗するようなら、ブっ殺してもかまわねぇ!」

 階段を通じて響き渡る有翼獣人のダミ声。煙のように消えてしまった俺たちを躍起になって探しているようだ。

「どうしましょう」とオロオロする華蓮。

 どうやら、ここに降りてくるのも時間の問題だろう。

「もともと、この地域にいる有翼獣人たちは気性の激しい荒くれ者ですから、見つかったらタダじゃすまないでしょうね」

 パルの言うように、殺すことも躊躇ためらわない連中だ。それだけに、ここは一旦退却するべきだろう。

 とは言え、相手は空も飛べる有翼獣人だ。それだけに逃げ切れる保証などどこにもない。

 どうする? どこかに隠れるか?

 と俺が判断に迷っていたときだった。隠し階段から、俺たちの気配を察知したひとりが大声を上げた。

「おかしらの言うとおり、どうやら連中、下の階にいるみたいでっせ!」

 その声に俺の心臓は跳ね上がり、華蓮も目を見開き恐怖する。

 こうなった以上、逃げられるところまで逃げるしかないか。

 するとノーラが腰帯から二本の木剣をスルリと抜いた。

「ここまで来て、逃げる必要はない」

 10人以上のやさぐれ連中相手に戦いを挑めというのか。

「安心しろ、ユータオー。連中はわたしが倒す」

 殺気をまといつつ、静かなる怒りを瞳に宿していた。

「わたしの影武者を殺し、同級生をなぶった連中に一矢報いたい」

 剣を握りしめ、ブンッと一振りするノーラ。稽古中でも聞いたことのない太刀音に、俺はノーラの本気度を知った。

「同級生をなぶったとは、どういうことですか?」

 華蓮の問いに、ノーラが口惜しげに語る。

「わたしと仲良しだった同級生がヤツらに蹂躙された挙げ句、理事長の命令によって身売りされたのだ」

 後日、その事実を確認しようと理事長に直訴しにいったらしいのだが……証拠がないため取り合ってもらえなかったとのこと。それ以来、理事長の指示により教員からマークされ続け、ついには退学まで追いやられてしまったらしいのだ。

「この好機を逃せば、泣きながら売られていった同級生の無念を晴らすことができなくなる。言わば、これはその弔い合戦だ」

 私情を交えたノーラの揺るぎなき正義。どのみち逃げおおせるはずもないし、ここはひとつ剣豪ノーラに託すしかないようだ。

「わかった。でも、くれぐれも殺すなよ」

 根が真面目なノーラだ。そんな人柄を理解しているだけに、人を殺める真似だけは絶対にして欲しくはない。

「まかせろ。ユータオーの期待は裏切らない」

 そう言ってノーラは、先陣切って階段部屋へ入っていった。

「おい! 殺したはずの女がいたぞ!」「なんで、生きてんだ?」「かまわねぇ、もう一度、死ぬまで殺せ!」

 階段の上で躍起になる有翼獣人たちに、ノーラが冷ややかな笑みを浮かべた。

「わたしの前では、おまえたちの剣などなまくらに過ぎぬ」

 その売り言葉に、獣人たちが怒り狂い、羽を広げて階段上から飛び降りた。

「上等だ!」「強がりはそのへんにしろよ、ねーちゃん!」「八つ裂きにしてやるぜ!」

 列をなして襲いかかる獣人たち。だがノーラはひるみもせず、目にもとまらぬ早さでギラついた青竜刀を弾き返し……脚を踏み出すと同時に獣人たちの間をすり抜けて階段を登り切る。

「上へ逃げたぞ!」

 声を荒げて踵を返す獣人たち。同時にかしららしきヤツが部下に目配せして、お互いの役割を決める。

「俺たちは女剣士をやるから、おまえたちは下にいる連中を……」

 そこまで言いかけ、自分の体の異変に気づくかしら

「!?」

 かしらの片腕と片羽が緑の血にまみれ、床に落ちたのだ。しかも他の連中も同様に。

「お、俺の羽がぁぁあ!」「うわぁぁあっ!」

 慌てて羽を拾いあげ、切り口を繋ごうとする者や、膝を折り曲げて気抜けする者。もちろんかしらとて冷静ではいられず、雄叫びのような嘆き声をあげている。有翼人種にとって羽は手足同様だ。それを切り落とされては、たまったものではないだろう。

「その薄汚い羽を持って校内の医務室に行くがいい。今なら、まだ治療術で再生は可能だろう」

 情けをかけるノーラに、有翼獣人たちは欠けた部位を拾い、俺たちには目もくれず、我先にとばかりに階段部屋を飛び出していった。

「流石、ノーラさん。お強いですね」と感心する華蓮。

 そうなんだよ。二代目師範と名乗るだけあって実力と才能はあるんだよ。だけど、まさかこれほどまでに強いとは思わなかった。

 というより、もしかして奥義を使わないほうが強いんじゃねぇ?

「なにをボーッとしている。さっさと上に行くぞ」

 緑の血のりを振り払って、はっぱをかけるノーラ。過去の不正を暴くとはいえ、ずいぶんカリカリしてるな。

 もっとも、ティルと帰郷チケットを取り戻さなければならないため、俺も呑気に事をかまえるわけにもいかないのも事実だ。

「行くぞ、みんな」

 ノーラにせき立てられるようにして、俺たちは階段をのぼった。


【つづく】

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