【後編】
「なんだ、あれ?」と目を凝らして眺めていると、翼竜のような羽を生やした有翼獣人たちが空から降りてきた。
その数10人……いや、10羽か?
凶悪犯を思わせる鋭い目つきに、膝下から伸びる猛禽類特有なカギ爪。しかもタチの悪いことに青竜刀まで担いでいる。
その物騒な集団の登場により、周囲の喧噪が瞬く間に消えた。
「えっ?」と気づいたときにはすでに遅く、周囲の建物の窓と扉は固く閉ざされ、店においては閉店の札がぶら下がっていた。
「ヤツらが来るなんて、聞いてねえぞ」
さっきまでイキっていたアニキとサルがテーブルの下に隠れて震えているところをみると、目の前の集団は相当ヤバイ連中なのだろう。
それを表すようにミトーレと呼ばれる男たちが、想像通りの悪態をついていた。
「久しぶりに来てやったっていうのに、歓迎もなしかよ?」
「まったく、この街の住人はどういう教育を受けてんだぁ?」
「なんならこの前みたいに、遊んでやってもいいんだぜ。もっとも俺たちに勝てればの話だけどな」
ヒャハハハハハっと下品に高笑う有翼獣人たち。
まさかの世紀末。
これでは、いくら命があっても足りはしない。せめて拳法か魔法でも使えればなぁ……などとアホなことを考えていた矢先、連中の関心が逃げ遅れた俺と少女に向いた。
「おやぁ。なんだか浮世離れした人間がいんなぁ」
ニタニタと笑って近寄る獣人たちに、俺は逃げることを考えた。だが相手は空を飛べる獣人。走って逃げたところで、あっという間に足のかぎ爪で取り押さえられるだろう。
「おや? こっちのねーちゃんは、ワニっ娘か?」
彼女を囲むように、別の獣人たちがイヤらしい顔を晒して歩み寄る。が……
「ん?」と仲間のひとりが彼女の尻尾を見て眉をひそめた。
「それにしては妙な尻尾だな」
「確かに。ワニのものとは、ちょっと違うような気がするな」
彼女の尻尾に有翼獣人たちが注視し……そのうちのひとりが声を震わせた。
「まさかと思うが……ワニっ娘、おまえ……名前をなんという?」
「ティルスノッテだけど」
問われるがまま名前を口にした瞬間、獣人たちが一斉に彼女から遠のいて円陣を組んだ。
「おい、どう思う?」「なにかの間違いだろ」「いや、あれはどう見ても噂のヤツでは」「いやいや。俺の知っている噂では、角が生えてるって話だぞ」「それどころか、俺の知り合いが言うには口が裂けてて家畜をひと飲みするって言ってたぞ」「どちらにしても、あのワニっ娘が例のヤツだとしたら、こっちがタダじゃすまねぇぞ」
「ここはひとつ、確かめる必要があるな」
同時に10羽が一斉に俺を囲んだ。
「おい、おまえ。今さっき、あのワニっ娘と話してたよな?」「あいつの仲間なのか?」「ツノはどこに隠した?」「火を吹くんだよな? なぁ、そうなんだろ」
気のせいか、獣人たちの表情から先ほどの余裕が消えていた。
「さ、さぁ? なんのことだか」
ジャキンッ!
目にもとまらぬ速さで10本の青竜刀が喉元に突きつけられた。
「おい、こら。すっとぼけてんじゃねえぞ!」
リアルな黒ひげ危機一発。もうマジ勘弁。
「ひ、ひげを剃るほど生えそろってないんで、ひげ剃りは結構です」
なけなしの勇気を振り絞った冗談。……が、爆笑の代わりに冷たい金属がピタピタと両頬と喉元に触れた。
「くだらねぇことを、ほざいているヒマがあるなら、さっさと白状しろや。さもなくば……」
殺気立つ獣人たち。これでボケの一発でもかました日には首を跳ねられることだろう。
「か、彼女とは今日ここで初めて会っただけで、なにも知らないですよ」
「嘘つけ!」「知らねぇなんて言わせねぇぞ!」「あのティルスノッテを知らねぇで、声なんてかけるわけねぇだろうが!」
「ティルスノッテ?」
どうやら、それが彼女の名前らしい。
「本当に知らねぇのか?」
「そんなかわいい名前だったとは、今の今まで知りませんでした」
「知らなかっただと? じゃあ【深炎のティルス】に聞き覚えはないか?」
物騒な二つ名に、俺の中の厨二病がくすぐられた。しかし知らないものは知らないのだ。
「まったく。聞いたことないです」
「じゃあ【光炎のドラゴンハーフ】は?」
「ぜんぜん」
「じゃあ【泣くまで燻ろう半どらティル】ならどうだ?」
有名な戦国三武将みたいな例えに、俺が笑っていると
「何がおかしい!」
ググッと10本の刃先に怒りがこもった。まずい。獣人たちの目が血走っている。と、そこへ
「もしもーし」
「ひぃっ!」
情けない悲鳴をあげて俺の背中に隠れる獣人たち。ってか、俺を盾にするなよ。
「お取り込み中のところ申し訳ないんですけど、わたし、ドラゴンハーフじゃなくドラゴンクォーターですよ」
それに女の子に対して【半どら】って、失礼すぎませんか? と彼女が不貞腐れた瞬間、バサササッと風が巻き起こった。
「命だけはご勘弁を!」
10羽は空高く舞い上がると、一目散に山の向こうへ逃げていった。
「公園にいる鳩みたいな連中だな」
と安堵の息をついていると、それまでアニキと一緒に震えていたサルが吠えた。
「一昨日来やがれ!」
それを合図に、隠れていた住人たちもワラワラと通りに出てきて空を見上げる。
「また暴れられて、めちゃくちゃにされるのかと思ったわ」
「もう、落ち着かないったらありゃしない」
「うちの旦那は頼りにならないし」
そんなおばちゃんたちの会話に、男たちも反論する。
「ムリ言うなよ。相手は空飛ぶ獣人だぞ」
「俺たちじゃ太刀打ち出来ねぇよ」
「そうだそうだ。また応援を呼ばれて報復でもされちゃあ、たまったもんじゃない」
「結局、おとなしくしているのが一番ってもんよ」
不平不満を口々にする住人たち。どうやら思っていたよりも治安は良くないらしい。
どちらにしても逃げるなら今がチャンス。と俺は騒ぎに乗じて、その場を立ち去った。
それから数時間後。
中央広場に戻った俺は、噴水の淵に座り込んで途方に暮れていた。
奪われた荷物の行方や、今後の身の振り。
東京へ帰るためのチケットも失い、金もない。
唯一手元に残ったスマホで実家に連絡を試みるものの『ネットワーク接続なし』と表示される始末。
「繋がるわけないか」
圏外なのだから当然だろう。
「これからどうしようか……」
役に立たないスマホをポケットに戻し、陽が傾き始めた空を見上げた。
仕事を終え、行き交う人々。時折、聞こえるトカゲ馬のいななきと馬車の音。みんながみんな笑顔で家路へと向かっていた。
それに比べ、俺は無一文の宿なし。
中学のときに憧れ描いていた異世界が、こんなにも厳しく不便なところだとは思いもよらなかったよ。
「あのぉ、すいません。どこか、タダで寝泊まりできるところはありませんか?」
恥を忍んで道行く人たちに声をかけてみるものの、怪訝な表情をして避けていく。その冷たい現実に心が折れた。
「どこの馬の骨かもわからない人間だものな」
逆の立場だったら、きっと自分も同じような反応をするだろう。
「今夜は野宿か」
生まれて初めての野宿。とは言え、荷物もないのでこのまま地べたに寝るしかないのだが。
「ホームレスより惨めだ」と都心のガード下に建つ段ボールハウスを思い浮かべていると、どこからともなく一日の終わりを告げる鐘の音が辺りに響いた。
「5時のチャイムかな?」
鳴り終わる鐘の音に合わせ、次第に人通りが少なくなっていく。その日常風景を目の当たりにした途端、心細さと不安が一気に押し寄せてきた。
「腹減ったなぁ」
脳裏に浮かぶ牛丼やハンバーガーが恋しかった。童話のマッチ売りの少女ならぬ、売るものもない無一文の少年。雪の降る冬でなかったのが唯一の救いだった。
そんなわびしい思いを胸に抱いてコロンっと石畳の上で横になる。とてもじゃないが、この世界で生きていける気がしない。
「俺……このまま死ぬのかな?」
目をつむって空腹を訴えるお腹を抱えた。と、そこへ人の気配が。
「あれ? もしかしてさっきの少年さん?」
頭上から降ってきた声に目を開けて見れば、獣人騒動で注目を浴びていた少女が目の前に立っていた。
「こんなところでなにしてるの?」
「なんだよ? いちゃ悪いのかよ。邪魔なら、どっかいくよ」
人が少なくなったとはいえ、ここは往来の場所。目障りならば、どこか別の場所へ移動するしかない。と、膝を立てたときだった。
「ここにいても、いいんじゃないかな」
と腰から生える竜の尻尾を振りながら、隣にしゃがみ込む彼女。
「で、どうしたの? もしかして、どこか痛くて歩けないの?」
「別に。普通に歩けるさ」
優しく心配してくれる彼女に、俺は素っ気なく答えた。正直、今は心がやさぐれてて、笑って答える余裕は持ち合わせてないからだ。
ぎゅるるる……。
「あ、もしかしてお腹壊してるのかな?」
わたし、お薬持ってるよ。と彼女は肩掛けカバンの蓋を開けて中を漁り始めた。大人っぽい容姿とは裏腹に、なんだか仕草が子供っぽいのは気のせいだろうか。
「いや、別にお腹を下してるわけじゃないんだ」
「じゃあ、お腹空いてるの?」
あどけない顔で訊いてくる彼女に、俺は顔を背けた。
「あぁ、ちょっとね」
大の男がみっともなく腹の虫を鳴かせてたなんて、恥ずかしすぎんだろ。
「じゃあ……これ、食べる?」
と胃薬の代わりに、得体のしれない食べ物を差し出してきた。見たところ、スルメっぽい何かのようだが。
「
カエル? もしかして、あのピョンピョン跳ねる爬虫類のことか? だとしたら遠慮しておきたい。と顔をしかめてたら、強引に口にねじ込まれた。
「コレね、噛めば噛むほど甘くなるんだよ。わたし、好きなんだよね。この干し肉」
向けられた純真無垢な笑顔。この干し肉をオェと出した日には、きっと泣いてしまうかもしれない。そんな彼女の優しさを裏切りたくなかった俺は、我慢して岩蛙とやらを咀嚼した。
「ウマっ!」
想像とは違う味に驚いた。まるで厚切り肉の食感と干し芋のような甘さが口の中で広がったからだ。
「よかった。なんなら、もう一個あげるよ」
俺は彼女がくれる干し肉を素直に受け取った。
「じゃあ。そろそろわたし、行くね」
と腰を上げる彼女に、俺は素直に感謝した。
「ありがとう。助かったよ」
見ず知らずの異性に、食べ物を恵んでくれたのだ。何度、頭を下げても足りないだろう。
「困った人を助けるのは当然だから。それと夜は寒くなるから、キミも早く宿に帰ったほうがいいよ」
身なりからして旅人だと思っているのだろうか。
「いや、それが……帰るところがないんだ」
「帰るところがないの?」
不思議そうに首を傾げる彼女に、俺は置き引きにあって一文無しになったことを告げた。
「信じてもらえないだろうけど、ごらんの通り路頭に迷っちゃってさ」
まったくもって、みっともない話である。だが彼女は馬鹿にすることもせず、真剣に話を聞いてくれていた。そして、しばし考えた末……
「寝るとこないなら、わたしんとこ来る?」
思いがけない申し出。諦めていた宿が、まさかこんな形で確保できるとは思ってもみなかった。……とは言え、相手は女の子。見知らぬ男を疑いもなく、簡単に招いていいものなのだろうか?
「どうする? 来る?」
手を差し伸べる彼女に、俺は気後れした。
もしかしてこの子は見境無く男と寝るビッチなのか、それとも貞操観念が薄いだけなのか。
いや、考えすぎか。どのみち行くところもないのだから、ここは甘えておくのが妥当だろう。 ……と言うか、野宿はマジ無理。
「是非、お願いするよ」
そう応え、俺は彼女の手を取って腰を持ち上げた。
彼女に案内された場所は、期待していた宿屋ではなく街の中心部から遠く離れた森林公園のような場所だった。
「もしかしてキャンプ場?」
ふかふかのベッドを期待していただけに、ちょっとガッカリした。
彼女は拾い集めた薪をかまどにくべると、なにを思ったのか突然口から炎を吹き、薪に火をつけた。
ふぅ。暖かいなぁ……って、なんでこの子、口から火を噴いてんの!
「あれ、驚かせちゃった? ほら、わたし、ドラゴンの末裔でしょ。だから口から火を吐けるんだよ」
当たり前のように答える彼女に「あーそうなんだ」としか言えなかった。だって異世界だよ。ドラゴンだよ。そんな「知りませんでした」ってのもどうなのよ。少なくとも、そんな野暮なことは言いたくない。
やがて、たき火の火力が安定すると彼女はすぐに鉄鍋をかまどに乗せ、手際よく料理を始めた。
「自己紹介がまだだったよね。わたしはティルスノッテ。ティルって呼んでいいよ」
「俺はマキシマユウタロウ」
「マキシ……ム、ユータオー? なんだか、珍しい名前だね」
「マキシマね」
インスタントコーヒーみたいな聞き間違い。まぁ、こちらの世界では馴染みのない名前だからムリもないか。
「マキシ、マム……ユータオー」
指を折って、一生懸命になって名前を覚えようとするティル。というよりも、なぜ指を折る必要があるのだろうか?
「呼びにくかったら、ユウタでいいよ」
「じゃあ、ユータって呼ぶね」と微笑むティル。その屈託なき笑顔に、憔悴していた俺の心が癒された。
「ところでティル。ここって、どこなんだ?」
頭上の月明かりが、周囲の木々の輪郭を浮かばせていた。もちろん他には誰もいない。
「街の中の野営地だよ」
「へぇー」
「街の外だと魔物とかいるから、街の中にあるのは助かるよね。それに街中だと水や食料の調達もできるから、わたしみたいな旅人にはうってつけの区画だよ」
そういって焚き火から鍋を下ろし、器にスープを盛りつけるティル。
「はい、どうぞ。熱いうちに召し上がれ」
スプーンと一緒に木の器を受け取り、口にする。
あぁ……体が暖まるぅ。
日が暮れ、冷え込み始めた野外での熱々スープは塩味が効いててマジ美味かった。
「それで荷物がないと帰れないって言ってたけど、ユータはどこの生まれなの?」
「日本という異世界だよ」
「にほん? それってもしかして、おとぎ話とかにでてくる別世界のこと?」
どうやら、こっちでも異世界という概念はあるようだ。
「でも、それって創作の中のお話でしょ?」
と疑わしい目を向けてくる彼女。まぁ、普通ならそうなるよね。
うーーん……どうにかして信じてもらいたいのだけど、どうしようか。とそこで
「じゃあさ、こういうのを見たことある?」
そう言って俺はポケットからスマホを取り出し、電源を入れて見せた。
「なに、それ! すごいすごい、石板が光ってる!」
身を乗り出して食い入る彼女。どうだ、驚いたか。と俺は得意になってお気に入りの曲を再生してみせた。
「きゃっ! 音が鳴った!」
驚きながらも手元のスマホを覗き、面白いほど新鮮な反応を見せてくれるティル。
うんうん。素直な反応で俺も嬉しいよ。と俺は曲を止め、カメラを起動してレンズをティルに向けた。
「今度は、なにを見せてくれるの?」
ティルの催促に、俺は黙って15秒ほど動画撮影し、それを再生して見せた。
焚き火の灯りに照らされた彼女の動画。その映し出された自身の姿に、ティルは青ざめ、逃げるように背後の木陰に身を隠した。
「石板の中に、わたしが取り込まれた!」
恐怖と絶望の色を浮かべ、自身の体と尻尾をなで回すティル。その取り乱しっぷりに、俺は笑いながらタネ明かしをした。
「大丈夫だよ。これは動画撮影といって、ただの記録映像にすぎないから」
しかし、ティルの反応は俺の予想とは違った。
「どうがさつえい……ってなに?」
スマホを警戒しながら、及び腰でもって元いた丸太椅子に腰掛けるティル。
そうか。こっちの世界では動画の概念がないのか。ということは
「写真って、知ってる?」
「?」
案の定、ティルは疑問符を浮かべて首を傾げていた。予想通りのリアクション。なので俺は動画から写真撮影に切り替え、彼女に向けてフラッシュを焚いた。
「ひゃっ?」
突然の閃光に視力を奪われたティルは手で目を覆いながら、張ってあったテントに逃げ込んでいく。その様子が面白く、俺も調子に乗って彼女を追いかけた。
「そんなビビんなくても、大丈夫だよ」
厚い布地のテントに顔を突っ込んだ瞬間、鼻先に短剣が突きつけられた。
「近寄らないで! この悪魔!」
流石の俺でも、剣先に怯えと怒りが込められていたことがわかった。
「ご、ごめん……」
どうやら刺激が強かったらしい。考えてみれば、自分たちの常識範囲を越えた物を見せられては、誰もがパニックになるだろう。
「わたしに悪魔の光を浴びせといて、謝って済む問題じゃないでしょ!」
本気で激怒するティルに、俺はやりすぎたと反省した。
「ごめん。でも、害はないから安心して」
それでも短剣を収めようとはしないティル。これは非常に良くないな。と、そこで俺は自分にスマホを向け、同じようにフラッシュを発光させてみせた。
「ほら、このとおり問題ないだろ」
身をもっての証明。チカチカする視力でもって自撮りした写真を見せると、ティルが剣先でもって恐る恐るスマホの画面をコツコツと突っついた。
「ユータ……なんともないの?」
「もちろん」
写真と俺の顔を交互に見やるティル。半信半疑なその様子は、まるで鏡を見せられた動物のようだった。
「ホントに? ドラゴンの神に誓える?」
それって、ティルたち竜族が崇拝している神さまのことなのだろうか? だとしたら、ここはひとつ儀に従うとしよう。
「もちろん、ドラゴンの神に誓って」
挙手して約束する俺の態度を見て、ティルも安心したようだ。
「それで……まだ、しゃしん、できるの?」
さっきとは違い、ティルが目を輝かせてスマホに食いつく。どうやら写真とやらに俄然、興味が湧いたようだ。
「何枚でも撮れるけど」
「とる? じゃあ、もっととってみせて」
ティルは嬉々として俺の手を取ってテントの外へ飛び出すと、焚き火の前で可愛らしいポーズを作り始めた。
「こんな感じで、しゃしんして♪」
ドラゴンクォーターと言えども、そこはやっぱり女の子。きっとキレイに輝いている自分自身が好きでたまらないのだろう。
「もちろん。言われなくても、たくさん撮ってあげるよ」
液晶画面の中で、生き生きと華やぐ彼女の笑顔。そんな可愛い被写体相手に、俺の撮影意欲にも火がついたのは言うまでもなく、寄ったり引いたりとアングルを変え、プロカメラマンのようにシャッターを切った。しかも撮影枚数を重ねるごとに可愛くなっていくのだから、俺も楽しくてしょうがない。
そして夜遅くまで撮り続けた末、俺は数ある中から1枚の写真を壁紙にした。
見返りポーズをするドラゴンクォーターの女の子。
レンズを見つめた屈託のない笑顔。
それは異世界に取り残された俺の心を癒やすには充分なくらい素敵な微笑みだった。
が……ここにきて、まさかのバッテリー切れ。
持参したモバイルバッテリーはナップザックの中。くそぉ、荷物を盗んだあのガキ、絶対に許さん。
「もう終わりなの?」
「うん。盗まれた荷物が見つかったら、また続きをしよう」
スマホがないと息ができない現代っ子世代。そんな俺が、この後どうやって過ごしていいのかわからず沈んでいると、ティルがいう。
「じゃあさ、お話しようよ」
「たとえば?」
「そうだなぁ……わたしが旅してきた、その土地の話とかどう?」
なんか面白そうだったので、ひとつ語ってもらうことにした。
「それでね、その人が言うには……」
楽しげに語るティルの旅話に、俺も前のめりになって聞きいった。
道中、怪我をして困った人を助けたり、訪れた街で迷子の子供と一日がかりの家探しを付き合ったり。かと思えば炎で山賊を蹴散らしたり、街の討伐隊員にせがまれて一緒に魔物を倒したこともあったそうだ。
身振り手振りで語られるリアルな冒険劇。
それは非常に面白く、不思議な出来事や魔法を使った魔物退治などは、俺の興味を引きつけるには充分だった。
と、そこで素朴な疑問が頭に浮かんだ。
そういえば、なんでティルは旅をしてるんだろう?
すると「お母さんが亡くなったのが、きっかけかな」と旅を始めた理由を語ってくれた。
病気で2年前に他界した母。
そのことを報告しようと、10年前に家を出ていったドラゴンハーフである父の足取りを追うように旅を始めたというのだ。
危険が伴う女の子ひとり旅。
きっと俺が想像できないくらいに大変だったに違いない。
そんなことを考えながら彼女に同情を寄せていると、焚き火の向こう側でティルが首を傾げた。
「暗い顔してどうしたの、ユータ?」
「いや、大変だったんだろうなって思ってさ」
「最初はね。でも、イヤなことばかりじゃなかったよ。さっきも話したように、いろんな人に出会ったり、見たこともない不思議な体験ができたから結構楽しかったよ」
あっけらかんと明るく笑うティル。
このバイタリティ……正直、異世界初日から詰みかけた俺にとっては耳が痛い言葉だった。
【つづく】
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