■15■華蓮の覚醒【前編】

「ゲストハウスが火事になっている」とコンシェルジュ獣人ヌラミを出し抜き、2階の理事長室に押し入った俺たち。……が、期待を裏切るように部屋はもぬけの殻で、代わりにいたのは人体模型だけだった。

「当てが外れたか」

 俺が次の行動を模索していると、なにを思ったのか、唐突にノーラが木剣でもって人体模型の首を跳ねた。

「人形相手に八つ当たりはよせよ」

 すると模型の頭部を拾い上げ、剣の柄で頭をガシガシと砕くノーラ。

「こいつの目が動いたんでな。もしやと思ってみれば、この有様だ」

 コロンっと転がった桃紫色の石を拾い上げていると、パルが補足する。

「この色合いと透明具合……それと刻まれている印から察するに、遠隔投影石の類かもしれませんね」

「なんですか、それ?」と問う華蓮に、パルが続ける。

「離れた場所から、ここを覗き見ることができる魔法石です。おそらく、この部屋を監視する目的で人形に埋め込んでいたのかもしれません」

 ようするにWEB監視カメラの魔法版ということか。

 しかも人の目を欺くように、人形に仕込んだ監視システム。

 どう考えても、怪しすぎるだろう。

「気味が悪いですわね」と華蓮が寒気を覚えたように、両手で両腕を擦っていた。

「でも、どうしてこの部屋に、そのようなモノを設置する必要があったのでしょうか?」

 尊敬していた理事長に疑念を持つ華蓮。対し、ノーラは初めから疑ってかかっていたせいか、面白くなさそうにフンッと鼻を鳴らした。

「自分に後ろめたいことがあるからだろ」

 それを聞いて、俺も理事長に対する疑念が深まった。

「どちらにしても、理事長に取り合う必要がありそうだな」

 連れ去られたティルと姿無き理事長を探し求め、俺たちは急ぐことにした。


 3階フロアへ繋がるルートがわからず2階をウロウロしていると、ほどなくしてパルが階段を見つけた。

「ユータさん。こっちこっち」

 建物の壁に沿ったらせん階段の手前にチェーンが張られていた。

 つまり、ここより先は関係者以外立ち入り禁止ということか。

 と俺が警戒していると、ノーラが木剣でもって躊躇なく鎖を叩き切った。

「ウジウジ考えていないで、サッサと上に行くぞ」と先陣切って階段を上るノーラに、俺たちも後に続いた。

 真実を隠すコンシェルジュと不在の理事長。それだけに、階段を踏みあがる度に俺の中の不安も一段と大きくなっていく。そして3階に上がるや否やティルの拉致を確信した。

「なんなんだ、これは?」

 意志無き番人こと人体模型が占拠する3階フロア。しかも全模型が剣を持ち、侵入者を阻むように整列していたのだ。

 そんな人形の軍団を見て、ノーラが「傀儡か」と木剣をかまえてほくそ笑んだ。

「ざっと30体といったところか」

 ここはわたしに任せろ。そう言って、二本の剣でもって人体模型をなぎ倒していくノーラ。というより、なんだか楽しそうだな。

 それでも相手の太刀筋を見切り、無駄なく反撃するあたりは、流石、二代目当主と言ったところか。

 などと感心していると、パルが理事長室から無断拝借したホウキ片手に首を傾げた。

「わたしの小説とは、ちょっと設定が違いますね。本来ならば各フロアに、凄腕の番人たちが待ち構えているはずなんですけど」

 まったく、この状況を前にして自作小説の設定をいつまでも引っ張るなよ。そもそも、そのホウキはなんなんだよ。

「知らないんですか? これは空飛ぶホウキと言って、自由に空を飛ぶことができるんですよ」

 おまえ、もしかして俺をバカだと思ってるだろ? 自慢じゃないが、俺も中学まではファンタジー畑で育った人間だぞ。

「すると、なにか? 身に危険が及んだら、真っ先に逃げるつもりなのか?」

「これだから凡人は困ります。よろしい。では、わたしが真の使い方を披露しましょう」

 ズシャっと右足を前に踏み出し、ホウキをクルリと回して横持ちするパル。しかも棒の部分を後ろにして。

「危ないですから後ろに下がっててください」

 と事前に忠告を促すと、腰下で大型機銃を構えるが如くホウキ尖端を突き出した。

「いきますよぉー」

 勇者パースを決めたカッコいい演出。そして決めセリフを口にする。

「バァァスト・コンプレッション!」

 刹那、ドンッ! と強烈な風圧が巻き起こり、押しやられるように人体模型たちが壁に激突し、バラバラに砕け散った。

「凄ぇな、それ。武器として使えんのかよ」

 大破した人形たちとホウキを見比べていると、パルが熱弁を振るい始めた。

「本来、ホウキの毛先の隙間で気圧を圧縮変換し、推進力として空を飛ぶモノですが、わたしはそれを逆手さかてにとって空気圧縮砲として使ったまでです。まぁ所詮、固定概念が強く、発想力が乏しい凡人には思いもつかないでしょうけどね。ちなみにデッキブラシの場合、ヘッドの角度があるので初心者にはお奨めしません」

 あぁ……なんとなくわかるよ、それ。

「ちょっと、俺にも貸してくれよ」

 とパルからホウキを受け取ると、周りの目を気にしながら叫んだ。

「バーストコンプレックス!」

 厨二病のようなダサい技名。だが、パルが放ったような大風は出ることはなく、シーンと静まりかえったままだった。

「なぁ……できないんだけど?」

 するとパルが得意ドヤ顔で講釈し始めた。

「まず姿勢がダメですね。腰が引けててカッコ悪いです。それと根本的にセリフが間違ってます」

 そうなんだよなぁ。この世界の言葉って、意外と難しいんだよなぁ。ということで、パルの指導に習って、もう一度チャレンジすることにした。

「バーストコンプレッション!」

「恥ずかしがらないで、もっと真剣に!」

「バースト……」

「もっと声を大きく、気合いを入れて!」

「バース……」

「違います。支点の右手を軸に、左手はカッコ良くえて!」

「えーと……こうか?」

「何度言ったら、わかるんですか! 膝は折りすぎず、しなやかに!」

「バー……」

「ダメダメ! もっと魔力を込めて!」

 ノーラの手によってあらかた傀儡人形の討伐も終わった頃、俺はあることに気づいた。

「魔力? もしかして、この技って法力が必要なのか?」

「なにを当たり前のことを。そもそも魔力がなければ発動しませんよ」

「いや、俺……法力値……1ミリもないんだけど」

 きっと、こいつのことだ。間違いなく俺のことを劣等扱いすることだろう。だが、意に反してパルが青ざめた。

「なんで法力が無いんですか! それじゃあ、私の小説と違うじゃないですか!」

 いや、知らねえよ。そもそも、それって、おまえの空想設定だろ。

 ついでに言わせてもらえば、小説の中のおまえの胸も相当盛ってるように思えるけどな。

「それくらい、いいじゃないですか。それに時には読者サービスも必要なんですよ」

 挿絵もない文字だけでは、サービスにはならないだろうに。

「どうやら無駄な時間を過ごしてしまったようだ」

 俺は役に立たないホウキをパルに投げ返すと、みんなを連れて4階へと上がった。

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