【後編】

「結局、目撃者はゼロか……」

 昼食を挟んだティルの捜索は徒労に終わり、文化祭の準備に追われる生徒たちを横目に、俺たちは途方に暮れていた。

 俺たちが学院に滞在してから1週間。

 当然のことながら、稀少種であるドラゴン眷属のティル姫は、学院生にも周知の存在であり、ひとりとして彼女を知らない者はいない。にも関わらず、昨夜から今日まで誰ひとりとしてティルを見ていないというのだ。

「諦めてはダメですよ、ユータさん」と励ましてくれるカレン。確かに、生徒全員に訊いていない以上、ここで諦めるには早すぎる。……とは言え、草木も眠る深夜の出来事だ。それだけに目撃者は皆無だろう。

「せめて決め手となる手掛かりでもあればなぁ」

 虚空を見上げて知恵を巡らせていると、2人の獣人女子生徒が俺たちの前にやってきた。

「あのぉ……」

 身を寄せて、ニギニギと恋人繋ぎをしている獣人女子生徒。

 あぁ……なるほど、そういうことか。と、2人の関係を無粋することなく胸の内にコッソリしまう俺。

 そんな仲睦まじい2人に対し「なにか、用か?」とノーラが睨みつける。てか、圧をかけて怯えさせるなよ。

「噂で聞いたんですけど……もしかしてティルさん、いないんですか?」

「あぁ。だから、俺たちもこうして探してるんだけど……キミたち知らないか?」

 すると、百合のひとりが言う。

「私たちの見間違いかもしれないんですけど……実は夕べ……」

 黙ってふたりの話に耳を傾ければ、どうやらティルらしき人物を見たというのだ。場所は北側校舎の裏あたり。頭から外套を被った人間に導かれ、理事長が住まう塔へ入っていったとのこと。

「それと、私たちが校舎裏にいたことは内緒にしててほしいんですけど」

 匿名希望の密告タレコミに「もちろん。約束するよ」と頷く俺。すると証言をメモしていたパルが下品な笑みを浮かべた。

「ちなみに、あなたがたは人気ひとけのない夜の校舎裏でなにをしてたんですか?」

 やめろよ! 分かってても、それ以上、追求してあげるなよ!

 邪推するパルに対し、恥ずかしそうにうつむく百合獣人。

「まったく、お盛んなひとたちですね」

 人には知られたくない深夜の密会なんだから、そっとしておいてあげろよ。

「そ、それじゃあ、私たちはこれで」

 気まずい表情のまま、逃げるように退散する百合獣人。

 自分たちの秘密を犠牲にして勇気を出してくれたのに、パルの対応によって無碍むげにしてしまったことが心苦しかった。

 それはともかく、有力な目撃証言によりティルの行方の手掛かりが見つかった。

 外套を羽織った人物の手によっての神隠し。いったい、なにが目的なのだろうか。

 考えられるのはひとつ。おそらく竜の尻尾だろう。もし、そうだとすれば……ティルの身が危険に晒されている可能性は大だ。

「今すぐ、あの嘘つきコンシェルジュに問いただすべきだ」

 行動を起こそうとするノーラを、俺は語気を強めて制した。

「早まるなよ。気持ちはわかるけど、証拠がない以上、ヌラミさんが素直に教えてくれるとは限らないだろ」

 ましてや百合獣人たちの密会は、安易に出すわけにはいかないだろう。

「それでしたら、わたくしが交渉しましょう」

 珍しく率先して名乗り出るカレンに、誰しもが驚いた。

 きっと、なにか策でもあるのだろう。

「よし。じゃあ、カレンに任せた」

 そう言って、俺たちは問題となる理事長の塔に足を向けた。


「あなたがたもしつこいですね。いないと何度言ったら、わかってもらえるんですか」

「本当に知りませんか?」

「知りません」

 何度も問い詰めるすカレンに、コンシェルジュは知らぬ存ぜぬを押し通していた。

「そうですか。実はわたくし、ここにティルさんが連れ込まれていくのを昨夜見たんですけれど……それでも知らないと?」

 百合獣人生徒の証言を自身に置き換えるカレンに、ヌラミの顔色が変わった。

「いい加減観念して、本当のことを話したらどうですか?」

 錫杖をギリッと握りしめるカレン。そのただならぬ様子を悟ったのか、ヌラミが口元を歪めた。

「バレてしまっては仕方ありません。残念ですが、あなたがたにはここで死んでいただきます」

 接客向けの笑顔を消し、腰裏に忍ばせていた円月輪チャクラムを出すヌラミ。

 刹那。

 ザシュッ! とカレンの錫杖が薙刀早変わりし、獣人コンシェルジュを袈裟懸けにした。

「ぐはっ!」

 はぁ? なに、いきなり切ってんの! 直情的な性格にもほどがあんだろ!

 血飛沫を噴いて倒れるヌラミに、俺が唖然としていると

「妙な隠し立てをすると切りますよ」

 いや……その段階はすでに通り過ぎてるから。

「おい! しっかりしろ!」と俺は慌てて血まみれコンシェルジュを抱き上げた。

「ティルはどこだ! この塔にいるのか?」

 すると血の池を背に、腕の中のヌラミが薄笑った。

「ふっ……わたしを倒したところで、この先には進めませんよ。なぜなら、この上には、わたしよりさらに強い番人たちが待ちかまえているのだから」

 震える唇でもってそれだけ言い残すと、コンシェルジュはガクッと力果てた。

「おい、しっかりしろ! 番人ってなんだ! いったい、この塔にはなにが隠されているんだ!」

 とヌラミの体を揺さぶる。しかし、息絶えたコンシェルジュはなにも応えてくれはしなかった。

 するとカレンが天井向こうを見上げた。

「聞くまでもなく、ティルさんは上の階に捕らわれています」

「となると、上にいる番人とやらを倒すしかないようだな」

 と俺は息絶えたコンシェルジュを静かに寝かせると、みんなと一緒に2階へ上がることにした。


「そうですか。ここに来たということは、階下のヌラミを倒してきたということですね」

 2階に上がれば、なぜか階下のコンシェルジュと同じ顔を持つ人間がそこにいた。

「我が名はヒレット! ヌラミの姉にして、学院一の弓の使い手。ゆえに狙った獲物は何人たりとも……」

 姉ヒレットの口上が言い終わらないうちに、カレンが懐に飛び込んだ。

 ザシュッ!

 いきなり切りつけられ、弓を弾く間も与えられず倒れるヒレット。

「な、なぜゆえ……」

 2人目の番人は、口惜しそうに呟くとガックリとうなだれた。

「あなたたちの意見を悠長に聞くほど、わたくしたちは暇ではありませんので」

 薙刀をシュッと振って血糊を払うカレン。

 恐ろしいヤツだな。とカレンを垣間見れば、眉間に怒りを浮かばせていた。絶対に許せない仲間の拉致。そんな正義感が、ありありと表情に表れていた。


 3階に上がれば、階下のコンシェルジュたちと同じ顔を持った番人が待ちかまえていた。

「ボクの名はママス。ヒレットの姉にして……」

 ザシュッ! と、またもやカレンが躊躇うこともなくセリフをぶった切った。

 そして同じように4階でも

「ふふ。我が名はケッ……」

ザシュッ! ザシュッ!

「余の名は……」

 ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!

 ガックリと膝から崩れ落ちる最後の番人を背にし

「口ほどにもない人たちですね」

 とカレンが薙刀の刃先を拭いていると、ノーラが感嘆かんたんした。

「得意の魔法を使わないとは、また腕を上げたな」

 するとカレンがフッと謙虚に笑った。

「ノーラさんには、まだ遠く及びませんけ……


「ほぉほぉ、なるほど……。番人コンシェルジュを五つ子に設定したわけか」

 歩きながらペンを走らせるパルのメモ帳を覗き見していた俺に、パルが得意げに鼻を持ち上げた。

「最初は凶悪残忍な三兄弟にしようかと思ったんですけど。でも、塔の階数が6階建てみたいなので五姉妹にしてみました」

「ほうほう、それはなによりだな。それで、つかぬことを訊きますが……俺たちは今なにをしているんだっけ?」

「行方不明となったティルさんの捜索ですけど、なにか?」

「だよな。で……俺たちが今、向かっている場所は?」

「同性愛者の証言を元に、理事長がいる塔に決まってるじゃないですか。って、なにを言ってんですか」

「だったら、悠長に小説書いている場合じゃねえだろがぁ」

 俺は両手を握り拳にして、パルのこめかみをグリグリと締めあげた。熱心に書いているから、なにかと思えば……まだ、こんなくだらないものを書いていたのか、おまえはぁ。

 しかも、なんでおまえ自身は脇役に甘んじてるの? 

「一応、約束だったので、とりあえず脇役ポジションで登場させました」

 まぁ、作中における自身キャラがブレてないことは褒めてやる。

 そんなバカな会話をしていると

「どうかしました?」とノーラと先頭を歩く華蓮に問われ、「いや、なんでもない」と平静をつとめる俺。

「いいか、パル。絶対にコレを華蓮に見せんなよ」

「なんでですか?」

「おまえの書く小説キャラは、華蓮の精神上よろしくないからだよ」

 番人たちを冷血に薙ぎ倒す自分を知った日には、それこそガチで薙刀振り回して発狂しかねないからだ。

 だが、そんな俺の忠告を無視するようにパルがニヘラと笑った。

「それはそれで、見物ですね」

 作家としてのサガなのか、怖いもの見たさが瞳にありありと映っていた。

 こいつ……自分の欲望のためなら、破滅をも喜んで受け入れるタイプか。

「なんなら、『カケヨメ』の小説警備隊を召喚して、肖像権を侵害していると密告してもいいんだぞ」

 途端にパルが戦慄した。

「命よりも大切な小説なんで、それだけはやめてください!」

 涙と鼻水を垂らしながら懇願するパルに、俺はため息をつくばかりだった。


【つづく】

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