■14■続・これぞ異世界【前編】

 夜が更け、誰もいない深夜。

 明かりが落とされ、寂然じゃくねんとした校内を徘徊する少女がいた。

「クサイチ……ゴ……。クサイチゴどこぉ?」

 ズルズルと尻尾を引きずるグゥターラ国のティル姫。暗闇を彷徨うその姿は、まるで地獄の底から這い上がってきた亡者のようだった。

 やがて、閉店の札が吊された購買部にたどり着き、閉ざされた木窓に爪を立てるティル。

「クサイ……チゴ……クサイチゴを……頂戴……」

 と、ままならぬ思考でクサイチゴを求めていると

「具合が悪そうですね」

 振り返れば、怪しい女がひとり。黒の外套ローブを纏い、目深に被ったフードから怪しい瞳を覗かせた。

「もしかして、あなたが欲しいのはコレじゃない?」

 うつろな目をこらして相手の手元を見れば、探し求めていたクサイチゴの実を手にしていた。

 加工前の天然モノ。その甘ーい香りに釣られるかのように、ティルは素顔の見えない相手に媚びた。

「それ頂戴……そのクサイチゴ頂戴……」

 すがりつくティルに、黒づくめの女が蔑むように鼻で笑った。

「フッ。まったく、しょうがない人ですね」

 女がクサイチゴの実をひとつ与えると、ティルはそれを両手で受け取り、貪るように咀嚼した。

「もっと……もっと、頂戴……」

 ティルの催促に、女は残りのクサイチゴを与え

「それだけでは物足りないでしょ」

 食べ尽くしてしまったクサイチゴに未練を残し、ティルは取り憑かれたようにウンウンと首を縦に振った。

「足りない。もっと頂戴……」

「でしたら、私についてきなさいな。そしたら、お気に召すまで食べさせてあげますよ」

 黒づくめの女はそう言って校舎を出ると、ティルを引き連れ、夜のとばりへと消えていった。


 翌日。

「起きろ、ユータオー!」

 ノックもせず部屋に飛び込んできたノーラに、俺は寝ぼけ眼のまま体を起こした。

「うるさいな……朝っぱらから、どうしたんだよ?」

「どうしたもこうしたも、とにかく大変だぞ!」

 血相を変えてあたふたするノーラに、俺の脳が一気に覚醒した。

「魔物でも現れたのか!」

 毛布を蹴飛ばし、急いで服に着がえる俺。

「それで数は! 相手はどんな魔物だ!」

 巻いた腰ベルトのホルダーに魔剣を差し込みながら、状況を訊くと

「魔物? 誰がそんなことを言った?」

 えっ、違うの? なら、俺は寝る。と着の身着のままベッドに潜り、毛布を頭からかぶって背中を向けた。

「まったく、朝から騒々しい」

 勘弁してくれよ。とボヤいていると、今度はカレンとパルが部屋に入ってきた。

「二度寝している場合じゃ、ありませんよ」

 パルの指摘に続き、カレンの深刻な声が寝起きの耳に触れた。

「ティルさんが行方不明なんです」

 えっ、ティルが? どういうことだ? と俺は蓑虫みのむしのごとく毛布にくるまったまま3人に顔を向けた。

「文字通り、姿がないということだ」と腕組みするノーラを、俺は鼻であしらった。

「なにを今さら。きっと、いつもの散歩だろ」

 学院に来てから1週間。

 学校に通ったことのないティル姫にとって初めての学校生活は、見るもの聞くものが楽しく、毎朝欠かさず散歩に出かけていたのだ。が……

「履物も履かず、寝巻きのままでか?」

 聞き捨てならない異変に、俺は身を起こして耳を傾けた。

 あらためて聞けば、部屋には普段着を始めとする荷物を放置したまま、姫本人がいなくなってしまったらしいのだ。

「心配になって、建物内を探したんですけど、どこにもティルさんが居なくって」

 確かに、それはおかしいな。するとパルが顔に影を落としていう。

「実は昨夜、わたしがトイレに行ったとき、まるでなにかに取り憑かれたように、フラフラ廊下を歩いているのを見ましたよ」

 恐怖心を煽るパルに、カレンも不可解とばかりに眉をしかめる。

「どう考えても、普通じゃないですよ」

「どうです? ユータさんも怖いと思ったでしょ?」とほくそ笑むパル。

 やれやれ。朝っぱらから、誰がそんなオカルト話を信じるんだよ。

「バカバカしい」

 俺はベッドから這い出ると事実確認をするため、3人とともにティル姫の部屋へと向かった。


「なっ。ただ事じゃないだろ」とノーラ。

 まるで物盗りにでもあったかのように散乱した室内。

 ハンガーに掛けっぱなしの衣類はともかく、脱ぎっぱなしの履物。乱れたシーツと毛布に加え、ズタズタに裂かれた枕。これで血飛沫でも残っていようものなら立派な殺人現場だろう。

 正直、嫌な冷や汗が背中を伝った。

「どうする、ユータオー?」

「どうするもこうするも、ティルを探すしかないだろう」

 もしかしたら、寝ぼけて他の空き部屋に戻って寝ている可能性もあるだろうしな。

 ということで、俺たちは手分けして各階の部屋を汲まなく探索することにした。


 だが、どこにもティルの姿はなかった。

 煙のごとく失踪したティル。理由もわからないまま悩んだ末、頼みの綱として理事長専属のコンシェルジュに訊ねてみることにした。

「お連れの方ですか? いいえ、知りませんね」

「どこにもいないんですけど、本当に知りませんか?」

 執拗に訊ねても、ヌラミは首を横に振り、知らぬ存ぜぬの一点張りだった。

「もう、そのへんにしておきましょうよ。ユータさん」

 カレンに止められ、俺は渋々引き下がることにした。


 その後、食堂でティルのいない朝食を済まし、俺たちは登校する生徒で賑わう校庭へと移動した。

「ユータさん。今度はどこを探します?」

 パルの問いかけに、俺はベンチに腰掛けたまま少考し……答えた。

「探さない」

 同時にノーラが目を見開いた。

「探さないとは、どういうことだ? 仲間が行方不明になっているというのに、よくもそんな無関心でいられるものだな!」

 見損なったぞ! と胸ぐらを掴んでくるノーラ。見れば一緒になって、カレンも軽蔑する目でもって俺を見ていた。

「待て待て。ひとまず冷静になれ、ノーラ」

「わたしはいたって冷静だ」

 その割には、喉元が苦しいのだけれど。……って、息ができなくなるから、それ以上、締め付けないで。

「ならば、納得のいく説明をしてもらおうか」

 ノーラの手が離れ、俺は乱れた襟元を整えていった。

「ヌラミさんの態度がおかしいとは、思わなかったか?」

「どういうことだ?」

「慌てる様子もなく、いたって普通の対応だっただろ」

 理事長が招いたはずの客人ゲストがいなくなったにも関わらず、動揺することもなく、しれっとしていたのだ。

 普通ならば「早急に探しましょう」と対応するべきところを、食事の配膳含めて一切気にする素振りを見せなかったコンシェルジュ。無関心かつクールな対応。そんな不可解な行動が、俺の頭から離れなかったのだ。

「言われてみれば、確かに違和感はありましたけれど」

 不信感あらわにカレンが眉間にしわを寄せていると、パルが天性の洞察力を働かせた。

「つまり、なにかを隠しているということですね」

「そういうことだ。俺的には、あのコンシェルジュは警戒したほうがいいと思ってる」

 と言ったそばから、怒り露わに塔へと踵を返すノーラ。

「そんな悠長なことを言ってられるか!」

「だから、ちょっと待てってば!」

「待てるか! おどしてでもティルの居場所を吐かせてやる!」

「まだ、ティルの拉致に関わっていると決まったわけじゃない。もしかしたら、全然知らない可能性だってあるだろ。それに、仮に知っていたとして闇雲に相手を刺激して手掛かりを失ったらどうするんだ」

 拉致した目的がわからないだけに、迂闊に騒ぎ立てるわけにもいかないのだ。

「では、どうします?」と尋ねるカレンに

「とりあえず目撃情報がないか、聞き込みをしていくしかないだろうな」

 そう言って、俺たちは朝から目撃情報を集めることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る