【中編】

「みんな、気をつけろ!」

 警戒して身構えた途端、上方に幾何学模様の輪が浮かび上がった。

「魔方陣か!」と見極めるや否や、そこから魔虫たちがワシャワシャと音を発しながら這い出てきた。

  召喚された蜘蛛やムカデモドキ。しかも数が階下の蜘蛛どころの比じゃない。

「魔虫を召喚するとは姑息な真似を」

 と苦々しく二本の木剣を握り直すノーラ。

 魔方陣から召喚された魔虫は約10匹以上。対して、こっちは4人。しかも魔法が使えない俺とメンタル崩壊している華蓮は戦力外。文字通り、多勢に無勢。どうひっくり返っても勝てる気がしない。とそこへ

「ユータオー、コレを使え!」

 二本あるうちの一本の木剣を放り投げられ、反射的にキャッチした途端、腕にズッシリとした重量が伝わった。

「重っ! って何だよコレ? 稽古で使っていた木剣と違うじゃねぇか!」

「継ぎ目のロックを解除して鞘を抜け!」

 と自身の持つ木剣の鞘を抜いて、真剣でもって魔虫たちをなぎ倒すノーラ。

「仕込み刀だったのかよ」とノーラの指示どおりに鞘を抜けば、剥き身の刃がギラリと現れた。

「実際の剣って、こんなに重いのかよ」

「ボーッとしてないで早く加勢しろ!」

「いやいやいや、真剣なんてムリムリ!」

「今のお前の技量なら使いこなせるから、自分を信じろ!」

 道場での稽古中にも「ユータは筋が良い」とノーラに褒められてはいたけれど、そもそもこんなクソ重たい剣なんて振り回せる自信がない。というよりも、ハッキリ言ってアニメやゲームで軽々と重剣振り回すキャラたちはアタマおかしすぎだろ!

「なにをしている! ボヤボヤしてると魔虫に食い殺されるぞ!」

 前衛で技を繰り出し、防戦するノーラ。その向こう側では最後の仕上げとばかりにルロォ理事長が悠々と両腕を天にかざしていた。

 こりゃ、本格的にヤバイぞ。

 後ろを見れば消沈している華蓮をかばい、ヴァーストコンプレッションを連打しながら、魔虫が吐く糸を退しりぞけるパルがいる。

「ノーラ。もう少しだけ時間を稼いでくれ!」

 俺は剣を投げ返し、ポケットからスマホを出すと素早くパスコードを入力した。……が、急いでいるときほど誤入力するもので、認証失敗のメッセージが俺をイラつかせる。

 くそっ! こんなことなら、生体認証に変更しておけば良かった。と焦る気持ちを落ちつかせ、正確にパスコードを入力してスマホを立ち上げた。

「余分に撮影しておいてよかったぜ」

 俺はすぐさまアルバムを開き、フロアに上がる前に連写撮影したみんなの写真を確認する。

 よし。こんだけいれば、戦力としては十分だろ。

 呼び止めた見返り姿のノーラが約30枚。その中から10人ほどを選択し、ちょっと前のノーラを再生召喚させた。

「おまえの悪事もここまでだ、理事長!」

 一斉に剣を向けてハモる10人ノーラ。もちろん、フロアに上がる直前の記憶を引きづったままだ。

「なるほど。例の影武者魔法か!」とオリジナルノーラ。

「例の魔法?」と訝しむ理事長に、俺は勝利を確信した。もちろん再生されている数分間で勝負がつけられればの話だが。

 まぁ、長引いたなら、また追加召喚すればいい。なにしろノーラの残機は充分にあるのだから。

「みんな、わたしに力を貸してくれ!」

 オリジナルノーラが求める声に「なにが起こっているのかわからないが、任せろ!」「秒で片付けてやる!」と10人ノーラが即座に鞘を抜き、二刀流でもって応戦する。

 流石、脳筋ノーキン。理屈や道理を抜きにして即行動に移せるのは、もはや武芸を嗜む者の業と言えよう。

 そのせいあってか、あれよあれよと死骸の山を築き挙げていく11人ノーラ。もはや敵なし。その戦局に、理事長が新たなる魔虫を増殖させていく。

 やはり、そうきたか。と、俺もすかさずスマホを立ち上げて応戦に望む。

「時間差でノーラ10人を召喚! さらにパルを5人召喚!」

 21人のノーラ相手では、どんなにデカい魔虫もアリンコ以下の存在だ。その隙に、俺は召喚したパルたちに命令した。

「パル。華蓮を連れて逃げろ!」

 だが俺の意に反し、5人のパルは揃ってホウキを小脇に抱え、ペンとメモ帳を片手に詰め寄ってきた。

「これは、いったい、どういう状況ですか?」「いったい、なにが起こっているんですか?」

 って、おまえたちはおまえたちで面倒くさいな。

「事情は、おまえらのオリジナルに聞け!」

 すると、お互いを見合わせるパル5人組。……が、なぜか、それぞれが自分を指差し、小首を傾げる。どうやら自分がオリジナルだと主張しているのだろうが、今ひとつ自信が持てないらしい。

「わたしがオリジナルですよぉ」

 華蓮を慰めながら、こっちこっちと萌え袖を振るオリジナルのもとへ、5人が不満げに集まっていく。

「あとは頼んだぞ、パル!」

 手を上げて応えるオリジナルパルに俺は頷き返すと、戦うノーラたちの背後に近づき、ひとりに声をかけた。

「おい、ノーラ」

「おお、ユータオー。どうした? 食らえ! 真空絶後!」

「おまえのオリジナルは誰だ?」

「ユータオーはクジ運がいいな。わたしがオリジナルだ」

 すると間近でムカデモドキを切り刻むノーラが会話に割り込んできた。

「いや、オリジナルはわたしのはずだが」

 すると今度は蜘蛛の胴体を真っ二つにしたばかりのノーラが胸を張る。

「なにを言っている。わたしこそが正真正銘のオリジナルだぞ」「自信ありげに主張しているが、キサマがオリジナルという確たる証拠はあるのか?」「そういうキサマはどうなのだ?」

 バチバチと視線の火花を散らす3人ノーラ。ここにきて複数召喚の弊害が出てしまったようだ。

「わたしがオリジナルだ!」「わたしだ!」「影武者は影武者らしく、黙って戦え!」

 魔虫をぶった切りながら、もう片方の剣でもってつばぜり合いを始めるノーラたち。

 ずいぶん器用な戦い方をするんだな、おまえたちは。アクション映画のバトルシーンみたいで、見ていて気持ちがいいくらいだよ。

 と背後を垣間見れば、パルたちが泣き続ける華蓮を支え、階段を下りていく姿があった。それを見届け、俺は引かず譲らずの3人ノーラに指示を促した。

「今からティルを取り戻すから、俺たちの保護を頼む」

「大量の魔虫が沸いている中、どうやって取り戻すのだ?」「なんなら、わたしが突破口を開いてやってもいいぞ」「ほかの影武者にも声をかけて協力してもらうか?」

 冗談だろ。21人のノーラを相手にしてたら、それこそ収拾がつかなくなるぞ。

「いや、3人で十分だ。とりあえず俺を守ってくれ」

 と、俺はノーラたちを盾代わりにしてスマホを操作した。

 時間停止のタイマー機能。

 確か、残り時間は8秒ほどだったはず。魔改造されたルールに従えば、連続停止時間はザッと30秒ほどになるだろう。その間に魔虫が湧き出る魔方陣をくぐり抜け、祭壇上のティルを奪い返し、戻ってくるという寸法だ。ちょっとギリだが、やってやれないことはない。

「やるぞ、ノーラ!」

「おう! いつでもこい!」

 3人ノーラの力強い返事とともにタイマーを連打すると、一瞬にして無音の世界が広がった。

 耳障りだった虫たちの金切り声が嘘のように消え、宙を舞っていた魔虫の体液が固形物のように固まり、魔物召喚の魔方陣までもが一定の光を放ったまま停止した。

「よしっ!」

 俺はすぐさま床を蹴り、魔方陣と魔虫の脇をすり抜けて祭壇に駆け上った。

「ティル……」

 生贄になっているとも知らず、安らかな寝顔のティル。

 キメ細やかな肌に、長い睫毛と柔らかそうな唇。

 白の寝間着姿が相まり、眠れる森の美少女を演出していた。

 って……そう言えば、久しく間近で寝顔を見てなかったなぁ。

 と異世界転移の初日を思い出しながら、目の前に立つ理事長を見上げた。

 狂気を満たして睨み下げる理事長の両眼。時間が止まっているにもかかわらず、背筋がゾッとするほど恐ろしい眼光だった。

「こっちはこっちで典型的な悪役魔女だな」

 理事長のおでこに落書きのひとつでもしたかったが、しかし、そんな猶予など一秒たりともない。

 俺は寝ているティルを素早く撮影し、再生召喚させると同時に偽ティルを魔方陣の輪の中に寝かせた。その時間約十数秒。

 すり替わったことに気づいた元オッサンのバカ面を想像しながら、俺は肩越しにティルの両腕を回し、背負い上げた。

「よっこらしょ……」

 って、意外と重いですね……ティルさん。ハッキリ言って見た目の1・5倍はあるんですけど。

「ふん!」渾身の力でもって背負う俺。たぶん明日は筋肉痛かぎっくり腰になっているだろう。と言うか、どうしてこんなに重いんだ?

 背中に当たっている柔らかい胸が原因かな? と何気なく後ろを見れば、ズルズルと地ベタを引く長い尻尾が。

 あぁ……なるほど。重いのは、ドラゴンの尻尾が原因か。

 父親との絆であり、ティル専用の抱き枕。

 尻尾だけで、いったいどのくらいの重さがあるんだろ?

 などとアホなことを考えている間に、ときが時間停止の終わりを告げた。

 ピギィィィィィィィィィィィィイッ!

 瞬間にして無音から喧騒へと早変わり、動き出した世界が音圧となって俺の鼓膜を圧迫した。

 くそ! ガチでうっせー!

「ユータオー! なぜ、そんなところにいる!」

 魔虫たちの間をかい潜る俺に気づき、慌てて詰め寄ってつゆ払いをするノーラたち。

「どうやってティルを?」「いったい、なにがどうなってるんだ?」

 背後にいたはずの俺が、脈絡もなく眼前に現れたのだ。きっと3人には、俺が瞬間移動したように見えたことだろう。

 ノーラたちに護衛されながら元オッサンのアホ面を拝もうと祭壇を見返せば、理事長は生贄が入れ替わったことも気づかず、力強い声で儀式を締めくくっていた。

「我が命に従い、復活せよ。シシルイルイ!」

 シシルイルイ? もしかして、あの幻の生物のことか?

 刹那。祭壇の魔方陣が発光し、ほのかな光がティルを包み込んだ。

 とそこへ、階下から上がってきたコンシェルジュ獣人ヌラミとリシャンが目を丸くしていた。

「ルロォ様……」

 とヌラミが敬うように祭壇上の理事長を見つめる一方で、リシャンが血相を変えて俺に詰め寄ってきた。

「いったい、この騒ぎはなんなのよ?」

「説明は後だ。それよりリシャン。ティルをどうにかしてくれないか。眠らされているみたいで全然起きないんだ」

「下がってて」

 リシャンに言われ、俺はすぐに半歩身を引いた。

「どうやら中毒性のある果実を摂取しすぎて、昏睡しているみたいね」

 たぶんクサイチゴの飲みすぎだろう。正に摂りすぎ、やり過ぎは良くないという手本だな。というより、おまえもおびき寄せるために加担してなかったっけ?

「ドラゴンちゃんがこうなるってわかってたら、最初から断ってたわよ」

 おどろおどろしい理事長の儀式をかいま見ながら、ティルの胸に手を当てて呪文を唱えるリシャン。察するに解毒術か何かなのだろう。するとすぐに効果が現れ、ティルの瞼が持ち上がった。

「あれ、ユータ? って……ここ、どこ?」

 幼子のように半目をこすりながら上半身を起こすティルに

「塔の最上階だ。そんなことより、体のほうは大丈夫か? ダルいとか、頭が痛いとかないか?」

 寝癖でハネているティルの髪を整えてやりながら、後遺症や依存症を案じていると

「からだ?」

 なぜか、お尻の尻尾を動かすティル。

「うん。別に問題はないけど……なんで?」

 まさかと思うけど……尻尾そっちが本体とかじゃないよね。

「いったい、なにが起こってるの?」

 空中に浮かぶ魔方陣の下で魔虫を駆除し続けているノーラたち。その向こう側の祭壇では光に包まれている身代わりティルがいるのだから、混乱するのも無理はないだろう。

「これで長寿の夢が叶う」

 理事長が天を仰いで不老不死を求めた途端、祭壇場の魔方陣が輝きを増し、身代わりティルが淡く白い光とともに霞んでいく。

「ねぇ、ユータ。なんで、わたしがあっちにもいるの?」

 昇華していく自分自身に理解が追いつかず

「ユータ、ユータ! あっちのわたしが消えちゃう!」と慌てて起き上がるティル。

「慌てるな、ティル。あれはティルの複製だ」

「わたしの複製?」

「そうだ。理事長がドラゴン眷属であるティルを媒介にして、願望を叶えようとしているんだ」

 と説明してた矢先、祭壇の身代わりティルと入れ替わるようにデカい怪鳥が姿を現した。

「おお……これぞ、わたくしが求めていたもの」

 顕現した魔獣を、歓喜の目で見上げる理事長。

 獅子のごとく太い四つ脚と、肉厚で大きな両翼にゴワゴワした体毛。

 そしてなにより極めつけは、竜のような頭が二つ生えていたことだった。

「おいおい……冗談だろ」

 ヤバすぎる巨体に加え、威圧する眼力が恐竜の類いそのものだった。

「あ、あれは……言い伝えに聞く不死鳥シシルイルイ……」と唇を震わせるリシャン。

「シシルイルイって、伝記上でしか存在しない架空の鳥じゃねえのかよ?」

「そうよ。でも、まさかこの目で実物を見るなんて……正直、私もビックリよ」

 確か、理事長は「長寿の夢」とか言っていたな。なるほど。元オッサンも老いには勝てず、不死鳥シシルイルイを召喚したってわけか。その上で学園理事長という利権を永遠のモノにしようという魂胆……いや、待てよ。

 あれだけの巨体だ。場合によっては、シシルイルイを操って世界征服なんてこともできんじゃねぇ?

 そんな憶測を巡らせていると、背後にいたヌラミが憫笑びんしょうした。

「永遠の力を手に入れた以上、もはやルロォさまに敵はおりません。ゆえに、あなたたちなど赤子の手を捻るも同然」

 くそぉ……確かに、魔獣相手じゃ勝ち目は100%ないな。

 だとすれば、ここは逃げたほうが上策か。と考えているそばから、最初に再生召喚したノーラが目の前で消えていく。

「くそ、もう時間切れかよ!」

 すかさずスマホからノーラ残機10人を召喚し、残った魔虫駆除にあてて、頃合いとばかりに指示を出す。

「おい、ノーラ! タイミングを見計らって撤退するぞ!」

 するとノーラたちが揃って反論の声を上げた。

「なぜだ! この期を逃せば、理事長ヤツの思うがままだぞ!」

「そうだ! 友たちの怨みを晴らすには、今しかない!」

「そんなこと言っている場合か。殺されちまったら意味ねぇだろうが!」と異を唱えたときだった。

 ふたつ首のシシルイルイが理事長に向け、地獄の底から響くような声を放った。

『我らをシシルイルイと知って、復活させたのは汝か?』

 その問いに、ルロォ理事長が頬を綻ばせた。

「そうです」

『我らと永遠の命を契約する者か?』

「そのために、復活を望みました」

『その言霊に偽りはないな。よかろう。では我らの儀に従い、汝の魂を……』

 と新たなる儀式が始まる直前、ティルが異議ありとばかりに叫んだ。

「まちなさい!」

『我らの神聖なる儀式を邪魔だてするキサマは何者だ?』

 ギロリと睨むふたつ首の魔獣に、ティルも威嚇するように太い尻尾を一振りして床を鳴らした。

「あなたが復活するために消えていったわたしの複製の元となるティルスノッテよ!」

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