第5話 シナリオ
私はアメリアを目の前にして、固まってしまった。
前世の記憶があることに気づいた時点で薄々感じていたことだ。
『エリザ』という令嬢がいること。
その婚約者が『第二王子ウィリアム』であること。
そして、ここが『オルガド王国』で、ウィリアム達は15歳になると『オーディン魔法学園』という全寮制の学校に通うこと。
自分の名前だけだったら思い出せなかった。
けれど、前世でみーぽんが何度もウィリアム王子の名前を出すから覚えてしまったのだ。
ついでに『あの恋』のゲームもみーぽんから借りて、ちゃんと全ルートコンプリートしている。
みーぽんやいおりんほど乙女ゲーにははまってはいなかったけれど、ゲームを始めたら全ルートクリアすることが私のモットーだ。
しかも、全クリでしか出ないシークレットルートさえも完全制覇している。
『あの恋』の世界については、多少なりとも知識はあるし、今後の展開も頭に入っていた。
世界観がかなり類似しているとは思っていたけど、本当に『あの恋』のシナリオ通り進行するかはまだ疑わしく思っていた。
が、この場面を目の当たりにして確信した。
今まさに、『あの恋』の物語がシナリオ通りに展開している!?
ということは、エリザ嬢はヒロインのライバルで悪役ということになる。
私が悪役令嬢!?
いや、だって、私、あんなキャラじゃないし、ウィリアム王子も好きじゃないし、アメリアの事も庶民上がりだからって苛めようとなんて思っていないし……。
こんな状態で『あの恋』の物語がちゃんと進行するのか?
というか、エリザの結末ってどのルートでも同じ結果じゃなかったっけ?
アメリアへの嫉妬に狂ったエリザが密かに暗殺しようとして、逆に攻略対象に殺される。
そんな未来はダメで決まっているだろう!!
私はひとり頭を抱えて、真っ青な顔をして立っていると、アメリアが心配そうに私に駆け寄って来た。
「大丈夫ですか?」
アメリアは心配して尋ねてくれたのに、触れようとした彼女の手を私は思い切り叩き払ってしまった。
「触らないでくださる?」
自分でもその言葉を聞いて驚いた。
これではまるであのゲームに出て来るエリザそのものではないか。
私はわなわなと震えながら、アメリアを見下ろしていた。
「ご、ごめんなさい……」
アメリアも困惑しながら、叩かれた手を抑えて謝ってきた。
そうしている間に馬車の中にいたニアまでが外へ出てきて、私に声をかける。
「エリザ様、どうかされました?」
ニアは何が起きたのか全く分からず、不思議そうな顔をしてこちらを窺っていた。
私は慌てて振り返って、ニアに馬車に戻るように言った。
「何でもありませんわ! さぁ、早く学園に向かいましょう」
私はとにかくこの場から逃げたくて、ニアを馬車の中に押し込むようにして自分も中に入った。
そして、馬車の中から馭者に向かって指示を出す。
「構わないで、さっさと学園に急いで頂戴!」
今はとにかく冷静になりたい。
心のどこかではわかっていたことだが、本人を目の前にした瞬間、動揺してしまった。
もしこの瞬間、ゲームのプロローグ通りにアメリアが私の前に現れなかったら、ただの類似した世界と認識し、ゲームとは無関係だと思い込んだだろう。
しかし、実際に彼女は予定通り現れてしまったのだ。
物語が始まってしまう。
私は今後どうするべきか必死に考えた。
『あの恋』のプロローグは確か、アメリアに学園から手紙が届いて、司祭様からの紹介で学園に特待生として進学することを許されたところから始まる。
彼女の両親は既に他界し、今まで下町で働きながら生活していた。
生活が苦しい中でも彼女は、教会に教本を借りながら最低限の教養を身に着けていく。
ある日、彼女に他の人にはない特別な力があることが発覚し、それを司祭様に話したところ、司祭様がこのオーディン魔法学園の学園長に相談したということだった。
そんな彼女が急いでオーディン魔法学園に向かう途中、とある馬車と衝突しそうになる。
それがエリザ嬢の馬車だ。
エリザはその時、みすぼらしい格好の彼女を見て軽蔑の眼差しを向け、怪我をした彼女の事を無視し、馭者に学園に急ぐように言い放つのだ。
私は
予定ではこの後、転んで怪我をしてしまったアメリアをウィリアムが見つけて、自分の馬車に乗せてあげ、学園の寮に向かうんじゃなかったかな。
いくらコンプリートしたからって、ゲームをやっていたのは死ぬ前の何か月も前だし、転生してから15年は経っているのだ。
細かいところまで覚えているはずがない。
それにゲームではアメリア視点だから、エリザの細かい状況など知るはずもない。
これからどうすれば私はシナリオを無視して、破滅人生という悪夢から逃れられるのだろうか?
そう考えると更に頭が痛くなってきた。
「エリザ様、どうかされましたか?」
ニアが私を気にかけて声をかけてくる。
私は心配かけまいと顔を上げて、大丈夫と笑った。
「少し驚いただけ。午後からはエントランスセレモニーに参加するから、ニアも荷物運びと支度を手伝ってくれる?」
ニアははいと元気よく頷いた。
私は特別寮の自室に案内され、早速長椅子に腰を下ろした。
その間にせっせとニアたちが部屋の準備を始めている。
私はそれをぼんやり眺めながら、今後どう行動するべきか考えていた。
予定通り進行しているのなら、今頃アメリアはウィリアムに出会っているだろうな。
これがきっかけで二人は仲良くなるのだ。
その後、イベントを介しながら、仲を深めていくというのが大まかな流れだったと思う。
それを見かねたエリザがアメリアに対して何かと突っかかっていくんだっけ?
最初は庶民上がりの特待生である彼女に嫌がらせをするんだけれど、そのうち婚約者のウィリアムと仲良くなったことを知って更に激情するんだよね。
まぁ、今更私がウィリアムの事で嫉妬するとは思わないけれど、それでも悪役ポジションなのは変わっていない。
このままだと私、彼女と結ばれる攻略対象に殺されてしまう。
それだけは何としても回避しなければ。
懸命に考えながら部屋を歩きだし、窓の外を眺めると館の前に一台の馬車が止まっているのが見えた。
あんな絢爛豪華な馬車は王族のウィリアムぐらいしかいない。
そこからウィリアムが降りてきて、次にエスコートされたアメリアが降りて来た。
私はそれを見て、厄介なことになったと実感する。
本来のエリザならこれを見て、嫉妬の心に満ちていたのだろうけれど、今の私の心は嫉妬ではなく、不安と恐怖でいっぱいだった。
着実に物語はシナリオ通り進んでいる。
私は二人の恋路を邪魔するつもりはないけれど、もしそうなった際に私はウィリアムから婚約を破棄されて、ひどく恥をかかされるのではないのだろうか?
これこそ、家に泥を塗ることになるだろう。
このまま何もしないという選択を選んでも、私の平穏な生活は守られないのかもしれない。
もし、この世界に転生したのが私ではなくみーぽんならどうしていただろう?
そう考えながら窓の外を見つめていると、後ろからニアの声が聞こえた。
「エリザ様、お客様がいらっしゃっていますよ?」
お客様?
ウィリアムの事だろうかと思い、振り向くとそこにはとんでもない二人が立っていた。
「お初にお目にかかります、エリザ様。わたくし、フィリップ家のロゼと申しますわ」
そして、隣の少女も同じようにお辞儀をして挨拶をする。
「わたくしはガルビアン家のセレナです。侯爵家のエリザ様とはぜひ仲良くさせていただきたく思い、参上いたしました。どうぞ、お見知りおきを」
ああ、ついに現れてしまった。
彼女たちはエリザの取り巻きであり、エリザと一緒にアメリアを苛めていた張本人たちだった。
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