【番外編】愛する君へ
父が死んでから4年という月日が経っていた。
あの事件はルークにとっても忘れがたい事件であり、今でも彼の胸に重くのしかかっている。
妹のマリーも始めの頃は心を病んで部屋から出てこない日が続いたが、今ではすっかり元気になり、もうすぐヒルラウ伯へ嫁ぐ予定だ。
母親は思いのほか冷静で、全ての判断を国に任せた。
結局、公爵家から侯爵家へと降格したが、実質ヴァロワ家からその座を受け渡されたような形だった。
この事件にヴァロワ卿も無関係ではない。
責任を取ることも理由の一つだったのだろう。
ルークは今、辺境地の軍事管理官として忙しく働いている。
公爵となったウィリアムと協力しつつ、先代の方々に教えを請いながらなんとか頑張っていた。
お陰でヴァロワ領に通うことも多く、エリザやリオと顔を合わすことも多い。
エリザとの関係はお互いに大人になったこともあり良好であったが、リオとは相変わらずだった。
どちらかと言えば、リオの方が突っかかって来る。
しかし、今日は仕事の用事でこのヴァロワ領を訪れたわけではない。
ついにこの日がやってきてしまったのだ。
「本当に長かったと思うんだよ、ボク。4年だよ? 婚約して4年。卒業してからはすっと一緒に暮らしているというのに、お預け状態だよ」
リオはベランダの手すりに肘を乗せながら呟いていた。
ルークはそれをさりげなく下ろさせる。
「そんなの普通だろう? ウィリアムとエリザは6つの頃からだったから約10年間婚約状態だったんだぞ。4年なんて、全然短いじゃねぇか」
「それは子供の頃の話だし、二人は別に恋仲ってわけじゃなかったじゃないか。それに学園を卒業したら結婚するつもりだったんだろう? ボクは15歳で卒業しているから、実質2年待たされたんだ。15、6で結婚するなんて当たり前なのに、どうしてエリザは18歳に拘ったんだろう?」
呆れた表情でルークはリオを見る。
そんなことを自分に話されても正直、困るのだ。
それにリオがエリザに惚れていることは知っていたが、あの超鈍感でいい加減なエリザがリオと同じような情熱を持っているとも思えない。
「俺に聞かれても知らねぇよ。お前がなかなか大人にならないから、成長するまで待ってたんじゃねぇの?」
「はぁ? ボクが大人じゃない?」
リオは不服そうな顔で背筋を伸ばした。
こうして見ると4年前に比べても身長もかなり伸び、見た目はすっかり青年だ。
昔はエリザとあまり変わりなかった身長も、今ではウィリアムよりも高い。
辛うじてルークは負けていなかったのが救いだ。
「中身がだよ。見た目や頭が大人でもお前の場合は中身が子供のまんまなんだよ。いい加減大人になれ」
「それってつまりボクに大人のように慎ましく生きろって言うの? そんなの御免だよ。君たちのような無能な大人の言うことなんて聞いてたら、ボクはストレスで頭が爆発しそうだ」
リオの話を聞いてルークは深いため息をついた。
「そう言う所だよ! これからはエリザとタックを組んでこの領地を守っていくんだろう? まぁ、お前は母国でいろいろと学んできているから、十分な知識はあると思うけど」
「ボクは君たちより2歳下だけど、頭脳は君らよりずっと上だよ。馬鹿にしないで欲しいよね。領地の統治なんてボクにかかれば朝飯前さ!」
リオが自信たっぷりに答えると後ろから誰かの声が響いた。
「何が朝飯前だって? 領主の仕事嘗めるなよ」
そこに立っていたのはエリザだった。
ルークは彼女の姿を見て、言葉を失う。
それは彼女が花嫁衣裳を纏い、綺麗に着飾って立っていたからだ。
それがあまりに綺麗で釘付けになっていた。
そんなルークを見て、リオは不満そうな顔をして肘でルークの腹をついた。
不意打ちを疲れたので、ルークもつい変な声が出る。
それを見たエリザがおかしそうに笑った。
「何やってんの、二人とも。式も始まるんだから、いい加減リオも準備して。ルーク、ごめんね。また式で顔出すから」
彼女はそう言ってルークの前からリオを引き放して式の準備をさせる。
そうだとリオはルークに言い忘れた事があったようで引き返してきた。
そして絶妙な上目づかいをしながら話しかけて来る。
「もうエリザはボクのものなんだから、ちょっかい出さないでよね」
こういう所は本当にマルグリットそっくりだと思った。
「出さねぇよ。もういいから行け!」
ルークはそう言って掌を振りながら、リオを追い払った。
そして、二人の後姿を見ながら、ついにこの日が来たのだなと思った。
昔の二人はまだ幼く姉弟のようだったのに、今ではすっかりお似合いのカップルだ。
エリザもリオの事は大事に思っているようで、ルークが入る隙などもうどこにもなかった。
婚姻の儀が始まった。
会場はヴァロワ邸自慢の庭園内だった。
祝いの席にはウィリアム、アメリア、従兄弟のギルバートは当然のこと、クラウスまで呼ばれていた。
流石に国王は出席できなかったが、代わりに王妃が出席していた。
それだけでも大層な話だ。
会場に二人が現れる。
それを見た多くの招待客が歓声を上げていた。
二人はゆっくりと神父に向かって歩いて行く。
それをルークはぼんやりと眺めていた。
二人の幸せそうな顔に複雑な感情が芽生える。
儀式は着実に進行していった。
ルークはどうしても落ち着かず、儀式が終わる前に席を立った。
そんなルークを隣で座っていたクラウスが引き留めたが、軽く謝罪をして席を外した。
ルークは一人、海を眺めていた。
ヴァロワ領は海にも面していて、大きな港まである栄えた領地だ。
屋敷からでも海を見渡すことが出来た。
ルークは潮風に煽られる髪を抑えながら、地平線の先を見つめていた。
そんな彼に後ろから誰かが声を掛けて来た。
「ルーク。あなた、式から抜け出してきたでしょう?」
振り返るとそこには笑顔のアメリアがいた。
こうして二人きりで話すのも久しぶりだった。
「アメリア、見てたのか?」
「席を外すところをね。やっぱり二人の姿を見るのは辛い?」
彼女はそう尋ねながら、彼の隣に立った。
「なんで俺が……」
「今更誤魔化さないでいいよ。あなたの気持ちは、みんなわかっているから」
アメリアにそう言われて、情けないやら恥ずかしいやらで彼は俯いて頭を掻いた。
「……アメリアは、いつから気づいてたんだ?」
ルークは横目でちらっとアメリアを見ながら尋ねる。
アメリアはその場で腕を伸ばしながら答えた。
「うぅん、どうかなぁ。今思えば、ルークは私と知り合った時にはもう彼女の事を特別視していた気がする」
「はぁ!? アメリアに会った時って、俺はアメリアに惚れていたんだぞ? そんな時に他の女なんか気にするわけがないだろう。まさか、俺がそんな二心を持つような男だと思っていたのか?」
侵害だというようにルークはアメリアに訴えた。
彼にはそんな自覚は全くなかったからだ。
「ルークが私に言ってくれた言葉が嘘だなんて思っていないよ。ただ、ルークの無意識の中にエリザさんがいたんだろうなって思うの。私と初めて関わった時もエリザさんと対面していた時だし、嫌がらせを受けていた時もルークはいつも彼女を見ていた。感情的になると彼女に突っかかっていたし、ルークが素直な感情をぶつける相手は常に彼女」
「そんな、俺は……」
「責めている訳じゃないの。ルークが私の事を必要としてくれたことも大切に思っていてくれたことも本当のことだってわかっているよ。でも、それとは違う意味でルークにはエリザさんも必要だったんじゃないかな。あなたにとってエリザさんは唯一、素直な感情を出せる甘えられる存在だった。ご両親との関係もあってギクシャクしてしまったところもあるとは思うけど、きっとそれだけじゃなかったんだよね」
ルークはそれ以上何も言い返せなかった。
思い返してみると自分はいつもエリザに突っかかっていた。
意識なんてしていなかった。
親同士が敵でエリザの事を生意気な女だと思っていて、気に食わないから気になっているのだと自分では思っていた。
ただ、いざエリザが目の前で殺されそうになった時、彼の身体は自然に動いていた。
死なせたくない。
守りたいという感情が意識する前に溢れていた。
彼女が自分に対して涙を流している姿を見た時、初めて意識したのだ。
自分にとって彼女がどういう存在だったのかを。
目を離したくても離せない、気にしないようにしても気になってしまう、理性なんかではコントロールできない感情を。
アメリアのそれと似ているようでまた違った感情だった。
ルークは初めてエリザと出会った時のことを思い出す。
それはウィリアムが開いたお茶会の席だった。
ウィリアムは嬉しそうに自分の許嫁であるエリザを紹介していた。
初めて会う相手なのにエリザはにこりともせず、軽く自己紹介するだけだった。
楽しそうに話すウィリアムの横で無表情のエリザ。
なんて勝手な女なんだと腹立たしかった。
父親が彼女の両親と仲が悪いことなど気にするつもりは無かったが、可愛げのない彼女を見て、やはり侯爵家の令嬢などこんなものだと思った。
だから、彼は彼女を見る度にちょっかいを出していたのだ。
何をしても動じない、誰にもひれ伏せない、恐れない彼女の素直な反応が見たくて。
そんなある日の茶会の席でルークはエリザに馬鹿みたいなクサイ台詞を吐いた。
これは知り合いの伯爵が女性を口説くときの真似事だった。
それを聞いた彼女がなぜか腹を抱えて大笑いしたのだ。
何がおかしかったのか、何がそんなに笑えたのか彼にはわからない。
それでも自分の言葉で彼女が我を忘れて大笑いしている姿を見て嬉しかった。
本当の彼女を自分だけが知っている気がして。
今考えれば、どこか羨ましかったのかもしれない。
嬉しそうに許嫁を紹介するウィリアムが幸せそうで。
それとは真逆の反応を見せるエリザにも興味を持っていた。
あれが恋だったと言うなら、アメリアの言う言葉も理解できる。
あの時の自分は幼すぎて、それが恋愛感情だなんて知らなかったのだ。
「複雑な心情だとは思うけど、今日ぐらいはお祝いして上げて。二人にとって門出なんだから、笑顔で見送って上げましょう」
アメリアはそう言って微笑んだ。
今でもルークはアメリアの事が好きだ。
その気持ちは変わらない。
けれど、その気持ちは恋愛のそれというよりも無二の友としての信頼に近かった。
アメリアに会えて良かったと今でも心からそう思う。
そして、彼女が幸せであることも嬉しい。
「アメリア、ありがとうな」
ルークの言葉にアメリアはただ頷いてその場を離れた。
もう暫くの間、ルークはその場で海を眺めた後、心を決めて会場に向かった。
月日は更に流れ、ヴァロワ家は更に賑わいを見せていた。
エリザとリオが結婚してから2年後には長女のリョーカが生まれ、その2年後には長男のレオンが生まれた。
エリザは見た目こそリオそっくりで小さいマルグリットのようだったが、性格はどちらに似たのかやんちゃで暴れん坊だった。
ヴァロワ家の血筋なのか魔法耐性はあるおかげで、魔法はあまりつかえない。
しかし、剣術や体術に関してはそのへんの兵士には負けない強さだ。
テオの念願の希望で現第一王子のマシューと婚約関係にあった。
マシューはリョーカとは全く違うタイプではあったが、男らしいリョーカを見て一目で気に入ったらしい。
リョーカ本人としてはあまり気にしていない。
そんな天真爛漫なリョーカに毎日手を焼いていたのはメイド長のルナだった。
エリザから見ると昔の自分とエマの姿そのものである。
かわって息子のレオンはとても大人しく気の小さい男の子だった。
何をするのも姉の後ろに隠れて、自己主張をするのが苦手。
そんな彼を見ていると前世の自分を見ている気分になっていた。
相変わらず侯爵家のルークとは交流があって、時々二人の子供の世話を焼くこともあった。
リョーカは父親に似たのか、ルークの事を警戒気味に見ていたが、レオンはなかなか懐いている。
そんな彼にリオはぽつりと呟くことがあった。
「君ももういい歳だけど、まだ所帯をもつ気はないの?」
それが嫌味だということはわかっている。
ルークは複雑な表情で答えた。
「話は上がっているんだけど、なかなか条件のいい女性がいなくてな。婚約までは出来たんだが、忙しいのもあって破談になっている。うまくいかないものだな」
しかし、リオは相変わらず疑わしい目で彼を見ていた。
「そんな事言って、未だにボクの妻の事を忘れられないとか言わないでよ。ボクは君が所帯を持ってくれないと安心できないよ」
わざとらしく答えるリオ。
ルークは何とも言えない表情で笑った。
本人としてはそんなつもりはないのだが、確かに婚約者を決める度にエリザの顔がよぎるのは本当だ。
早く彼女への感情を忘れて、正式なパートナーを見つけたいとは思っているが、忘れようとすればするほど忘れられなくなっていた。
未だに仕事で顔を合わすし、彼女は気さくにルークにも話しかけて来る。
やっと良好な関係を気づけたんだ。
それを崩したくないという気持ちもあった。
結局彼は、40歳を過ぎても所帯をもつことはなかった。
リョーカも無事に王家に嫁ぎ、レオンも次期当主を勤められるように切磋琢磨していた頃、リオは研究に行き詰まっていた。
そんな場所にルークが出くわしてしまったのだ。
研究室に入るとリオは机の上にあった実験道具を薙ぎ払っていた。
床に落ちる試験管やいろんなものが地面で砕け、部屋はひどく荒れていた。
そんな暴れまわるリオをルークが必死で止める。
こんな風にリオが理性を失い暴れまわるところを初めて見た。
「どうしたんだ、リオ! 何があったんだ?」
ルークは彼の肩を掴み尋ねる。
彼は頭を抱えながら答えた。
「ないんだ……。防ぐ方法がない……」
「防ぐ方法って、何を防ぐ方法だ?」
ルークが再び尋ねる。
すると真っ青な顔をしてリオが顔を上げて答えた。
「グラブディアの人間が抱える短命を解消する方法だよ。この運命からはどんな治療も魔法も通用しない。ボクの何十年もの研究は意味がなかった」
ルークは絶句して、その場で固まった。
「解消する方法があるとすれば一つ。違う血族と交わること。だから、リョーカやレオンには影響はない。けど、ボクは純粋なグラブディアの人間だ。生まれて来てしまった以上、どうすることも出来ないんだ」
「短命って……、どれくらいなんだ。お前の命はどれぐらい残されているんだ?」
固まっていたルークがやっとリオに質問した。
リオは頭を大きく振った。
「わからない。明日かもしれないし10年後かもしれない。グラブディア人の平均寿命は40歳だ。50歳まで生きられればいい方だ」
リオはもう40歳目の前だった。
つまり、いつ死んでもおかしくない状況なのだ。
ただ、寿命が短いと言っても極端に老化するわけではない。
体内の抵抗力が落ちたり、筋力や視力が落ちたりと少しずつ衰弱するケースが多いという。
特に病気にかかりやすく、風邪や肺炎でなくなるケースも多い。
「ボクはまだ死にたくない。やっと手に入れた幸せなんだ。こんなに早く手放したくない。家族と離れ離れになるのは嫌だ!!」
リオは大声で叫んだ。
そんなのは当たり前だ。
ルークにだって理解できる。
しかし、そんな彼をどうにかしてやれる人間などどこにもいないだろう。
彼ほどの研究者が辿り着いた答えを覆すことなど出来ない。
「諦めるなよ。お前らしくもない。運命がなんだっていんだ。お前はいつだって図々しく、人の気持ちなんて考えないで好きなように生きて来たじゃないか。これからだって同じだ。お前ならそんな運命……、跳ね除けられる……」
こんな言葉は気休めだとわかっている。
それでもルークにはもうなんて言葉をかけてやればいいのかわからなかった。
暫くの間、沈黙が続いた後、リオは小さな声で呟いた。
「もし、ボクが彼女より早く死ぬことがあったら、その後は君に彼女を支えてほしい」
その言葉にルークは驚きを隠せなかった。
あれほどエリザに近づくことすら嫌がっていたリオがルークにエリザを託すことなんてありえないことだったからだ。
「何馬鹿言ってんだ! しっかりしろよ!!」
「ボクだって本当は嫌だよ!! 誰にも彼女を託したくなんてない。彼女の隣にいるのはずっとボクなんだと思って来た。けど、それが出来ないんだ。出来ないとわかっているのに、彼女を孤独になんてできない。彼女はああ見えて、打たれ弱いところがあるんだ。きっとボクという家族を失ったら、彼女一人では立ち上がれない」
「それでも、お前の残した家族がいるだろう? リョーカだっている。レオンだって側にいるじゃないか。他人の俺になんて任せなくたって、エリザは――」
「それでも、彼女には心の支えがいるんだ! 子供ではない同じ大人の対等な人間が。ボクはよくも知らない人間に彼女を任せたくなんてない。そんなことをするぐらいなら、君に任せた方がずっとましだ。どうか、彼女を助けてほしい。ボクの代わりに支えてあげて……」
ルークはそれ以上何も言えなかった。
ただ、小さく頷いて悔しそうに目を閉じた。
奇跡なんてそう簡単には起きたりはしない。
いや、これは奇跡に近かったのかもしれない。
彼はあれから約6年間生き、46歳という短い生涯を終えた。
エリザもわかっていたのか、どこか覚悟をしていたようにも見えた。
父親が亡くなった日、珍しくリョーカの方からルークに話しかけて来た。
「おじさん、もしかして父に母の事を頼まれた?」
相変わらず生意気な話し方だったが、ルークは小さく頷いた。
リョーカはやはりと言った顔で小さく息をついた。
「私、別におじさんのこと嫌いなわけじゃないの。でも、おじさんが母の事をずっと特別視していたのは知ってた。自分の母親に横恋慕する相手って複雑でしょう? でもおじさんは紳士だから最後まで邪魔しようとなんてしなかった。父が許したならいいの。どうか、母さんを支えてあげて。あの人には、やっぱり隣で支えてくれる頼れる人が必要なのよ。しっかりしているように見えて、抜けているところが多いから、誰かが見てあげないと……」
娘に抜けているなんて言われて、母親としては複雑だろうが、それにはルークも共感した。
リョーカは賢い子だ。
多くの事を知っているからこそ、複雑な感情だったのだろう。
「ありがとう、リョーカ」
ルークがそう答えると、リョーカは何かを思い出したようにあっと大声を上げてルークを指差した。
「もし、母さんとおじさんが再婚しても私はあんたのこと『お父さん』なんて絶対に呼ばないからね!」
その態度を見た時、昔のリオを思い出し、笑ってしまいそうだった。
リョーカは見た目も中身もリオそっくりだ。
魔法が使えないだけで、彼女はどこまでも父親に似ていた。
だからこそ、耐え切れず涙が出た。
もう、あの友人とは二度と会えないのだと実感した。
自分の想いなど添い遂げられなくていい。
彼らの幸せな姿を見られたらそれで良かった。
こんな結果を彼は望んでなどいなかったのだ。
それでも彼の願いなら、約束は守ろうと思った。
自分の前で泣きだすいい大人を見て、リョーカはどうするべきがわからずあたふたする。
そんな彼女は愛らしかった。
葬儀を終えた後、ルーク以外の客人は屋敷を後にした。
寂しそうにベランダから領地を見つめるエリザを見つけ、ルークはそんな彼女にそっと近づいた。
彼女もルークに気が付き、語り出す。
「昔ね、ここでリオと約束したの。一緒にこの領地を守っていこうって。未熟な私にはやっぱりリオが必要だったからさ。それを彼はプロポーズだって言って、いつの間にか婚約まで交わされたけど、後悔した日なんて一度もない、いや、なくもないか。リオは相変わらず口は悪いし、我儘だし、人の話聞かないし、生まれてくる子はリオそっくりだし、結婚する相手間違えたかなって思った時もあったけど、今はね良かったと思ってる。リオがいたから私は今までやって来れたんだよ」
彼女はそう言って顔を上げた。
悲しいはずなのに笑っている。
それが余計に切なかった。
「これからは一人で何でもしないとね。他人ばっかりに頼ってはいられない。レオンもいるけどまだまだだし、いい加減私も一人立ちしないと」
エリザは自分に言い聞かすように言った。
そんな彼女にルークは一言告げる。
「俺を頼れよ」
「え?」
その言葉にエリザは振り向いた。
「今度は俺に頼ればいい。リオの分、俺がお前の助けになるから。侯爵の俺がお前の事どこまで支えられるかはわからない。それでも、全力で助けるから、俺を頼ってくれ」
その言葉にエリザは涙を流した。
そんな彼女を彼は優しく抱きしめる。
「私……、私、リオネルの事、愛してた。すごくすごく、愛してた」
ルークは知ってると何度も頷いた。
「離れたくなかった。死んでほしくなかった。ずっと一緒にいたかった。あんな生意気なリオネルだけど、側にいないと私何もできなくて、彼に守られていないといつも不安で、なのに素直な感情も口に出せなくて、愛していたのに、誰よりも好きだったのに、ちゃんと伝えられなくて……」
エリザはルークの胸の中で子供のように泣いていた。
「口にしなくたってあいつはお前の気持ちにずっと気づいてたよ。あいつはお前の事誰よりも理解してた。だから、安心しろ。天国に行ったってあいつはお前の事忘れはしない。ずっとずっと愛してる」
好きな人にこんな言葉をかけるのは辛い。
けれど、それ以上に愛する人を失った想い人を見る方がもっと辛かった。
彼女はそのまま彼の胸の中で泣いた。
声が枯れるまで、涙が出なくなるまで、屋敷中に響き渡るような大きな声でひたすら泣いた。
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