第37話 登校拒否
昨日はあんな大見栄を切っていたが、翌日になると学校に行くのがすごく憂鬱になった。
ロゼ達と仲違いしてから私を領まで迎えに来る者はいなくなったし、覚悟をしていても苛められる側に立つというのは結構精神に堪える。
その日の私は布団から起き上がれなかった。
ニアは心配していたようだったが、学園には風邪をひいたことにしてもらい、数日は休んでやろうと思った。
これもいい機会だ。
あの口うるさいエマもいないことだし、思う存分小説を読んで過ごそう。
そう思い、私は寝巻も着替えないまま、ベッドでゴロゴロしながら読書を楽しんでいた。
しかし、私の人生、そう甘くはなかった。
翌日にはなぜか私の部屋にエマが現れ、私の惨状を見ると仰天してその場で怒鳴り上げた。
「エリザ様!! これはどういうことですか!? 学園にも行かないで、風邪を引いたと嘘までついてこの有様とは情けない!」
「ど、どうしてここにエマが……?」
私も寝巻のまま混乱して、尋ねる。
後ろには申し訳なさそうな顔をしたニアが立っているのが見えた。
それを見た瞬間、ニアが心配してエマに報告していたことを知る。
今まで気が付かなかったが、ニアは頻繁にエマに私の事を手紙で報告していたらしい。
今回の手紙も早馬で届けたようで、思いの他早くエマが到着したようだ。
彼女も急いで用意したのだろう。
いつもはきっちり整われている髪も乱れ、荷物も手あたり次第持ってきた様子だった。
そこまで慌てて来る必要もないのにとエマの行動力には毎度感心させられる。
しかし、これだともう楽しい引きこもり生活は出来そうにない。
私は枕を抱いて、エマに背中を向けた。
今回はただのサボりではないのだ。
登校拒否をするだけの理由がある。
「私、エマにどんなこと言われても、絶対に学園には行かないから!」
エマも私の登校拒否の理由を手紙で把握はしているようだった。
私の態度を見たエマは、大きくため息をつく。
「わかりました。無理に行けとはいいません。しかし、こんなことを旦那様たちにお知らせするわけにもいかないですし、かといって学習の遅れを見逃すわけにもいきません!」
私はその言葉を聞き、嫌な予感がして、ゆっくりとエマの方を振り返った。
「明日から家庭教師に来てもらいます。学園にはこのわたくしめが説明に参りますので、どうぞお嬢様は気兼ねなく、勉学に専念してください!」
「ちょっと待って、学園の寮の中で家庭教師って正気なの?」
「正気も正気! このままお屋敷に戻れば、否が応でも旦那様方に説明せねばなりませんよ? その方が困るのでは?」
確かにエマの言う通りなのだが、学園の寮内で家庭教師なんて前代未聞だ。
こんなことがばれたら、今以上に恥ずかしい。
「わかった、わかったから。明日から行きます! 行くから寮に家庭教師を呼ぶのは勘弁して!」
「承知いたしました。あまり、メイドのニアを困らせないようにお願いしますよ。それと、エリザ様。休みの日だからと一日中寝巻はよろしくありません。部屋の中にいらっしゃるとしても、毎日顔を洗い、ちゃんとした身なりをなさってくださいね。どんな時も淑女の心得を忘れぬよう」
「はいはい、わかったから、これ以上はいいでしょ!」
私はそう言ってベッドから起き上がった。
エマはそれを見て安心したのか、後の事は頼みますとニアに私の事を頼み、エマはひとまずニアが使っている使用人室に向かった。
今日一日はこの寮で寝泊まりし、明日朝方に帰るようだった。
私はニアに服を着せてもらいながら、ぼやいていた。
「別にわざわざこんなところまで来なくてもいいのに。心配なら手紙一つで片付いたんじゃないの?」
「エマさんは一目でもエリザ様の顔を見たかったのですよ。それに、あんな言い方はされていましたが、本当はエリザ様の事、すごく心配されていましたよ。エリザ様がお辛い思いをされている時、一番心を痛めているのはきっとエマさんでしょうから……」
ニアはそう優しく答えた。
もともとニアが頻繁に手紙を送っていたのはエマの為だったのだという。
本人としては本気で私についてきたかったようだがそれが出来ないのならばと、私の毎日の出来事を日記のようにしてニアが詳細に綴り、手紙を送っていたらしい。
「エリザ様、エマさんだけではありません。私も心配しております。もし、私に力があるなら、お嬢様を苛める奴なんて片っ端からバシバシと倒してやりたいぐらいですよ! だから、エリザ様も忘れないでくださいね。どんな状態に置かれても、エマさんも私もエリザ様の味方ですから」
ニアはそう言って笑った。
気が付けば私の目から涙の雫が頬に流れていた。
ああ、やっぱり自分が寂しかったのだと知る。
苛められて悲しかったことも辛かったこともこの二人の前では隠せない。
こんな姿は情けないけど、後から後から涙が溢れてきて止まらなかった。
ニアはエリザを着替えさせた後、少しエマのところに行ってくると部屋を出た。
そして、使用人室に入ると、部屋の中でエマが苦しそうに蹲って倒れているのを見つける。
「エマさん!!」
ニアは慌ててエマに近づき、声をかける。
エマも真っ青な顔をゆっくりとニアに向けた。
「大丈夫です。長い間馬車に揺られたので少し疲れたのでしょう。申し訳ないけれど、少し肩を貸していただけますか?」
ニアはゆっくりと頷いて、蹲っていたエマに肩を貸し、そのままベッドに移動させた。
エマの息は上がっていた。
エリザの前ではあんなに元気そうにしていたが、本当は立っているのもやっとだったのだろう。
「どうして無理されてまでこちらに来られたのですか? やはり、一目お嬢様の顔を見られたかったからですか?」
ニアは心配そうにして聞いた。
苦しそうな表情は変わらなかったが、それでもエマは弱々しく笑って見せる。
「それもあります。こんなことは初めてですからね。エリザ様はいつもああやって強がっていても、本当は寂しがり屋で、泣き虫で、すぐ根を上げて、飽き性で、でもとても優しい子なのです。きっと今もいじけているのではないかと思って、いてもたってもいられず来てしまったのですよ」
エマはニアの腕を摩って、迷惑かけますねとやさしい声で謝った。
ニアは必死で首を振る。
「お嬢様もエマさんに会えてとても嬉しそうでした。きっとものすごく安心して、心強かったのだと思います。私だけではお嬢様を励ましてあげられなかった。力不足で申し訳ありません」
「あなたが気にすることではありませんよ。あなたを連れて行くと決めたのは、エリザ様自身なのですから。これからはあなたがエリザ様の力になってあげてください。あなたは若い。きっと私のように辛い思いをさせずに済む」
ニアはその瞬間、どっと涙が溢れてエマの手を握りながら泣いた。
「ダメですよ! エマさんはずっと元気でいて、お嬢様の側にいてあげてください。お嬢様にはエマさんの代わりなんていないんです。エマさんはお嬢様にとって最も大事な人なんですから!!」
そんなニアの手をエマは優しく撫でた。
ニアもそっと顔を上げる。
「これは随分前からわかっていたことです。私はもうとっくに覚悟していますよ。だから、あなたが気に病むのはおよしなさい」
ニアは少し黙った後、改めてエマに尋ねた。
「エマさんがこのまま、お嬢様に何も言わずに去るおつもりですか? エマさんの病気の事知ったら、お嬢様きっとものすごく悲しまれます。知らなかったことを悔やまれます。それでも、何も言わずに離れるおつもりですか?」
「だからです。私はエリザ様に私の元気な姿を覚えていてほしい。こんな弱った私の姿など見せたくはない。ヴァロワ家の娘と生まれて来た以上、あの方には強くあり続けていただけていただかなくてはいけません」
そう言って、エマはニアを安心させるように優しく微笑んだ。
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