第36話 苛められる側

数日経っても私の噂話は収まらなかったが、特に生活に支障が出ることもなかった。


ロゼはご丁寧に毎朝私を見ると一番に嫌味を言いに声をかけて来る。


昔から思っていたが、彼女は本当にマメな女だ。


段々返答するのも面倒になって、「そうだね」だけ返していると悔しそうな顔をして走り去っていく。


相変わらずセレナは彼女の隣にいても私たちを見つめているだけで、何も言って来なかった。


気づけば、人の顔を見る度に嫌味を言ってくるルークも連日休んでいるようで、朝のロゼとのやり取りを終えると静かなものだった。






昼休みに食堂を活用するのも気が引けたので、最近では独り校舎裏でサンドウィッチなどの弁当を買って食べている。


「ねぇ、君、ボクと契約して実験台になってよ!」


私の後ろから突然、私にとって奇妙奇天烈な有機体であるリオが話しかけて来た。


私はものすごく険しい顔を見せる。


「君のそのお友達は、どこぞの魔法少女のファンの方かしら?」


「え? 知らないけど、長いこと一緒にいたからいろいろ教えてもらっちゃった。でも、もし本気で人間モルモット実験台になってくれるなら、大歓迎だけどね」


彼はいつものようににこやかな顔で答える。


「しかし、侘しいものだね。こんな場所に独りでお弁当? ぼっちなの?」


「あんたにだけは言われたくないわ」


私は言われっぱなしなのは癪なので、こっちからもはっきり言い返すことにしている。


当の本人もあまり気にしていないようだが。


「意外な展開になって来たね。以前のシナリオとは大違いじゃないか」


そう言って、私の弁当からサンドイッチを一つ拝借するリオ。


本当に手癖の悪い少年だ。


「これってシナリオ改変しているってことになるの? 全然、ハッピーエンドに近づいている気がしないんだけど」


「どうだろうね。確かに内容は変わっているけど、君が今でも悪役というポジションで、周りからは相変わらずアメリアの敵と見なされているのなら改変したとは言えないかもね。どの道、結論は同じになりそうだ」


だよねぇと少しでも期待していた自分にがっかりした。


結局、ヒロインを苛めていた悪役令嬢が今、制裁を受けているって感じだもんなぁ。


シナリオ的には私がその内逆上して、アメリアに復讐しようとする段取りなのだろう。


「ついでにシナリオ改変が成功しても、君が幸せになるという確率は非常に低いけどね。でも、人間、希望は持つだけ、持っておいた方がいいよ」


なんの慰めにもなっていないが、確かにハッピーエンドまでの道のりは非常に厳しそうだ。


「しかし、君、忘れているわけじゃないよね?」


突然彼にそう聞かれ、私は首を傾げる。


「そろそろウィリアム以外の攻略対象の各イベントが始まる時期だよ」


すっかり忘れていた。


夏の長期休暇を終えると、今ヒロインと仲良くなっている攻略対象の個別ルートのイベントが入ってくるのだが、今回のアメリアは殆どの攻略対象と仲良くなっちゃっているからどうなるか予想がつかない。


リオの言う通り、逆ハーレムルートだとしたらどういう流れになるのか私もわからないし、どのイベントがどの順番で正規通り来るのかどうかもわからない。


ややこしいことになったなと私は大きくため息をついた。






昼食を終えて、教室に戻って来ると私の教材が全て机の上に置かれていて、しかもご丁寧に全て水浸しになっていた。


この光景にはさすがの私も唖然とする。


ついにここまで行動を移す者が現れたかと実感した。


このびしょ濡れの教科書たちをどうすべきが悩んでいると、やはり後ろからこそこそと噂話が聞こえてくる。


「なんだ、あれ。あの席だけ雨漏りでもしたのか?」


「あれじゃぁ、もう使えないんじゃねぇの? でもいいよな。あいつんち侯爵家なんだから、教材なんていくらでも買えるだろう」


「いつも偉そうにしているんだから、これぐらいやられて当然じゃねぇの? あいつの親がどんなに偉いかは知らないけど、あいつ自身はそのお零れに縋っているだけだろう?」


本当に好き勝手言ってくれている。


教室の隅で一際嬉しそうにしている女子の集団を見た時、犯人はあいつらだと確信した。


しかし、問い詰めたところで白を切るだけだろう。


遠くで見ていたロゼたちもこれには驚いているらしい。


何も言えずに固まってこちらを見ていた。


とりあえず、用務員にゴミ袋をもらって来ようと教室を出ようとすると、何人かの男子生徒に囲まれた。


「おいおい、どこ行くんだよ。出てくなら、片づけて行けよ。教室が水浸しで迷惑してるんだよ!」


こいつらは主犯ではないが、この機にかこつけて文句を言いに来たようだ。


アメリアの苛めの時は女子が中心だったが、私になったとたん男子も表舞台に出て来た。


恐らく自分たちより地位の高い家の娘の私が以前から気に入らなかったのだろう。


アメリアの時とはまた逆だ。


それにアメリアが批難されたのは平民だったからだけではない。


彼女がイケメンの上級貴族にモテていたのも要因の一つだったから、女子の方が不満だったのだろう。


女子にとって良物件の異性に好かれ、嫁に行くことがある意味人生の全てと言ってもいいぐらいだ。


それに比べて私は、婚約者には愛想つかれているし、元々の地位が高いので、むしろその恵まれた立場に嫉妬する男子生徒が多かった。


「ちょっとゴミ袋もらいに行くだけですよ。邪魔なので、そこ、どういていただけます?」


あまり関りのない男子だったので、気を使って敬語は使ったつもりだ。


しかし、態度が気に入らなかったのか、今にも殴りかかりそうな勢いだった。


こいつらも馬鹿じゃない。


もし、私が親に縋って助けを求めていたら、苛められた時点で親元から学園に連絡が来て、翌日には問題視されていただろう。


しかし、学校側が何も言って来ないことを知るともはや私の立場など脅威ではないと知る。


実際問題、私が両親に今の状況を話せるわけがない。


話したところで怒られるのは私の方だ。


そんな時、彼らの前に女子の一人が立ちはだかった。


それはアメリアだった。


「こんなこと辞めてください! 彼女があなたたちに何をしたというんです?」


アメリアはその男子生徒たちに力強く抵抗する。


「こいつは俺らクラスメイトを侮辱したんだよ。こんな女、痛い目にあって当然だろう? 平民、お前も庇い立てするなら容赦しねぇぞ」


男子生徒は脅しのつもりで拳を振り上げた。


その瞬間、後ろからクラウスが現れてその少年の腕を掴む。


「な、なんでここに生徒会長が!?」


「生徒会に連絡が入ってな。教室の中で水遊びをしている馬鹿がいると。それはお前らの事か?」


彼は掴まれた手を振り払って、クラウスに顔を向けて否定した。


「俺らじゃないですよ! こいつです!!」


彼はそう言って私を指差した。


すると、私の代わりにアメリアが懸命に否定する。


「違います。昼休憩の間に誰かがエリザさんの教科書に水をかけたんです。だから彼女はその片づけをするために教室を出ようとしたら、彼らが言いがかりをつけて突っかかって来たんです!」


「何言ってんだよ。俺たちは何も――」


男子生徒が必死に言い訳を言おうとしたが、クラウスは聞いてやるつもりはないらしい。


「まぁ、いい。お前ら全員、生徒会室に来い。全員に話を聞く」


そう言って男子生徒たちはクラウスに連れて行かれた。


それを見計らって、アメリアが私に近づいてきた。


「エリザ様、大丈夫ですか!? 私も片づけ手伝います」


アメリアがそう言った瞬間、私は彼女の肩を突き飛ばした。


「余計な事をしないで! 私はあなたに助けてもらう気などない」


そう言って一人教室を出ていった。


他の生徒が私の悪口を言っていたのは聞こえたが無視をした。


あの女にだけは同情されたくない。


それが私の正直な今の気持ちだった。

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