第38話 ギルバート・ホールズ

私は渋々、学園に登校した。


朝起きたら部屋の机の上に新品の教材が一式置かれていたら、もう行くしかないと思った。


揃えたのはきっとエマで、起きた時には既に寮を出ていた。


起こしてくれたら良かったのに、私の勉学の邪魔になるとでも思ったのだろう。


本当にエマらしいなと思った。


教室に着いた瞬間、クラスメイト達の目線を一斉に浴びた。


その目は冷たく、突き刺さるように痛かった。


私は気づかないふりをして、皆から離れた席に座る。


数日登校しなかったぐらいじゃ、状況は変わらないようだった。


逆に私が学園に来たくなくて、ずる休みしていたと噂する者も多くいた。


事実だから否定するつもりはないのだけれど。


そんな中で律儀に毎朝、私の前にやってくるのがロゼだ。


「数日お顔を見なかったので、すっかり存在を忘れていましたわ。風邪でも引かれていたのかしら? 夏風邪って馬鹿しか引かないって言いますけれど、ほんとでしたのね」


ロゼはそう言って笑った。


しかし、私は相手をする気にもならずにそのまま無視を決め込んでいると、ロゼは余計に腹を立てたのだろう。


簡単に引き下がる様子はなかった。


私はそれが段々鬱陶しく感じて、席を立ち、その場を離れた。


「ちょっと、何処に行きますの? まだ話は終わっていませんわ!!」


私は手に持っていた教材と杖を見せて、答えた。


「次の授業、魔法実習だから、もう外へ出ておく」


「でも、ホームルームが……」


「サボる」


私はそう言ってそのまま教室に出た。


ホームルームに出ないぐらい、たいしたことはない。


次の授業まで一人でいたかった。






実習場に向かう途中、中庭で手紙を読んでいるギルバートが目に入った。


しかし、声をかけるのも気が引けて、そのまま立ち去ろうとした時、ギルバートも私に気づいて声をかけて来た。


「エリザ、おはよ」


あの元気が取り柄のギルバートの声に覇気がなかった。


「おはよ」


私もとりあえず挨拶を返すと、ギルバードは俯きながら弱々しい足取りで私に近づいて来る。


「元気してた?」


顔を合したのはいいものの何を話していいのかわからず、適当な質問をしてくる。


「風邪で休んでいた人間にそれを聞く?」


「あ、そっか! ごめん……」


すっかり私の欠席理由も忘れていたらしく、指摘されて気が付いたらしい。


しかし、ギルバートに元気がないことは私も少し気になる。


よく見てみると、手には手紙が握りしめられていた。


そんな時、ふと頭の中にリオの言葉が浮かぶ。


――そろそろウィリアム以外の攻略対象の各イベントが始まる時期だよ。


そうか、ギルバートのイベントが始まろうとしているのかと気が付いた。


だとしても、ギルバートの個別ルートのイベントで手紙が出てくるのがだいぶ先の話だったと思う。


その前にヒロインと一緒に街に出かけたり、授業を一緒に抜け出してみたり、武術大会があったり、多くのイベントを経て、仲良くなったギルバートに起きるイベントだ。


この段階ではあまりに早すぎる。


しかし、これがリオの言う逆ハーレムルートだとすると、攻略対象全てのイベントをこなしていたら魔法学園の在学期間2年を優に超えてしまう。


となると、各キャラの重要なイベントのみを抜粋し、順番に起こしていくのが妥当ということだろうか。


ならば、この手紙はやっぱりあの手紙かと理解した。


「あのさ、エリザ。ちょっと相談があるんだけど……」


まさか、その話を私に相談されるとは思わずに驚いた。


本来はその話はヒロインであるアメリアに打ち明ける話のはずである。


「私?」


「うん。ヴァロワ家の当主の娘として、聞いてほしい話がある」


その言葉を聞いてやっと合点がいった。






中庭を離れ、私たちは校舎裏のベンチに座って話をすることにした。


ギルバートは手紙を握りしめるばかりで、なかなか話そうとはしない。


私はどうしたものかと、横目で彼を見つめた。


やっと話し始めたのは沈黙が続いて、5分後の事だった。


「父上から手紙が来た。俺がここを卒業したら、辺境伯の娘のところに婿入りしろって」


私は大まかな話の流れは知っていたけれど、それを悟られるまいと話を合わす。


「どこの辺境伯?」


辺境伯と言ってもいくつかの領地に分かれる。


我々ヴァロワ家が侯爵の爵位を叙爵したので、国境全土の統括を侯爵家が行い、各辺境伯が各々の国境の警備を行っているのだが、昔は侯爵という爵位はなく、公爵の下の爵位は辺境伯となっていた。


だから、全土でないにしろ辺境伯もかなり地位に高い爵位で、それはそれぞれの領地で立場も地位も違った。


「グライン家」


「北の国境警備をしている辺境伯か」


この国の辺境伯家は全部で5家存在し、東にブルナ家とマンデュルーフ家、西にオルディエット家と我が領地のヴァロワ家を外して、南の海域を守っている、実質上海軍に当たるミッド家、そして北のグライン家である。


グライン家とはうちともそれなりに付き合いはあったはずだ。


「良かったじゃない。北の土地は他の地域に比べて栄えてはいないけれど、ホールズのモンペル領よりもずっと領地は広いし、地位も高い。出世したようなものでしょ?」


「そうだけど、やっぱり……」


アメリアの事かと察した。


このまま話が進めば、ギルバートは修学中にその娘と婚約し、卒業後には結婚。


アメリアへの想いを果たせないまま、離れることになる。


それにそれだけではないのだ。


「オレは三男坊だからさ、兄さんみたいに領地を継ぐことは出来ないけど、次男のアイザック兄さんみたいにいずれは王都に赴いて、役職をもらえたらって思ってたんだ」


「確かアイザックって、今は徴税官に務めているんだっけ? とっくに成人して結婚もしているし、この見合い話がギルバートに来るのは必然だったわけだね」


「でも、オレは辺境伯なんてなりたくないし、従騎士になって、いずれは正式な騎士になるんだって決めてたし。今更、婿に行けなんて言われても、受け入れられないよ。それに、その娘さん、オレより5つも年上で、結婚する前に前の婚約者が戦死したとかで、結婚できなくなっちゃって、だったらオレにって話が来たみたい」


ヒロイン目線のギルバートルートにそんな細かい設定なんて聞かされてなかったから知らなかったけど、婚約相手は5歳も年上だったとは初耳だ。


いいとこの令嬢が20歳になるまで結婚できなかったのは相当な理由があると考えて間違いない。


辺境領の中では北の領地が一番人気ないのは事実だけど、だからってギルバートにお呼びがかかるとはもとより不思議な話なのだ。


学園で一番に武術が優れているのが理由の一つだということはわかるけれど。


そもそもここまでギルバート武術を極めて来たのも、騎士になるという夢があったからだ。


そう考えると、いくらギルバートの父モンペル伯の意向だとしても少し可哀そうな気もする。


ゲームでは当然、ヒロインのアメリアと結ばれるためにこの婚約騒ぎはあっけなく解決してしまうけど、このハーレムルートで同じことが起こりえるのかはわからない。


私はどうしようもなく落ち込んでいるギルバートになんて言葉をかけていいのかわからなかった。


それに、本来の筋書にギルバートがエリザに婚約話の相談をするなんてことがあったのだろうか?


あのエリザがギルバートの為に問題解決するところなど正直、想像できなかった。

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