第39話 喧嘩

実際のゲームでは縁談話について細かい設定は語られていない。


内容としては、アメリアと恋仲になったギルバートのもとに父親から手紙が届いて、お前にいい見合い話があると告げられ、驚いたギルバートがアメリアにこの事を相談する。


でも、俺が好きなのはアメリアだぁってなって、父親のもとへ行き、自分は彼女と結婚します!と宣言するのだ。


当然、アメリアが平民だと知ると父親は猛激怒。


一時的に二人は引き放されて、その間にウィリアムが悲しむアメリアを献身的に慰める。


逆にそれが良からぬ噂になってアメリアはギルバートとの関係を切り、ウィリアム王子に逃げたとデマを流され、それに逆上したエリザがアメリアを殺そうとするのだが、タイミングを見計らったようにギルバートが学園に帰ってくる。


エリザからアメリアを助けるためにギルバートが助けに入り、戦いの末、なぜかエリザが崖から転倒して死亡する。


もう一度父を説得しようとアメリアに誓い合った時、なぜだがウィリアムが近くにいて事情を察し、ウィリアムが父親のモンペル伯に見合い話を取り消すように説得するのだ。


そしてギルバートをいずれはウィリアム専属の騎士にすると約束し、なんやかんやあってハッピーエンド。


ざっくり話すと突っ込みどころが多すぎるけれど、今回とは異なる点がいくつかある。


まずはそこから確認しようと思った。


「ひとつ聞いていい?」


私はギルバートに話しかけた。


彼はゆっくり頷く。


「アメリアの事なんだけど、あなたまだ彼女には告白していないのよね?」


その発言でギルバートの顔はみるみる赤くなり、ぎょっとした顔で私を見た。


「エリザ、なんでそのこと知ってるの!?」


「いや、見てれば誰だって気づくよ」


まさか気づかれていないと思っていたのかと思うと逆にこちらが驚く。


本人も周りにバレバレだったことを知り、唖然としていた。


これで一つははっきりしたことがある。


イベントが早すぎるからそんなことだろうと思ったけど、ギルバートとアメリアはまだ恋仲ではないのだ。


というか、この様子なら恋仲になる予定はないだろうな。


そうなるとこの話の展開は本来の話から全く変わってくるはずだ。


ギルバートの事だから他の女性となんて結婚したくないというのだろうけど、想い人のアメリアがギルバートの気持ちに答えてくれるとは思えない。


このままだとフラれた彼が騎士の夢を捨て、辺境伯のところに婿に行く可能性もなくはない。


しかしそれだと逆ハーレムにならない気もするし、今から何かしらどんでん返し的な出来事が起こりそう気もする。


このイベントはアメリアと結ばれることが目的ではなく、婚約の話がなくなり彼が夢を追い続けることにあるのかもしれない。


どのみち、私はどのルートでも殺される設定になっているわけだけれど。


ギルバートルートだとウィリアムは恋敵ではなく、友人の一人であり二人を献身的に支える存在であるが、今回はそうではなさそうだ。


ウィリアムが行った行為を取り除いて考えてみると、ギルバートは一人で父親に縁談を断ってほしいと頼むことになり、そしてあっさり断られるだろう。


ギルバートの見合い話にアメリアが落ち込むことはないので、当然ここでエリザの逆上イベントが始まることはない。


ってか、この段階で殺されてたまるか!


その後、ウィリアムの協力なしにどう見合い話を切り抜けるかという話になる。


なるほど、それで私かと理解した。


「つまり、ギルバートは私に父から頼み込んで、義兄の立場からお見合い話を破談にしてくれと頼みたいわけだね?」


まさか自分が話す前に私が言い当てるとは思わず、ギルバートは驚いていたが、結局そういうことらしい。


ギルバートの安直な考えに私は呆れ果てていた。


ギルバートらしいと言えばギルバートらしいけど。


「それは無理だよ、ギルバート。今回の件はまずは自分で叔父様に話をすることだね」


「そ、そんなぁ……」


「ねぇ、ギルバート。あなたが騎士になりたいという夢を持っていることはみんな知っているけど、それを叔父様が許したわけではないことぐらいは理解しているよね?」


ギルバートは相変わらずしょぼくれた顔で頷いた。


「なら見合いの件はさておき、どの道叔父様を説得するしかないんじゃない? じゃないと結局この話がなくなっても、別の女性とのお見合い話を持ってこられるだけよ。大事なところなのは騎士になりたいってことじゃないの?」


「そうだけど、オレが結婚したいのはアメリアなんだ。他の誰でもない、彼女と未来を添い遂げたい。そして、同時に騎士になる夢を果たす。別に貴族じゃないと騎士になれないってわけじゃないんだし、オレはアメリアと駆け落ちしてでも――」


ああ、本当に馬鹿だと思った。


ギルバートは何もわかっていない。


「いい加減にして、ギルバート。少しは大人になって。あなたがさっきから言っていることはただの願望だよ。確かに騎士になるのに貴族である必要はない。でも、そのためにあなたはホールズ家を捨てて、平民にでもなるつもり? 本来、兵士になるためには幼い頃から貴族や一部の豪族の下で小姓として働いて、下積み時代を送るの。それから従騎士の試験を受け、騎士を目指す。そのための推薦状は誰が書くの? 貴族でなくなったあなたをその後、誰が支えてくれるの?」


「オレにはこの腕っぷしがある。実力さえ見せつければ、皆認めてくれるさ。即戦力になる自信だってあるんだ。それに、アメリアと一緒なら平民になっても平気だ。それぐらいの覚悟はある」


自信満々に答えるギルバートだけど、本当に話にならない。


ここまで話が通用しないお子様とは思わなかった。


「なんであなたはそういつも楽観的なの? 実力があれば誰かが騎士にしてくれる? なめないでよ! 身分を捨てた人間が実力でどうにかなるのは傭兵ぐらいだよ。あなたは一生傭兵として戦地で捨て駒にされることが夢だったの? それに私も言えたことじゃないけど、あなたも平民の暮らしなんて知らないでしょ? どんなに大変で、どんなに苦しくて、理不尽なのかも理解していない。何も知らないで平々凡々と貴族として生きてきて、今更簡単に平民生活なんて我慢できるわけがないよ。それに、そのパートナーにどうしてアメリアがいると思うの? なぜ、なんの考えも無いあなたにアメリアが付いて来てくれると思う? そもそもアメリアの本当の気持ちも確かめないで、勝手に一緒ならとか、駆け落ちとか言えたものだよね。まず大事なのは、彼女の本当の気持ちを知ることじゃない? それにあなたのその気持ちを受け止めたら、彼女は学園を去らないといけない。そんなこと彼女が本気で望むと思っているの?」


ギルバートは何も言えなくなって、悔しそうに唸りながら、ただ私を睨みつけるばかりだった。


「なんでエリザはいつもそうなんだよ! 頭ごなしに否定してきて、正論ばかり言ってくる。なんだってやってみねぇとわからないじゃん! エリザのわからずや!!」


ギルバートはそう叫んで、その場から駆け出していった。


駆けていくギルバートを見ながらどこまで子供なんだと思ったが、少しだけ心にシコリが残った。


頭ごなしで、正論ばっかりか……。


確かに私にそういう所があるのは否定しない。


けど、ギルバートの話はいつもどこか一方的で自分よがりだ。


そんな人間に人がついて行くことはない。


ギルバートの話をしているとまるでセレナを見ているみたいだと、思わず思い出し笑いをしてしまった。


私が彼に手厳しいことを言っているのはわかっている。


でも、だからと言ってギルバートの頼みごとを受け入れるわけにはいかないし、おそらく私から父に頼んだところで、破談に協力するとは思えない。


どうしたら、ギルバートにちゃんと私の気持ちが伝わったのだろうかと一人落ち込んでいた。

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