第11話 歴然とした差
私の心の中に暗い闇が漂うようになったのはいつからだろうか。
「では、各属性に分かれて練習を始めるように!」
魔法実習が始まって2度目。
自分たちの魔法属性を知った私たちは、各属性に分かれての訓練が始まった。
私は風属性だから、ルークと同じグループになる。
ルークは最初の診断で『560』の数字を出していた。
初段で『580』はかなり魔法適性が高い方だ。
なので、課題の風を操り、物を動かすという初級魔法はあっという間にマスターしているようだった。
それに比べて私は、物を動かすどころかまともな風を起こすことも出来ない。
そんな私を見て、ルークは鼻で笑った。
「酷い有様だな、エリザ。お前がそこまで魔法が使えないとは知らなかったよ。叔父上はあんなに優秀なのにな」
私はぐぐっと奥歯を噛みしめる。
どうしてみんな私をサディアスと比べたがるのだろう。
本来、王族の血族に近いほど魔力は高いとされていたが、私の父の魔力はさほど高くなかったと聞く。
受け継ぐはずの全ての魔力を弟に奪われたかのようだと父が零していたのを覚えていた。
しかし、今の私は当時の父より魔力が弱い。
しかも、属性も父は水属性だったと聞く。
他の属性ではあるが、私以上にも魔法技術の劣等生がいるようだった。
それは私の従兄弟、ギルバートだ。
彼の最初の属性診断では土属性の『7』だと言われていた。
一桁なんて稀すぎて殆ど聞いた事がない。
ギルバートは土属性の訓練で何の反応も起こせず、力任せに杖を振り回していた。
それを見かねたサディアスがギルバートに向かって、無闇に振り回すなと叫んでいた。
ギルバートには魔法の才能は皆無のようだ。
つまり、この魔力の弱さは母親譲り、ホールズ家の血筋らしい。
何とも情けなくなって、私は大きくため息をついた。
それを見たルークは更に笑う。
「お前ら親戚はどうなってんだ? 本当に貴族なのか? 魔法技術で言えば平民と変わりないなぁ」
私は更にイライラして杖をへし折れそうなほど強く握りしめた。
実はこの世界では貴族、つまり王族の血筋の者だけが魔法を使えると信じられている。
実際は貴族関係なく、この世界の住民は誰もが多少なりとも魔力を持っているのだが、貴族たちが平民たちに魔法の力を付けさせたくなかったため、使えないと教え込ませていたのだ。
貴族たちもそれを信じ、魔法は貴族だけのものだと本気で思っている。
でも、よく考えてみたら男爵家の中には平民上がりの者も多くいるし、ちゃんと王族の血を継いでいるかも疑問だ。
こうしてなんの疑いもせず笑っていられるルークを見ていると、それこそ滑稽に見えてきた。
私はルークを無視して、自分の練習に励んでいた。
私たちが魔法の練習が出来るのはこの実習の時間だけで、私のような魔力の弱い者はひたすら回数をこなすしかない。
とにかく杖を構えて、私は声がかれるまで呪文を唱えた。
そんな時、後ろの方からおおと賑わう声が聞こえる。
気になって振り向いてみると、そこにはサディアスとアメリアが立っていた。
アメリアは火属性の生徒たちに囲まれて、火属性の課題、火の玉を出す訓練をしていた。
彼女は火の玉を出すどころか、その球をいくつも出して、頭上で円を描いていた。
それを見たウィリアムが感銘の声を上げる。
「素晴らしいよ、アメリア。君がここまで魔法の才能があるなんて」
隣にいたサディアスも珍しく表情が穏やかだ。
「さすが光属性の持ち主という所か。それではアメリア、今度は水属性の訓練をしてみろ」
アメリアははいと返事をして、今度は水属性のグループの方へ入り、水属性の課題、水の球を作って浮かべる魔法をやって見せた。
彼女の杖からは次から次へと水の玉が現れ、それはシャボン玉のように広がる。
その玉を他の生徒が触ると弾けるようにしていつもの水に戻った。
皆が騒いでいる横では一人、小さな水玉を楽しそうに浮かべるセレナがいた。
セレナは私よりよっぽどうまく魔法を操れていた。
更にアメリアを土属性のグループが集まる場所に向かわせ、何もない土の中から雑草の芽を生やす訓練をさせてみた。
すると彼女は指示通り、土の上から植物を芽吹かせ、それは次第に大きくなっていき、あっという間に大木にしてみせた。
これには土属性の生徒たち全員が声も出せないまま驚嘆していた。
さすがにこの光景には私も目を見張った。
何もできなかったギルバートはその大木を見上げ、声を上げる。
「おお、すげぇ。土魔法ってこんなことまで出来るんだなぁ」
ぽかんと開けた口が何とも情けない。
しかし、この様子を見たギルバートが今まで以上にアメリアに興味を持ったようだった。
元々ギルバート貴族の中でも階級に偏見がなく、前からアメリアには個人的に興味があったのだ。
目をキラキラさせてアメリアを見つめるギルバートを見つけると、セレナは訓練の手を止めて悔しそうな顔で見つめていた。
土属性のロゼはずっとアメリアの事を恨めしそうに睨みつけている。
最後は私達、風属性の方へサディアスと一緒に向かってくるアメリア。
そんなアメリアと私は目が合った。
私は睨みつけるように彼女を見つめる。
それに気が付いたアメリアが怯えた表情で目線を逸らせた。
空気の読めないルークが私たちの間を邪魔するように入ってきて、彼女に話しかける。
「お見事、お嬢ちゃん。さすが俺が見込んだだけはある」
調子のいいことを言っているルークにアメリアは恥ずかしそうに言い返した。
「あの、その『お嬢ちゃん』と言うのは辞めてもらってもよろしいですか? 私の事はアメリアとお呼びください」
「これはこれは失礼。レディに対して失礼だったかな? しかし、君の魔法は本当に素晴らしいね。しかも、術をかける作法も一つ一つの魔法もみな美しい。君の魅力をそのまま映し出しているようだ」
ルークのその臭いセリフを聞いて、アメリアは真っ赤な顔をした。
周りにいた女子生徒もキャーキャーと黄色い声を上げる。
そんなルークにサディアスは鬱陶しそうに注意した。
「ふざけるのも大概にしろ、ルーク。今は訓練中だぞ?」
「俺はふざけたつもりはないぜ。思ったことしか口にしない主義でね」
ルークの言葉に私は心の中でこの嘘つきがと悪態ついた。
よくもまぁ、こんな人前でべらべらと嘘がつけるものだと逆に感心した。
そして、サディアスがアメリアに風属性の訓練をするように指示すると、アメリアは周りにあった小枝を全て風の渦でかき集めて、一か所に積み重ねた。
それを見て、私は声が出なかった。
この歴然とした差はなんだ。
私はあれだけ懸命に呪文を唱えてもびくともしなかった小枝が、彼女は杖を一振りするだけで簡単に舞い上がり、思うままに操っていく。
私は自分の豪華な杖を見つめながら考えていた。
私が欲しかった物はあれだ。
私はこの世界に来て、アメリアのような魔法の力が欲しかった。
自分の思うままに魔法を操り、思う存分その力を使ってみたかった。
こんなそよ風とも言えない微量な風を出すために私は魔法を手にしたわけではない。
そう思うと私の心にもアメリアを妬ましいと思う感情が芽生えていた。
彼女がどんなに男の子とちやほやされようが、講師に気に入られようが、そんなこと殆ど気にならなかったのに、この魔法の力の差は私の心を変えた。
アメリアを関わっていくうちに私は悪役令嬢としてふさわしい人格に近づいていく実感がした。
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