第12話 生徒会

入学してから数日が経ち、私達新入生も学園に馴染んできた頃にそれは起きた。


突然、上級生であるクラウス・テイラーが教室に現れたのだ。


既にアメリアと出会っていただろう攻略対象の一人だ。


彼は宰相の息子だが、この学園の生徒会長でもある。


ロゼはクラウスが教室に入って来た瞬間、今までになく驚いた表情を見せた。


「アメリア・フローレンスはいるか?」


クラウスの言葉で教室の生徒たちがどよめく。


上級生であるクラウスが下級生の教室に訪れること自体が珍しいことにも関わらず、指名したのがあの平民のアメリアだったからだ。


アメリアは返事をして、席を立った。


そんな彼女にクラウスはゆっくり近づいていく。


そして、彼女があの夜会で自分に飲み物をかけた女子生徒だと気づくと顔を顰めた。


「そうか、お前、あの時の女か……」


アメリアも何事かと不安そうにクラウスを見つめていた。


「アメリア・フローレンス。お前は光属性の持ち主で、学力も魔法技術も優秀と聞く。どうだ? 我々の生徒会に入る気はないか?」


「生徒会!?」


アメリアが答える前に、なぜか私の隣にいたロゼが叫んでいた。


クラウスは冷たい目でこちらの方へ目を向ける。


当然、周りの生徒たちも驚きを隠せない様子だった。


「私は平民です。この誉れ高い名門校オーディン魔法学園の生徒会に私のような身分の低いものは不相応です。それに私はまだ進学したばかり。学園の事もよくわかっていません」


アメリアはまっすぐクラウスの目を見て答えた。


この場面、覚えている。


確か、どのルートでも来るイベントでここの選択次第でルートが変わる分岐点だった。


クラウスはアメリアの言葉を聞いて、ふんと鼻を鳴らした。


「そんなことを気にしているのか。この学園では新入生が生徒会に入るのは珍しいことではない。現にウィリアムやルークも既に生徒会に所属している」


そうだった。


この分岐点で生徒会に入れば、ウィリアム、ルーク、クラウスルートに繋がって、断ると他のキャラルートに行くのだ。


この世界のアメリアはどのルートを選ぶのだろうかと私は黙って見守っていた。


しかし、私の横でそれに耐えかねたロゼが口を挟む。


「いけませんわ、クラウス様! オーディン魔法学園の生徒会に平民をお入れになるなんて周りが黙っておりませんわ!」


すると、うるさいと言わんばかりにクラウスはロゼを睨みつけた。


そして、再び目線をアメリアに戻して話し始める。


「我々はお前の身分など関心はない。生徒会に必要なのは、どれだけこの学園に貢献できる能力があるかだ。どこぞの上流階級の娘でも無能であれば、生徒会に入れる気などない」


それは私の事かと一瞬、怒りが込み上げて来た。


しかし、今のクラウスにはアメリアしか目に入らないようだった。


それをなぜかロゼが悔しそうに見つめている。


アメリアは散々悩んだ後、顔を上げ答えた。


「わかりました。私がこの学園のお役に立てるなら、協力いたします」


その言葉を聞いて、クラウスは小さく笑った。


クラウスはどことなく暗くて何を考えているかわからない男だ。


主人公に対しては割と簡単に心を開くのだが、それ以外の人物には冷酷だった。


生徒会長にまで選ばれた男なのだから、それなりに優秀なのだろう。


それよりも私の隣で指をくわえて、アメリアを睨みつけているロゼの事が気になっている。


私はロゼが生徒会に入りたいなど聞いた事ないぞ。


自分が見下していた生徒が生徒会に入るのが気に食わないという気持ちはわからなくはないが、それにしても過剰に反応しすぎている。


「なぜ、クラウス様はあのような奴を……」


ロゼは指をくわえたまま小さな声で呟いていた。


その時、私は自分の中でぴんときた。


そして、ロゼを見て尋ねる。


「ねぇ、ロゼって生徒会長の事が好きなの?」


その質問を聞いた瞬間、ロゼは飛び上がる勢いで驚き、顔を真っ赤にした。


ビンゴか。


「ち、違いますわよ! わたくしはそんな、わたくしがクラウス様を好きなんてこと、絶対に絶対にございませんわ!!」


すごくむきになるロゼ。


それがおかしくてしょうがなかった。


「絶対に絶対?」


「そう、絶対に絶対ですわ!」


ロゼって本当に素直じゃない。


セレナはあんなにはっきりギルバードの事が好きな事を表明しているのに、ロゼはなぜそんなに隠したがるのか。


同じように陰でクラウスを慕っている生徒なんて五万といるというのに。


しかし、クラウスと私は物語の設定上、あまり関りがないとされている。


実際に顔見知りであっても直接話したことはないし、あちらも私に興味がないのか近づいて来ることはない。


ロゼがセレナのようにクラウス目的で私に近づいてきているということはなさそうだ。


「エリザ様だって悔しくはありませんの? 本来、生徒会はこの学園の代表となる生徒が集まる場所。あんな平民ごときではなく、エリザ様のような高名な方が所属されるべきではありませんこと?」


ロゼはこれ以上自分の事を深堀されないように話を逸らした。


私はさっきクラウスにはっきり無能と言われたばかりなのだけれど。


「そうですわね。さすがにあのような言い方をされては面子を失うばかりで不愉快ですが、わたくしは元々生徒会には興味ございませんもの。誘われなくてせいせいしておりますわ」


そんな私の話を聞くとロゼは感心したように私を見上げた。


「まぁ、なんと寛容なお言葉。高貴な方はやはりおっしゃることも違いますわぁ。わたくしはてっきり、ウィリアム様も生徒会に所属されておられたので、エリザ様も生徒会に入会されるものとばかりと思っておりましたのに……」


実際のエリザがどう思っていたのかはわからない。


腹の底ではウィリアムのいる生徒会に入りたいと思っていたかもしれない。


それでも、この様子ならおそらくそれはクラウスによって入会を拒否されていただろうな。


断られた時の悔しそうな顔をしたエリザが目に浮かぶ。


今はそのエリザが私なのだが、本当に私は生徒会には興味がないのだ。


入会すれば勉学以外にすることが増えるし、遊ぶ時間も減ってしまう。


ゲーム事情からすれば、好みの殿方と少しでも多く関り、同じ時間を共有出来るのだから嬉しいのかもしれないけど、今の私はそんな時間があるぐらいなら部屋に戻って小説でも読んでいる方がよっぽど良かった。


それに生徒会で名誉を得るより、今は魔力向上に力を注ぎたい。


そのために勉強を頑張らなくてはと、私は席について教科書を開いた。


クラウスがアメリアを連れて教室を離れるのを見ると、教室内はその話で持ちきりになっていた。


やはり平民が自分たちの学園の代表になるのは気に入らないのだろう。


不満の声ばかり聞こえてくる。


ロゼも不満そうだったが、これ以上は何も言う気はなさそうだ。


セレナなんて全く興味がないのか、おそらくその騒動すら目に入っていなかっただろう。


セレナの目線の先には常にギルバートがいる。


ギルバートときたら教室の隅で友達と一緒にチャンバラごっこのようなことをしていた。


あいつはどこまで脳内が小学生なのだと呆れてしまう。


そうこうしているうちに次の授業の講師がやってきて、遊んでいたギルバードたちを見つけるとその場で叱咤されていた。


こういう物語でいつも気になっていたのは、どうして特別なイベントがあると主人公は授業をサボってもお咎めがないのだろうと思う。

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