第15話 形見のブローチ
私がアメリアに対して猜疑心を抱くようになったのは、ある事件がきっかけだった。
それはセレナがデルモンド講師にこっぴどく怒られた矢先に出来事だ。
私とロゼがセレナを心配して、教官室まで迎えに行った後、教室に戻ると二人の女子生徒が私に泣きついてきた。
「エルザ様聞いてください。わたくしが母の形見として大事にしていたブローチがなくなりましたの!!」
「それは大変!」
私は泣いてしがみ付くその女子生徒に同情した。
しかも形見なんて、代替がきかないものではないか。
「それはどこでなくしたか覚えておりまして?」
「ええ、ミュリエットと一緒に中庭でおしゃべりをしに教室を出て、帰ってきた時に気づきましたの。確かに前の授業ではちゃんとわたくしの手元にはありましたのよ。中庭に行く前になくしてはいけないと思い、教材と一緒に置いておいたのです」
ということは、この教室のどこかにあるのだろうけど見つけるのは大変そうだった。
すると訴えて来た女生徒の隣でおそらくミュリエットと思しき生徒が叫んだ。
「机に置いてあったブローチがなくなるなんておかしいですわ! 誰かが盗んだに決まっています!」
彼女はまるで犯人でも知っているかのような口ぶりだった。
盗んだとはなんとも穏やかではない発言だ。
「落ち着いてくださいな、ミュリエット。まだ、そう決まったわけではありませんでしょ? ひとまずそのブローチの特徴を教えて下さる?」
私は出来るだけ刺激しないように努めながら女子生徒たちに聞いた。
「はい。白と青のカメオのブローチですわ。母も代々受け継いできたものらしく、デザインは古めかしいものでしたけれど、とてもきれいな女性の像が掘られていましたの。いつもは肌身離さず持っていたのですけれど、今日はたまたま……」
女子生徒は歯切れ悪く、言葉を濁した。
何か置いていく理由があったのだろう。
そのことについてはそれ以上追究するつもりはなかった。
「盗みなんてするのは、平民のアメリアぐらいですわ! あの方、お金に困っていらっしゃるのではなくて? だから、エミリーのブローチを盗んでお金に変えようとしたのよ。だって、あの方は物の価値も知らないでしょうから、エミリーの古臭いブローチを売っても大してお金にならないことがわからなかったのよ。それがアメリアが犯人だという何よりもの証拠ですわ!」
目の前の小生意気な娘に探偵にでもなったつもりかと怒鳴ってやりたかったが、胸の奥でぐっとこらえてミュリエットを嗜めた。
「そう決めつけるのは早計ではありませんこと? ひとまず、教室の中を探すのが先決ではなくて?」
しかし、ミュリエットは口を閉ざそうとはしなかった。
「いいえ! 教室の中はエミリーと一緒に散々探しまわりましたわ。それでも見つからないなら、やはりアメリアが盗ったとしか思えない。あんなものでもアメリアにとっては高級品でしょうからね!」
強気のミュリエットの隣でエミリーが複雑な表情のまま俯いていた。
そして周りが止めるのも聞かず、ミュリエットはアメリアに向かって歩き出した。
「アメリア! エミリーのブローチ返してちょうだい! あなたが盗んだんでしょ?」
アメリアは驚いた顔をして、首を横に振った。
「私は盗んでいません!」
「嘘おっしゃい! あなた以外に誰がこんなはしたないことをするというの? 今なら教官室に突き出さないであげる。あなたが盗人だと知ったら、きっと退学処分も考えて下さるでしょうね。犯罪者をこの名門校に置いておけないもの」
二人はその後、黙って睨み合っていた。
アメリアも盗んでいるとは認めなかったし、ミュリエットも引くつもりじゃないようだった。
止めに入ろうとした瞬間、ベルが鳴り、次の授業が始まる。
教室に講師が入ってきて、この事件は一時中断となった。
私もアメリアもあの二人も落ち着かないまま講義を受けることになった。
講義が終わるとエミリーはミュリエットにもう少し探していくと言って、教室で別れた。
私も気になっていたのだけれど、その日は講師に仕事を頼まれていて一緒に探すことが出来なかった。
ただ、ずっと頭の片隅にはあり、用事を済ませたると急いで教室に向かった。
教室からはエミリーの明るい声が聞こえて来た。
「ありがとう、アメリアさん! これ、どこにあったの?」
教室を覗いてみると、そこにはアメリアとギルバードが一緒にいた。
エミリーの手にはブローチが握られている。
「中庭です。きっと置いて行ったつもりが、服に引っかかって中庭で落としてしまったのでしょう」
アメリアはにこやかな顔で言った。
私もそういうことかと納得はしたが、なぜアメリアがエミリーのブローチを探してあげていたのかはわからなかった。
私のように相談を受けたわけでないのに。
「それにお礼はギルバートに言ってください。ブローチを最初に見つけたのはギルバートなのですから」
アメリアにそう言われて、ギルバートは恥ずかしそうに頭を撫でた。
おそらくギルバートは放課後、アメリアが中庭でブローチを探しているのを見て、一緒に探していたのだ。
「アメリアさん、いつもきつくあたってしまってごめんなさい。本当は私、あなたに酷いことを言える立場ではないの。私の家はいわゆる一代貴族で母も平民の出身。だから、皆からは準男爵だって馬鹿にされているの。ミュリエットも同じ。私の爵位が低いことをわかっていて、酷いことばかり言うの。皆の前では話しかけられないけれど、私はアメリアさんの味方だから、忘れないで!」
エミリーはアメリアに笑顔でそう言った。
「ありがとう、エミリーさん。私の事はアメリアと呼んでください」
「なら、私の事もエミリーでいいわ。今日は本当にありがとう」
エミリーはそう言ってアメリアとギルバートに手を振って教室を出ていった。
何となくわかっていた。
ミュリエットの態度を見て、エミリーが傷ついていることもミュリエットが内心エミリーを馬鹿にしていたことも。
人の形見に価値がないだとか心無い言葉をかける友などいない。
彼女が今日、教室に形見を置いて言ったのは恐らくミュリエットの指示だろう。
ミュリエットが馬鹿にするので置いていくしかなかったのだ。
そして、紛失すると頭ごなしに平民出身のアメリアの所為にした。
そんなことは貴族社会ではよくあることだけれど、私が恐ろしかったのはアメリアの対応だった。
「しっかし、本当に優しいよな、アメリアは。自分の事、悪く言う奴の失くし物まで探してやるんだからよ」
ギルバートは嬉しそうにアメリアを褒めた。
「そんなことないわ。それに明らかにエミリーは困っていたんですもの。助けるのは当然でしょ?」
私の心に浮かんできた言葉は「なんだそれ」だった。
人に尽くすことが当然?
自分を無下にしてきた貴族たちにか?
そして、今回も見事にエミリーを懐柔したわけか。
そう思うと今までのように純粋な気持ちでアメリアを見ることが出来なくなっていた。
ギルバートの前で見せる、素直な笑顔。
好意を持った男の前だとこうも態度が違うのかと思う。
アメリアはいい人すぎて気持ちが悪い。
そう思うようになるとアメリアに対する猜疑心と嫌悪感は拭い去れなくなっていった。
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