第16話 折れた杖

ブローチの一件で疲れて帰って来た私は、制服のままベッドにダイブした。


私が帰って来たことに気が付いたニアが部屋に入ってきて、声をかけて来る。


「もぉ、エリザ様ったら。こんなところエマさんに見られたら、大声で怒鳴られますよ! エリザ様! 制服のままベッドに寝転がってはいけないとあれほど言っておりましたでしょう!!って」


私はそのニアのへたくそなものまねを聞いて、つい笑ってしまった。


「なにそれ、全然似てなぁい」


ニアも私が気落ちしていたことを察してくれていたのだろう。


私に笑顔が戻ると安心した表情になった。


「その噂のエマさんからお手紙ですよ」


そう言ってニアは私に手紙を差し出した。


私は急いでベッドから起き上がって手紙を受け取る。


「エマから手紙!?」


そう言えば、先日エマに手紙を書いていたことをすっかり忘れていた。


私は慌てて封筒を破り、中の便箋を開く。


そこにはいつものように勉強はちゃんとしているか、周りの生徒や講師に迷惑をかけていないか、淑女らしく振舞えているか心配だなどという内容が書かれている。


他に書くことがないのかと思えるくらい、いつも通りのエマだった。


そして、その中には両親の事や兄上の事も書かれてあった。


正直、家族の事はあまり興味ないのだけれど、別居しているのだから多少の把握は必要だ。


それにその内、兄上が家督を継ぐために婚約者を選ぶ事にもなっていた。


兄上の王宮での仕事も増やしてもらい、いずれは父上が引退し、ヴァロワ領を受け継ぐ準備もしないといけない。


その間、私は勉学に励み、教養や礼儀を学び、良き人間関係を築き、国情を知る。


それが今の私の使命だった。


「それと、こちらも同封されておりました」


ニアはそう言って私に紙に包まれた長細いものを渡す。


急いで開けてみると、その中には新品の魔法の杖が入っていた。


そう、手紙と一緒にエマに頼んでおいたものだ。


アメリアに返す代わりの杖を。


これを渡して、アメリアにはちゃんと謝ろうと思っていた。


私は明日にはアメリアに渡そうと教材と一緒に紙包みの入った杖を机に置いた。






翌日、学園に行くと教室にはアメリアはいなかった。


いつもなら私が登校する前に教室にいるのに。


そう思いながら教室内を見渡していると後ろから噂話が聞こえて来た。


「見ました? アメリアさん今日もまた殿方と中庭で密会していたそうですわよ」


「まぁまぁ、朝からお盛んなこと。これだから平民は下品で嫌ね」


それを聞いた瞬間、私は中庭に向かった。


今ならまだアメリアに会えるかもしれない。


それにこんなこと、クラスメイトの前では出来ない。


なら、人目のないところでと思い、私は駆け足で中庭に急ぐ。


中庭に到着し、アメリアの後姿を見つけて声をかけようと近づくと、先客がいたことに気が付き、私は慌てて身を隠した。


そんなこそこそするつもりはなかったのだが。


そっと覗き込むようにして、二人の様子を見る。


彼女とそこに立っていたのは、生徒会長のクラウスだった。


密会しているなんて何かの間違いだとは思っていたけれど、これでは本当に逢引だと言われても否定できない。


二人の雰囲気はどことなく甘い香りがした。


「アメリア、ルークから聞いた話なのだが、お前、実習中に杖を折られてしまったそうだな」


その話を聞いて、私の事かと胸がどきんと鳴る。


「折られたのではありません。ただ事故です。それにあれは司祭様からお下がりでいただいた古い物でしたので、壊れるのも時間の問題でした」


アメリアはそう言って、軽く笑う。


どうったことはないという風に。


「しかし、それでは魔法が使えないだろう? 代わりの杖だってまだ買えていないのではないのか?」


クラウスは心配そうにそう聞いた。


なんだか、このセリフは覚えている。


確かゲームでは、アメリアが魔法実習中にエリザの嫌がらせで、転がった杖を踏みつけられ、壊されてしまったのだ。


あの時はエリザがわざとアメリアの手を魔法で狙って杖を落とし、足が滑ったと意図的に折った。


ごめんなさいと心にもない言葉をかけて、ボロい杖だったから簡単に折れてしまったと笑っていたと思う。


展開が少し違うけれど、状況は同じだ。


私が壊すきっかけを作った。


それを知ったクラウスが確か――。


「なら、これを使えばいい。これは以前、俺の母君が使っていたものだが、俺には別の杖がある」


そういってアメリアに魔法の杖を渡した。


「そんな! これはクラウス様にとって大事なものではないのですか? そんなものを私がいただくわけには――」


「いいんだ、アメリア。俺はお前に持っていてもらいたいんだ。どうか、その杖を亡くなった母君の為にも使ってほしい」


そうだ。


クラウスは幼い頃、母親を喪っている。


とてもいい母親で、何かあればクラウスを守ってくれる存在だったという。


それはクラウスルートに進むと徐々にわかってくることなのだけど、そんな思いもあって、ヒロインに渡したはずだ。


そしてアメリアは大事そうにそれを受け取る。


「わかりました。大事に使わせてもらいます」


彼女はそう言ってクラウスに優しい笑みを浮かべた。


クラウスもアメリアもとても嬉しそうだった。


なんで気が付かなかったんだろう。


エリザが教科書を踏みつけるイベントも、トイレで水をかるイベントも、失くし物を盗んだと決めつけるイベントもゲーム内にあったじゃないか。


情況が変わったとしても、そこには必ずエリザが絡んでいた。


この世界ではエリザが果たせなかった悪行を誰かが代わりにやる。


それは時にロゼだったり、ミュリエットだったりしたけど、結果は同じだった。


なら、折れた杖の代わりにクラウスが譲ってくれることも私は知っていたはずだ。


わざわざこうして私が用意しなくても、ヒロインの都合のいい方に物語は展開していく。


私は手に持っていた杖を力いっぱい握りしめた。


私はバカだ。


大バカ者だ。


どうして、前世で見て来た記憶を思い出さない。


私はこの世界の運命の全てを知っているはずだ。


そして、その中でエリザがどんな役割を果たしていたかということも。


どんな形にせよ、私はこの世界では悪の象徴であって、苛めの首謀者であって、この物語を盛り上げる道具でしかない。


今まで考えても来なかった。


この世界では私が本当の意味での脇役で、ヒロインの為だけに存在しているということを。


前世だっていいことなんてほとんどなかった。


不条理だって思っていたし、どうして私ばっかりと嘆いていたこともある。


それでもあの世界の主人公が誰で、自分が本当にモブキャラだったなんて証明するものなんてなくて、いつかは私だって主人公のようにと希望を持っていたと思う。


けれど、この世界は違う。


はっきり決まっているのだ。


主人公はアメリアで、私は悪役。


こんなバカげた世界があるなんて、前世にいた頃にだって考えたことがなかった。


そう思うと悔しくて、私は持っていた杖を地面に叩きつけた。


そして、零れそうな涙を拭って教室に走って戻った。






アメリアは何かに気が付いたのか、後ろを振り返った。


クラウスも何事かとアメリアの見つめる先に目線を向ける。


「アメリア、どうした?」


「いえ、そこに誰かいたような気がしたんです」


「気のせいだろう?」


そう言いつつも、クラウスはアメリアの見つめる先にある樹木に近づいて行く。


そして、地面に転がっている杖を見つけ、手に取った。


「杖だな。誰か忘れたんだろう」


そう言って、クラウスは杖を仕舞おうとしたがその手をアメリアが止めた。


「これは新品です。まだ、一度も使われていない」


「そんなわけはないだろう。それに新入生ならみな新品の杖を持っているのではないのか?」


「そうですが、殆どの生徒が杖に名前を刻みます。けれど、この杖、名前が刻まれていない」


彼女はそう言ってクラウスから杖を受け取った。


「これは私から事務局に落とし物として届けておきますね」


クラウスもそれならばとそれ以上は何も言わなかった。

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