第17話 ヒロインと悪役の格差

進学してから既に数か月過ぎていた。


もう、魔法実習もかなりの回数をこなしているのに、私の魔法はなかなか上達しなかった。


以前よりも風の威力は上がったし、コントロールも出来るようになってきた。


けれど、小枝より重い物はまだ操れない。


それに比べて同じ風属性のルークは、中級魔法だけではなく、風属性の攻撃魔法や防除魔法まで学んでいた。


魔法がろくに使えないのは、私とギルバートだけかと落ち込んでいると、ギルバートの浮かれた声が聞こえて来る。


また、練習もせずに遊んでいるのかと目線を向けてみると、ギルバートの横にはアメリアがいて魔法を教わっているところだった。


彼は今まで雑草の一つも芽を生やせなかったのに、アメリアの指導が良いせいか、腰辺りぐらいの低い木なら成長させることが出来るようになっていた。


「さすが、アメリアだな。教え方がうまいぜ!」


「そんなことないわよ。コツを掴めば、もっと上手になるはずよ」


褒めるギルバートに笑顔で答えるアメリア。


そんな二人の間に今度はエミリーまでやってきて、アメリアにアドバイスを求めて来た。


「私、火の玉は出せるようになったのだけど、いまいちコントロールが出来ないの。どうしたらいいかしら、アメリア」


「なら、手首をもっと柔らかく動かして、撫でるようにして火の玉を操ってみて。あまり肩に力を入れすぎないこともポイントよ」


エミリーはそう言われて、アメリアの言うとおりにしてみると見事に火の玉を操れるようになっていた。


「すごいわ、エミリー。出来るじゃない!」


「アメリアのお陰よ。ねぇ、もっと私に教えてよ、アメリア」


エミリーは嬉しそうに跳ね上がりながら、アメリアに頼んでいた。


そんな光景を遠目に見ていたルークが練習の手を止め、アメリアに近づいていく。


「本当にすごいな、アメリア。教官に向いているんじゃないのか?」


すると、アメリアはおかしそうに笑った。


「まさか。私なんてまだまだだよ。それより、ルークも随分魔法が使えるようになったみたいね」


「アメリアほどじゃないけどな。でも、良かったな。クラウスから杖もらったんだろう?」


そう言われて、アメリアは嬉しそうに手に持っていた杖を撫でた。


「うん。とても素敵な杖を頂いて感謝しているわ。私にはもったいないくらい」


それを聞いたルークが悔しそうに声を上げた。


「ああ、こんな事ならクラウスに話す前に、俺がアメリアに杖をプレゼントしておけば良かったぁ。そうすれば、杖を使うたびに俺を思い出してくれるだろう?」


ルークはアメリアにすり寄るように近づいて、ウィンクをして見せる。


出たよ、この女ったらしと思いながら睨みつける。


それにしても、いつの間にかルークとアメリアの距離は近くなっていた。


以前までのアメリアはルークに敬語を使っていたのに、今は他の生徒と変わらない友達口調だった。


つまり、二人はそこまで親密な仲になったということだ。


ルークが誰を気に入ろうが私には関係のないことだけど、ああ見えて人と距離を取りたがるルークに易々と距離を詰められたものだなと思う。


それだけアメリアが特別な人間だということなのだろう。


「ギルバートもエミリーも適性が低いわけではないのよ。練習の仕方を間違えれば誰だってうまくなれっこない。コツさえ掴むことが出来れば、もっと上達するわ」


彼女はそう言って笑った。


つまり私の魔法が上達しないのは、練習の仕方が間違っているから?


皆と違って要領が悪いから下手だと言いたいのだろうか?


私はその何気ないアメリアの言葉に苛立ちを感じていた。


そんな時、ルークから声をかけられる。


「おい、エリザ。お前、驚異的にへたくそなんだから、アメリアに教えてもらえよ。このままだとギルバートにまで追い越されるぞ?」


私は大きなお世話だと返事もせずに二人から見えない場所に離れた。


アメリアに教わるなんて死んでも嫌だ。


自分一人の力でも上達してみる!


そう決めて、授業後サディアスのところへ行き、放課後魔法の練習をさせてほしいと頼んだが、あっさり断られた。






自分の心がどんどん荒んでいくのがわかった。


あの日、この世界ではどうやったって『悪役エリザ』というポジションから抜け出せられないのだと知った時から、気力を失い続けていた。


それでもあの筋書通りのエリザになんてなりたくなくて、底辺でくすぶっている自分がいることも理解している。


ふと顔を上げると、目の前に見慣れない老人が館内をきょろきょろと見渡していた。


恐らく校内で道に迷っているのだろうと思い、声をかけようとしたが躊躇ってしまう。


もし、声をかけて迷惑だと怒られてしまったら。


そんなことが頭によぎるとすぐには声がかけられなかった。


そんなふうに躊躇していると、違う方向からやって来た生徒が老人に声をかけるのが見えた。


彼女には声をかけることに迷いなど全く感じ取れなかった。


「もしかして、お困りですか?」


そこに立っていたのはアメリアだった。


老人は誰かに声をかけてもらえたことで安心したのか、表情を緩ませる。


「申し訳ないね、お嬢さん。ここから学長室に向かいたいのだけれど、どちらに行けばよいかな?」


「それでしたら、私がご案内します」


彼女はそう言って、自然に彼の曲がった背中を支え、学長室へ向かう。


すると、私を追い越すようにして一人の男性が現れ、老人に声をかけた。


「大司教様、こちらにおられたのですね?」


それは学園長の秘書だった。


そして、目の前にいたのは大司教様。


国教の頂点に立たれている偉い方だ。


その発言は時に国王とも並ぶほどの権威があるという。


そんな偉い方がこんな場所にいたことに私も驚いた。


「このお嬢さんが親切にも声をかけてくれたのでね」


「なぜお一人でいらっしゃるのです? 他のお付きの方はどうされたのですか?」


秘書は心配そうに大司教に尋ねた。


「入り口で待たせている。今日は挨拶だけだと思っていたのでね」


それとと、今度はアメリアの方へ目を向けた。


「親切なお嬢さん。もしよろしければ、お名前を伺ってもいいかね?」


大司教様にそう尋ねられて、アメリアは姿勢を正し、はっきりとした声で答えた。


「はい。わたくしはアメリア・フローレンスと申します」


「おお、あの希少な光属性の娘さんかぁ。ここで会えたのも神の思し召し。きっとまたお会いできるでしょう」


「私もそう願います、大司祭様」


そう言って、アメリアと大司祭様は別れた。


大司祭様は秘書に連れられ、学長室に向かって行った。


そして、アメリアは二人に丁寧にお辞儀をした後、こちらに向かって歩いて来る。


そのまま立ち止まっていた私と目が合った。


彼女は私と目が合うと他の生徒と同様、笑みを浮かべて挨拶をした。


「こんにちは、エリザ様。こんなところでどうされたのですか?」


「別に何でもありませんわ」


私はそう素っ気なく答えて、アメリアの前から立ち去った。


アメリアがどこか寂しそうな顔をして見ていることはわかった。


自分が私に気に入られていないことが気になるのだろう。


それでも私はアメリアと仲良くする気など起きなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る