第18話 ロゼの無茶難題
「もう限界ですの! 許せませんわ!!」
ロゼは中庭で大声を叫んでいた。
彼女がここまで怒ることと言えば、アメリアのことぐらいだろう。
「そう言えば、最近、クラウス様と仲がよろしいみたいですものね。皆、噂していましたわ。生徒会室でも大変仲睦まじくされているのだとか」
セレナが平然とした顔でお昼のサンドイッチを咥えながら答えた。
ロゼとしてはクラウスを好きな事を隠しているつもりなのだから、そこは堂々とロゼの怒りの要因がクラウスだと断言するのはまずいだろうと思いながらも、セレナはそういうことに察しが悪い。
「クラウス様だけではありませんわ! ウィリアム王子にもルーク様にも、はたまたサディアス先生にまで手を出しておりますのよ。あの、阿婆擦れ女!!」
阿婆擦れって……。
ロゼの言葉には何かと突っ込みたい部分はあったが、言いたいことは伝わってくる。
それにここの学生は何かとアメリアの悪口になる替名を付けたがるのはなぜなのだろう。
もう、名前ですら読んでやりたくないという意思表示なのだろうか。
すると、なぜかセレナまで便乗し始める。
「そうですわ! あの方、ギルバート様とも仲良くしておりますのよ。ギルバート様がお優しいからってつけ上がりすぎですわ!」
ギルバートがアメリアと仲がいいのは、単にギルバートがアメリアを好いているからであって、優しいからではないと思うけど、セレナの中ではそう処理しているようだった。
「エリザ様は気になさらないの? 婚約者のウィリアム様にまで手を出そうとしておりますのよ?」
黙っていると今度は私にまで話題を振って来た。
王子の婚約者の私としては答えにくい話だ。
「殿下がどなたと仲良くされるかはわたくしが決める事ではございませんので、全て殿下に委ねておりますわ。それに、逐一そんなことを気にしていたら身が持ちませんわよ。殿方というのは、いろんな女性の気を引きたいものです」
私の言葉を聞いたロゼが納得いかないのか、頬を膨らました。
「それはエリザ様がもうウィリアム様の婚約者でいらっしゃるから鷹揚に構えられるのですわ。ウィリアム様はお優しいもの。例え、あの女に絆されたとしても、わざわざ婚約を破談にしてまで、あの女を選んだりはしませんでしょ?」
いやいや、するから。
ウィリアムは平気な顔して、それをするから。
余裕があるとかではなくて、無関心というか、この摂理はどうしようもないから諦めているというか、なるようにしかならないとは思っている。
だからと言って、このまま筋書通りアメリアの攻略対象に殺されてやるつもりはない。
どんな結末になろうとも破滅ルートだけが回避しなければ、意味なく生まれてきて意味なく死んでいくなんて、受け入れられるわけがないだろう。
今日もいつものようにアメリアの陰口で盛り上がっている中、渡り廊下を歩く噂のアメリアの姿が見えた。
アメリアを見つけると、どうしても突っかかりたくなる性格なのか、ロゼはジュースを手に持って彼女の方へ近づいていく。
また、何か悪いことを企んでいるのだろうと呆れて見ていると、ロゼがわざと後ろからアメリアを呼び止めて、振り向かせた。
そのタイミングでロゼはジュースを床に零す。
「やだわ! アメリアさんが急に振り向くものだからわたくし驚いてジュースをこぼしてしまいましたわ。これ、人気商品でなかなか手に入らなくて、今日も苦労して購入してまいりましたのに、どうしましょう?」
明らかにロゼ自らジュースを落としたのだが、それをアメリアの所為だと言い切った。
確かにそのジュースは我が校の人気商品だが、ロゼはいつも裏から手を回して、苦労せずに買っている。
言っていることは滅茶苦茶なのだが、これでアメリアに罪悪感を植え付けるつもりなのだろう。
「ご、ごめんなさい。私、なんてことを……」
アメリアは言われたまま信じて、謝った。
しかし、謝ったところでロゼが許すとは思えない。
「じゃぁ、今すぐ同じものを持ってきてくださらない? わたくし、今日はこのジュースを飲みたい気分ですの!」
「でも、それは人気商品で今日はもう売り切れているんじゃぁ――」
これに関してはアメリアもさすがに言い返した。
そう、不可能な事を要求されても出来ないものは出来ない。
「なら、魔法の力で戻してくださる? あなたほどの優秀な魔法技術者なら、元に戻すことぐらい造作もないことでしょう?」
「いくら何でも無理です。私はそんな魔法を教わってはいませんし、それに校則で魔法は許された既定の時間のみ使用できると定められているはずです!」
それはロゼにもわかっているはずだ。
だから、わざと言っているのだ。
「じゃぁどうしますの? 今すぐ買ってくるか、魔法で元に戻すか、決めていただけます?」
ロゼも悪役が板についてきた感じだ。
そんな無茶難題、いくらアメリアでも答えられない。
ゲーム内でもこんな風にエリザに無茶難題を突き付けられた気がするけれど、あの時はどうやって解決したのか思い出せなかった。
同じ内容のイベントはスキップを活用して、飛ばし読みをしていたからな。
「わ、わかりました。買ってきます」
アメリアはそう言って、その場から離れた。
ロゼは嬉しそうな顔をしてこちらに戻ってくる。
「今の見まして? 真っ青な顔してどうするつもりなのでしょう? どうせ何もできずに謝りに戻って来るだけでしょうけど」
ロゼは本当に嬉しそうだった。
今回こそは打ち負かした気分なのだろう。
「今回は謝った時点で許して差し上げるの?」
私はそれとなく聞いてみる。
「そんなわけがありませんわ! ただ謝っただけでは気が済みませんもの。そう、土下座ですわ。皆の前で土下座させてやりますわ!!」
ロゼは高笑いしながら答えた。
そんなことだろうとは思っていたけれど、彼女を土下座させたところでまたクラウスの好意からは遠のくという考えには至らないのか。
ロゼという娘がなかなかにおめでたい人物に見えてくる。
しかし、本来であればこの仕事はエリザのもの。
ロゼだけに悪行の責任を押し付けるのも悪いだろうと思い、本当にアメリアが土下座しそうになったら止めようと心に決めた。
ロゼは怒るだろけれど、長い目で見ればその方がいい。
すると、奥の方からロゼの名を呼びながら走ってくるアメリアが見えた。
思ったより帰ってくるのが早いなと思い振り向くと、なぜか彼女の表情は明るかった。
急いで駆けて来たので息は切らしていたが、手には何か持っている様子だ。
「ロゼ様、見つけました! こぼしたジュースと同じものです!!」
アメリアは嬉しそうにそう言って、ジュースをロゼの前に突き付けた。
確かにそれは、今日ロゼが飲んでいた例のジュースである。
「ど、どこでそのジュースを?」
完全に動揺しているロゼ。
こんな結末になるとは予想もしていなかったのだろう。
「実は食堂の調理師さんがジュースに必要な材料が揃っているからと同じものを作っていただいたんです。快く引き受けていただいて、本当に助かりました」
アメリアは無意識に自分に人望があることを突き付けながら、さわやかに答えている。
「お、同じ材料があったところで味が同じでなければ意味ありませんのよ? もし違ったら許しませんからね!」
そう言って、ロゼは勢いよくそのジュースを飲んだ。
そして、飲み終えた後、三人がロゼに注目する。
ロゼはしばらく黙っていたが、悔しそうな顔をして答えた。
「……同じですわ」
ロゼは案外、嘘の付けないいい奴なのかもしれない。
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