第31話 限界

夏の長期休暇も終わり、新学期へと突入した。


私の夏休みは相変わらず勉強詰めで休んだ気にはなれなかったが、余計な事を考えず勉強に集中出来たのは良かった。


これで少しは座学の成績が上がってほしいものだ。


私は長期休暇の最終日に寮に戻り、翌日の新学期に向けて準備をする。


ロゼとセレナからは相変わらず手紙が届いていたが、結局この休暇中にウィリアムから手紙は一通も来なかった。


そして、新学期早々、お決まりのようにロゼとセレナの二人組が特別寮の前で私を出迎えていた。


私を見ると二人とも嬉しそうに微笑み、挨拶を交わす。


「おはようございます、エリザ様。今日から新学期ですわね」


ロゼはそう言って私の隣に立つ。


同じように反対側には無邪気な顔をしたセレナが立っていた。


「おはようございますぅ。今日からやっとギルバート様の顔を毎日拝めますわ!」


セレナは浮かれた調子で話してくる。


私もそうねと軽く答えて、教室に向かった。


教室に行く間中、ロゼはずっとアメリア派のクラスメイトの悪口ばかり言っている。


セレナもロゼの話を聞いているのか、いないのかわからない調子で相槌だけうって、頭の中はずっとギルバートのことばかりのようだ。


私は何とか二人に今の心情を悟られないように、平静を装っていた。


元より口を開くのはいつもこの二人で、私はあまり話さない方なので黙っていてもさほど気に留められることはない。


私達が教室に着くと教卓の前で人だかりが出来ていた。


その中心にいるのはやはりアメリアだった。


アメリア派の生徒が久々の登校して来た彼女と会えたことに喜び、群がっているのだろう。


その光景を見たロゼが不愉快そうに顔を顰めた。


「何ですの、あれ! 新学期初日から不愉快ですわ」


ロゼだけでなく、他の反アメリア派の生徒たちも彼女たちを見て、不満をこぼしているのが分かった。


私はそんなアメリアたちを無視して、そのまま席に座る。


アメリアも登校してきた私に気づいたようだが、見つめて来るばかりで何か言いに来る様子はなかった。


突然、アメリアの名前を叫ぶ者が現れたと思ったら、そこには息を切らしたウィリアムが立っていた。


そして、アメリアを見た瞬間、とても安心した顔を見せた。


そして、ゆっくりと彼女に近づいて行く。


私の横ではその様子を見たロゼが私の袖を引っ張りながら、あれは何なのかと騒ぎ立てる。


「アメリア良かった。あの日から全然連絡が取れなくなってしまったから心配していたんだ。無事だったんだね」


教室は静まり返り、誰もがアメリアとウィリアムに注目していた。


バカなウィリアム。


自分がどれだけアメリアに特別な感情を抱いているのか、誰が見ても丸わかりだ。


婚約者のいる男が人前で振舞うような態度ではない。


何もしていない私まで恥をかかされる。


すると、アメリアはウィリアムから目線を外し、冷たく言い放った。


「お気遣いありがとうございます、殿下。私はこのように元気ですので、私の様な下賤の者の事などお気になさらないでください」


「アメリア!」


それでもウィリアムはアメリアを必死に食らいつく。


その姿は正に滑稽だった。


「殿下、他の生徒も見ていますよ。誤解の招くような態度は控えてください」


明らかにアメリアの態度はウィリアムを突き放すような言い方だった。


これにはさすがにウィリアムも応えたのか、冷静になって少し周りを見渡した後、アメリアから離れて席に着いた。


そんな彼を見て、生徒たちがやはりあの噂は本当だったのだと騒ぎ始めていた。


同時にウィリアムの後から登校してきたルークやギルバートも二人のやり取りを見ていたようで、ルークは内心喜んでいるようだった。


あの調子のいい浮かれた声でアメリアに話しかける。


「久しぶり、アメリア。休暇中、君に会えなくて寂しかったよ」


そして、彼女に近づき、教卓に手をついた。


「俺からの手紙読んでくれた? 俺、いつもはこんなにマメじゃないんだけど、今回はあまりに君が恋しくなって書いてしまったよ」


身の毛がよだつほど臭いセリフを吐くルーク。


そんなルークにも他の生徒と同様に笑顔で対応する。


「ええ、読みました。けど、返すのが遅くなってごめんなさい。休暇中は忙しくて」


そんな二人の甘い空気が読めないギルバートがルークの間から入り込むように、アメリアに話しかけた。


「おっはよぉ、アメリア。俺、休暇中ずっと体鍛えて、武術の腕を磨いていたんだ! だからさ、後で俺の出来栄え見てよ!」


相変わらず子供の様な発言をするギルバートだが、アメリアの少し気が緩んだのか、くすくすと笑いだした。


「わかったわ。後で、中庭で披露して」


やったぁと一人浮かれるギルバート。


そんな二人のやり取りを見ながら、ルークも以前のようにアメリアが自分に対し気軽に話していないことに気が付いていた。


休暇中にウィリアムと何かあったのだなと彼なりに察知したのだろう。


いつもの彼女なら手紙もすぐに返信を送っていただろうに、今回はアメリアらしくない行動が目立った。


それは私が彼女にあんなことを言ってしまったからかもしれない。


「朝っぱら見せつけちゃって! 本当に嫌な女ですね、エリザ様!」


ロゼは私の隣でアメリアを批難する。


セレナも同じように頷いて、ロゼに共感していた。


それに気づいたアメリア派の生徒がこちらを見て、わざと聞こえる声で嫌味を放った。


「やだぁ、高貴な貴族様とあろうかたが嫉妬ですって。そりゃぁ、体裁が悪いですわよね。自分の婚約者が全く自分を見てくれないのですもの。でも、仕方ないですわよね、そのお相手がアメリアさんなら、勝ってるわけないもの。ここまで来たら無様としか言いようがありませんわ」


そう言って隣同士で笑っていた。


恐らくそれは私に向けた悪口だろう。


頭にきたロゼが席を立って言い返してやろうとした瞬間、諭したのはアメリアの方だった。


「そういう言い方は辞めてください! 人の深い事情に他人が口を挟むなど以ての外です!」


私はアメリアが怒っているところを初めて見た。


それは私だけではなく、他のクラスメイドも同様だろう。


注意を受けた生徒はしゅんとして小声で謝っていた。


「私に謝るのではなく、あの方々に謝って下さい。謝る相手を間違えていますよ」


「で、でもぉ」


アメリアの言葉に女生徒たちが縋るような目で訴えたが、アメリアは許さなかった。


私には、彼女が何をしたいのか今ひとつ理解できない。


公衆の面前で自分を慕ってくれている仲間を叱りつけて、私たちに何を見せたいというのか。


私にはそれが一種のアメリアによる見世物のように見えた。


「ごめんなさい……」


彼女たちは私の前に立って頭を下げた。


しかし、私は彼女たちになんの言葉も発しなかった。


誰かに叱られて謝る程度の人間がこの程度で改心するとは思えない。


案の定、私が無視をしていると感じが悪いとアメリアには聞こえないような小さな声で悪態ついていた。


その間、ずっと私の方に注目が集まった。


その後からは双方の陰口大会と化していた。


お互いに気に入らないと、睨みつけては悪口ばかり。


私やウィリアム、それにアメリアをネタにして好き放題話にしている。


新学期早々、頭が痛い。


どうしてこの世界の住人はこう噂話ばかりしたがるのだろうか。


そんなに他人事を面白おかしく話して、楽しいのか。


私はだんだん、この世界で自分がどうあればいいのか、もうわからなくなっていた。


そして、アメリアが教卓の前から離れて自分の席に着くと、そのタイミングで私は立ち上がり、彼女の前に立った。

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