第30話 友人の訪問
「本当に遠いのですね、ヴァロワ領って」
馬車から降りたセレナが疲れ切った顔でそう言った。
「当り前ですわ! ここはこの国の先端に位置し、隣国との国境にあるのですから。地方領の中では最大の広さを誇っておりますの。ここは国王でも、地方長官であられる公爵家、ファルロイド公でさえ手出しができない場所。侯爵家とは特別な権威を持った家なのですよ」
セレナはロゼの説明を聞いてもよくわからないようだった。
私も自分の家でありながら、その辺ははっきりとわかっていない。
ヴァロワ領は元より王族の領土ではなく、あくまで侯爵家、父であるヴァロワ卿の所有地なのだ。
何百年も前は、ここはイルランド帝国という国の一部で、隣国フォルマック共和国の土地の一部と繋がったオルガド大国とは別の国だった。
丁度私の父の二代前の曽祖父が自国を裏切り、オルガド王国と協力し、領地を奪ったことから侯爵という爵位を叙爵したのだという。
あくまでこれは協定であり、王族に領地を献上したわけではない。
そして、協定の証として王族から姫を一人妻として嫁がれてきた。
それが私の祖母で、実質上ウィリアムとは親戚関係にあたる。
それは当然、ウィリアムの従兄弟であるルークともだ。
ヴァロワ侯爵家とはもとより特質な軍事力と権力を持ち、また各地の辺境伯を束ねる国境警備統括しての責務を担っている。
例え王様でも我が父、ヴァロワ卿の事は無下にできない存在なのだ。
だからこそ、私に第二王子との婚約話を持ち掛けたということになる。
国王はヴァロワ家と今まで以上に深い結びつきを持ち、何かと反発して来る実弟のファルロイド公を黙らせるためにも関係を築いておきたいのだろう。
いかにも政略的な婚姻話である。
私は割と歴史学が得意なのだけれど、うちに関してはかなりややこしいので理解が追い付かないことも多いが、なぜかその辺はロゼの方が詳しい。
確か歴史学は期末試験でも負けていた記憶がある。
「しかし、素晴らしいお屋敷ですわね。まるでお城のようですわ!」
ロゼは感激しながら屋敷を見渡していた。
確かに我が家は信じられないほど広いが、これだけ広くても殆ど使われていないのが現状だ。
「我が父も申しておりましたわ。この国で一番頼りになのはやはりヴァロワ卿なのだと。ヴァロワ卿がこの国を守って下さるからこそ、他国からの侵入を防げていると力説しておりました!」
ロゼは嬉しそうに私にそう語った。
ロゼが無闇に私についてきたがるのは彼女の父親の影響からかもしれない。
貴族の中では公爵のファルロイド公派閥と侯爵のヴァロワ卿派閥に分かれているらしい。
これはまさに今の我がクラス、ルーク率いるアメリア派と私率いる反アメリア派の縮図と同じである。
私とルークの仲の悪さはもう宿命と言っていい。
それもあってか、ロゼはルークの事があまり好きではないのかもしれない。
「ひとまずお茶の用意はできておりますわ。一緒にお庭でティータイムとしましょう」
私はそう言って二人をお茶に誘った。
最初は浮かれ気分だったロゼだけれど、席に着くと一気に箍が外れたようにベラベラとクラスメイトの悪口を言い始めた。
その殆どが爵位の低い、アメリア派の生徒ばかりであった。
それに比べて、セレナの話はギルバートの話のみ。
ギルバートは今、何をしているのかぁなどと暇があれば考えているらしい。
「ねぇ、エリザ様! エリザ様はギルバート様の従兄弟なのですわよね? なら、パーティーやお茶会に誘うことは出来まして?」
私は何を質問して来るのかと思い、呆れた表情で答える。
「それは出来ますけれど、ギルバートはそう言う場は好みませんわ。もっと剣術大会などを開いた方が参加するのではないかしら?」
「剣術大会! それは素敵ですわね! ぜひともこのヴァロワ領で剣術大会を開いてくださいな」
「できなくはないでしょうけれど、予算も場所もかかることですし、わたくしの一存では難しいですわね。父上に聞いてみないと」
すると、そこに紅茶を飲みながらすまし顔でロゼが答えた。
「無理ですわ。というか、ヴァロワ卿は我が国でもトップを競うほどお忙しい方。そんなあなたのくだらない願望の為にお時間を取らすわけにはまいりませんの」
それはそうなのだけれど、どうしてそれをロゼが答えるのかわからなかった。
横でセレナが不貞腐れた顔で、私を睨んで座っている。
これでは私が狭量な人間のようではないか。
それに理由がただギルバートに会いたいだけでは、お金をかけてまで催し物をすることを承諾するわけがない。
この子は人の家の資産を何だと思っているのか……。
確かに男爵家は爵位があるものの、さほど裕福ではない家が多いのは知っている。
聞いた話ではセレナにはたくさんの姉妹がいて、そこそこ広いお屋敷も姉妹たちが多いために割と窮屈な暮らしをしていると聞いていた。
こんな彼女の下に四人も妹がいるというのが不思議である。
長女ではなく、三女だからそこまで責任感というものがないのかもしれないが、もう少ししっかりしても良かったのではないだろうか。
逆にロゼには二人の優秀な兄妹がいる。
長子が姉で既に別の伯爵家に嫁いでいるのだという。
次子の兄も優秀で跡目を注ぐために、今は父親の秘書官を務めているらしい。
そんな優秀な兄妹に囲まれて育ったので、一層コンプレックスが強そうだった。
「安心してくださいまし、エリザ様。わたくしは絶対にエリザ様を裏切りはいたしませんわ。だって、私はエリザ様の一番の理解者! エリザ様の事なら何でもわかっております。だからもし、エリザ様にとって邪魔となる人物がいれば、このわたくしが追い返してみせますわ!」
ロゼはそんなことを自信満々に語った。
一番の理解者と聞いて、逆に笑いが出てしまいそうだった。
ロゼこそが一番私に対して理想が高く、盲目だと思う。
それを聞いたセレナが今度はおかしそうに話した。
「それを言ったらアメリアしかいないじゃありませんか! あの方、またウィリアム王子にちょっかい出したとかいう噂ですわよ。この休暇中は何週間も一緒にいらっしゃったとか。ああ、嫌ですわ。男に色目ばかり使う汚らわしい女」
私はアメリアの話になり、胸の内が淀んでいくのを感じた。
今はアメリアの話は聞きたくないのに、二人は気にせずに話し続ける。
「本当ですわ! また、新学期になったらあの生意気な態度を懲らしめてやりましょう! あんな悪女は学園から追い出すべきなのです!!」
ロゼもセレナもまるで懲りていないようだった。
あの事件があってからは二人とも少しは大人しくなったかと思っていたが、長い休暇を挟めばそんなことも忘れてしまう。
実際には停学ではなく、謹慎処分だったのだから罪悪感も軽くなったのだろうか。
私は二人の悪口を聞くたびに頭の中に言葉がぐにゃりと変形して入っていくような気持ち悪さを感じた。
女同士で話す、笑い声。
嫌な記憶が甦る。
私は誰も苛めたくはないのに。
私は誰かを傷つけたいわけじゃない。
私は部外者でありたいだけだ。
それなのに、この世界も前の世界もどうしてそんな小さな願望ですら叶えてはくれないのだろう。
やっと幸せになれると思っていた。
親元から離れて大学生活を始めた瞬間も、この世界に生まれてエマたちと楽しい暮らしをしてきた瞬間も。
しかし、そんな時間はあっという間に過ぎ去り、また苦痛な日々が続く。
私はその場で席を立ち、頭を押さえた。
「そろそろお開きにしませんこと? わたくし、少し疲れてまいりましたの」
そういうとセレナが折角来たのにと駄々を捏ね出したが、何かを察したのかロゼはそんなセレナを止めて笑って答えた。
「そうですわね。それではわたくしたちはこのあたりでお暇致します。次は新学期でお会いいたしましょう」
彼女はそう言ってセレナの肩を掴み、部屋から出ていった。
私は再び席に着き、頭を抱え込んでいた。
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