第29話 許せぬ心
私はアメリアに会った日から悶々とした日々を過ごしていた。
正直、あの時の事が頭から離れないでいた。
アメリアにあんなことを言うつもりはなかった。
ただ、彼女が何も考えずにいつものように無邪気に過ごしていたから、一言言ってやりたくなったのだ。
結局一言なんかでは終わらなかったけれど。
それにショックを受けたのは、アメリアが平然と王族のような生活をしていたからだけではない。
一番ショックなのは私のした出来事が全く意味をなしていなかったということだ。
だって、この展開は明らかに『ウィリアムルート』じゃないか。
でなければ、アメリアがウィリアムの別荘に行くことはない。
『ウィリアムルート』でもアメリアとエリザは顔を合わしている。
今回のように偶然ではなく、エリザがウィリアムに会うために屋敷に遊びに行った時、別荘で匿われていたアメリアと鉢合わせするのだ。
その時もエリザは私のように酷い言葉をアメリアに浴びせた。
あの時はどこまで非道な女なのだと心ではエリザを批難していたが、逆の立場に立つとエリザの中にあった怒りが理解できた。
アメリアは私達貴族を侮辱している。
貴族にとって、貴族であるということは何よりも大切なことだ。
それが例え、領地を奪われ、資金が底に着こうとも人は最後までその特権を手放せないでいる。
だから没落貴族なんてものは世の中には吐いて捨てるほどいるのだ。
それなのに光の魔法が使えるというだけで、いきなり庶民から貴族と同じ扱いを受けるのは許せない。
私達貴族はこの特権を持ち続けるために、平民が知らないような努力をしてきた。
家を守るためなら多少汚い手も使うし、非人道的なことだってしただろう。
自分を殺してまで守るそれを、アメリアはいとも簡単に手に入れようとしているのだ。
今後、ウィリアムを今以上に骨抜きにして、私と婚約破棄をさせ、最後は王子妃の座まで得ようとする。
そして、ラスボスとして第一王子を狂乱から救うという名目で殺し、最後は王妃の座まで奪おうというのだ。
そのために何人の人間が嘆き悲しむことか。
彼女の目的が最初から王妃になることで、手を汚してまで奪おうとしているならまだ許せる。
けれど彼女は女神の様な顔をして、無自覚にそれをやっていく。
手を一つも汚さずに、正義の名の下で成し遂げる。
本当に人の願望とは最低なものだなと思った。
アメリアという存在は多くの乙女たちたちの願望の塊なのだ。
その奥で何が起きているかなんて考えもせずに、ただ『素敵な王子様と結ばれて幸せになりたい』という願望を叶えるためだけに都合のいい世界を築き上げる。
アメリアが幸せになるということは誰かが不幸になるということだ。
そして、その象徴が
それを何とか回避したくて、私はこのばかげたゲームの筋書を変えてやろうと決意した。
最初はうまくいったと思ったのだ。
本来あるイベントをなくして、新しい出来事に挿げ替える。
それで少しでも破滅ルートから回避できると思っていた。
しかし、ここに来て何も変わっていないことを知る。
きっと、アメリアが別荘に滞在する間にエラスティス湖でウィリアムと二人で愛を誓い合うだろう。
そうすれば二人の仲は確定される。
私の婚約破棄は時間の問題となってくるだろう。
それに今の流れのままでは、私は変わらずアメリアの邪魔な存在のままだ。
だからといって、それを回避するためにアメリアと仲良くするなんてことも御免だ。
それは私のプライドが許さないし、私が頑なにアメリアのとって有益な人間になろうとすれば、私の代わりに新たなる悪役が生まれ、同じように消される。
人々の中の鬱憤を晴らすようにその人物はこれまでかと無慈悲な事を主人公に浴びせ、こいつは消されても、酷い目にあってもいい人間だと思わせ、最低な結末を与える。
これを人は『因果応報』と呼んでいるのだろう。
私だって一人ゲームをしている時は同じだった。
エリザなんて死んでも構わなかったし、邪魔としか思わなかった。
王子がエリザとの婚約破棄をした時も、エリザが悪いのだと勝手に思っていた。
彼女がどれだけ意地の悪い貴族令嬢だったからと言って、王族の婚約者という大役から引きずり落とし、皆の前で恥をかかせ、名誉もプライドもズタボロにされた彼女が全ての要因であるヒロインを殺そうと思うのはごく自然なことではなかったのか?
それなのに、彼女は最後まで悪の汚名を着せられたまま、アメリアの恋人に殺される。
こんな非情な事が許されるのだろうか。
いや、それを許すのがこの乙女ゲーという世界だ。
だから、私は何が何でも回避し、これ以上アメリアの所為で悲しむ人を減らさなければいけない。
既に私の側には二人、アメリアの所為で好きな人を振り向かせるチャンスさえ与えられない者がいる。
眠れずに一人窓辺で項垂れていると、机の上に手紙が届いていることに気が付いた。
そこには、明後日、ロゼとセレナがこのヴァロア領の私の屋敷に遊びに来るという。
私は慌ててそれを持って、エマのところまで駆けだした。
乗馬の練習がてら、草原の方へ散歩に出かけたアメリアが暗い表情で馬を引いて帰って来た。
用事から戻ったウィリアムがそんな彼女を見て、心配して駆け寄る。
「どうしたんだ、アメリア! 何か嫌な事でもあったのか? 怪我でもしたのか?」
アメリアは無言のまま首を横に振った。
ウィリアムは心配のあまり、彼女を強く抱きしめた。
「何があったのか、話してくれ、アメリア。僕は君の理解者でいたいんだ」
「それなら答えてください」
アメリアはウィリアムの胸の中で尋ねた。
「あなたはどうして私をこの別荘にお呼びしたのですか? どういうつもりで私をここに住まわしたのです?」
彼女の瞳からは涙が溢れていた。
その意図がわからず、ウィリアムは困惑する。
「何を言っているんだい? それは君が僕にとって大切な人だからだ。それが理由じゃ、ダメなのか?」
「いいえ。そうではないんです。あなたからの好意はとても嬉しい……」
「なら、なぜ!?」
「それでもあなたが私を想うことで多くの方が苦しむのです。私はここにいてはいけない! だから寮に帰ります!」
彼女はそう言って駆け出そうとした。
それを必死でウィリアムが引き留める。
「待ってくれ、アメリア。そんな言葉じゃわからない! 君をここに連れて来たのも、君にこの美しい風景を見せたかったから。君と幸せな時間を共有したかったんだ。それに約束したじゃないか。二人でエラスティス湖を見に行こうと。永遠の絆を誓うために……」
アメリアはその言葉を聞いて、ウィリアムの方へ振り向く。
「ならば、エリザ様のことはどうするおつもりなのですか? あの方はあなたの婚約者なのでしょう? きっと今もあなたを信じて待っています」
「そうかもしれないが、僕はエリザではなく、君を愛しているんだ。もう、その気持ちを偽りたくない。このまま彼女と婚姻したからと言って、僕が君以外の女性を愛することはないんだ。ならば、彼女の為にも僕は彼女との婚約を解消する」
ウィリアムの口からそれを聞いた瞬間、アメリアは目を見開き彼を見つめる。
「それは私がエリザ様の大切な物を奪うということですか?」
「そうじゃない、アメリア、聞いてくれ!」
彼はそう言って彼女の肩を掴む。
「これは君の所為なんかじゃない。全て僕の責任だ。だから、君が罪の意識を持つ必要はないんだ!」
「それでもエリザ様は多くの同胞たちの前で恥をかかされることになるのは変わりがないじゃないですか。あなたはそんな不名誉を抱えて、彼女に生きろというのですか?」
「じゃぁ、どうすればいいというんだ! この僕の気持ちはどうしたらいい。君はエリザを傷つけないために心にもない結婚をしろと言うのか?」
彼がついアメリアに怒鳴りつけてしまった。
彼女のウィリアムに向ける瞳が軽蔑に満ちているのが分かった。
「それが第二王子であるあなたの勤めではないのですか?」
彼女はそう言って、彼の手を振り払い、屋敷の中へと消えていった。
彼はただ茫然と彼女の後姿を見つめるしかなかった。
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