第28話 再会

ティータイムを終えた私たちは片づけを済ませると、湖から離れて花畑に向かった。


ニアもパイがよほど気に入ったのか、あれからとてもご機嫌だった。


よく考えれば、学園に入ってからニアにこうした休暇を与えることが出来ていなかったと思う。


今日ぐらいは私と一緒に休暇として楽しめたらいいのだけれど。


そして、歩いて10分ほどで丘を上がり切り、そこから見下ろしてみるとその先には一面のペチュニアの花が草原に広がっていた。


これはまさに赤紫の絨毯が広がってように見える。


「ねぇ、これを少し摘んでリタにお土産として持ち帰えらない? きっと喜ぶと思うわ」


「そうですね。そうしましょう」


私達はそう言って、そのペチュニアの花畑に向かって歩き始めた。


その時だ。


別の方向から馬に乗った人物がゆっくりと現れた。


帽子をかぶり乗馬服を身に着けていたので最初はわからなかったが、華奢な体つきを見て女性だとわかった。


彼女はこの美しいペチュニアの花畑を見て、声を上げ、帽子を脱いだ。


そして、馬から降りる。


私はその女性が私の知っている人である気がして目を凝らしていると、あちらの方も私に気づき、声をかけて来る。


「エリザ様ではありませんか!? まさかこんな場所で会えるなんて」


馬を引いて私に近づいてくるのはあのアメリアだった。


彼女がなぜこんな場所にいて、乗馬をしているのか私には理解できなかった。


「エリザ様もこのフィルロット地方に休暇でいらしていたんですね。ここはとてもいいところですね。私、大変気に入りました」


私はそういうことを聞きたいわけではない。


今まで晴れやかな気分から一気に気持ちが下がっていくのを感じた。


「あなたこそ、なぜ、ここにおりますの? ここは国王の所有地。あなたが来られるような場所ではありませんでしょ?」


私の疑問にやっと気がついたのか、アメリアは丁寧に説明を始めた。


「実は学園が長期休暇に入ってから、私もすることがなくて、数週間は寮の使用人さんたちのお手伝いをしていたのですが、そんな私を見てウィリアム様がこのフィルロット地方にある避暑地の別荘に誘ってくださったんです」


「ウィリアム王子が?」


「はい。とても有意義な時間を過ごさせていただいています。別荘の方々は本当にいい人ばかりだし、食事もとても美味しい。何よりもこの地方の自然の豊かさには驚きました。美しい湖に緑が鮮やかな新鮮な森、綺麗な水が流れる沢なんかもあって、まるで別世界に来たようです。このペチュニアの花畑も本当にきれいですね。ここもウィリアム様が教えてくれたんですよ」


私はアメリアが何を言っているのか、全くわからない。


それでもアメリアは楽しそうに話し続ける。


「私が乗馬をしたことがないと言うとウィリアム様がぜひ体験してみた方がいいとおっしゃっていただいて。でも、普通貴婦人は乗馬などされませんよね。私は貴族の女性ではありませんので、きっと馬を乗りこなせるようになったら便利かなと思ったんです。なんだか、お恥ずかしいところお見せしちゃいましたね」


私は暗い声でへぇと頷いた。


そんなことよりもっと大事なことがあるだろうと聞きたい気持ちでいっぱいになった。


しかし、口は動かない。


「ウィリアム様から聞きました。エリザ様がウィリアム様と学園長に私の処罰を少しでも軽くしていただけるように頼んでいただいたそうですね。本当にありがとうございました。エリザ様のお陰で停学処分にはならず、謹慎処分で済みました。これも全てエリザ様がウィリアム様に話してくれたお陰です」


私の心から再び黒い靄のようなものが湧いてくるのが分かった。


あんなに鮮やかに見えた風景が今では色を失い、モノクロと化していた。


音はぐにゃりと歪んで聞こえ、この開放的な草原の中にいながらも小さな箱に閉じ込められたような気分だった。


「みんなは勝手な事を言いますが、エリザ様は本当に賢く勇敢で、なにより優しい方なんだと思います。きっと、私達、素敵なお友達になれると思うんです。だから、今度からは――」


それ以上私はアメリアの話を聞くことが出来なかった。


「ふざけないで!!」


私は彼女の話を遮るような大きな声で叫んだ。


これにはアメリアも驚き、固まっていた。


「ご、ごめんなさい、私――」


アメリアが必死に弁解しようとしたが、私はそれ以上アメリアの言葉など聞きたくなかった。


「あなたはどこまで図々しいの? ここは王家の所有地ですのよ? 庶民、いえ、わたくしたちのような貴族でさえ気軽に足を踏み入れられる場所じゃない。敷地内に王族から承った土地を持っている家の者のみが立ち入れる場所。そんな場所に、あなたが易々と足を踏み入れた。その意味、わかって言っていますの?」


「それは――」


「あなたの小賢しい言い訳など聞きたくありません。それにウィリアム王子はあくまでわたくしのフィアンセ。わたくし達の間に恋心がなかったとしても、婚約者を差し置いて、殿下の側に他の女いるなんてそれはわたくしのただの恥ですわ! 殿下があなたに特別な想いを寄せているのは存じております。それに対して、とやかくいうつもりはありませんが、それを周りに見せつけるのはおよしになってくださる!?」


ああ、口から次から次へと言葉が溢れて来る。


言うつもりなんてなかったんだ。


ただ、遠くから他人事のように俯瞰して見ていればいい。


そう思っていたはずなのに、今のアメリアの姿を見た瞬間、それが出来なくなった。


ゲームのエリザのように嫉妬の様な感情が溢れて来ていた。


もう、これは嫉妬なんて言う可愛らしいものではない。


この女によって私の数少ないプライドをズタズタに引き裂かれた気分だった。


「見せつけるなんて、そんなつもりはありません。確かに私はウィリアム様とは仲が良いですが、それは殿下が私に同情しているだけです。エリザ様は王家に相応しい婚約者だと思います!」


この子は何もわかっていないと感じた。


私がただこの女にウィリアムが取られたと思って憤慨しているのかと思っているのだ。


それこそ、この場でこの女の頬をぶっ叩いてやりたかった。


「自分の身の上をもっと自覚されてはいかがですか? 今は数人の生徒があなたを慕っているようですが、彼らも貴族の端くれです。そんな貴族たちが平民のあなたに付き従う姿は見ていられない。あなたが光魔法の使い手で特別な存在なのは承知しています。国にとってあなたが必要な人物だということも。だからと言って王族の別荘で休暇を過ごすとか、王子と同じ食事を召し上がるとか、王族の馬に乗るなどですぎたことではありませんこと? あなた、優秀なのでしょう? 考えればわかるはずです。これは多くの貴族に対して侮辱しているのだと。一体、あなたは何様なのですか!?」


あれほど口の立つアメリアもそれ以上何も言い返せない様子だった。


さすがにここまで言えば、自分の今の有様をどんなに愚かでも気が付くだろう。


私は花を摘むのを辞めて屋敷の方に向かって歩き出した。


「エリザ様?」


ニアは私の後ろで心配そうに声をかけて来たが、今は振り向きたくない。


この女の顔なんて見たくもなかった。


アメリアも馬の手綱を持ったまま、その場所に佇んでいた。


私はその日、食事も喉をと売らずに、ただテラスの椅子に座って満天の星空を眺めていた。

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