第27話 避暑地にて

「わぁ、きれぇ!!」


馬車で半日揺られて、地に降りた私は久しぶりに目にした自然豊かなフィルロット地方の景色に感動していた。


この地方にはとても有名な美しい湖があって、そこで恋人たちが愛の誓いをすると永遠の愛の絆で結ばれるのだという。


確か、ゲームの中ではウィリアムとアメリアが夜の湖の前で愛の誓いをたてるんだっけ。


あれはかなりロマンチックなシーンだったなぁ。


けど、そのシーンはウィリアムルート限定のイベントで他のルートに進むと起きなかったはず。


そんなことを考えていると後ろから陽気な声が聞こえてきた。


「エリザお嬢! よくぞおいでなさいました!」


それは丸々と太った中年の女性だった。


私は最初彼女が誰なのかわからなかったが、よく見ると見たことがある顔だ。


「リタ! あなたリタなの?」


「はい。最後にお嬢様がここに訪れたのは確か8歳の頃でしたから、7年前でしたね。ほんと、大きになられました」


年月が経って、すっかり中年太りしていたので気づかなかったが、彼女はこの別荘の管理人リタだ。


家はここから少し離れた村にあって、そこで道具屋の旦那さんと当時三歳だった息子さんの三人で住んでいたはずだ。


「そりゃぁね。あなたも別の意味で大きくなったみたい」


私はリタにからかってみる。


するとリタは大きな口で笑い、自分のお腹を叩いた。


「お嬢の言う通り! あたしも昔に比べたら一回りぐらい大きくなっていますよ。しかし、いい時期に来られましたね。今の時期は草原でペチュニアの花畑が見られますよ。それに、エラスティス湖には梅花藻の花が綺麗に咲いています」


「それはいい! 休暇に入ってから毎日毎日勉強ばかりで正直、疲れていたの。たまには花でも愛でて癒されるのもいいかも」


でしょうとリタは得意げに笑った。


リタと話すとすごく安心する。


貴族社会ではこうした話し方をする人がいないから、いつも窮屈な感じがしていたけど、リタは貴族だからって畏まったりしないし、自然体で話してくれるから私も気楽に接することが出来た。


本当のバカンスってこういうことを言うのだと思う。


「今日はお疲れでしょうから部屋でゆるりとお過ごしください。今晩はお嬢さんが好きだったロヒケイットとキノコとチーズのパイを作りますよ!」


それを聞いて、私の顔はぱぁと明るくなった。


「久しぶりにリタの手料理が食べられるの!?」


リタの料理は貴族が食べるような高級食材をふんだんに使った料理ではなく、田舎の家庭料理だったが、どこか懐かしく美味しかった思い出がある。


「リタはパイ料理を作らしたら世界一だもの! そうだ! 明日の午後には花畑とエラスティス湖に行きたいから、ブルーベリーパイを作ってよ。私、あの味が忘れられないの」


「わかりました。なら、紅茶と一緒に用意しておきますね。お嬢様は、それまでは自室でお勉強ですからね」


「それ、思い出すと心が萎えるから辞めてぇ。せめて、今日ぐらいは忘れていたい」


私がそう言うと、リタはまたガハガハと大きな口で笑った。


「そうですね。今日ぐらいは忘れて、たらふく食べて、たっぷり寝ましょう!」


彼女はそのまま部屋の中へ入っていった。


後ろでは私についてきたニアが私の荷物を持って叫んでいる。


「エリザ様ぁ。これ、ものすごく重いのですが何入っているんですか? 一人じゃ重くて持てませぇん!」


ニアは一生懸命トランクの持ち手を持って、持ち上げようとしていた。


荷物はかさばらないようにと全て一つに詰め込んだのがよくなかったのかもしれない。


「教本よ。だって、エマが全教科万遍なくやりなさいっていうから、荷物がこんなに重くなっちゃった」


なるほどと一旦持ち上げるのを辞めて、ニアは額の汗をぬぐった。


「持てないならリタに頼むわ。リタならこのぐらい平気で運んじゃうから!」


私はそのままリタの向かった屋敷へ歩きて行き、リタに声をかける。


後ろで唖然としながら立ち尽くしていたニアだったが、もう一度息を整えて持ち上げようと再チャレンジしていた。






その日はリタのいうようにご飯をたらふく食べて、食後の談笑を楽しむとたっぷり寝た。


明日からはまた勉強漬けの日々が続くのだから。


ただ、武術の時間が無くなった分、午後からは少しだけ時間がもらえるようになったので、私は宣言したように、翌日、花畑と湖に行くことにした。


ニアに紅茶とパイの入ったバスケットを持たせ、私たちは『恋人たちの湖』と呼ばれるエラスティス湖へ向かい、そこでティータイムを楽しむ予定だ。


屋敷を出る時には、リタはわざわざ私たちを見送りに顔を出してくれた。


「ここは元々王族の私有地で治安はいいですが、何が起きるかわかりませんからね。道中には十分に気を付けてくださいね!」


彼女はそう言って手を振った。


「わかったわ、ありがとう!」


私も手を振り返して、その足で湖へ向かう。


屋敷から歩いて15分。


湖までの道に馬車が通れる様な広い舗装された道もないし、馬で乗ればもう少し早く着くのだけど、私は馬には乗れないので徒歩で向かうしかない。


最近は武術などの稽古を行っているおかげか、体力も少しずつだがついてきた。


私は湖を見つけるとついテンションが上がって、走って近づいていく。


重い荷物を下げたニアが私の名前を必死に呼びながら、急いでついて来ていた。


「見て! すごく綺麗!! 湖がキラキラしているし、あそこ、小さなかわいい花が水面に浮かんでる!!」


ニアは私の隣に立ち、荷物を置くと一息ついて答えた。


「本当ですね。あの花が梅花藻なんじゃないですか?」


「たぶんそうね。よし、まずはここでティータイムにしましょう。そして、飲み終えたら、ペチュニアの花畑に行く!」


はいとニアは返事をして、バスケットを開き、敷物を出した。


私はそこに座って湖の美しい景色を眺めている間に、ニアがお茶の準備をする。


「しかし、お嬢様。その花畑はここからどのぐらいかかるんですか? あんまり遠いと遅くなってしまいますよ」


ニアはカップに紅茶を注ぎ、木製トレイの上に乗せた。


そして、今度はリタのブルーベリーパイをソーサーに盛り付ける。


私は目をキラキラさせながらパイを見つめた。


このリタが作るブルーベリーパイは甘さと酸っぱさが絶妙で美味しいのだ。


私は近くにあったフォークを無視して、そのまま手づかみで食べる。


そんな私を見たニアがエマさんに怒られますよと必死に止めようとしていた。


「ここから花畑まで歩いて10分ぐらいかしらね。でも、お茶やお菓子を食べたら荷物も少しは軽くなるんじゃない?」


私がパイを頬張りながらそう答えるとニアがむくれた顔で答える。


「そういう問題じゃありません。私はエリザ様の身の安全を心配しているのです! ここはヴァロワ領とも学園とも違って見知らぬ土地なのですよ?」


ニアはエマに似てきて心配性になったなと思いながら、もう一切れのパイをニアの口に突っ込んだ。


さすがにニアも驚いていたけれど、そのまま勢いよく食べきって目を輝かせて感激の声を上げる。


「なんですか、この絶妙な味付けのパイ! すごくおいしいです! 病みつきになりそうです!!」


「そうでしょう」


ニアの素直な反応になぜか私はどや顔になった。


今やっと休暇を過ごせている。


学園に入ってからはずっと気を張っていたから、この時間がとても有意義に感じていた。

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