第26話 手紙

部屋に戻って着替えを済ませるとすぐにディナーになった。


当然、ディナーは私一人で食す。


父親の仕事はエマが言ったと通り、国境警備の統括なので家にいることは年間で数えてもそう多くはない。


王都にいることも多いし、地方に視察に行くこともあり、帰って来たとしてもこの膨大な広さのヴァロワ領の取り締まりを行わないといけない。


正直、帰っている暇もないぐらい忙しいのだ。


母親は父親のコネクションを広げる為のパーティーやお茶会に走り回っている、いわばソーシャライトと呼ばれている人物だ。


社交界にこの人ありと謳われるぐらい有名で、何かとそこで我が一族の評判を上げようとする。


夫の同伴が難しい場合は、息子のセオドアや実家の弟のリチャード叔父さんを連れて行ったりしていた。


そこまでして彼女は社交場に顔を出したがるので、こんな辺境地のヴァロワ領には殆ど留まることはなく、王都にいるか、もしくはパーティーが開かれる貴族の屋敷にいるかだ。


当然、侯爵夫人として夫について回ることも少なくはない。


兄のセオドアは私と同じようにオーディン魔法学園に入学して卒業した後、現在では尚書部で見習いとして王宮で働いている。


いずれは父の後を継いで、このヴァロワ領を統治するのだけれど、今はまだ多くの場所で知識と経験を学んでいる状況だ。


成人もしているし、来年には二十歳になるのでさすがに婚約の話も上がってきている。


ヴァロワ家にとって、婚姻はとても重要な意味を示している。


どこの家の娘を嫁がせるかで、今後のヴァロワ家の運命が決まると言っても過言ではない。


だから、父も母も必死にヴァロワ家に相応しい嫁を探しているのだ。


両親は跡継ぎの兄の事はそれなりに大切にしていたが、娘の私にはあまり期待していないようだった。


母は私を産んでから、殆ど乳母であるエマに任せきりで、育児などすることもなく、同じ屋敷の中にいる事すら少なかったという。


母は華やかな場所が好きだから、育児のために屋敷に籠るなど耐えきれない人だ。


家にいる母はいつもイライラしているのに対し、社交場に出た彼女は生き生きしていた。


だから私も、母に側にいてほしいなど思ったことはない。


そんな私の元に第二王子との婚約の話が舞い込んできたのだから、両親は王族との繋がりが出来たと勿怪の幸いだと思い、今ではすっかり安心し切っている。


もし、私の婚約が破談となればあの人たちがどんな顔をするか見者だ。


正直、私は家族の事を思い出すと憂鬱だった。


エマもそんな私の心情には気づいていたが、必要以上にその話はしないし、伝える時は出来る簡潔に話をするように心がけてくれていた。






翌日から、エマが宣言したように専属の住み込み家庭教師が訪れた。


基礎学は基礎学専門の講師を。


魔法学には魔法学専門の講師を寄こしたのだ。


当然、武術の先生はこのヴァロア領でも腕利きの護衛官を連れて来た。


私は早速、その日から勉学に励む日々を送る。


大好きな小説は没収され、朝から晩まで勉強漬けで、しかもエマの監視付きだった。


そんな大変な休暇を過ごす中、私に二通の手紙が届いた。


それはロゼとセレナから届いたもので、彼女たちは各々楽しい休暇を過ごしているようだった。


ロゼと言えば、少し田舎に別荘を所有しているらしく、当面の間はそこで生活するのだという。


学園生活とは違って、毎日退屈だとぼやいていた。


セレナと言えば、実家で悠々自適な生活を送っているようだが、頭の中が相変わらずギルバートでいっぱいらしい。


彼が今どこで何をしているのか気になると、そんなことばかり書かれていた。


そこまで気になるのなら本人に手紙の一つでも送ればいいだろうと思ったが、ギルバートの事だから読むだけ読んで、返信を忘れるだろうと思う。


それではセレナがあまりに可哀そうだ。


手紙にはアメリアの事は書かれていなかったが、二人とも気にしているのは読み取れた。


それもそのはず、あのウサギ事件以来、我がクラスではアメリア派と反アメリア派に分かれて、戦争状態になっていた。


基本的には爵位の高い裕福層が反アメリア派。


その中心に私がいることになっている。


そして、主に爵位の低く、領地の狭い子爵家や男爵家の生徒がアメリア派を主張していた。


入学当初はみんな、アメリアと仲良くしようなんて考えてもいなかったのに、いつの間にか情勢は大きく変わっていた。


こんなことはゲーム内でも起こっていなかったから、正直私も驚いている。


あのウサギ事件で、多少でも私が本来の筋書を方向返還出来たことで起きたバグだろうか?


しかしそうなると、クラス内で言い争いをするのは決して望まし状態ではないが、エリザの破滅ルートからは少し遠ざかった気がする。


そうだとしても、相変わらず皆の中の私のポジションは変わらないままだし、アメリア派にはあのルークやギルバートも入っている。


彼らの中には、そんな彼らと中を深めたいが故に、あえてアメリアを庇い立てしている生徒もいるようだ。


ウィリアムは中立を保っているけれど、本心ではアメリアの味方でいたいと思っているのだろう。


ただ、本来の筋書にあったようにあの事件以来、ウィリアムがアメリアに付きっ切りという状態は回避できたようだ。


それもそのはず、あれから、アメリアは学園に登校していないのだから。


停学処分は間逃れたものの、代わりに今学期中の謹慎処分が下されていた。


次に顔を合わすのは、新学期からだろうと私も思っていた。


そんな彼女がいない所でクラスが二分して、言い争っているのは何か違うような気がする。


クラスメイトの悪口は前まではアメリアが中心だったのに、最近はアメリア派の生徒の悪口をよく聞くようになった。


時には嫌がらせをする生徒もいて、お互いにやり合いっこしている状態だ。


結局、今まではアメリアという苛めに好都合な生徒がいたから彼女を中心に苛めていたが、彼女がいなくなればそれはそれで別のいじめられっ子が生まれるだけだ。


なんとも情けない事実だと思う。


私がロゼとセレナの手紙を読んで、そのことをエマに話すと彼女が私にあることを提案してきた。


「お嬢様、ヴァロワ家にもフィルロット地方に別荘がございます。元々、先代の国王から譲り受けた狭い土地ではありますが、避暑地ですし、環境も良いところですから、気分転換に行ってみてはいかがですか?」


珍しくエマにしては気の利いた提案だ。


フィルロット地方に別荘があることなんて、すっかり忘れていた。


あそこは王族の別荘があるぐらい有名な避暑地だから、ロゼが聞いたら絶対に羨ましがるだろうと思った。


それに、私も久しぶりにあの別荘には行ってみたかった。


エマに頼むとすぐに準備の手配をしてくれて、私は数日間フィルロットの別荘に行くことになった。


さすがに武術の護衛官のリーマスは連れていけなかったが、他の2人の講師はそのまま私について、フィルロットの別荘でも授業をやるという。


やっと少し解放されて、勉学から離れられると思ったのにそう甘くはないようだ。


それでも同じ場所で勉強するよりも新しい場所で勉強した方が気分も変わるはずだ。


私はフィルロット地方で過ごす休暇を楽しみにしながら、ロゼとセレナに返信の手紙を書いた。


その時、ふとウィリアムからの手紙が一通も来ていないことに気が付く。


学園の時は毎日顔を合わせていたから必要なかったにせよ、入学する前までは彼は筆まめなので定期的に手紙を送ってくれていたのに。


きっと今年は忙しいのだろうと思うことにして、その時は気に留めないようにした。

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