第25話 帰省

期末試験も終わり、いよいよ夏の長期休暇になった。


私はメイドのニアと一緒に我が家があるヴァロワ領に向かっていた。


4か月ぶりに屋敷に帰れると思うと心が躍る。


だってあの住み慣れた我が家にやっと戻れるのだから。


もう人目を気にして行動する必要はないし、朝は寝たいだけ寝て、夜は好きなだけ夜更かしをする。


読みたい小説を読み漁り、一日中ベッドでゴロゴロできるなんて最高じゃないか!


それに久しぶりにエマの顔も見たかった。


顔を見た瞬間、小言を言われそうだが、それもまた懐かしい。


たった4か月なのに私にとってとても長い学園生活に感じた。


やはり乙女ゲーのイベントは多くて、長いや。


「エリザ様、お屋敷が見えてきましたよ」


ニアは馬車の窓から顔を覗かせながら嬉しそうに言った。


きっとニアも馴染のメイドたちに会えるのは嬉しいのだろう。


私はとにかく早く屋敷に戻りたくて仕方がなかった。






なんて浮かれていられたのは、馬車を降りてから数秒後まで。


目の前には私の帰りを待ち構えていたエマが立っていた。


私がエマに明るく『ただいま!』という前に、エマが話し出す。


「エリザ様、お帰りなさいませ。エマはずっと首をながぁくしてお持ちしていましたよ。今期末の試験、結果は出ていらっしゃるのでしょ? さぁ、さぁ、このエマめにお見せくださいませ」


戻った瞬間にこれかよと私は苦い顔をする。


着いたばかりなのに期末試験の話はしたくない。


「それは後でいいじゃない? 成績表の紙もトランクの奥ふかぁくに仕舞ってしまってすぐには取り出せないの。それより私、お腹すいちゃったわ。だってヴァロワ領って学園から一番遠いのよ。早朝に出た馬車に何時間も揺られて、ものすごく疲れちゃった。すぐにディナーにするのでしょう。ひとまず、服を着替えて――」


「エリザ様。大丈夫です。まだディナーまでにはお時間があります。エマは何時間でもお待ちしておりますので、お嬢様はどうぞお気になさらずに全てのトランクの中を開けて、お探しになってください」


エマは有無も言わせぬ、勢いだった。


私は複雑な表情をして、後ろに積んであるトランクを見つめ、指さした。


「今からあれを全部? ここで?」


「はい。今から、全部、ここで、お願いします!」


私は大きく息をついて、ポケットから成績表の紙を取り出した。


ええ、持っていましたとも、手元に。


こんなことになる予感はありましたからね。


震える手で成績表を差し出して、エマにそれを渡した。


エマはそれを受け取り、めがねを動かしながら見つめていた。


「総合60位中、36位。座学32位、技術40位、武術35位。どれも平均以下ではありませんか?」


それ、言われると思っていました。


私は言い訳をするようにエマにあれこれと伝える。


「そのね、あのね、技術は、魔法技術の成績が悪かったのよ。私って、魔法の適性能力が低いみたいで、最初の診断が風属性の18なんていう、とんでもない数値だったわけね。だから、魔法技術は致しかたなく低かったけど、もう一つの製薬技術は案外いい成績なのよ。まぁ、こればかりは才能ありきだし、私的には声が枯れ、腱鞘炎になるほど練習したんだけど、追いつけなかったの。それに自主練も禁止されていたし、こればかりは不可抗力ね。武術も女子にしてはそこそこだと思うわよ。なんたって女子の1番が8位で下位はみんな女子だったんだもの。体術はいまいちだったかもしれないけど、剣術は女子の中では断然、上から数えた方が早いわ。それに聞いて! 私、魔法基礎と魔法科学は結構いい線をいっていると思うのよね。それに――」


私は懸命に話を続けようとしたが、途中でエマにあっさりと遮られた。


「座学の基礎的な算術、他言語、国学、宗教学、法学、魔法倫理学は平均以下、算術に関しては後ろから数えた方が早いのでは?」


私は何も言えずに、ただ黙って地面を見つめた。


私の足元には暗く深い影が長く長く伸びていた。


エマは頬に手を当てて、ため息をついた。


「こんな事だろうとは思っていましたよ。このまま奥様に伝えれば発狂しかねませんね。あなたの兄上であるセオドア様でも、もう少しましな成績でしたよ」


「それは、兄上が優秀だから……」


私は小さな声で呟いた。


それを聞き逃さなかったのか、エマは大きな声で私を嗜めた。


「いいですか、エリザ様! あなたもこのヴァロワ家の大事なご息女であらせられます。兄上が優秀だからと言って、その妹君が凡庸で良いというわけではありません! ましてやあなたは王族に嫁ぐ身なのですよ。こんな成績では後であちらの親族に何を言われるか。お子が生まれた時に何かあれば、母親が悪いと悪評を流されてしまいますよ!」


そんなのはわかっている。


そもそも私は王族になんて嫁ぎたいわけじゃないし、この世界の筋書では私は婚約破棄される予定だし、そんなこと心配しなくてもいいと思うんだけど。


それでもエマなら、ヴァロワ家から嫁いだ娘が恥ずかしくないように教養を身に着けろと口酸っぱく言うのだろう。


「旦那様たちには私からうまくお伝えしておきます。それにエリザ様が私の監視から逃れてまともに勉強するなど、天地がひっくり返ってもないとは思っていましたからね。予想は出来ていましたよ。なので、明日からは専属の家庭教師をお呼びしています」


その言葉を聞いて、私は驚きのあまり大声を上げた。


「えええっ!! そんな! 折角の夏休みなのにぃ」


私が駄々をこねると、エマは呆れた表情で答えた。


「こんな成績を取ってよくそんなこと言えたものですね。どうせ、エリザ様の事ですから、休みの日は一日中寝巻でベッドでゴロゴロとロマーンでも読んでいるつもりだったのでしょう。そんなこと、このエマが許しませんよ。朝は八時に起きて、十時には家庭教師に講義を受けてもらいます。朝は基礎学。ランチを済ませた後は、魔法座学、そしてティータイムを挟んだ後は武術を習っていただきます」


「武術まで!?」


まさか、武術までやらされるとは思っていなかった。


今までは武術の代わりにダンスのレッスンか、音楽のレッスンを入れていたからだ。


その辺は元のエリザに才能があったのか、すぐに上達できた。


というか、私の考えていることなどエマには全てお見通しのようだ。


これでは学園にいた頃と変わらない。


むしろ厳しくなっている気がする。


家庭教師とのマンツーマンだし、全然サボれないじゃないか。


そもそも、休暇中、私には休みがあるのだろうか?


そんなことを思っている間に、馬車から荷物の全てが持ち出され、馬車もいつの間にかいなくなっていた。


「これからは女も武術を習う時代です。そもそもヴァロワ家は元地方豪族の家なのですよ。今やあなたの父君は国全土の国境警備の総責任者を任されえています。ヴァロワ家にとって軍事は切っても切れない存在。あなたが学んでおいて損はないはずですよ。ましてや、魔法適性が低いならなおのことです」


本当にエマは痛いところをついてくる。


魔法が使えなければ、女でも武術を習えか……。


それに今後、ウィリアムから婚約破棄をされれば、私はヴァロワ家に逆戻りなわけだ。


嫁に行く宛てがあればいいが、もしかしたら婿をもらう立場になるかもしれない。


そうなれば、私にも軍事についての知識と技術がそれなりに必要とされる。


魔法も軍力の一つになるのだから、技術が磨けなくとも知識は蓄える必要があるのだ。


異世界転生してきたというのに、前世よりずっと厳しい場所に来てしまったと後悔した。


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